51 / 118
51
しおりを挟むクリスタの小さく零した「嫌だ」と言う言葉がヒドゥリオンの耳に届いたのだろう。
途端、ヒドゥリオンは怒りに目を見開きクリスタに向かって怒声を上げた。
「嫌だ、とは一体どう言う事だ王妃! そもそも、王妃が下らぬ悋気でソニアを傷付け、下らぬ権威・地位に固執するしか脳が無いくせに……! 王族の血を引く者を亡き者と──」
「もう結構です!」
クリスタはヒドゥリオンの言葉を遮り、大声を上げる。
いつも冷静沈着で、声を荒らげる事無く、感情を昂らせる事をしないクリスタが怒りを滲ませた表情を浮かべている事にヒドゥリオンは目を見開く。
あの時。
クリスタを引き倒した時でさえここまで怒り、大声を張り上げる事は無かった。
「な、何を勝手に発言を──」
「権威に固執しているですって……? 地位に執着している、ですって……? 国王陛下、貴方の目には私がそのような愚者に映っているのですね。そんな下らぬ物にしがみつく醜い愚者に見えているのですね……」
「その通り、だろう……。このような庭園に固執しているのがその執着の現れでは無いのか!? 王妃の庭園、など馬鹿馬鹿しい……! 王妃だけでは無く、ソニアにも……! 私の妃である者にも利用する権利はあるはずだ。それなのにこの庭園を権力の象徴として悪用しているそなたの行いが全て悪い」
「そのような事を仰るのですか!? 前、王妃殿下がどんな思いでこの庭園の事を私にお話して下さったのか……どんな思いで過去の王妃達がこの庭園を継承して来たのか……! 陛下もその時ご一緒に居たではございませんか!?」
「──っ、それ、は……そうだが……っ。だが! この国の王は私だ! 国王である私が許可したのだ、私が良いと言いソニアにも与えた庭園だ! 王妃が独占出来る場所では無い!」
「……っ、なんと……っ、愚かな……っ」
クリスタはヒドゥリオンの言葉に悔しさで奥歯を噛み締める。
恋情に溺れ、判断を誤り、愚者になってしまったのは一体どちらか。
もう言葉を交わしたくも無い。
顔を見たくも無い、と言うようにクリスタはヒドゥリオンから顔を背けた。
「……ギルフィード王子、守って頂きありがとうございます。もう、戻りましょう」
「──良いのですか?」
「ええ。時間の無駄です」
自分から顔を背け、さっさとこの場を退出しようとしているクリスタにヒドゥリオンは怒りを募らせた。
「──まだ話は終わっていないぞ、王妃! 逃げる事は許さない……! そなたは私とソニアの子を殺そうとした罪がまだあるのだ! この件を私が納得出来るよう、説明しろ!」
「何ですって……?」
まさかヒドゥリオンからそのような事を言われるとは、とクリスタは驚き目を見開く。
そして、それと同時に何故ヒドゥリオンがこれ程まで憤怒し、愚かな物言いばかりをするのか合点が行く。
クリスタは再び振り向き、ヒドゥリオンに向き直る。
「私が、陛下のお子を手にかけようと? それは一体誰が陛下に告げたのです?」
「──っ、ソニアの侍女だ! お前はこの庭園でソニアを罵るだけでは気が済まず、私の子を身篭ったソニアを妬み、魔法で攻撃した、と聞いている! 王族が、私利私欲で攻撃魔法を放つなど……! 私の子を殺そうとするなど……っ、王妃、例えそなたであっても処刑は免れぬ事だぞ! それを直ぐに処刑せず、こうして私が直接確認しに来ただけでも感謝すべき事を……!」
「魔法で……? そうですか。私がソニアさんに攻撃魔法を放った、と言うのですか? その言葉を陛下は信じたのですね」
心底呆れた、と言うような様子のクリスタにヒドゥリオンはぐっと言葉に詰まる。
窮地に追い込まれているはずなのに、クリスタは先程から全く動じる気配が無く、そして今は呆れた様子で腕を組み、ヒドゥリオンを正面から睨み返している。
「それならば、ここに居られるギルフィード王子に魔力の痕跡を再び確認して頂きましょう。以前、夜会で調べた時と同じように。私が庭園で魔法を発動したのであれば、まだ空気中に私の魔力が残っているかもしれません。調べられますか、ギルフィード王子」
「はい、可能です。クリスタ王妃の魔力が庭園内に残っていないか、ですよね? 簡単ですが」
「ギルフィード王子も、私も先程の爆風から身を守るために魔法を放ちましたが、それはこの温室内でのみ。庭園内で魔法を放っていなければ、魔力が検出される事はありませんね?」
「仰る通りです、クリスタ王妃」
堂々と告げるクリスタとギルフィードに、ヒドゥリオンは途端焦り始める。
(ま、待て待て待て。何故こんなにも二人は堂々としているのだ!? 調べられたら終わりなのだぞ……? まさか、攻撃魔法など放っていない? いや、だがあの時私に涙ながらに訴えた侍女の様子は鬼気迫る様子だった……。あれが、あの涙が嘘とは思えん……)
何が本当で、何が嘘なのか。
ヒドゥリオンは混乱しつつ、クリスタの提案を却下する。
「ギルフィード殿は、王妃の肩を持つだろう。王妃の魔力が庭園で検出されても、ギルフィード殿が隠蔽してしまう可能性がある……!」
