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しおりを挟むジルが動いた事に、ウルミリアの正面の席に座っていたテオドロンが気付き、ジルを鋭い視線で睨み付ける。
まるで、ウルミリアに近付くなとでも言うような、牽制するような視線でジルはそのような視線をテオドロンから向けられた事に何とも言えない気持ちになる。
本当に、ウルミリアへの気持ちが無意識の内に育ってしまったのか、それとも自分の物だと思っているウルミリアに対しての執着か。
(──それははっきりと分からないが。……もう時間切れだ)
ジルは更に一歩ウルミリアへ近付くと、ウルミリアに耳打ちする。
「──ウルミリアお嬢様、……来ました」
ジルの言葉を聞いて、ウルミリアは一度瞳を閉じると布ナプキンで自分の唇を拭いてからそっと瞳を開けた。
「分かったわ」
「──おい、」
ウルミリアの言葉と、テオドロンが席から立ち上がり、ジルに向かって声を出したタイミングが重なったその時。
公爵邸の玄関付近が騒がしくなって来た。
「──何事だ?」
騒がしさが、段々とこちらに近付いて来ている事に気付いたのだろう。
公爵が慌てたようにその場に立ち上がる。
ウルミリアと、ウルミリアの父親、ジルの三人は何が起きたのか分かっている為動じない。
食堂内に緊迫した空気が流れ、その間にも複数の足音は慌ただしくこの食堂へと向かって駆けてくる音が聞こえる。
「何だ?……──ウルミリア、君が何かしたのか……?」
「……」
戸惑いの色を浮かべるテオドロンが、ウルミリアに向けて声を掛けるが、ウルミリアは何も言葉を返さない。
テオドロンがウルミリアから視線を外し、食堂の扉へと視線を向けた時、その扉が荒々しく開けられた。
まるで雪崩込むかのように、この国の近衛隊の隊服を着た者達が姿を表す。
突然の事態に、公爵は勿論公爵夫人も完全に硬直してしまっていて、瞳を見開いている。
この国の筆頭公爵家に、このように不躾に近衛隊がやってくる等、それ程の「何か」が無ければ有り得ない。
まるで、罪人を捕らえに来たかのようなその雰囲気に、テオドロンは呆気に取られていた状態から直ぐに回復すると、鋭い視線をウルミリアに向ける。
「──ウルミリア……、まさか……!」
「──ご察しの通りですわ、テオドロン様」
テオドロンから鋭い視線を向けられ、ウルミリアもその視線を真っ向から受け止め、そしてウルミリアも鋭い視線をテオドロンへぶつける。
「……ラフィティシア侯爵家を巻き込もうとしたからです。……私一人ならばまだ我慢出来ましたが、私の大切な人達に害なすのを黙って見てはいられません」
「ウルミリア……っ」
喉奥から振り絞ったような、低く掠れた声音でテオドロンはウルミリアの名前を声に出す。
二人の言葉の意味が分かっていないのは、この場では公爵夫妻だけだ。
二人は、未だに呆気に取られたような表情のまま、躊躇いがちにウルミリアとテオドロンへ視線を向けている。
そうしている内に、近衛隊の最後の一人がゆったりと食堂に入ってくる。
隊服からして、この者がこの近衛隊の隊長なのだろう。
先に入室して来た隊員達より雰囲気が違う。
隊長と思われる男は、その場で足を止めるとテオドロンに視線を向け、唇を開いた。
「テオドロン・ティバクレール。貴方には国家反逆罪の疑いが掛けられている。大人しく同行願う」
隊長の言葉に、テオドロンの両親、公爵夫妻の居る方向から息を呑むような音が聞こえる。
今、公爵夫妻は自分達の目の前で何が起きているのか分かっていないだろう。いや、この一連の出来事を認めたくない筈だ。
だが、近衛隊が来てしまった以上テオドロンの身柄の拘束は確実だ。
そして、貴族用の牢へと入れられる。
「──待っ、待ってくれ……!息子が、テオドロンが国家反逆罪……!?何かの間違いでは……っ」
公爵が黙っていられないとばかりに、近衛隊の隊長へと声を掛けるが、隊長は公爵へ視線を向けると緩く首を横に振る。
「ティバクレール公爵ですね……。申し訳ございませんがご子息が王家へ謀反を企てていた証拠がございます。我々近衛隊にご子息の捕縛命令を出したのも陛下でございます」
「──そんな、陛下が……」
国王陛下直々の勅令であるのであれば公爵にはどうする事も出来ない。
抗う術など有りはしないのだ。
それは、テオドロンも同じ。
どう足掻いてもこの場で捕縛を逃れる術は無い。
室内にいた近衛隊達が、テオドロンを連れる為、ゆっくりとテオドロンの元へと向かって歩いて行く。
テオドロンは、視線を下に向けウルミリアからは表情が伺えない。
何を考えているのだろうか。
その回転の早い頭で逃れる術がないか、必死に考えているのだろうか。
それとも、諦めたのだろうか。
テオドロンの元に、近衛隊の隊長が歩み寄る。
「……テオドロン・ティバクレール。ご同行を」
「──分かった」
静かに、諭すような近衛隊隊長の言葉にテオドロンは諦めたように溜息を一つ吐き出すと、小さく言葉を返した。
「──テオドロンっ」
公爵夫人の悲痛な声がテオドロンに向けられるが、テオドロンは公爵夫妻へ一切視線を向けず、近衛隊に促されるまま、食堂の扉の方へと足を進めた。
そして、食堂の扉を出る寸前。
テオドロンはウルミリアへ視線を向けると、皮肉気に笑みを浮かべて唇を開いた。
「まさか、ウルミリアがこんな大胆な手を打つとは……俺の予想外だった。してやられたよ」
「私も、テオドロン様の考えは大変予想外でしたわ。そこだけは、私達気が合いましたのね?」
「──ははっ。本当に君は可愛くないな!」
初めて、この男の笑顔を見た気がする。
テオドロンとしてでは無くて、本当の彼自身の表情を垣間見た気がして、ウルミリアは精一杯強がって笑う。
ウルミリアのその笑顔を見て、テオドロンはそのまま食堂を出て行く。
背後からは、公爵夫人の嘆く声と、公爵の悲痛な声が聞こえて来て、ウルミリアは自分の拳を強く握り締め、気持ちを奮い立たせる。
まだ、これからやる事はあるのだから。
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