素直になれない皇女の初恋は実らない

高瀬船

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黒い屋敷、とは一体どう言う物なのだろうか。
情報屋が営む店の名前なのか、それとも情報屋に関して何か他の意味があるのだろうか。

それはまだ分からないが、ドレスト国に入れば自ずとこの黒い屋敷がどう言った物か分かるのだろう。

カイルは取り出したカードを元に戻し、シェリナリアへと返すように手渡す。

「皇女様、万が一今回無事にドレスト国の滞在期間が過ぎて国に戻れるようであれば……そのまま何も動かない方が宜しいでしょうか?それとも、あちらに居る内に、皇女様の身に何も無くとも、内戦について探った方が宜しいでしょうか?」

カイルからの言葉に、シェリナリアは暫し考えるとしっかりとカイルの瞳を見つめ直して唇を開く。

「──探って頂戴。アルが内戦の件を話した、と言う事はそれはほぼ事実よ。水面下で動いているに違いないわ」
「アレックス様の情報は、確かなのですよね……?」
「勿論よ。普段怠けて貴族の務めから逃げ回っている彼がここまで調べて危険を知らせてくれたのよ。証拠は掴めなかったけれど、アルが言うのであれば内戦はほぼ確実に起こるでしょうね」

それでも、シェリナリアはドレスト国に行かないといけないのか。
カイルはそうシェリナリアに伝えたい気持ちをぐっと堪えて「畏まりました」と頭を下げる。

シェリナリアがそう言うのであれば、シェリナリアの専属護衛であるカイルは言葉に従うしかない。
今までだってそうして来たし、シェリナリアの取る行動に、出した答えに疑問も持たずただ粛々と従ってきた。

だが、今自分の胸中を占めるこの不安感は何なのだろうか。
シェリナリアに無理してドレスト国に向かって欲しくない。
あのような男の元へ嫁いで欲しくない。
何故、自分の素晴らしい主であるシェリナリアが、あのような何の価値もない男に嫁がねばならないのか。

シェリナリアに相応しい男だとはとても思えない。

(こんな事なら俺が──)

カイルは、そんな事をふと考えてしまって戸惑いに瞳を揺らした。

「──カイル?どうしたの?」
「……っ、え、あ……、違います……っ何でもございません……!」

カイルの様子が可笑しい事に気付いたシェリナリアは、不思議に思いカイルに声を掛けた。
その瞬間、ぱっと弾かれたように顔を上げたカイルの顔色が真っ青になっていて、シェリナリアは慌てて腰を浮かす。

「だ、大丈夫です皇女様……、申し訳ございません、本当に何でもないのです……」
「そ、そうなの……?本当に大丈夫……?」

いつもの様子と違い、何だか酷く慌てた様子のカイルにシェリナリアは気遣うような視線を向けるが、カイルは「違う、大丈夫」としか答えない。
これ以上話をする事も難しそうだ、と判断したシェリナリアはカイルに下がるように告げる。

「それじゃあ……カイル。時間を作って貰ってありがとう……貴方も下がって頂戴」
「いえ、とんでもございません。畏まりました、何かございましたらお呼び下さい……」

カイルはシェリナリアにそう告げると、一礼して部屋を退出する。

普段と違い、酷く焦ったような様子のカイルにシェリナリアは僅かに首を傾げたが、これ以上確認しようも無い、と諦めると寝てしまう事にする。

出立は明朝、朝早い。
少しでも質のいい睡眠を取り長旅に備えないと、とシェリナリアはベッドに入り瞳を閉じた。








カイルは、シェリナリアの部屋を退出するなり部屋の前で護衛をしている者達に少し外す、と手短に伝え廊下の端にあるバルコニーへと足早に向かった。

(信じられない……!俺は先程何を考えた……!?)

カツカツと足音を鳴らしながらバルコニーまで来ると、そのまま外へと出て手摺に突っ伏す。

「こんな事なら、俺が……?俺がどうするって言うんだ……っ」

守るべき人である主人に向けるような感情ではない。
護衛としてそれは抱いてはならない分不相応な考えだ。

自分は、ただ主人の為に動き、身を守る為だけの護衛でいなければならない。
そうしないと──、そうしておかないと。

そこまで考えて、カイルは手摺を掴んだ手のひらにギリギリと力を込める。

「……違う。ただ、そうだ。最近は少し一緒に過ごす時間が多いから……昔のように、昔みたいに接して頂けるから……違う、しっかりと切り替えなければ……」

自分は、帝国の皇族の専属護衛騎士だ。
輝かしい皇族方の護衛騎士。

護衛騎士は、自分の感情に揺さぶられる事など無い。
しっかりと主人である人を守る事だけに集中すればいい。

カイルは、そう自分に言い聞かせると何とか気持ちを落ち着かせて、自分の仕事に戻る為にバルコニーを後にした。
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