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二章
16話
しおりを挟む誰かが、ウェンディを「妖精」と呟き。
誰かが「妖精姫」と呼んだ。
月明かりに照らされ、儚く幻想的な美しさを放つウェンディは、正に「妖精」と称されても間違いない。
だが、当の本人であるウェンディもヴァンも、周囲の噂など気にせず、しゃんと背筋を伸ばし真っ直ぐ歩いている。
そんな二人の後ろに続いているヒュフーストは、どこか懐かしげに目を細め、二人を見つめていた。
「……かつては、このように信頼し合う二人ばかりだったのにな。……嘆かわしい事だ」
ヒュフーストは、かつて──。
己が騙され、追放されるよりも以前の事を思い出し、懐古に浸る。
だが、すぐにヒュフーストの瞳には恨みの感情が赤く燃え滾る。
すとん、とヒュフーストの表情が抜け落ち、その表情は恐ろしく冷たい。
ウェンディとヴァン。
二人と同じ馬車から降りて来たヒュフーストにも、必然的に視線は集まる。
周囲の貴族達は、人外の美しさを誇るヒュフーストに、皆息を呑んだ。
ウェンディとヴァン。そしてヒュフーストが侯爵邸に入るまで、誰一人として声を発する事ができなかった。
◇
「レックスお兄様、本日はおめでとうございます」
着任記念のパーティー会場に足を踏み入れたウェンディとヴァン、そしてヒュフーストは真っ直ぐレックスの下に足を進めた。
そして、ウェンディがやってくるのを見たレックスは、薄っすらと微笑みを浮かべてウェンディに向き直る。
レックスに向かってカーテシーを披露し挨拶を行ったウェンディに対して、レックスは持っていたグラスを使用人に渡して一歩ウェンディに近づいた。
「ありがとう、ウェンディ。これからが大変だが……まあ、気負いすぎずやって行くつもりだ」
レックスはウェンディの頭に手を乗せて、軽く撫でる。
「レックス卿、今後も我々に協力出来る事があれば、気軽に声をかけてください。本日はおめでとうございます」
ヴァンも、自分の胸に手を当て、レックスに向かって深く礼をする。
「ヴァン、ありがとう。有難い言葉だ。これからもウェンディをよろしく頼む」
「はい。もちろんです」
レックスの視線が、ウェンディとヴァンの少し後ろにいたヒュフーストに向く。
彼はヒュフーストの整い過ぎた容姿に一瞬目を見開いたが、すぐに気を取り直して手を差し出した。
「ヒュフースト殿。ウェンディの魔法を見て下さっている、と聞いております。本当にありがとうございます。厳しく稽古してやってください」
「──ふん。望む所だ。ウェンディが泣いてもいいんだな?」
「ええ、もちろん。魔法の鍛錬については、ウェンディも覚悟しておりますから」
レックスから差し出された手を握り返したヒュフーストは、少々意地悪い言葉をかけた。
だが、レックスはヒュフーストの言葉に柔らかく笑みを浮かべ、あっさりと肯定してみせた。
それは、ウェンディを。
ヒュフーストを信頼しているからこそ出てくる心からの言葉だと、ヒュフーストは感じた。
「ほう。中々だな」
「──? ヒュフースト殿?」
満足気に頷いたヒュフーストに、レックスは首を傾げる。
だが、ヒュフーストは彼に続きを言う事なく、くるりと踵を返し、ひらりと手を振って去って行ってしまう。
「お、俺はヒュフースト殿に対して何か粗相をしてしまったのか……?」
動揺するように瞳を揺らすレックスに、ウェンディは笑い声を上げて口を開く。
「ヒュフースト様は誰に対してもあんな感じです。だけど、お兄様を褒めて下さいました!」
「褒め……? ヒュフースト殿の言葉は褒めていたのか……?」
全く意味が分からない、と言うように混乱した表情のレックス。
そんなレックスを見て、ウェンディとヴァンはお互いに顔を見合せた。
あれはヒュフーストなりの、賛辞だ。
ある程度ヒュフーストと過ごす時間が長くなったお陰で、ウェンディもヴァンもそれが分かるようになった。
存外、ヒュフーストは照れ屋だし、天邪鬼なのだ。
そんな事を本人の前では決して言えないが。
「ふふっ、そうですよお兄様。ヒュフースト様に認めていただいたのです」
「あの言葉はヒュフースト様の最大限の賛辞だと思います」
ウェンディとヴァン。
二人からそう言われ、レックスは首を捻りつつも二人がそう言うなら、と苦笑混じりに頷いた。
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