11 / 54
11
しおりを挟むアレンバレストからドレスト国に出発する当日。
今回の滞在はほんの二十日間である。
ドレスト国に着き次第、ドレスト国王に謁見し、その後にラシュディオンが住む居住区へ案内され、そこで未来の夫であるラシュディオンと顔を合わせる。
彼の居住区には沢山の女性が囲われていると噂があるが、まさかシェリナリアが到着した際もその女性達は住んでいるのだろうか。
もし鉢合わせでもしたら気まずいわね、とシェリナリアはうんざりとした表情を隠しもせず、滞在用の荷物を後続の馬車に運ぶ使用人達を横目で見ていた。
「皇女様、準備が整ったようです。参りましょうか」
「ええ、そうねシアナ」
シェリナリアが馬車に近付いて行くと、馬車の前で待機していたカイルがシェリナリアに向かって手を差し出す。
シェリナリアはいつものようにその手に自分の手のひらを重ねると馬車へと乗り込む。
シェリナリアの後から数名彼女の侍女が同じ馬車に乗り込み、専属護衛であるカイルとシアナはそのまま自分の馬に跨った。
ドレスト国までは馬車で二十日以上掛かるだろう。滞在期間よりも移動時間の方が往復で長く掛かるのがとても憂鬱に感じている。
馬車での移動の為、余裕を持った行程を組まれており、長い期間狭い馬車に乗り自由に動けないのがまたシェリナリアを気落ちさせていた。
「さっさと行って早く帰りたいのだけれどもね……」
シェリナリアははぁーっと深い溜息を吐き出すと、組んだ足に自分の肘を乗せ、顎に手をやる。
皇族としてとても周囲に見せられない態度となってしまっているが、今はシェリナリアを昔から世話してくれている侍女しか同じ空間には居ない為、シェリナリアは皇族としての姿ではなく、シェリナリアとして過ごす。
その姿を見慣れている侍女達は苦笑するだけで、見ないふりをしてくれている。
シェリナリアは彼女達に心の中で感謝の言葉を伝え、そっと窓の方へと視線を向けた。
窓の外には、護衛の何人もの騎士達の姿が見えるが、馬車の一番近くの両側には専属護衛であるカイルとシアナの姿がある。
見知った人の姿があると言うのがこんなにも心強い事にシェリナリアは小さく微笑むと馬車に深く座り直した。
「皇女様、本日はこの街で休みます」
馬車の窓を軽くコンコン、と叩かれてシェリナリアが窓の方に視線をやればシアナがひょこりと顔を出し、そう伝えてくれる。
「そうなのね、分かったわ」
シェリナリアもこくり、と頷き馬車が街中へ入っていくのを窓から眺める。
この街がある土地の領主は誰だったかしらね、と頭の中で思い出す。
そして、馬車が開けた広場に出るとそこで見知った顔を見つけてシェリナリアは嫌そうに表情を歪めた。
「あぁ、忘れてたわ。ここの領主はあの男だったのね……」
「皇女様、降りましょう」
「……分かったわよ」
侍女に苦笑され、促されシェリナリアは馬車の扉が開くのを待つ。
暫し待ち、扉が開いたのを確認するとシェリナリアは扉から姿を表す。
シェリナリアの姿が現れた瞬間、広間に集まっていた人々が頭を下げる。
皇族であるシェリナリアが自分の領地の街に一日だけではあるが滞在するのだ。
臣下である貴族はその出迎えをし、歓待する。
この街のある領地を管理しているのは公爵家のハーベンハイム家である。
古くから皇族に仕え、皇族から信頼を得るこの国の筆頭公爵家。
まだ現公爵は健在ではあるが、年のせいかここ最近は体調不良が続き公の場に姿を見せる事が少なくなってきた。
その代わりに、嫡男であるアレックスが次期公爵として出迎えに来ている。
カイルの手を借りて馬車から降り立ったシェリナリアは、前へ進み出ると顔を上げるように言い、その言葉に従ったアレックスを筆頭に周囲に居た公爵家の者達が顔を上げる。
「──久しぶりね、アル──いえ、アレックス・ハーベンハイム卿。ハーベンハイム公爵のお体はどうかしら?」
「お久しぶりです、皇女様。お気遣い頂きありがとうございます。季節の変わり目ですので、体調を崩しておりますがまだまだ元気ですよ」
にっこり、と胡散臭い笑みを浮かべてシェリナリアに言葉を返すと、アレックスはシェリナリアの滞在する邸へと案内する為にすっと自分の腕を前方に差し出すと「こちらへ」と声を掛け、シェリナリアを促す。
アレックスの案内に従い、シェリナリアは足を進めながらぼそり、とアレックスに話し掛ける。
「──その胡散臭い笑顔やめてくれるかしら?」
「ええ?皇女様は酷い事を仰る。私のどこが胡散臭いのか」
「ああ、腹が立つわね。その気持ち悪い敬語もよして欲しいわ」
「しょうがないでしょう。周りに人がいるのに貴女に無礼な口は聞けませんから」
少し後ろを歩くアレックスの足を思い切り踏み付けてやりたい気分になりながら、シェリナリアは案内されるまま、公爵家が所有する邸へと入って行った。
0
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢として断罪? 残念、全員が私を庇うので処刑されませんでした
ゆっこ
恋愛
豪奢な大広間の中心で、私はただひとり立たされていた。
玉座の上には婚約者である王太子・レオンハルト殿下。その隣には、涙を浮かべながら震えている聖女――いえ、平民出身の婚約者候補、ミリア嬢。
そして取り巻くように並ぶ廷臣や貴族たちの視線は、一斉に私へと向けられていた。
そう、これは断罪劇。
「アリシア・フォン・ヴァレンシュタイン! お前は聖女ミリアを虐げ、幾度も侮辱し、王宮の秩序を乱した。その罪により、婚約破棄を宣告し、さらには……」
殿下が声を張り上げた。
「――処刑とする!」
広間がざわめいた。
けれど私は、ただ静かに微笑んだ。
(あぁ……やっぱり、来たわね。この展開)
【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた
22時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。
初恋にケリをつけたい
志熊みゅう
恋愛
「初恋にケリをつけたかっただけなんだ」
そう言って、夫・クライブは、初恋だという未亡人と不倫した。そして彼女はクライブの子を身ごもったという。私グレースとクライブの結婚は確かに政略結婚だった。そこに燃えるような恋や愛はなくとも、20年の信頼と情はあると信じていた。だがそれは一瞬で崩れ去った。
「分かりました。私たち離婚しましょう、クライブ」
初恋とケリをつけたい男女の話。
☆小説家になろうの日間異世界(恋愛)ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18)
☆小説家になろうの日間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18)
☆小説家になろうの週間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/22)
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる