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しおりを挟むクリスタが何も言葉を返さない、と言う事が最早その事実を認めたような物である。
クリスタの表情、視線の動き、態度から周囲に居た貴族達は皆「ディザメイア王国の王妃が魔法を使えなくなった」と言う事を理解した。
そして、その瞬間。こうなる事を待っていた、と言わんばかりにバズワン伯爵が騒ぎ立てる。
「──なんと言う事だ……! まさか、王妃殿下……! 王妃殿下は魔法を使う事が出来ないと仰るのですか!? それは一大事ですぞ……!」
バズワンの言葉に、ざわめきの波紋が瞬く間に広がって行く。
ディザメイアの貴族のみならず、この狩猟大会に合同参加しているクロデアシアの貴族達にもその騒ぎは伝染し、何事だ、と注目を集めている。
狩猟大会の開会の挨拶が済んだと言うのに、貴族達は誰一人として狩りに出発する者はおらず、この出来事の終結を見守るように。この出来事が、どう着地をするのかを確認するために誰一人動こうとはしない。
クリスタの居る場所から少し離れた場所でギルフィードが心配そうな、悲しげな顔をしているのが視界に入る。
クリスタに向けられる疑心に満ちた視線が多い中、気遣うような視線を向けてくれるのはギルフィードだけで。
気を抜いてしまえば途端、その場に膝を着いてしまいそうな状況の中でも自分を信じてくれている誰かが居る、と言うだけで崩れ落ちそうな心情をどうにか保てている。
「──王妃、話を聞きたい……」
「分かりました、陛下──」
「お待ち下さい国王陛下! この場から王妃殿下を連れ出し、有耶無耶にされてしまっては私共もこの先、王家に対してどのように対応すれば良いのか、猜疑心が芽生えますぞ!」
場所を変え、詳細を聞きたいと言うようなヒドゥリオンの言葉にクリスタが言葉を返した時。
バズワンが言葉を挟んで来る。
その内容は王族に対する不敬罪で罰されても文句が言えない程の言葉だったが、ディザメイアの貴族達がバズワンの言葉に頷き、「そうだ」「はっきりとして頂きたい」と言う言葉を口にし出してしまう。
このまま、王族への不敬罪で一方的にバズワン伯爵を罰してしまえば王家への不信感は高まるばかりで、王族に対する貴族達の忠誠心が離れてしまう。
それをヒドゥリオンも分かっているのだろう。
ぐっ、と悔しそうに唇を噛み締め、バズワンに向き直り口を開いた。
「──では、どうすればそなたらは納得すると言うのだ……!?」
ヒドゥリオンの言葉に、バズワンは「その言葉を待っていた」とばかりに嫌な笑みを浮かべ、ヒドゥリオンに言葉を返す。
「恐れながら、申し上げます。今、この場には運良く我が国の貴族の半数近くが集まっております。それに、友好国としてクロデアシアからは多くの貴族に……。──王族であられるギルフィード・トニク・クロデアシア殿下が。他国の王族であられるギルフィード殿下の眼前で、王妃殿下には魔法が発動出来ないと言う事を正式に言葉にして、発して頂きたい」
「──っ」
バズワンの言葉に、クリスタもヒドゥリオンも目を見開く。
そのような事を正式に発言してしまえばどうなるか。
取り返しの付かない事となってしまう。
クリスタの顔を見ながら、バズワンはにやにやと嫌な笑みを浮かべながら肩を竦めて言葉を続けた。
「そのような発言が出来ぬ、と仰るのであれば、今ここで魔法が発動出来る事を証明して下されば良いだけです。何も、難しい事ではございませんでしょう?」
ああ、それとも、とバズワンは自分の顎髭に手を当て、撫でつつ口を開いた。
「まさか、……本当は最初から殆ど魔法が使えなかった、などありませんよね……?」
「──っ、不敬だぞ、バズワン!!」
バズワンの言葉に、流石にヒドゥリオンを声を荒らげ怒りを顕にする。
幼い頃から婚約者として過ごして来ていたヒドゥリオンは勿論クリスタが魔法を発動出来る事は知っている。何度も目にして来ている。
だが、国内の貴族や国民の多くが平民である彼らはヒドゥリオン程、クリスタの魔法をその目で確かめて来た事は少ない。
国の式典や、祭典などで時折王族の魔法を見る事が出来る程度だ。
王族の魔法はとても貴重で、その目で見る事が出来る者はとても幸運だとこの国では言われている。
それ程、貴族や国民の前でクリスタやヒドゥリオンが大きな魔法を使う事は少ない。
だからこそ。
だからそこバズワンは、クリスタが元々魔力を殆ど持たず、魔法すら発動する事が出来ない状態を隠して王家に入ったのではないか、と言う事を言いたいのだろう。
生まれた疑念、疑心は人から人へ伝染し、瞬く間に広がる。
そして、もしかしたら自分たちは騙されていたのではないか? と言う考えに誰もが行き着く。
疑念に満ちた瞳や、態度。それらに晒されてクリスタはすうっと血の気が引いて行くのを感じると同時に、バズワンやソニアの言葉を簡単に信じ込み、王家を王族を簡単に疑ってしまう貴族達に失望した。
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