あなたの事はもういりませんからどうぞお好きになさって?

高瀬船

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第百三話

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階段を降り始めてすぐ、ミリアベルはこの先から感じるのは大司教が手を出してしまった甦りの禁術に関する物だと言う事が不思議と分かってしまった。
自分が途中覚醒をした聖魔法のせいなのか、聖魔法と正反対の存在である負の感情や、人の命の理を曲げた存在に敏感に反応してしまう。

ミリアベルは自分の手のひらをぐっと握り締めるとこの先にあるであろう悍ましい物の正体が何なのか、そしてこれ程までに感じる負の感情を撒き散らしている大司教と相対してしまう可能性を考えるとひっそりと背中に汗が伝う。

王城から馬車で数時間のこの場所には、大司教も戻っているはずであるから、鉢合わせてしまう可能性は多いにある。

「──ここが最下層だな」

ネウスの言葉に、考え込んでいたミリアベルははっとネウスに視線を戻す。
ネウスはミリアベルとノルトに視線を向け、「中には今んとこ人の気配はねぇよ」と話し掛けるとそっと扉に手をあてる。

「──簡単に開きそうだな。入るよな?」
「ああ。ここまで来たんだ、入って証拠となる物を探そう」

ネウスの言葉に、ノルトは強く頷くと自分の腰に下げた剣の柄に手を掛けた。
いつでも剣を抜く事が出来るように構えたノルトに倣い、ミリアベルも自分達に防御の結界を張る。
物理的な攻撃からはこの結界である程度弾く事が出来るだろう。
更にミリアベルは防御結界と同時にあらゆる物からの状態異常を無効化する魔法を自分達に掛けていく。

「──はは、本当にミリアベルは規格外だな?」
「ありがとう、ミリアベル嬢。魔力の消費が大きくなったら解いてくれて構わないからな?」

ネウスとノルトから声を掛けられて、ミリアベルは微笑みを浮かべると大丈夫です、と返事を返す。
ミリアベルの言葉を聞くと、ネウスは「開くぞ」と告げるとゆっくりとその扉を押し開いた。










「──ぐっ、」
「埃臭いな」

ノルトとネウス二人は扉を開き、室内へと足を踏み入れると余りの埃臭さとカビ臭さに思わず表情を顰めて自分の鼻を覆う。

「お二人とも、これを」

ミリアベルはごそごそと自分の腰に付けた鞄から大きめの布を二枚取り出すと二人に手渡す。
こんな事もあろうかと、悪臭を避けられるように布を持ってきて良かった、とミリアベルは胸を撫で下ろすと二人が布を受け取った後、自分も顔の下半分を布で覆う。

「すまない、ミリアベル嬢」
「悪臭はきっついな……室内の空気を一回魔法で吹っ飛ばすか?」
「いや、余り侵入した形跡を残したくないからそれは止めておこう。何か見つけたらこの映像記録の魔道具で撮って行ってくれ」

ノルトがそう言うと、自分の手首に付けた映像記録の魔道具を二人に見えるように翳す。
小型の映像記録の魔道具はまだ精度に難ありで実用化されてはいないが、動く物ではなく静止画の物であれば十分実用化出来る代物だ。

本来であれば映像記録の魔道具を使用するには国王陛下や国の宰相、魔法に関する機関への承認手続きが必要だが、この国の国王陛下は既にこの世の者ではなく、またノルトがこの魔道具を身に付けて居る事がバレてしまうと今後の行動に横槍が入る可能性があったので、ノルトは自身の公爵家嫡男と言う肩書きと魔道士団団長と言う権力を利用し、第三王子のみの了承の元持ち出している。

(まあ、俺は別につつかれても何も痛くないからな)

「記録の魔道具……!ノルト様ありがとうございます……!」
「へぇ、人間は面白いモンを開発するな」

ミリアベルがぱっと表情を輝かせ、ネウスは興味深そうにまじまじとノルトが身に付けている魔道具に視線を向ける。
魔の者の間では魔道具等を開発していないのだろうか。
ノルトがそんな事を考えつつ周囲に視線を巡らせると、ノルトの視線に合わせるようにミリアベルが作り出した灯りがふわり、とそちらの方向へと進んで行く。

そして、暗かったその場所が照明に照らされてゆっくりと姿を表す。

「──っ!」

ノルトの視線を追っていたミリアベルは、その暗がりから姿を表した物達の一角を見て、目を見開き自分の布で覆われた口元を自分の手で覆う。

「ミリアベル嬢……っ」

咄嗟にノルトが動き、ミリアベルの視線を逸らすように自分の胸元に抱き込むがそのミリアベルの表情は薄暗い中でも分かる程真っ青になっている。

ノルトはぼけっとしてしまっていた自分に舌打ちしたくなる。
自分や、ネウスならこう言った物に耐性はある。
戦闘職に就いていれば耐性もあるのだが、今まで令嬢として学院で過ごしてきた少女が視界に入れるには些か刺激が強い。

ノルトはネウスに視線を向けると、自分の手首に装着していた魔道具を取り外すとネウスに投げる。

「すまないが、ネウス……それを撮っておいてくれ」
「──りょーかい」

ネウスは嫌な表情をしながらそれに近付くと魔道具に自分の魔力を流し込む。
使用方法を伝えて居なかったが、構造を理解したのだろう。ネウスは魔力によって起動したその魔道具をその物体達に向けるとカチカチ、と魔道具に付いているボタンを押して画像として証拠を撮影して行く。

ノルトは、その区画はネウスに任せる事にしてミリアベルを支えつつ他の場所へと視線を向ける。
部屋の隅には天井高く本棚がずらりと並べられており、その本棚達のすぐ前には大きめの執務机のような物が置かれている。
そっとそちらの方向へ足を進めて机の上に無造作に置いてある資料にノルトは視線を落とした。

そこには、先程目を背けた場所にある物を使って、人を作ろうとした形跡があった。

人体を構造するに必要な人間の臓器に関する記述、筋肉や神経、靭帯等についても事細かに記載されている。
そして、それらが全て失敗した、という記述まで。

ネウスが証拠として撮っているのはまさに人間を構成するに必要な臓器や筋繊維、神経等であろう事が分かる。

ノルトが眉を寄せてその資料を良く確認する為に腰を曲げた瞬間、腕の中にいたミリアベルが弾かれたようにノルトの胸の中から顔を上げた。

「──っ、ミリアベル嬢?」
「反対側……、この部屋とても広いみたいです、その反対側の方向から何か来ます!」

ミリアベルの焦ったような緊迫した声音に、ノルトとネウスは素早く身を翻すとミリアベルが示した方向へと視線を向けた。
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