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しおりを挟む「──え、?」
カイルは、自分が言われた言葉が上手く飲み込めずポカン、と唇を半開きにしたままシェリナリアを見つめる。
まさかシェリナリアから着いて来るかこのまま国に留まるかどうしたいと聞かれるとは思ってもみなかったカイルは何故そんな事を、とぐるぐると頭の中で考える。
幼い頃、シェリナリアの専属護衛騎士として拝命した際に、カイルは何があってもこの小さな皇女様に一生着いて行こう、一生側で守り続けよう、と自分に誓った。
あの頃のシェリナリアはまだ小さく、カイルと交わした言葉はうろ覚えだろうが、確かに小さなシェリナリアに向かってカイルも「お側でお守り続けます」と誓ったのだ。
その時、嬉しそうに笑ってくれたのに。
あの時、「お願いします」と嬉しそうに笑って頷いてくれたのに、今目の前に居るシェリナリアはカイルに向かって側を離れるかどうか、とあの時の真っ直ぐな瞳のまま、真っ直ぐな瞳は変わらないのにそのような事を聞いてくる。
「──カイル……?どうしたの?」
「──っ、」
カイルは知らぬ内に握りこんでいた拳をそっと解くと、落ちていた視線をそっとシェリナリアへと向け、唇を開いた。
「──私は、もう要りませんか」
「え……?」
ぽつり、とカイルが零した言葉が小さすぎて聞き取れず、シェリナリアは小さく聞き返す。
カイルはシェリナリアとしっかり視線を合わせると今度こそしっかりとシェリナリアに聞こえるように言葉を紡いだ。
「皇女様は、もう私は要りませんか?」
「え、カイル……?」
「私は……皇女様が嫁がれる際も変わらずお側でお守りするつもりでした。……それなのに、どうするか、など……。皇女様はもう私の護衛など不必要だと仰られるのですか」
「え、えぇ?ごめんなさい、そんなつもりは無かったの……!ただ、私がドレスト国に嫁ぐともう二度とアレンバレストに戻って来られないかもしれないでしょう!?この国に大事な人だって居るでしょう?ご両親だって居るのだから……!」
シェリナリアは慌てて自分の両手をぶんぶんと振ると、カイルに説明する。
シェリナリアだって、ドレスト国にカイルが着いて来てくれるのならばどれだけ嬉しいか。
知らない国に嫁ぐのだ。その際に、長年自分を守ってくれた専属護衛騎士が変わらず側に居てくれるのならばどれだけ心強い事か。
「──皇女様以上に大切な人間など居りませんし、両親は私が皇女様の専属護衛となった事を喜んでますので、私が皇女様のお側を離れ家に戻ったら叩き出されるでしょう」
「──……っ、でも……っ」
シェリナリアはくしゃり、と表情を歪めるとカイルから視線を逸らす。
専属護衛騎士だからと言って、カイルを縛ってもいいのだろうか。
大切な人は居ない、と言うが本当は心に想う人がいるのではないか。その人と一生離れ離れになってしまう可能性だってあるのに。
シェリナリアが未だ悩んでいるのが分かったのだろう。
カイルは「失礼致します」と断ると自分の目の前に居るシェリナリアの両手を自分の両手でそっと包み込んだ。
びくり、と僅かにシェリナリアの体が強ばったがカイルの手を振り払う事はない。
振り払われないのをいい事に、カイルは少しだけ力を込めて両手を握ると唇を開いた。
「本当に、私に皇女様以上に大切な者は居ません。貴女が私の一番大事な人なんです……、ですから私に離れろ、など言わないで下さい……」
そっとシェリナリアの両手を掬い上げると、カイルはそのまま自分の額にこつり、と当てる。
まるで希うようなその態度に、シェリナリアはぎゅうっと唇を噛み締めると困ったように眉を下げた。
「──皇女様、着いて来い、と言って下さい。私は貴女の言葉でそう言われたいです……」
「──っ、」
ちらり、と手の隙間から懇願するような視線を向けられてシェリナリアはぐぅっと小さく唸るとカイルの瞳をしっかりと見つめたまま唇を開いた。
「──……カイル・クロージック、ドレスト国へ嫁ぐ私に、変わらず着いて来てくれますか?」
シェリナリアの言葉に、カイルはそれは嬉しそうに破顔すると、こくりと頷いた。
「──勿論です。貴女の居る場所が私の居場所です。何処までもお側でお守り続けます」
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