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「保護、保護とは一体? 何故アイーシャが侯爵家に保護されるような経緯に……?」
ウィルバートは俯き、握り込んだ拳に力を込めているのだろう。
ぷるぷると拳が震えていて、クォンツはこれ以上ウィルバートを刺激しないように言葉を選びながら説明する。
「……その、アイーシャ嬢は……ご両親であるあなた方を事故で亡くしてしまった後、ウィルバート卿の弟君であられるケネブ・ルドランに養子として迎えられました」
「ああ……アイーシャから、聞いている」
「それで、アイーシャ嬢を引き取ってからルドラン子爵の爵位を継いだ弟君は、アイーシャ嬢に相続される金品を自分達で使い、アイーシャ嬢には必要最低限の物しか与えていなかった、ようです」
クォンツの言葉に、アイーシャはこれ以上の説明を止めようとクォンツの裾を引くが、アイーシャのその手は逆にクォンツの手に絡め取られてしまう。
「それ以外にも、アイーシャ嬢は幼少期の頃から弟君の家族に何か意見をしたりすると躾と称して地下の備蓄庫に閉じ込められていたとか……これは、立派な虐待かと思われます。また、暴力こそ振るわれていなかったようですが、先日弟君がアイーシャ嬢に対して暴力を。……防ぎましたが、物を投げられて当たり所が悪ければ大事に至っていたかと思います」
「──……」
「義妹であるエリシャ・ルドランは恐らく弟君が覚えさせた魅了魔法と信用魔法……それと恐らく消滅魔術を使用してアイーシャ嬢の周囲から友人達を奪い、婚約者も奪いました」
「……、」
クォンツの「婚約者」と言う言葉にウィルバートはぴくりと反応したが、アイーシャはそう言えば自分には婚約者が居たのだった、と思い出す。
あの日、マーベリックとリドルに助けられた後、元婚約者であるベルトルトは王城の貴族牢に入れられた、と聞いているがこの後彼は一体どうなるのだろうと一瞬だけ頭に過ぎった。
「以上の事から、アイーシャ嬢の心身保護の為に我がユルドラーク侯爵邸で保護しておりました」
「なるほど……?」
「私が父の捜索に向かった後の事は分かりませんが……ケネブ・ルドランとエリシャ・ルドランが捕らえられている事から、短期間で罪が露見したのでしょう。……これ以外は、特に何も起きていないか、アイーシャ嬢?」
くるり、と振り向きアイーシャに問い掛けるクォンツに、アイーシャは強く頷く。
クォンツの説明だけでウィルバートの表情が恐ろしい事になってしまっている。
これで、元婚約者であるベルトルトの事まで話してしまっては、ウィルバートは今すぐにでもベルトルトの元に行き、彼を始末してしまいそうだ。
必死に頷くアイーシャの態度に、クォンツが眉を顰める。
何故かウィルバートもクォンツと同じような表情をしていて、アイーシャが「何故疑っているのだ」と心の中で叫ぶと、クォンツが口を開いた。
「──なんか、怪しいな……。俺がいない間に他にも何かあったような気がする」
「娘と長い時間を過ごしていないにも関わらず娘の嘘を見破るのは癪だが。……アイーシャは嘘を付く時に左耳が動く」
「──えっ!?」
ウィルバートの言葉にぎょっとして、アイーシャは自分の左耳を咄嗟に手のひらで覆ってしまうがその行動が既に「嘘をついていました」と白状したようなものである。
「ああ、すまんアイーシャ。もしかしたら右耳だったかもしれん。何せ十年振りだからな。記憶が戻り切っていなかったかもしれん」
しれっと告げるウィルバートに、アイーシャは顔を真っ赤にして目を釣り上げると叫んだ。
「お、お父様! 酷いです!」
「そうだな、アイーシャに酷い事をした奴がまだいるんだな? 説明した方がいい」
「──ああ。俺も聞いておきたい。アイーシャ嬢から離れた後、何が起きたのか……。王太子殿下に聞きに行ってもいいんだが?」
先程までギスギスした雰囲気だったクォンツとウィルバートがいつの間にか結託し、アイーシャを追い詰める。
二人の追求から逃れる事は難しいだろう、とアイーシャは観念したのだった。
◇◆◇
夜も更け、見張りの者以外が寝静まった頃。
ウィルバートはむくり、とベッドから起き上がると隣のベッドで眠るアイーシャに優しい眼差しを向ける。
「──十年……本当に辛い思いをしてきたんだな……」
ウィルバートはアイーシャの顔に掛かってしまっている髪の毛を指先で退かしてやると、きゅうっと瞳を細める。
今は閉ざされてしまっているが、アイーシャの瞳は亡き妻のイライアと同じエメラルドグリーンだ。
キラキラと輝き、とても美しい光を放つイライアの瞳がウィルバートは好きだった。
いつまでも見ていたい、と思わせるような美しい瞳で、その瞳に見詰められるのが好きだった。
そう、本当に好きだったのだ。
「僕が……イライアの瞳を見間違える筈が、無い……っ」
ウィルバートはくしゃり、と顔を歪めると両手で顔を覆う。
隣で眠るアイーシャを起こしてしまわないようにと気を付けるが、小さく漏れ出て来る嗚咽を抑える事が出来ない。
考えたく無い、考えたくなど無かったのだが、周囲が静かになり目を閉じていると先程の戦闘で合成獣にトドメを刺した時の光景が頭の中に蘇る。
濁った瞳の中に、小さく小さく輝いていた大好きなエメラルドグリーンの瞳。
エメラルドグリーンが、自分の放った闇魔法で跡形も無く、消え去ってしまった。
「──ぅあっ、あぁぁあ……っ、」
ウィルバートは、抑えきれなかった嗚咽を小さく小さく漏らしながらベッドに蹲った。
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