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しおりを挟む夢幻だろうか。
何故、こんな所に居るのか。死んでしまったのでは無かったのか。
何故、子供の時に見慣れていた父の姿と全く変わらないのか。
アイーシャの頭の中は、様々な疑問が浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返すがそれよりも今は──。
アイーシャはくしゃり、と泣きそうな表情を浮かべると再び「お父様っ」と小さく声を上げた。
アイーシャの言葉が届いたのかどうか分からないが、崖向こうに居たウィルバートの体がびくり、と跳ねた事をアイーシャの隣に居たクォンツも感じ取り、そっとアイーシャの背中に添えていた手のひらに力を込める。
「アイーシャ嬢……。あの男性は、ウィルと言って……。俺と、父上が怪我を負い隣国の川の下流に流されている所を助けて下さった方だ」
「りん、こく……。そうなのですね……隣国に……でも、何故お父様がウィル、と……? お父様はウィルバート、と言うお名前です……それにっ、それにお母様は……っ?」
目尻を赤く染めたアイーシャがクォンツを見上げてそう問い掛けてくる。
その問い掛けに、クォンツはどう説明したものかと考え、そして事実だけをアイーシャに告げる事にした。
記憶を失い、娘の事を覚えていない、と言えばアイーシャは傷付くだろう。
だが、避けては通れぬ事柄だ。
どのみち、何れはばれてしまう。それならば、まだ自らの言葉でアイーシャにしっかりと説明した方が良い、と考えたクォンツは唇を開いた。
「ウィルバート殿も、馬車の転落事故で酷い怪我を負っていたようだ。その事故の影響か何かで、記憶に欠損がある……。自分の名前も何もかも、目覚めた時に覚えていなかったようだ」
「──そんなっ」
クォンツの言葉に、アイーシャの瞳からとうとう涙が零れ落ちる。
アイーシャの涙にクォンツはぎくりと体を強ばらせると躊躇いつつ、そっと自分の親指でアイーシャの涙を拭ってやる。
だが、クォンツがいくら涙を拭ってやってもアイーシャの瞳からは次々と涙が零れ落ちて来て、クォンツはおろおろとしながらアイーシャに声を掛ける。
「ア、アイーシャ嬢……っ、泣き止んでくれ……っ、」
「──っ、ご、ごめんなさ……っ、頭がっ、混乱して……っ」
ひくっ、としゃくり上げるアイーシャの背中を擦ってやりながらクォンツは崖向こうに未だ立ち尽くしているだろうウィルバートの方へと顔を向ける。
「──……っ、」
ウィルバートを見た瞬間、クォンツの背筋に悪寒が走る。
ここからはウィルバートの表情が分からないが、何故かクォンツは恐れを抱きアイーシャの背中を擦っていた自分の腕と、アイーシャの涙を拭っていた手をぱっと離す。
他意は無い、と何故か言い訳をするような気持ちで自分の両腕を肩の位置に上げるとその行動に不審がったアイーシャが涙に濡れた声音でクォンツを呼ぶ。
「ク、クォンツ様……、どうされ、」
「──いや、俺も……良く分からん……」
良く分からないが、だが。
このままアイーシャに触れていては何だか不味い事になる、とクォンツは無意識の内にそう考えてしまいアイーシャから距離を取った。
クォンツの一連の動きに、アイーシャは首を傾げながら再度自分の父親の居る崖向こうに視線を向ける。
すると、先程まで微動だにせず佇んで居たウィルバートが突然動き出した。
「──えっ、」
「……ウィル殿……!?」
ウィルバートは、クォンツとクォンツの父クラウディオが取った行動と同じようにその場からこちら側に飛び移ろうとしているようで。
アイーシャが顔色を真っ青にしてウィルバートの元へと駆け出す。
父が、身体強化を使えぬ状態でこちら側に飛び移るなど到底無理だ。
そう考えたアイーシャが真っ青になって崖際に走り寄ろうとした時。
ウィルバートは地面を軽くとん、と自分のつま先で蹴るとふわり、と体が浮いた。
鬱蒼と茂る木々の影で周囲は薄暗く、あまりはっきりとは見えないが黒い粒子のような物がウィルバートの周囲を漂っているように見える。
「──ぇっ」
アイーシャがその姿に驚き、目を見開いている内にウィルバートはいとも簡単にアイーシャ達の居る開けた場所に飛び移っており。
駆け寄って来ていたアイーシャの元に、ウィルバートもそのまま駆け出した。
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