素直になれない皇女の初恋は実らない

高瀬船

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アレンバレストからドレスト国に出発する当日。

今回の滞在はほんの二十日間である。
ドレスト国に着き次第、ドレスト国王に謁見し、その後にラシュディオンが住む居住区へ案内され、そこで未来の夫であるラシュディオンと顔を合わせる。

彼の居住区には沢山の女性が囲われていると噂があるが、まさかシェリナリアが到着した際もその女性達は住んでいるのだろうか。

もし鉢合わせでもしたら気まずいわね、とシェリナリアはうんざりとした表情を隠しもせず、滞在用の荷物を後続の馬車に運ぶ使用人達を横目で見ていた。

「皇女様、準備が整ったようです。参りましょうか」
「ええ、そうねシアナ」

シェリナリアが馬車に近付いて行くと、馬車の前で待機していたカイルがシェリナリアに向かって手を差し出す。
シェリナリアはいつものようにその手に自分の手のひらを重ねると馬車へと乗り込む。
シェリナリアの後から数名彼女の侍女が同じ馬車に乗り込み、専属護衛であるカイルとシアナはそのまま自分の馬に跨った。

ドレスト国までは馬車で二十日以上掛かるだろう。滞在期間よりも移動時間の方が往復で長く掛かるのがとても憂鬱に感じている。
馬車での移動の為、余裕を持った行程を組まれており、長い期間狭い馬車に乗り自由に動けないのがまたシェリナリアを気落ちさせていた。



「さっさと行って早く帰りたいのだけれどもね……」

シェリナリアははぁーっと深い溜息を吐き出すと、組んだ足に自分の肘を乗せ、顎に手をやる。
皇族としてとても周囲に見せられない態度となってしまっているが、今はシェリナリアを昔から世話してくれている侍女しか同じ空間には居ない為、シェリナリアは皇族としての姿ではなく、シェリナリアとして過ごす。

その姿を見慣れている侍女達は苦笑するだけで、見ないふりをしてくれている。

シェリナリアは彼女達に心の中で感謝の言葉を伝え、そっと窓の方へと視線を向けた。
窓の外には、護衛の何人もの騎士達の姿が見えるが、馬車の一番近くの両側には専属護衛であるカイルとシアナの姿がある。
見知った人の姿があると言うのがこんなにも心強い事にシェリナリアは小さく微笑むと馬車に深く座り直した。









「皇女様、本日はこの街で休みます」

馬車の窓を軽くコンコン、と叩かれてシェリナリアが窓の方に視線をやればシアナがひょこりと顔を出し、そう伝えてくれる。

「そうなのね、分かったわ」

シェリナリアもこくり、と頷き馬車が街中へ入っていくのを窓から眺める。

この街がある土地の領主は誰だったかしらね、と頭の中で思い出す。
そして、馬車が開けた広場に出るとそこで見知った顔を見つけてシェリナリアは嫌そうに表情を歪めた。

「あぁ、忘れてたわ。ここの領主はあの男だったのね……」
「皇女様、降りましょう」
「……分かったわよ」

侍女に苦笑され、促されシェリナリアは馬車の扉が開くのを待つ。
暫し待ち、扉が開いたのを確認するとシェリナリアは扉から姿を表す。

シェリナリアの姿が現れた瞬間、広間に集まっていた人々が頭を下げる。
皇族であるシェリナリアが自分の領地の街に一日だけではあるが滞在するのだ。
臣下である貴族はその出迎えをし、歓待する。

この街のある領地を管理しているのは公爵家のハーベンハイム家である。
古くから皇族に仕え、皇族から信頼を得るこの国の筆頭公爵家。
まだ現公爵は健在ではあるが、年のせいかここ最近は体調不良が続き公の場に姿を見せる事が少なくなってきた。
その代わりに、嫡男であるアレックスが次期公爵として出迎えに来ている。

カイルの手を借りて馬車から降り立ったシェリナリアは、前へ進み出ると顔を上げるように言い、その言葉に従ったアレックスを筆頭に周囲に居た公爵家の者達が顔を上げる。

「──久しぶりね、アル──いえ、アレックス・ハーベンハイム卿。ハーベンハイム公爵のお体はどうかしら?」
「お久しぶりです、皇女様。お気遣い頂きありがとうございます。季節の変わり目ですので、体調を崩しておりますがまだまだ元気ですよ」

にっこり、と胡散臭い笑みを浮かべてシェリナリアに言葉を返すと、アレックスはシェリナリアの滞在する邸へと案内する為にすっと自分の腕を前方に差し出すと「こちらへ」と声を掛け、シェリナリアを促す。
アレックスの案内に従い、シェリナリアは足を進めながらぼそり、とアレックスに話し掛ける。

「──その胡散臭い笑顔やめてくれるかしら?」
「ええ?皇女様は酷い事を仰る。私のどこが胡散臭いのか」
「ああ、腹が立つわね。その気持ち悪い敬語もよして欲しいわ」
「しょうがないでしょう。周りに人がいるのに貴女に無礼な口は聞けませんから」

少し後ろを歩くアレックスの足を思い切り踏み付けてやりたい気分になりながら、シェリナリアは案内されるまま、公爵家が所有する邸へと入って行った。
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