「ギルフィード王子はクロデアシア国の王族です。調査に私情を挟む事など有り得ません」
「ディザメイア国王は我が国を侮辱した、と捉えても構いませんよ」
クリスタとギルフィードの言葉に、ヒドゥリオンも流石に口を噤む。
クロデアシア国を侮辱する、などと捉えられてはたまったものでは無い。
ヒドゥリオンはぎりっと奥歯を噛み締め、恨めしそうにクリスタを睨み付けた後苦し紛れに言い捨てた。
「──ならば、今回の件は調査をする。子に手を掛けようとした、と言うのがソニアの侍女のみだ。ソニアや他の侍女に事情を聞き、その後にやはり王妃が私とソニアの子を亡き者にしようとした、と分かった時は覚悟を」
「何も出て来るはずがありません。ですが、どうぞご自由に調査なさって下さい」
67
あなたにおすすめの小説
婚約破棄をありがとう
あんど もあ
ファンタジー
リシャール王子に婚約破棄されたパトリシアは思った。「婚約破棄してくれるなんて、なんていい人!」
さらに、魔獣の出る辺境伯の息子との縁談を決められる。「なんて親切な人!」
新しい婚約者とラブラブなバカップルとなったパトリシアは、しみじみとリシャール王子に感謝する。
しかし、当のリシャールには災難が降りかかっていた……。
やり直し令嬢は本当にやり直す
お好み焼き
恋愛
やり直しにも色々あるものです。婚約者に若い令嬢に乗り換えられ婚約解消されてしまったので、本来なら婚約する前に時を巻き戻すことが出来ればそれが一番よかったのですけれど、そんな事は神ではないわたくしには不可能です。けれどわたくしの場合は、寿命は変えられないけど見た目年齢は変えられる不老のエルフの血を引いていたお陰で、本当にやり直すことができました。一方わたくしから若いご令嬢に乗り換えた元婚約者は……。
あなたの事は好きですが私が邪魔者なので諦めようと思ったのですが…様子がおかしいです
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のカナリアは、原因不明の高熱に襲われた事がきっかけで、前世の記憶を取り戻した。そしてここが、前世で亡くなる寸前まで読んでいた小説の世界で、ヒーローの婚約者に転生している事に気が付いたのだ。
その物語は、自分を含めた主要の登場人物が全員命を落とすという、まさにバッドエンドの世界!
物心ついた時からずっと自分の傍にいてくれた婚約者のアルトを、心から愛しているカナリアは、酷く動揺する。それでも愛するアルトの為、自分が身を引く事で、バッドエンドをハッピーエンドに変えようと動き出したのだが、なんだか様子がおかしくて…
全く違う物語に転生したと思い込み、迷走を続けるカナリアと、愛するカナリアを失うまいと翻弄するアルトの恋のお話しです。
展開が早く、ご都合主義全開ですが、よろしくお願いしますm(__)m
高慢な王族なんてごめんです! 自分の道は自分で切り開きますからお気遣いなく。
柊
恋愛
よくある断罪に「婚約でしたら、一週間程前にそちらの有責で破棄されている筈ですが……」と返した公爵令嬢ヴィクトワール・シエル。
婚約者「だった」シレンス国の第一王子であるアルベール・コルニアックは困惑するが……。
※小説家になろう、カクヨム、pixivにも同じものを投稿しております。
【完結】元サヤに戻りましたが、それが何か?
ノエル
恋愛
王太子の婚約者エレーヌは、完璧な令嬢として誰もが認める存在。
だが、王太子は子爵令嬢マリアンヌと親交を深め、エレーヌを蔑ろにし始める。
自分は不要になったのかもしれないと悩みつつも、エレーヌは誇りを捨てずに、婚約者としての矜持を守り続けた。
やがて起きた事件をきっかけに、王太子は失脚。二人の婚約は解消された。
妹が公爵夫人になりたいようなので、譲ることにします。
夢草 蝶
恋愛
シスターナが帰宅すると、婚約者と妹のキスシーンに遭遇した。
どうやら、妹はシスターナが公爵夫人になることが気に入らないらしい。
すると、シスターナは快く妹に婚約者の座を譲ると言って──
本編とおまけの二話構成の予定です。
無愛想な婚約者の心の声を暴いてしまったら
雪嶺さとり
恋愛
「違うんだルーシャ!俺はルーシャのことを世界で一番愛しているんだ……っ!?」
「え?」
伯爵令嬢ルーシャの婚約者、ウィラードはいつも無愛想で無口だ。
しかしそんな彼に最近親しい令嬢がいるという。
その令嬢とウィラードは仲睦まじい様子で、ルーシャはウィラードが自分との婚約を解消したがっているのではないかと気がつく。
機会が無いので言い出せず、彼は困っているのだろう。
そこでルーシャは、友人の錬金術師ノーランに「本音を引き出せる薬」を用意してもらった。
しかし、それを使ったところ、なんだかウィラードの様子がおかしくて───────。
*他サイトでも公開しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる