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呪樹に囚われた従者
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天定は目を覚ました。
視界に入ったのは天井で、手をついて体を起こすと布団の中で横になっていたことを知る。
天定は呪樹を倒す際、所謂ゾーンに入っていた。
集中力を極限まで高めた状態で繰り広げられる天定の必殺剣技は、発動時間が限られているものの怪物を確実に仕留められる技である。
一度この技を使うと、その後動けなくなったり時には気を失ってしまう場合があるために時と場所を選んでしまうのだが、一定時間休めばまた動ける状態に戻る。
立ち上がって襖を開けると、慌ただしい様子の女性が何人か廊下の向こうで行き来している様子が見えた。
同じ方向から水を張った桶と手ぬぐいを運んでくれている娘と目が合うと、彼女は驚いたように目を丸くして足早に天定へと近づいた。
「お侍様、目を覚ましたのですね。」
「ええ、先程。」
「良かったです。ここに運び込まれた時、お二人とも全く動かなかったから心配していたのです。」
胸を撫で下ろして微笑む彼女とは対照的に、天定は見渡せる部分を何度も見てから問う。
「すまない、私の従者は……。」
「あ、お連れ様でしたらあちらの部屋に。」
片手で桶を持ち直した彼女が空いた手で指さすのは、何人かの女性が行き来していると見られる方向。
永海の容態が気になる為に行こうとしたが、彼女に止められた。
「今お医者様に診てもらっています。今は誰も部屋に入れるな、と。」
「そ、そうか……。」
邪魔をしては処置の妨げになってしまうと、天定は肩を落とす。
彼女は天定にもう少し休むよう伝えると、本人は静かに頷いた。
彼女が持ってきてくれた水張りの桶と手ぬぐい。
それらを使って天定が顔を洗ったり絞った手ぬぐいで腕などを拭いていると、一度退室した娘が次は天定の服を持ってきてくれた。
また頭を下げて部屋から出て行くと、天定は持ってきてくれたインナーと袴に着替え始める。
緑の着物が見当たらないのは、まだ洗濯途中だからなのだろうか。
「お侍様。少々、お時間を頂いても?」
綺麗な女性の声。
話があると言うので、断る理由がない天定は室内に通した。
彼女は商人の男の妻で、夫の事について聞きにきたという。
「申し訳ありません。お侍様もお目覚めになられたばかりですのに…。」
「い、いえ……。お気遣い、ありがとうございます。」
お互いに向かい合って正座で座るとすぐ、それぞれ相手を思い頭を下げる。
天定からは永海の為に医師を呼んでくれたこと、自分の着物を洗濯してくれていること。
妻からは夫のこと、2人を危険な目に遭わせてしまったこと。
お互いがそれぞれ詫びて、礼を言う。
「全て娘から聞きました。夫のことも、お二人に娘がお願いをしたことも、なにもかも。私は娘の言うことを、もっと信じてあげるべきでした…。」
数秒間をあけて、妻は重たい口を開いて質問する。
「あの、やはり…夫は………。」
「はい。その、非常に申し上げにくいのですが……。」
「…そう、ですか…。」
夫が亡くなってしまったことを確信し、妻は悲痛な表情で俯いた。
右手を口元に添え、込み上げてくる悲しみに嗚咽を漏らす。
「貴方がたお二人が…倒れていたところに、夫の、着物も…っ…落ちていたと聞きました。でも夫の姿が見えなくて、皆さん懸命に探してくださっても見つからずで。だから、私……。」
天定は、実は商人の男はもっと早くから亡くなっていたことを伝えようとしたが、言葉を飲み込んだ。
いくら事実だろうと、ただでさえ悲くて泣いている女性にこれ以上の悲しんでほしくない。
代わりに、別の言葉を伝えた。
「奥方殿。今は、たくさん彼を想って泣いてください。彼もきっと、我慢をされてしまうよりその方が喜ぶと思います。」
かつての自分自身がそうだったように、我慢を選ぶ方が辛い時もある。
妻は真っ赤な目元で小さく頷くと、しばらくの間泣き続けた。
数分ほど経過したあたりから、少しずつ彼女の様子が落ち着いてきた。
彼女は他の者にも伝えに行くと言いながら立ち上がり、改めて天定にお礼を述べてから部屋から退室する。
シン…と静まる部屋。
天定は立ち上がると今度は障子を開けて、空を見る。
永海が逆さまに顔を出して来たあの夜の残像が、見えた気がした。
永海は任務中以外は常に自分の近くにいる為、こうして何もない時に近くにいないのは変な感じがしてたまらない。
後ろを振り返っても彼がおらず、天定は肩を落とす。
