57 / 169
57
薄ぼんやりと灯った廊下の灯りと、手元のランタンの明かりだけを頼りにアイーシャは足を進める。
ひたひた、と自分が歩く音だけが響きこの別邸内にまるで自分一人だけしか居ないような気味の悪さを感じてしまう。
リドルや、マーベリック、共の護衛騎士達はアイーシャの客間がある階とは別の階にある客間と貴賓室をそれぞれ使用しており、この階にはアイーシャしか居ない。
この階に繋がる階段の所に護衛は立っているが、別邸とは言え邸内が広いこのルドラン子爵邸は廊下も長く、使用人も邸の維持の為に最低限の者しかいない。
使用人は、仕事が終われば地下にある自分の部屋へと戻ってしまう為アイーシャが居る階には本当に人の気配が無くなってしまう。
「──ルミアにも着いて来て貰えば良かったかしら」
アイーシャはついつい心細くなってしまい呟いてしまう。
自分の身の回りの事はある程度出来るから、と使用人を連れて来なかった事を後悔する。
何かあれば魔道具のベルを鳴らして下さいね、とはこの別邸の使用人に言われているが暗くて怖いから一緒に着いて来てくれ、などとは言えない。
「──クォンツ様だったら、邸内を見て回るの……楽しんでくださりそうだわ……」
アイーシャは思わずこの場には居ないクォンツの事を思い出してくすくすと笑う。
クォンツが消息不明の自分の父親を探しに向かってから一体どれだけの日にちが過ぎたのだろうか。
父親を無事見付ける事が出来たのだろうか、と考える。
「お怪我などしていないといいのだけれど……」
今頃、何処に居て、どう過ごしているのか。
アイーシャは窓の外に視線を向けてクォンツの無事を願った。
アイーシャは、子供の頃にこの邸内で遊んでいた記憶を頼りに邸内にある父親と母親が良く利用していた蔵書室へと向かう。
父親も、母親も少し変わった所があり普通あまり人が興味を抱かない分野の物から始まり、俗説的な根拠の無いただの噂話のような話を纏めた本などまで様々な分野の資料を集め、良く二人はその蔵書室に篭って会話をしていたような記憶がある。
今思えば、両親は探究心が強く、常に知識に飢えていたように感じる。
知らない事があれば目を輝かせて調べ、貪欲に知識を吸収し、知識外の物を自分の糧にして行く事に喜びを感じているようだった。
「──今、考えれば……お父様もお母様もちょっと変な方だったのかしら……」
アイーシャはふふっ、と小さく声を漏らして笑うととある部屋の前に辿り着き、ランタンを自分の顔の高さに持ち上げ、翳す。
両親が利用していた蔵書室は誰にも邪魔をされないように、と少し分かりにくい場所に隠されている。
アイーシャは、ランタンの灯りをで照らされた扉を見詰めてから取っ手に手を掛けて扉を開ける。
ぎい、と蝶番が錆びてしまっているのか不快な音を奏でながら扉が開き、アイーシャはそっとその扉の中へ入り込む。
室内は何の変哲もない小さな一室。
恐らく、アイーシャが子供の頃に利用していた遊び部屋だったような気がする。
子供の部屋等は通常邸の最上階にあるのだが、アイーシャの両親は自分達が多く過ごす階と同階にアイーシャが遊ぶ部屋を用意し、そこの部屋から蔵書室への階段も作ったのだろう。
アイーシャは部屋へ入室すると、くるりと周囲を見回す。
室内は綺麗に保たれているが、子供の頃に使用していた内装とは変わっている。
ケネブがエリシヤを連れてここに滞在する事が多くなり、内装をエリシャの好みに変えさせたのだろう。
アイーシャが両親と共に過ごした景色ががらり、と変わってしまっていてアイーシャは寂しさに俯いた。
もしかしたら、両親が利用していた蔵書室もケネブは発見していて、そこにも良く出入りしていたかもしれない。
「……っ、お父様と、お母様との思い出の場所が……変わってしまっているのは……嫌ね……」
けれど、アイーシャの両親はもうこの世には居ないのだ。
ルドラン子爵家の現当主はケネブで。当主が自分の邸にどう手を加えようとも咎める事が出来る訳が無い。
アイーシャが室内の奥。暖炉の側まで近付くと、暖炉の横──分かりにくいが暖炉の横の壁に魔力を流すと仕掛けが動く装置のような物がある。
アイーシャは、そこに自分の魔力を流し込み魔道具を起動した。
──こうして、魔力を流すと隠し部屋が出てくる、なんてワクワクしないか?
──貴方はいつまで経っても子供みたいなんだから……。ねぇ、アイーシャ? お父様みたいな旦那さんを連れて来ちゃ駄目よ?
ふ、とアイーシャの頭の中に両親の会話が思い出される。
いつだったか、アイーシャを抱っこした父親が子供のように瞳をキラキラとさせてアイーシャにそう語り、母親が呆れたように笑っていた。
「──……っ、」
アイーシャはくしゃり、と表情を歪めると静かに地下への階段が現れた事を確認して、階段へと足を進めた。
そうして。アイーシャが一番下まで降り立ち、蔵書室の扉を開けて自分の目の前に現れた光景に目を見開いた。
「え……、……っ、なにこれっ」
両親がいた景色が、テーブルと椅子があり、そこに腰掛けて楽しげに蔵書に目を通していた母親お気に入りのその場所が。
壁際に備え付けられた低いローチェストに腰掛けて蔵書を読み耽っていた父親のその場所が。
蔵書室は、まるで足の踏み場が無い程に蔵書類が床に散乱し、テーブルと椅子は部屋の隅に押しやられ倒され、壁際にあったローチェストは棚の中身も全て出され、ローチェストは壊れていた。
綺麗に整頓され、保たれていた蔵書室はまるで荒らされたように酷い光景に成り果ててしまっていて、アイーシャはその場に立ち尽くしてしまった。
あなたにおすすめの小説
【今さら遅い】毒で声を失い公爵に捨てられた私。妹では精霊が応えず国は滅びへ。ですが隣国皇帝に溺愛される私に、今さら縋ってきても遅いです
唯崎りいち
恋愛
国一番の歌姫だった私は、妹に毒を盛られ声を失い、婚約者に捨てられた。
すべてを奪われた私を救ったのは、隣国の皇帝。
「お前の歌がなければ国は滅びる」と言われた私の歌は、精霊に届く“本物”の力を持っていて――
一方、私を追放した国は偽物の歌では加護を失い衰退。
今さら元婚約者が縋ってきても、もう遅い。
【完結】私を裏切った不倫夫に「どなたですか?」と微笑むまで 〜没落令嬢の復讐劇〜
恋せよ恋
恋愛
「早くあんな女と別れて、可愛い子と一緒になりたいよ」
不倫中の夫が笑う声を聞き、絶望の中で事故に遭うジェシカ。
結婚五年目に授かったお腹の子を失った彼女は、
「記憶を失ったフリ」で夫と地獄の婚家を捨てることを決意。
元男爵令嬢の薄幸ヒロインは、修道院で静かに時を過ごす。
独り身領主の三歳の男の子に懐かれ、なぜか領主まで登場!
無実の罪をなすりつけ、私を使い潰した報いを受けなさい。
記憶喪失を装った没落令嬢による、「ざまぁ」が幕を開ける!
※本作品には、馬車事故による流産の描写が含まれます。
苦手な方はご注意ください。主人公が絶対に幸せになる
物語ですので、安心してお読みいただければ幸いです。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。
織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。
父であるアーヴェント大公に疎まれている――
噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。
辺境は独自路線で進みます! ~見下され搾取され続けるのは御免なので~
紫月 由良
恋愛
辺境に領地を持つマリエ・オリオール伯爵令嬢は、貴族学院の食堂で婚約者であるジョルジュ・ミラボーから婚約破棄をつきつけられた。二人の仲は険悪で修復不可能だったこともあり、マリエは快諾すると学院を早退して婚約者の家に向かい、その日のうちに婚約が破棄された。辺境=田舎者という風潮によって居心地が悪くなっていたため、これを機に学院を退学して領地に引き籠ることにした。
魔法契約によりオリオール伯爵家やフォートレル辺境伯家は国から離反できないが、関わり合いを最低限にして独自路線を歩むことに――。
※小説家になろう、カクヨムにも投稿しています
婚約破棄をされ、父に追放まで言われた私は、むしろ喜んで出て行きます! ~家を出る時に一緒に来てくれた執事の溺愛が始まりました~
ゆうき
恋愛
男爵家の次女として生まれたシエルは、姉と妹に比べて平凡だからという理由で、父親や姉妹からバカにされ、虐げられる生活を送っていた。
そんな生活に嫌気がさしたシエルは、とある計画を考えつく。それは、婚約者に社交界で婚約を破棄してもらい、その責任を取って家を出て、自由を手に入れるというものだった。
シエルの専属の執事であるラルフや、幼い頃から実の兄のように親しくしてくれていた婚約者の協力の元、シエルは無事に婚約を破棄され、父親に見捨てられて家を出ることになった。
ラルフも一緒に来てくれることとなり、これで念願の自由を手に入れたシエル。しかし、シエルにはどこにも行くあてはなかった。
それをラルフに伝えると、隣の国にあるラルフの故郷に行こうと提案される。
それを承諾したシエルは、これからの自由で幸せな日々を手に入れられると胸を躍らせていたが、その幸せは家族によって邪魔をされてしまう。
なんと、家族はシエルとラルフを広大な湖に捨て、自らの手を汚さずに二人を亡き者にしようとしていた――
☆誤字脱字が多いですが、見つけ次第直しますのでご了承ください☆
☆全文字はだいたい14万文字になっています☆
☆完結まで予約済みなので、エタることはありません!☆
婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました
由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。
彼女は何も言わずにその場を去った。
――それが、王太子の終わりだった。
翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。
裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。
王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。
「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」
ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。
偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて
奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】
※ヒロインがアンハッピーエンドです。
痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。
爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。
執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。
だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。
ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。
広場を埋め尽くす、人。
ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。
この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。
そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。
わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。
国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。
今日は、二人の婚姻の日だったはず。
婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。
王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。
『ごめんなさい』
歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。
無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。
【完結】「君を愛することはない」と言われた公爵令嬢は思い出の夜を繰り返す
おのまとぺ
恋愛
「君を愛することはない!」
鳴り響く鐘の音の中で、三年の婚約期間の末に結ばれるはずだったマルクス様は高らかに宣言しました。隣には彼の義理の妹シシーがピッタリとくっついています。私は笑顔で「承知いたしました」と答え、ガラスの靴を脱ぎ捨てて、一目散に式場の扉へと走り出しました。
え?悲しくないのかですって?
そんなこと思うわけないじゃないですか。だって、私はこの三年間、一度たりとも彼を愛したことなどなかったのですから。私が本当に愛していたのはーーー
◇よくある婚約破棄
◇元サヤはないです
◇タグは増えたりします
◇薬物などの危険物が少し登場します