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一章
33話
しおりを挟むウェンディを連れ、ヴァンがハーツラビュル伯爵邸に戻ったのはそれから少し時間が経った後だった。
もうウェンディの侯爵邸を出てしまったので、あれからフォスターとエルローディアが無事契約を結べたかどうかは分からない。
だが、契約が成立したのであれば侯爵がきっと大々的に触れ回るだろう。
もし、フォスターとエルローディアが無事契約を成立したとしても。
ウェンディの耳にはなるべく入れたくない。
そう、ヴァンは考えていた。
邸の玄関を開け、足を踏み入れる前に所在無さげに後ろに着いて来ているメイドのナミアを振り返ったヴァンは、明るく話しかけた。
「ナミア、ハーツラビュル伯爵家にようこそ。新しい職場だと思ってくれ。ウェンディの事をよろしく頼むよ」
「──はいっ! どうぞよろしくお願いいたします!」
ヴァンの言葉に、ナミアは嬉しそうに笑う。
そしてぺこり、と頭を下げた。
ウェンディの部屋は、邸の二階に用意してもらい、未だ眠り続けるウェンディをベッドに下ろしたヴァンは、そっとウェンディの額に手を当てて熱を確認する。
「まだ熱いな……。ナミア、ウェンディを頼む。俺は父上や兄上にウェンディを連れて来た事を報告しに行くよ。後で使用人を寄越すから、邸内を案内してもらってくれ」
「何から何までありがとうございます、ハーツラビュル卿」
「ハーツラビュル卿、はよそよそしいな。ヴァンと名前で呼んでくれ。ナミアも今日からは伯爵家で働く仲間だから」
「お気遣い、ありがとうございます。それでは、ヴァン様と呼ばせていただきますね」
「ああ、それで良い」
こくり、と頷いたヴァンはナミアにウェンディを任せ、自分の父親と兄が待っているだろう部屋へ向かうため、ウェンディの部屋を後にした。
「父上、俺です」
「ああ、入りなさい」
ハーツラビュル伯爵の仕事部屋にやって来たヴァンは、外から声をかけて入室の許可を得ると、室内に入る。
そこにはヴァンが予想していた通り、ヴァンの父親と一番上の兄が待っていた。
「父上、事前にお知らせさせて頂きましたが、訳あってウェンディを侯爵家から連れ出しました。……ウェンディの貴族籍は、侯爵によって数日以内にぬかれてしまうかと思います」
「何? ウェンディ嬢を籍から抜くのか? あの御仁は、何を考えているんだ……」
ヴァンの言葉に、伯爵は納得いかない、と言うような表情を浮かべたが、すぐに思考を切り替える。
「だが、それが本当ならば仕方ない、な。ウェンディ嬢は無事か? それに、お前とウェンディ嬢の専属護衛騎士契約は無事成立したのか?」
「──はい、問題なく成立しました」
ヴァンは自分の父親に自信たっぷりと頷いた。
時間が経過するにつれ、ヴァンはしっかりと自覚していた。
ウェンディとの契約は、胸に広がる温かさや歓喜に、無事成立しているのだと。
力強く頷いたヴァンに、伯爵もほっとしたような顔を見せ、「そうか」とだけ答える。
「父上、ウェンディは少しの間休息が必要らしいです。ウェンディの目が覚めたら、改めてご挨拶を。……俺は、ウェンディが目覚めるまで彼女の傍に居たいと思います」
「ああ、それがいいだろう。恐らく、ウェンディ嬢も契約した専属護衛が傍に居た方が安心する」
ヴァンの言葉に、伯爵は特に反対する事もなく頷いた。
嬉しそうに頬を緩ませたヴァンを揶揄うように、ヴァンの兄が口を開いた。
「ヴァン、お前がずっと守りたいと願っていた女性だもんな。こんな所で油を売ってないで、早く傍に行ってやれ」
「兄上……揶揄うのはよしてくださいよ。……では、俺はここで。失礼します」
「ああ、また夕食の時にでも改めて話そう」
ぺこりと頭を下げていそいそと部屋を退出するヴァンに、伯爵と兄は顔を見合わせて笑い合った。
ウェンディの所に戻ってきたヴァンは、部屋に入るなりナミアがすっかり部屋を整えているのを見て驚いた。
「凄いな、流石だ。ナミア、部屋を整えてくれてありがとう」
「とんでとございません、ヴァン様。お嬢様に気持ちよく過ごして頂きたい一心で……」
「ああ。きっと、ウェンディも目が覚めたら喜ぶと思う。ナミアも、無理はせず休む時はしっかりと休んでくれ」
「ええ、そうさせて頂きますね」
ウェンディが、ヴァンのハーツラビュル伯爵邸に着いて、数時間。
夕食の時間が過ぎてもウェンディが目覚める気配は無かった。
遅くまでウェンディの傍についていたヴァンとナミアだったが、ウェンディが苦しげに魘される事もほとんどなくなった頃、お互い自室に戻った。
ウェンディの発熱も落ち着き、深夜──。
ほっそりとしたウェンディの腕が、ナミアが手直ししたばかりの寝間きから覗いている。
そして、布団を被されて隠れている足元も、直したばかりだと言うのに裾が大分短くなっている。
子供っぽく、丸みを帯びていたウェンディの頬が、すっきりとした卵形に──。
すやすや、と気持ち良さそうに眠るウェンディの手足は、今では大分裾から伸びていた。
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