冷酷廃妃の誇り-プライド- 〜魔が差した、一時の気の迷いだった。その言葉で全てを失った私は復讐を誓う〜

高瀬船

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 クリスタの小さく零した「嫌だ」と言う言葉がヒドゥリオンの耳に届いたのだろう。
 途端、ヒドゥリオンは怒りに目を見開きクリスタに向かって怒声を上げた。

「嫌だ、とは一体どう言う事だ王妃! そもそも、王妃が下らぬ悋気でソニアを傷付け、下らぬ権威・地位に固執するしか脳が無いくせに……! 王族の血を引く者を亡き者と──」
「もう結構です!」

 クリスタはヒドゥリオンの言葉を遮り、大声を上げる。

 いつも冷静沈着で、声を荒らげる事無く、感情を昂らせる事をしないクリスタが怒りを滲ませた表情を浮かべている事にヒドゥリオンは目を見開く。

 あの時。
 クリスタを引き倒した時でさえここまで怒り、大声を張り上げる事は無かった。

「な、何を勝手に発言を──」
「権威に固執しているですって……? 地位に執着している、ですって……? 国王陛下、貴方の目には私がそのような愚者に映っているのですね。そんな下らぬ物にしがみつく醜い愚者に見えているのですね……」
「その通り、だろう……。このような庭園に固執しているのがその執着の現れでは無いのか!? 王妃の庭園、など馬鹿馬鹿しい……! 王妃だけでは無く、ソニアにも……! 私の妃である者にも利用する権利はあるはずだ。それなのにこの庭園を権力の象徴として悪用しているそなたの行いが全て悪い」
「そのような事を仰るのですか!? 前、王妃殿下がどんな思いでこの庭園の事を私にお話して下さったのか……どんな思いで過去の王妃達がこの庭園を継承して来たのか……! 陛下もその時ご一緒に居たではございませんか!?」
「──っ、それ、は……そうだが……っ。だが! この国の王は私だ! 国王である私が許可したのだ、私が良いと言いソニアにも与えた庭園だ! 王妃が独占出来る場所では無い!」
「……っ、なんと……っ、愚かな……っ」

 クリスタはヒドゥリオンの言葉に悔しさで奥歯を噛み締める。

 恋情に溺れ、判断を誤り、愚者になってしまったのは一体どちらか。
 もう言葉を交わしたくも無い。
 顔を見たくも無い、と言うようにクリスタはヒドゥリオンから顔を背けた。

「……ギルフィード王子、守って頂きありがとうございます。もう、戻りましょう」
「──良いのですか?」
「ええ。時間の無駄です」

 自分から顔を背け、さっさとこの場を退出しようとしているクリスタにヒドゥリオンは怒りを募らせた。

「──まだ話は終わっていないぞ、王妃! 逃げる事は許さない……! そなたは私とソニアの子を殺そうとした罪がまだあるのだ! この件を私が納得出来るよう、説明しろ!」
「何ですって……?」

 まさかヒドゥリオンからそのような事を言われるとは、とクリスタは驚き目を見開く。
 そして、それと同時に何故ヒドゥリオンがこれ程まで憤怒し、愚かな物言いばかりをするのか合点が行く。

 クリスタは再び振り向き、ヒドゥリオンに向き直る。

「私が、陛下のお子を手にかけようと? それは一体誰が陛下に告げたのです?」
「──っ、ソニアの侍女だ! お前はこの庭園でソニアを罵るだけでは気が済まず、私の子を身篭ったソニアを妬み、魔法で攻撃した、と聞いている! 王族が、私利私欲で攻撃魔法を放つなど……! 私の子を殺そうとするなど……っ、王妃、例えそなたであっても処刑は免れぬ事だぞ! それを直ぐに処刑せず、こうして私が直接確認しに来ただけでも感謝すべき事を……!」
「魔法で……? そうですか。私がソニアさんに攻撃魔法を放った、と言うのですか? その言葉を陛下は信じたのですね」

 心底呆れた、と言うような様子のクリスタにヒドゥリオンはぐっと言葉に詰まる。
 窮地に追い込まれているはずなのに、クリスタは先程から全く動じる気配が無く、そして今は呆れた様子で腕を組み、ヒドゥリオンを正面から睨み返している。

「それならば、ここに居られるギルフィード王子に魔力の痕跡を再び確認して頂きましょう。以前、夜会で調べた時と同じように。私が庭園で魔法を発動したのであれば、まだ空気中に私の魔力が残っているかもしれません。調べられますか、ギルフィード王子」
「はい、可能です。クリスタ王妃の魔力が庭園内に残っていないか、ですよね? 簡単ですが」
「ギルフィード王子も、私も先程の爆風から身を守るために魔法を放ちましたが、それはこの温室内でのみ。庭園内で魔法を放っていなければ、魔力が検出される事はありませんね?」
「仰る通りです、クリスタ王妃」

 堂々と告げるクリスタとギルフィードに、ヒドゥリオンは途端焦り始める。

(ま、待て待て待て。何故こんなにも二人は堂々としているのだ!? 調べられたら終わりなのだぞ……? まさか、攻撃魔法など放っていない? いや、だがあの時私に涙ながらに訴えた侍女の様子は鬼気迫る様子だった……。あれが、あの涙が嘘とは思えん……)

 何が本当で、何が嘘なのか。
 ヒドゥリオンは混乱しつつ、クリスタの提案を却下する。

「ギルフィード殿は、王妃の肩を持つだろう。王妃の魔力が庭園で検出されても、ギルフィード殿が隠蔽してしまう可能性がある……!」
「ギルフィード王子はクロデアシア国の王族です。調査に私情を挟む事など有り得ません」
「ディザメイア国王は我が国を侮辱した、と捉えても構いませんよ」

 クリスタとギルフィードの言葉に、ヒドゥリオンも流石に口を噤む。
 クロデアシア国を侮辱する、などと捉えられてはたまったものでは無い。

 ヒドゥリオンはぎりっと奥歯を噛み締め、恨めしそうにクリスタを睨み付けた後苦し紛れに言い捨てた。

「──ならば、今回の件は調査をする。子に手を掛けようとした、と言うのがソニアの侍女のみだ。ソニアや他の侍女に事情を聞き、その後にやはり王妃が私とソニアの子を亡き者にしようとした、と分かった時は覚悟を」
「何も出て来るはずがありません。ですが、どうぞご自由に調査なさって下さい」
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