大木の中の彼を見た時、生きているのかと一瞬思ってしまった。
しかし商人の男がペラペラと話をしてくれたおかげで、なんとか冷静さを保つことができたのは彼だけの秘密である。
視界に入ったのは天井で、手をついて体を起こすと布団の中で横になっていたことを知る。
天定は呪樹を倒す際、所謂ゾーンに入っていた。
集中力を極限まで高めた状態で繰り広げられる天定の必殺剣技は、発動時間が限られているものの怪物を確実に仕留められる技である。
一度この技を使うと、その後動けなくなったり時には気を失ってしまう場合があるために時と場所を選んでしまうのだが、一定時間休めばまた動ける状態に戻る。
立ち上がって襖を開けると、慌ただしい様子の女性が何人か廊下の向こうで行き来している様子が見えた。
同じ方向から水を張った桶と手ぬぐいを運んでくれている娘と目が合うと、彼女は驚いたように目を丸くして足早に天定へと近づいた。
「お侍様、目を覚ましたのですね。」
「ええ、先程。」
「良かったです。ここに運び込まれた時、お二人とも全く動かなかったから心配していたのです。」
胸を撫で下ろして微笑む彼女とは対照的に、天定は見渡せる部分を何度も見てから問う。
「すまない、私の従者は……。」
「あ、お連れ様でしたらあちらの部屋に。」
片手で桶を持ち直した彼女が空いた手で指さすのは、何人かの女性が行き来していると見られる方向。
永海の容態が気になる為に行こうとしたが、彼女に止められた。
「今お医者様に診てもらっています。今は誰も部屋に入れるな、と。」
「そ、そうか……。」
邪魔をしては処置の妨げになってしまうと、天定は肩を落とす。
彼女は天定にもう少し休むよう伝えると、本人は静かに頷いた。
彼女が持ってきてくれた水張りの桶と手ぬぐい。
それらを使って天定が顔を洗ったり絞った手ぬぐいで腕などを拭いていると、一度退室した娘が次は天定の服を持ってきてくれた。
また頭を下げて部屋から出て行くと、天定は持ってきてくれたインナーと袴に着替え始める。
緑の着物が見当たらないのは、まだ洗濯途中だからなのだろうか。
「お侍様。少々、お時間を頂いても?」
綺麗な女性の声。
話があると言うので、断る理由がない天定は室内に通した。
彼女は商人の男の妻で、夫の事について聞きにきたという。
「申し訳ありません。お侍様もお目覚めになられたばかりですのに…。」
「い、いえ……。お気遣い、ありがとうございます。」
お互いに向かい合って正座で座るとすぐ、それぞれ相手を思い頭を下げる。
天定からは永海の為に医師を呼んでくれたこと、自分の着物を洗濯してくれていること。
妻からは夫のこと、2人を危険な目に遭わせてしまったこと。
お互いがそれぞれ詫びて、礼を言う。
「全て娘から聞きました。夫のことも、お二人に娘がお願いをしたことも、なにもかも。私は娘の言うことを、もっと信じてあげるべきでした…。」
数秒間をあけて、妻は重たい口を開いて質問する。
「あの、やはり…夫は………。」
「はい。その、非常に申し上げにくいのですが……。」
「…そう、ですか…。」
夫が亡くなってしまったことを確信し、妻は悲痛な表情で俯いた。
右手を口元に添え、込み上げてくる悲しみに嗚咽を漏らす。
「貴方がたお二人が…倒れていたところに、夫の、着物も…っ…落ちていたと聞きました。でも夫の姿が見えなくて、皆さん懸命に探してくださっても見つからずで。だから、私……。」
天定は、実は商人の男はもっと早くから亡くなっていたことを伝えようとしたが、言葉を飲み込んだ。
いくら事実だろうと、ただでさえ悲くて泣いている女性にこれ以上の悲しんでほしくない。
代わりに、別の言葉を伝えた。
「奥方殿。今は、たくさん彼を想って泣いてください。彼もきっと、我慢をされてしまうよりその方が喜ぶと思います。」
かつての自分自身がそうだったように、我慢を選ぶ方が辛い時もある。
妻は真っ赤な目元で小さく頷くと、しばらくの間泣き続けた。
数分ほど経過したあたりから、少しずつ彼女の様子が落ち着いてきた。
彼女は他の者にも伝えに行くと言いながら立ち上がり、改めて天定にお礼を述べてから部屋から退室する。
シン…と静まる部屋。
天定は立ち上がると今度は障子を開けて、空を見る。
永海が逆さまに顔を出して来たあの夜の残像が、見えた気がした。
永海は任務中以外は常に自分の近くにいる為、こうして何もない時に近くにいないのは変な感じがしてたまらない。
後ろを振り返っても彼がおらず、天定は肩を落とす。
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