20 / 54
20
しおりを挟む黒い屋敷、とは一体どう言う物なのだろうか。
情報屋が営む店の名前なのか、それとも情報屋に関して何か他の意味があるのだろうか。
それはまだ分からないが、ドレスト国に入れば自ずとこの黒い屋敷がどう言った物か分かるのだろう。
カイルは取り出したカードを元に戻し、シェリナリアへと返すように手渡す。
「皇女様、万が一今回無事にドレスト国の滞在期間が過ぎて国に戻れるようであれば……そのまま何も動かない方が宜しいでしょうか?それとも、あちらに居る内に、皇女様の身に何も無くとも、内戦について探った方が宜しいでしょうか?」
カイルからの言葉に、シェリナリアは暫し考えるとしっかりとカイルの瞳を見つめ直して唇を開く。
「──探って頂戴。アルが内戦の件を話した、と言う事はそれはほぼ事実よ。水面下で動いているに違いないわ」
「アレックス様の情報は、確かなのですよね……?」
「勿論よ。普段怠けて貴族の務めから逃げ回っている彼がここまで調べて危険を知らせてくれたのよ。証拠は掴めなかったけれど、アルが言うのであれば内戦はほぼ確実に起こるでしょうね」
それでも、シェリナリアはドレスト国に行かないといけないのか。
カイルはそうシェリナリアに伝えたい気持ちをぐっと堪えて「畏まりました」と頭を下げる。
シェリナリアがそう言うのであれば、シェリナリアの専属護衛であるカイルは言葉に従うしかない。
今までだってそうして来たし、シェリナリアの取る行動に、出した答えに疑問も持たずただ粛々と従ってきた。
だが、今自分の胸中を占めるこの不安感は何なのだろうか。
シェリナリアに無理してドレスト国に向かって欲しくない。
あのような男の元へ嫁いで欲しくない。
何故、自分の素晴らしい主であるシェリナリアが、あのような何の価値もない男に嫁がねばならないのか。
シェリナリアに相応しい男だとはとても思えない。
(こんな事なら俺が──)
カイルは、そんな事をふと考えてしまって戸惑いに瞳を揺らした。
「──カイル?どうしたの?」
「……っ、え、あ……、違います……っ何でもございません……!」
カイルの様子が可笑しい事に気付いたシェリナリアは、不思議に思いカイルに声を掛けた。
その瞬間、ぱっと弾かれたように顔を上げたカイルの顔色が真っ青になっていて、シェリナリアは慌てて腰を浮かす。
「だ、大丈夫です皇女様……、申し訳ございません、本当に何でもないのです……」
「そ、そうなの……?本当に大丈夫……?」
いつもの様子と違い、何だか酷く慌てた様子のカイルにシェリナリアは気遣うような視線を向けるが、カイルは「違う、大丈夫」としか答えない。
これ以上話をする事も難しそうだ、と判断したシェリナリアはカイルに下がるように告げる。
「それじゃあ……カイル。時間を作って貰ってありがとう……貴方も下がって頂戴」
「いえ、とんでもございません。畏まりました、何かございましたらお呼び下さい……」
カイルはシェリナリアにそう告げると、一礼して部屋を退出する。
普段と違い、酷く焦ったような様子のカイルにシェリナリアは僅かに首を傾げたが、これ以上確認しようも無い、と諦めると寝てしまう事にする。
出立は明朝、朝早い。
少しでも質のいい睡眠を取り長旅に備えないと、とシェリナリアはベッドに入り瞳を閉じた。
カイルは、シェリナリアの部屋を退出するなり部屋の前で護衛をしている者達に少し外す、と手短に伝え廊下の端にあるバルコニーへと足早に向かった。
(信じられない……!俺は先程何を考えた……!?)
カツカツと足音を鳴らしながらバルコニーまで来ると、そのまま外へと出て手摺に突っ伏す。
「こんな事なら、俺が……?俺がどうするって言うんだ……っ」
守るべき人である主人に向けるような感情ではない。
護衛としてそれは抱いてはならない分不相応な考えだ。
自分は、ただ主人の為に動き、身を守る為だけの護衛でいなければならない。
そうしないと──、そうしておかないと。
そこまで考えて、カイルは手摺を掴んだ手のひらにギリギリと力を込める。
「……違う。ただ、そうだ。最近は少し一緒に過ごす時間が多いから……昔のように、昔みたいに接して頂けるから……違う、しっかりと切り替えなければ……」
自分は、帝国の皇族の専属護衛騎士だ。
輝かしい皇族方の護衛騎士。
護衛騎士は、自分の感情に揺さぶられる事など無い。
しっかりと主人である人を守る事だけに集中すればいい。
カイルは、そう自分に言い聞かせると何とか気持ちを落ち着かせて、自分の仕事に戻る為にバルコニーを後にした。
0
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢として断罪? 残念、全員が私を庇うので処刑されませんでした
ゆっこ
恋愛
豪奢な大広間の中心で、私はただひとり立たされていた。
玉座の上には婚約者である王太子・レオンハルト殿下。その隣には、涙を浮かべながら震えている聖女――いえ、平民出身の婚約者候補、ミリア嬢。
そして取り巻くように並ぶ廷臣や貴族たちの視線は、一斉に私へと向けられていた。
そう、これは断罪劇。
「アリシア・フォン・ヴァレンシュタイン! お前は聖女ミリアを虐げ、幾度も侮辱し、王宮の秩序を乱した。その罪により、婚約破棄を宣告し、さらには……」
殿下が声を張り上げた。
「――処刑とする!」
広間がざわめいた。
けれど私は、ただ静かに微笑んだ。
(あぁ……やっぱり、来たわね。この展開)
【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた
22時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。
初恋にケリをつけたい
志熊みゅう
恋愛
「初恋にケリをつけたかっただけなんだ」
そう言って、夫・クライブは、初恋だという未亡人と不倫した。そして彼女はクライブの子を身ごもったという。私グレースとクライブの結婚は確かに政略結婚だった。そこに燃えるような恋や愛はなくとも、20年の信頼と情はあると信じていた。だがそれは一瞬で崩れ去った。
「分かりました。私たち離婚しましょう、クライブ」
初恋とケリをつけたい男女の話。
☆小説家になろうの日間異世界(恋愛)ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18)
☆小説家になろうの日間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18)
☆小説家になろうの週間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/22)
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない
もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。
……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~
Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。
走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる