俺この 番外編

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パートナーを侮辱されたら

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「天定殿、待たせてしまって申し訳ない。」

ここは和の国、とある侍の村。
もちろん、天定と永海の出身の村とは別の村である。

「いや、私の方こそ急に押しかけてしまい申し訳ありません。」
「天定殿は若いのにしっかりしておる。大したものだ。」

わっはっはっと高々に笑いながら、この村の頭領である彼は高座へ座る。
この部屋に彼と天定以外に誰もいないのは、彼が直々に外すように命じたからであった。

「して、例の物は……?」
「こちらに。」

彼の問いかけに、天定はスッと1枚の書状を差し出す。
それは彼にとってから手が出るほど取り返したかった物。
ある日の晩に盗賊に盗まれてしまったこの書状を、天定に「取り返して欲しい」とお願いしたのである。
天定は見事にこの依頼に応えてくれた、それだけで彼の表情がニヤリと笑う。

「ふむ、確かに。ーーーーーー中身も相違ないようだ、礼を言うぞ天定殿。」

彼の言葉に、天定は軽く頭を下げる。
報酬はすぐに用意させると言うことで、話は世間話へ。
世間話と言えど、話の内容はどこどこの村には美女がいるだの、この村には和の国一の美女がいるだの、女の話を一方的に彼がしているだけで天定は相槌しかしていない。
しかも徐々に彼は気分を良くしたのか、話は天定の故郷の話へ。

「そういえば天定殿。故郷を亡くしたのは……。」
「ちょうど3年前になります。」

3年前の今日、天定と永海の故郷は何者かに襲撃され、今は跡形もなくなっている。
本来なら命日として手を合わせるところなのだが、この村は故郷から馬でも4日かかる距離にある村。
今から元・故郷のあった場所まで戻るのでは間に合わない。

「どうだね、今でもお父上を思い出すのかね?」
「そうですね。父は私にとって偉大な存在でしたから。」

天定の眉間が、ほんの少しだけ寄る。
それは目の前にいる彼に対してではなく、今どこかで姿を隠している従者への思いによる物であった。

「天定殿のお父上……頭領殿はワシから見ても凄いお方だった。」
「光栄にございます。」
「普通だったら家臣を右腕にするだろう?なのに君のお父上は忍びを右腕にした。当時は忍びを右腕にするなど、ワシには到底理解できなくてね…。」

このおっさん、よくもまぁペラペラとよく喋る。
自分の父がしてきたことを、よく息子本人に言える物だな。
おそらく永海は天井裏あたりにでも潜んでいるのだろう。
彼が発狂せずそのまま耐えてくれると、とても助かるのだが。

「天定殿も、そう思うだろう?」

…全然話を聞いていなかった。

「何が……でしょうか?」

何か良くないことを言われそうな気もするが、聞き返さずにはいられなかった。

「だから、忍者は金次第で雇い主をコロコロと変えるって話だよ。」




『しんぱいするな。わたしはながうみのみかただ』
『……ほんとう……?』
『ほんとうだ。これからさき、なにがあってもきみをまもるよ。』

『ーーーーーーーー。』




「金次第……ですか?」
「そうとも。今の私の右腕も実は忍びでね。確か天定殿の右腕も、同じ忍びだろう?」

ずっとニヤニヤしている彼の表情が、どこか自分を…いや、もしかしたら自分の従者を見下しているように感じてしまうほど憎たらしく見えた。

「あいつらは金さえ出せば、どんな命令も聞いてくれる。とても便利な存在だと思わないかい?所詮この世は金だ。天定殿にだからこそ話すが、私は和の国の侍の村を統合させるつもりだ。」

その為にも、もっと忍び達に金を集めさせる。
雇い主はただただ金という報酬を与え続ければ良い。
目の前にいるこの男の言葉を、天定はいつの間にか険しい目つきで睨むように見つめていた。

「私と私の忍び…永海も同じ関係とでも言いたいのですか?」

天定のワントーン下がった声音に、さすがの頭領も彼の様子に気づいた。
ヘラヘラしていた表情が、真剣味を帯びる。

「……所詮は侍と忍びだ。お前らも同じだろう?奴らは金という報酬欲しさに、ホイホイと雇い主の為に働く分際だ。所詮金のあるところに優秀な忍びがつく。とても優秀で頼りがいのある忍びがな。さて、天定殿。」

頭領が重たい腰を上げ、天定のすぐ目の前に片膝をつくと顔を近づけた。

「お前の忍びをワシにくれ。とても強いと聞く。私はお前の忍びが欲しい。どうせ彼も他の忍び達と同じで金が欲しいのだろう?えぇ?」




『ありがとうーーーーあまさだーーーー。』




「何か勘違いをなされているようだ。私は永海を決して金で雇っているわけではない。」

ピンと伸ばした姿勢を崩すことなく、頭領の目線を真っ向から睨み返しつつも天定は静かに語り始めた。

「頭領殿、永海は確かに私と主従関係にあるし、間違いなく彼は私の右腕だ。」

何を話すと思えば。
頭領の顔が再びニヤリと笑う。

「しかし、私は彼を金で雇っているわけではない。永海との関係はそんな薄っぺらいものではないのだ。」

薄っぺらい。
この一言が、頭領の気分を大きく損ねた。

「な、なんだとぉ......?」
「私と永海は幼い頃から互いに切礎琢磨してきたのだ。私は他の誰よりも彼を信頼している。私の背中を預けられるのは永海だけだ。」

さらに天定は続ける。

「頭領殿。貴方の話を聞く限り、忍びのことを単なる手駒としか思っていないようだが…私はそうとは思わん。忍びとて人だ。傷を負えば痛いし、命の危機を感じれば多少差はあれど恐怖を感じるはずだ。様々な危険を犯して任務遂行する彼らを、私は決して手駒と思えん。」
「ね、若造が……!このワシに向かって、偉そうにしおっ……!!」

頭領の額に血管が浮かぶ。

「本当に頭領殿の言うように、彼らが報酬欲しさに貴方に仕えていると言うのなら……今ここで彼らが貴方を助けるかどうか、試してみるのも宜しいのでは……?」
「ぐぬ……。」

頭領は歯を食いしばるだけで、何も反論できずにいた。
報酬を払えばなんだってしてくれると思っていた。
そう信じていた。
天定の父が忍びを右腕にしたように、真似をして自分も忍びを右腕にした。
しかし実際は、自分に少しでも口答えのする忍びはことごとく斬り捨ててきた。
あの手この手を使い、次々と右腕を変え、自分の村をこの手で守ってきた。
そのつもりだった。

「ええぃさっきからごちゃごちゃと!!煩い!試さぬとも結果は知れておるわ!!」

頭領の右手が、刀の柄を握る。
そのまま首を刎ねる、本気だった。
しかし、その刃は寸前のところで阻まれた。

「な、何故だ……何故、受け止められるのだ……。」

刀を先に抜いたのは頭領の方だった。
が、実際に天定は自身の刀を盾にして頭領の刀身を受け止めている。

「…俺の右腕を渡すわけがないだろう?」

キィインと甲高い音を立てて、天定は頭領の刀を押し返した。
同時に片膝を立てて立ち上がると、よろめく頭領に瞬時に聞合いを詰める。
そしてーーーー。

「わ…悪かった……。ワシが、悪かった……。」

首筋に刃を当てられている頭領の声は震えていた。
天定に逆転されると思っていなかったのだろう、先に手を出してきた割には、実に呆気ない始末である。

「結局、貴方の右腕は助けに入らなかったようだな。」

首筋から刃を引き、刀身を鞘に納めた天定はわざわざ言葉に出す。
姿勢を正して体勢を整え、盗賊から封書を奪い返した報酬はいらないとばかりに背を向ける。
そのままこの部屋から出て行くつもりなのだろう、しかしこのまま黙っては行かせないと、頭領は刀の柄を握りしめた。

「うぉぉぉおおおおーーーーー!!」

しかし、頭領の刃先は天定には届かなかった。
天定を頭領の刀から守ったのは、天定が唯一背中を預けられる人物。

「あ……あ…………。」

永海の鋭い眼差しでキッと睨まれてしまうと、頭領は情けない表情で後方に尻餅をつく。
彼の迫力に押されて声が出てこない。
身体が小刻みに震えてしまい、自身では止められない。

「おっさん。俺は金なんかの為に天定に仕えてるんじゃねぇ。覚えとけ。」

ーーー忍者は金次第で雇い主をコロコロと変える。

数分前に自分の言い放った言葉なのに。

ーーー今ここで彼らが貴方を助けるかどうか、試してみるのも宜しいのでは…?

奴の忍びは主人を守ったのに、ワシのことは誰も守ってくれなかった。




誰も来てくれなかった、頭領1人が残された無音の部屋に、彼の悲痛な叫び声だけが響き渡った。




「すまない。」
「ん?なにが?」

頭領の屋敷を後にした2人は、村の外へ出ようと並んで歩いていた。
天定が目元を隠すように片手を顔に当てながら謝るから、永海は後頭部で両手を組みながら頭上に複数の「?」を浮かべた。

「報酬を受け取ったら、たまには団子でもと思っていたのに……。」

ついムキになってしまった。
申し訳ないと感じている主人に対し、従者は陽気に笑った。


「まぁ良いんじゃね?あのおっさん、マジビビってたしな。」

これで少しでも考え方が変わると良いのだが。
2人は間も無くして村から出ると、また別の村を目指して移動を始めた。




2人が魔王討伐メンバーに呼び出されるのは、この2年後の話である。
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