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一章
40話
しおりを挟むフォスターは、長剣に雷魔法を付加すると、ヴァンが構える前に不意を突き、駆け出した。
「──ヴァン!」
ウェンディの叫び声が聞こえる。
フォスターの名前ではなく、ヴァンの名前を呼ぶ声が耳に届いたフォスターは、悔しそうに奥歯を噛み締めた。
(俺ではなく、この男なんぞの名前を呼ぶなんて……! ウェンディ様にも分からせてやらねばならないな!)
フォスターがヴァンに向かって斬りかかる。
付加した雷魔法がパリパリと刀身を包んでいて、ヴァンの体に当たる直前、その雷魔法が弾けた。
「──っ?」
フォスターが自分の発動した魔法に違和感を覚えたが、それも一瞬。
ヴァンに直撃すると思った魔法と、剣先は素早く動いたヴァンに呆気なく躱され、不発に終わる。
どうしてこんなに身のこなしが早い──!?
フォスターが目を見開いている内に、ヴァンが魔法を繰り出す。
「──縛れ」
「──っ、何だ!?」
ヴァンが呟いた瞬間、フォスターの両足が突然出現した氷に固められ、身動きできない。
「貴様っ!」
「舌を噛みますよ、隊長」
フォスターは慌てて足を拘束している氷をどうにかしようと炎魔法を発動しようとした。
だがフォスターが拘束を解くよりも早く、平坦な声で呟いたヴァンは、腰の長剣を剣帯からそのまま外し、鞘から抜かずにフォスターの体を斬り上げた。
「──ぐっ」
フォスターの腹にヴァンの長剣がめり込んだ瞬間、ヴァンは「溶けろ」と呟いた。
瞬間、フォスターの足元の氷が一瞬で溶け、拘束が解ける。
そして、次にフォスターを襲ったのは浮遊感だ。
体を斬り上げられたため、フォスターの体がぶわり、と上方に飛ぶ。
すかさず、そこにヴァンの回し蹴りが命中した。
「──っ!!」
フォスターは声を出す事も出来ず、鍛錬場の壁まで吹き飛ぶと、そのままの勢いで体を強かに打ち付けた。
ひゅっと息が詰まり、激しく咳き込む。
どうして──。
なぜ、ヴァンがこれ程の力を──。
痛みに呻き、滲む視界で顔を上げたフォスターの目に映ったのは、ヴァンに駆け寄るウェンディの姿。
怪我はないか、とヴァンの心配をしている姿が眩しくて。
フォスターは、どうしてウェンディが自分に駆け寄らないのか──。悔しくて苦しくて意識を失った。
「──ヴァン! 大丈夫!? 怪我はしていないの!?」
「ウェンディ。駄目だろう、入ってきたら! フォスター隊長が君に何かしたら大変だ!」
「自分の魔法で防ぐわ! それよりどこも怪我していない?」
心配そうに自分の体を見るウェンディに、ヴァンは破顔する。
「大丈夫だよ、ウェンディ。傷一つ無い」
「……本当? それなら良かった」
はああー、と安堵の溜息をついたウェンディは、ヴァンの手を握り、フォスターに顔を向ける。
「……フォスターは」
「大丈夫。骨のいくつかは砕けてしまったと思うけど、命に別状はないよ」
「それなら良かった。ヴァンが責められたら嫌だもの」
ウェンディは本当にフォスターの事など、もうどうでも良いと思っているような態度であっさりと頷いている。
本当は、ヴァンはほんの少しだけ不安だった。
自分がフォスターに負けるとは、微塵も思わなかった。
確実に勝てる。ヴァンは確かな自信があったのだが、もし倒れたフォスターを見たウェンディが、悲しんだら──。
フォスターに帰ろう、と言われたウェンディは、少しも悩まないだろうか──。
そんな風にヴァンは考えてしまったのだが、ウェンディは一切フォスターの方を見る気配がないし、自分の心配ばかりをしてくれている姿に、ヴァンは嬉しさが込み上げてくる。
「勝手に入ってきたフォスター隊長に非があるし、うちの家も大丈夫だ。……ただ、フォスター隊長を雇ってるホプリエル侯爵家が、何かを言ってくるかもしれないけど……」
ヴァンの言葉に、ウェンディの眉がぴくりと反応する。
だが、その言葉に答えたのは背後から歩いて来た伯爵だった。
「──それについても、問題無い。家同士の話になったら、私に任せておきなさい。ヴァン、ウェンディ嬢を部屋に送ってあげたらどうだ? 二人の魔法の確認は出来たし、私とイアンはあの男の対処をしなくては」
「分かりました、父上。それじゃあウェンディを部屋に送ってきます。後はよろしくお願いします」
「ハーツラビュル伯爵、ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
「なになに、気にしなくて良いよ。もし体調が大丈夫なら、気晴らしに買い物にでも行ってきても良いし。ウェンディ嬢も、色々と入用だろう?」
「──っ、お心遣いありがとうございます伯爵」
去って行くウェンディとヴァン、そしてナミアを笑顔で見送った伯爵とイアンは、三人の姿が見えなくなるとすっと笑顔を消し、鍛錬場の隅で気絶したままのフォスターに、冷たい視線を向けたのだった。
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