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しおりを挟むアレックス・ハーベンハイム。
公爵家の嫡男で二十七歳の美丈夫だ。
青みがかった白銀の髪の毛をサラリと流し、切長のサファイアのような瞳は顔立ちも相まって冷たい印象を受けるが、本人の性格はその見た目と相反しており、見た目と中身が伴っていない男だ。
だが、その軽薄な性格を見せるのはアレックスが気を許した人間の前でのみ。
昔から親交のあるシェリナリアの前では猫を被る事を辞め、気安い態度で接してくる。
(けれど、それがとても助かるのよね)
シェリナリアはちらり、と斜め後ろに居るアレックスに視線を向けると、シェリナリアの視線に気付いたアレックスが「なに?」とでも言うように微笑んでくる。
にっこりと満面の笑みを向けられて、シェリナリアはぶるりと体を震わせると視線を正面に戻した。
目の前に迫った公爵家の所有する邸の玄関が見えて、アレックスはシェリナリアを邸内へと招き入れた。
「それにしても災難だったね、シェリー」
邸に案内され、応接間に通された後使用人を下がらせ、室内にはアレックスとシェリナリア、そしてそれぞれ二人の護衛のみとなってからアレックスがポツリと零した。
「あら、災難?私は災難とは思っていないわよ?失礼ね」
「……くくっ、そうかな?シェリーの表情を見てれば分かるよ。何年幼馴染をやってると思ってる?」
くすくすと楽しそうに笑うアレックスに、シェリナリアもついつい半眼になってしまう。
敢えて飄々とした態度でシェリナリアの気分を紛らわせようとしているのだろう。
せめて、自国内に居る内は穏やかに過ごして欲しい、などと考えているのだろう。
「そうね……アルと友人になって十年以上だものね……気遣い、とても有難いわ」
「──気遣いなんて思わないで欲しいな?シェリーや、そうだな……カイルやシアナと会えるのが久しぶりだったから楽しくてね。つい。」
ちらり、とアレックスから視線を向けられてカイルとシアナが困ったように眉を下げて苦笑する。
普段であれば、皇女であるシェリナリアにこのような無礼な態度をする者が居ればすぐにシェリナリアの護衛騎士である二人が動くのだが、シェリナリアの幼馴染と言う事は、その専属護衛騎士である二人とも馴染みがある相手だ。
二人は、アレックスがシェリナリアに対して変わらない態度で接してくれている事にとても感謝していた。
皇族と言うのは孤独な身でもある。
護衛騎士である自分達はどう足掻いても対等な立場にはなり得ない。
ただの部下にしかなり得ないのだ。
だから、公爵家の嫡男と言う高位な身分でシェリナリアとまだ近い立場の者がシェリナリアを気遣い、こうして接してくれてくれる事にカイルも、シアナもとても感謝していた。
「あーあ。それにしてもシェリーも結婚かぁ。シェリーが居なくなっちゃったらつまらなくなるな」
アレックスは大袈裟に残念がるとソファに乱暴に背中を預ける。
その様子を見ていたシェリナリアはくすりと微笑むと、用意されたカップを持ち上げて紅茶を一口こくりと飲み込んだ。
「アル、貴方もそろそろ身を固めたらどうなの?貴方が身を固めないから高位貴族の令嬢達がいつまでもそわそわとしていて可哀想よ?」
「ええ?俺はまだまだ遊びたいからなぁ~。ご令嬢方には申し訳ないけどまだ数年は独り身でいたいかな」
「──もう、貴方はいつもそうね」
そうして、室内で和やかに幼馴染同士、遠慮もなく軽口を叩き合い会話を楽しんでいるといつの間にか時間が過ぎていて、あっという間に晩餐の時間になった。
晩餐の支度が終わったと連絡が入ると、アレックスはおもむろにソファから腰を上げてシェリナリアを案内した。
夜半。
楽しい晩餐の時間も終わり、シェリナリアが床について数時間が経過した頃。
シェリナリアが休む部屋に近付く足音が聞こえて来る。
扉の前で待機していたカイルは、一瞬身構えたが、その足音の聞こえて来る方向から姿を表した人物を視界に入れた瞬間、腰に下げていた剣の柄から自分の手を離した。
「──アレックス様……皇女様はもうお休みになられていますが……何の御用でしょうか?」
こんな時間にシェリナリアの部屋に何の用だ、とカイルは些か訝しげに眉を顰めてアレックスに声を掛ける。
何を考えて居るのだろうか。
昔から馴染みのある相手とは言え、カイルの声音が緊張に固くなるのは仕方ない。
そんなカイルを見て、アレックスはからかうように笑うとカイルに向かって唇を開いた。
「──心配するな。大それた事は考えていない。俺はシェリーではなく、カイル、お前に用があってな」
「私に、ですか?」
不思議そうな表情をしたカイルにアレックスは昼間のような軽薄な雰囲気をおくびにも出さず無言でこくり、と頷く。
「──……ああ。ドレスト国だが、何だかきな臭いぞ」
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