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しおりを挟む「──えっ、え……?」
ウィルバートは、今身体強化魔法を使っただろうか。
だが、その魔法を発動すれば少なからず魔法を発動した時の光が発光する筈なのだが、そんな物は一切現れなかった。
それ所か、ウィルバートの体は真っ黒い粒子のような物に包まれており、その粒子は崖を飛び移って来たウィルバートが地面に降り立った瞬間、ぱっと霧散した。
アイーシャが混乱しながら前方に視線を移せば、遠くに居た筈のウィルバートの表情が見える距離まで近付いて来ていて。
ウィルバートは、アイーシャと同じく泣き出しそうなくしゃりと悲しみを耐えているような表情を浮かべてアイーシャに手を伸ばした。
──妻と、同じエメラルドグリーンの瞳。
──妻、イライアと同じような美しい顔立ち。
──何故、自分はこんなにも大切な大切な家族の事を忘れていたのだろうか。
ウィルバート・ルドランはクォンツと共に居るアイーシャを一目見た瞬間に全てを思い出した。
自分の頭の中を様々な記憶が濁流のように流れ、そしてその記憶がしっかりと定着する。
その瞬間には、アイーシャに必要以上に寄り添うクォンツを憎々しげに睨んでしまったが、アイーシャの涙を認めた瞬間、自然と体が動いてしまった。
アイーシャの唇が「お父様」と動き、涙を流している。
最愛の娘が泣いている、と言う事に気付いてからはもう何も考えずに行動に移してしまった。
このように人目がある場所でこの魔法を使用するのは適していない。
しかも、この場所には王太子殿下まで居るのだから、誤魔化す事も隠す事も出来はしないのだが。
それでも、娘が泣いて自分を呼んでいるのだ。
逸早く駆け付ける為にはそんな物に構っている暇は無い──。
「──っ、アイーシャ……っ!」
「……っ、……っ、!」
伸ばされたアイーシャの腕を掴み、ウィルバートは自分の腕でしっかりとアイーシャの体を抱き込んだ。
アイーシャは自分の名前をウィルバートが口にし、そうして抱き締めてくれるとは思わなかったのだろう。
ウィルバートの腕の中で嗚咽を上げ、肩を震わせて泣いている。
切なく響くアイーシャの泣き声に、ウィルバートも自分の瞳から次から次へと涙が零れ落ちてしまい、みっともなくウィルバートも声を殺せずに声を漏らしてしまう。
「──ぅ……っ、アイーシャっ、アイーシャ……っ」
すまない、と言う気持ちを込めてアイーシャを掻き抱くとウィルバートはアイーシャを抱き締めたまま地面へと崩れ落ちてしまう。
しっかりとアイーシャの腕がウィルバートの背中に回っていて、それにもまたウィルバートはボタボタと涙を地面に落として行く。
どれだけの時間、こうしていたのだろうか。
アイーシャは自分をしっかりと抱き留めてくれるウィルバートの腕の中でぐりぐりとウィルバートの胸に頭を擦り付けて甘える。
幼少の頃からの癖になってしまっているその行動にウィルバートは懐かしそうに、嬉しそうに笑みを零すとしっかりとアイーシャを抱き締め直した。
「お父様っ、本当にっ、生きて……っ」
「──ああ、転落事故の後……酷い怪我を負ったのだが、何とか生きながらえた……。だが……っ」
ウィルバートは、アイーシャの顔を上げさせるとしっかりと瞳を合わせてアイーシャの母親であり、自分の妻であるイライアがあの事故で亡くなってしまった事を説明する為に唇を開いた。
「だがっ、だが……っ、イライアは……っすまない……っ」
「お母様は、助からなかった、のですね……っ」
ぶわり、とアイーシャの瞳に再び涙が溜まるが、アイーシャはぐっと唇を噛み締めると何とかこれ以上泣いてしまわないように耐えている。
「──ああ。すまない……。隣国の山中に、私が今暮らしている家がある……その近くにイライアの墓標を立てたんだ……。後で、そこに一緒に行こう……」
「──っ、はいっ、はい……! 私、も……っ、お母様にお会いして、手を合わせたいです……っ」
声を震わせ、お互い涙に濡れた声で会話を続けるルドラン親子に、周囲に居て様子を見守っていた隊員達も自分の目頭を押さえたり、目元を拭ったりとしている。
クォンツも自分の鼻がつん、としてくるのを感じるが背後から聞こえる魔物の咆哮が激しくなり、はっと意識を魔物の方へと向けた。
クォンツの父親であるクラウディオが戦闘に参加している為、大丈夫だろうと考えていたが未だに止めを刺せていない様子だ。
クォンツは、アイーシャとウィルバートの親子の再会に水を差すような事にならぬよう、自分も長剣を再度強く握り締めると魔物の方へと振り向いた。
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