冷酷廃妃の誇り-プライド- 〜魔が差した、一時の気の迷いだった。その言葉で全てを失った私は復讐を誓う〜

高瀬船

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 ちら、ちらと怯えるように体を震わせながらクリスタに視線を向けるソニアにヒドゥリオンは焦り、急ぎソニアの下に向かった。

「──ソニア! は有り得ない……っ!」
「け、けれどヒドゥリオン様ぁ……っ」

 自分の傍にようやくやって来てくれたヒドゥリオンにソニアはぶわりと瞳に涙の膜を張り、縋るように手を伸ばす。
 ヒドゥリオンが伸ばした手を当然のように受け入れたソニアは、彼に体を寄せた。

 ソニアの肩に腕を回し、庇うように体を寄せるヒドゥリオンと、縋るようにヒドゥリオンにぴたり、とくっつくソニア。
 二人が体を寄せ合う光景をその目で見ていたクリスタは何だか馬鹿馬鹿しい気持ちになって来てしまう。

 ──こんなもの、最早茶番だ。

 クリスタはこの夜会会場から退出してしまいたい気持ちになってしまう。

「クリスタ王妃」

 呆れ、ヒドゥリオンとソニアを何とも言えない気持ちで見ていたクリスタの背後から優しい声が掛けられる。
 後ろを振り向かなくても分かるその声に、クリスタは「そうだった」と安心感に包まれた。

 この夜会会場にはギルフィードが居る。

「あちらの王女は……クリスタ王妃が準備をしたこの夜会会場の会場設備、及び警備に問題があったのだ、と思っておられるようですね。……そちらも私が確認致しましょうか?」
「ギルフィード王子……そんな事が可能なのですか……?」

 疲れた顔で、クリスタはギルフィードに振り返る。
 するとギルフィードはクリスタのすぐ傍らに立っていて、まるで「大丈夫?」と心配するような優しい瞳でクリスタを覗き込んだ。

「ええ。無機物にも私の魔法は作用するのは先程お目にしたと思います。会場全体に私の魔法を発動して確認する事は可能ですよ」

 会場全体──。
 そんな事までやってしまえば。そして国賓であるクロデアシア国の王子であるギルフィードにそんな事をさせてしまったら──。
 友好国であるクロデアシアから抗議を受ける可能性がある。
 ディザメイアのくだらない茶番に、王族であるギルフィードを関わらせてはならない。
 しかも、ギルフィードはさらりと言ってのけているが会場全体に魔法を発動するとなればギルフィードの体にだってかなりの負荷が掛かる。

 ソニアの馬鹿馬鹿しい勘違いにこれ以上巻き込んではいけない。
 クリスタはそう考え、ギルフィードの有難い申し出を断ろうとしたのだが、そこで再び違う男の声が挟まれた。

「──やれやれ、そんな大事になっては我が国はクロデアシアに頭が上がらなくなってしまいます。それに、たかが寵姫の戯言。それを本気に受け取る陛下でも、王妃殿下でもございませんでしょう?」
「アスタロス公爵……」

 優雅に微笑みながらクリスタやギルフィード達に向かい、歩いて来るのはキシュート・アスタロスで。
 ギルフィードを夜会に招待し、彼を自分の邸に滞在させ、先程クリスタと楽しく会話をしたキシュートで。

 キシュートはクリスタとギルフィードに向かい合い、胸に手を当て軽く頭を下げる。

 突然この国の公爵家が口を挟み、そしてクリスタの傍に。まるでクリスタを庇うかのように歩み寄って来た光景に周囲に居た貴族達はざわめく。
 それは、バズワン伯爵も同じで。
 何故、公爵家が首を突っ込んで来るのだ、と戸惑ってさえいる。

 キシュートの公爵家はこの国の貴族の中で一番の権威を持ち、力も持つ。
 そのような公爵家が誰の目から見ても明白な程、クリスタを庇った。

 ソニアを抱き寄せていたヒドゥリオンもキシュートの行動に驚いているように目を見開いていて。

 大きな力を持つ公爵家だからこそ、中立な立場を貫いていたのにどうして、と動揺が隠せない程である。
 だが、周囲の動揺を他所にキシュートはゆるりと笑みを浮かべ、首を傾げて口を開いた。

「本日の夜会はなのでしょう? ならば私は美しい王妃殿下を庇いたくもなってしまう……。幼き頃より我が国のため、我が国を発展させるために多くの時間を費やして来られた王妃殿下ですからね……。一臣下として尊敬しておりますので。幼子の戯れのような言葉遊びにお付き合いする必要は無いと思いますよ、王妃殿下」

 にっこりと笑みを深め、はっきりと口にしたキシュートは、だが先程ギルフィードが口にした「無礼講」と言う言葉を自らも口にした。

 これはこの夜会でだけの発言だと心に止めろ、と周囲に遠回しに告げたのだ。
 公爵家の言葉としてでは無く、キシュートと言うただ一人の人間としての言葉だと。
 そしてこの夜会は公式の場では無い、国内外に向けてそのような意図は一切無い、と知らしめたのだ。

 そして、ソニアの言葉を幼子の戯れと一蹴した。
 これ以上下らぬ事に時間を掛けるな、とはヒドゥリオンへ向けた言葉でもあるのだろう。

 キシュートの言葉を受けたヒドゥリオンは何か言いたそうにしながらも、口を噤み、ソニアを立たせた。

「──えっ、え? ヒドゥリオン様っ」

 ヒドゥリオンはソニアの肩を抱き、会場の出入口に向かい歩いて行く。
 ソニアは何故ヒドゥリオンが外に出てしまおうとしているのか理解していない様子で何度も会場を名残惜しそうに振り返っている。

 クリスタ達の前から完全にヒドゥリオンとソニアの姿が見えなくなって。
 クリスタの傍に立っていたキシュートがぽつり、とクリスタとギルフィードにだけ聞こえるような声音で呟いた。

「王妃……。あのタナ国の王女、厄介そうな女だ」
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