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一章
36話
しおりを挟む──あれから、どれくらいの時間が経ったのだろうか。
ウェンディはヴァンの胸で泣いていたが、涙が収まって、感情の昂りが落ち着いてくるとふとそう思った。
すんっ、と鼻をすすり、もぞりと動く。
するとウェンディの動きに反応したヴァンが体を離して優しく話しかけてくれる。
「どうした、ウェンディ? 体調は? 辛くないか?」
「──うん、大丈夫よ……ありがとう、ヴァン」
ウェンディは、泣き腫らした目で笑みを作り、ヴァンに笑いかける。
ヴァンの目は未だ痛ましげに歪められていて、ウェンディの事を心配してくれているのが分かる。
だが、不思議とウェンディの気持ちは驚く程軽くなっていた。
(どうして、かしら……。思いっきり、泣いたから……? それとも、ヴァンがこうしてずっと傍にいてくれたから……?)
その、どちらかもしれない。
ウェンディはゆっくりヴァンから離れると「もう大丈夫」と告げる。
ヴァンもウェンディから離れると、泣き腫らしたウェンディの目元に、そっと自分の指先で触れた。
「──冷やせ、」
ヴァンが呟いた瞬間、キンッと高い音が響き、ウェンディの目元がひんやりと心地よい冷たさに包まれる。
腫れが残らないように、ヴァンが魔法を使ってくれたのだ。
それを知ったウェンディは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう、ヴァン。駄目ね、私もこれくらいの魔法を発動出来るようにならなくちゃ……」
「ウェンディは病み上がりだろう? 無理をして、体調を崩したら大変だ。ゆっくりやってこう」
「うん……そうする」
──でも、とウェンディは胸中でごちる。
(何だか、体の中を物凄い魔力が駆け巡っているような、気がする……。フォスターと契約した直後のような……こんなに魔力を感じるのは何年ぶり?)
両手を見つめているウェンディに、ナミアが心配そうに近付き、口を開く。
「お嬢様、もしかして体調が優れませんか? もし、お辛いようでしたら休んで──」
「いえっ、大丈夫。大丈夫よ、ナミア。体調は本当に凄く良いの。今までとは比べ物にならないくらい……」
「本当ですか? それなら良かったです……。その、お食事は召し上がりますか?」
ナミアの言葉に、ヴァンもはっとしたように表情を変えた。
「そうだ、しまった……! ウェンディ、ずっと眠っていたからお腹が減っているだろう? 食事は出来そうか? もし、食べられそうなら消化に良いものを作らせる」
食事──。
その言葉を聞いた瞬間、ウェンディのお腹が「くぅ」と鳴った。
その音を聞いたヴァンとナミアははた、と目を瞬かせる。
ウェンディはあまりの恥ずかしさに、咄嗟にお腹を両手で抑えたが、お腹の音はしっかりと二人に届いてしまったようで。
「──ふ、ははっ、ウェンディのお腹は食事したいみたいだな、ナミア、用意してもらってもいいか?」
「ふふふっ、かしこまりました! お嬢様、今お持ちしますから少々お待ちくださいね」
ヴァンも、ナミアも笑顔だ。
ウェンディが意識を取り戻してから、心配そうな顔をする以外ではずっと笑顔を浮かべている。
二人の優しさや、明るさにウェンディもつられてついつい笑ってしまった。
軽い食事を終えたウェンディは、ヴァンにもう少し休むように、と言われて自室のベッドに横になっていた。
「本当は……すぐにヴァンのお父様──ハーツラビュル伯爵にご挨拶に行きたかったのだけど……」
全力でヴァンに止められてしまったし、伯爵も明日以降で良い、と言ってくれたらしく、ウェンディはベッドの上で一人、時間を持て余していた。
魔法の鍛錬も本当はしたい、と考えていたのだけど、それを口にした瞬間、ヴァンが激怒してしまいそうだ、とその姿を想像したウェンディはくすり、と笑ってしまう。
ほっそりと伸びた腕を、ウェンディは持ち上げてしげしげと自分の腕を見つめる。
子供みたいなふっくらとした手じゃなく、肉が落ち、すらりと伸びた腕。
爪も艶々で、とても健康的な色をしている。
子供っぽい丸みを帯びた手じゃなく、大人の手──。
「私、本当に成長したんだ……」
未だに実感が湧かない。
ウェンディはころり、とベッドの上で寝返りを打ち、おもむろに自分の両手を突き出した。
「何だか、今なら離れた距離にある蝋燭に火を灯せそう……。今までだったら、多分出来なかったけど──」
ウェンディは、集中して体内に流れる魔力を感じ取る。
蝋燭に火を灯すイメージをして、そして言葉を発した。
「灯れ──」
ウェンディが言葉を発した瞬間、蝋燭の先にぼうっ! と大きな音を立てて、これまた大きな炎が出現して火が灯る。
想像していたよりも大きな炎が出てしまい、ウェンディは慌ててしまった。
「このままだと、火事になっちゃう──! み、水よっ!」
焦っていたからだろうか。
ウェンディは力一杯叫んでしまった。
その瞬間──。
──どしゃあああ!
と、滝のような物凄い水量が蝋燭に落ち、その水飛沫までウェンディの体に当たってしまう。
「ひゃっ、ひゃああ!」
全身ずぶ濡れになりながら、ウェンディは大きな声を上げてしまった。
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