ソウサクスルカイダン

山口五日

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埋もれているトンネル

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 社会人の小野田さんという男性の方は、心霊現象に関する話が好きで、映画などの創作物を見たり、幽霊が出るとされる心霊スポットに訪れるのが好きだった。

 ある休日の深夜、とある心霊スポットに行くために小野田さんは車を走らせた。
 小野田さんが行こうとしている心霊スポットは、今ではほとんど利用されていない随分昔に作られたトンネル。そこではトンネルを作っていた最中に事故で亡くなられた作業員の幽霊が出ると噂されていた。

 トンネルのある山中に入ると、ほとんど民家はなく、対向車とすれ違うこともない。

 やがてトンネルに到着すると、そこは確かに古そうなトンネルだったが、しっかりと整備され、電灯がついていて明るい。

 もっとおどろおどろしい雰囲気を想像していた小野田さんは少し拍子抜けしながらも、トンネルの近くに車を止めて、スマホで動画撮影をしながらトンネルの中を歩き出す。

 電灯がちゃんと点いているおかげで、あまり怖くはなかった。だが、周囲に人の気配、虫の鳴き声すら聞こえないのが少し不気味だった。

 小野田さんは「ここの壁、ちょっと崩れてるな」「ここの電灯は切れてるな」とスマホを向けながら、トンネルの様子を一つ一つ動画に収めていく。ただ、あまり目を引くようなものはなかった。唯一気になったものといえば、地面に泥が溜まっていて、歩きにくいということ。

 やがてトンネルの外に出て、周囲を少し撮影した後、車に戻ろうと再びトンネルへと入った。

 特に新しい発見はなく、「まったく音がしないのは不気味だけど、ちょっと期待外れだったな」と小野田さんはそこで撮影をやめた。あとは車へと戻るだけ。頭の中は次は何処の心霊スポットに行こうか考えていた。

 そうしてトンネルの真ん中まで来たその時、ブツンッと突然トンネル内の電灯が全て消えた。

 突然灯りが消えたことに驚いた小野田さんは、トンネルの出口へと向けて走り出そうとした。
 すると、慌てたせいで地面の泥で転びそうになってしまう。そこで咄嗟に壁に手をついて身体を支えた。そのおかげで転倒はまぬがれたが、ブニッとした柔らかい感触が壁に触れた手から伝わってきた。

 反射的に手をついた壁に小野田さんは視線を向ける。灯りがないのに、なぜか小野田さんにははっきり見えた。

 自分が触れたもの……それを見た時、すぐに小野田さんには理解できなかった。
 それは身体の左半分が壁に埋まっている若い男性。小野田さんが触れたのは、壁から出ている右半分の肩の部分だった。

 慌てて手を離したところ、壁に埋もれた男性は右目をギョロリと動かして小野田さんを見た。
 そして何かを訴えるように、半分だけ見える口から苦し気な声を漏らしながら、壁に埋まっていない右手を小野田さんに伸ばす。

 掴まれると思った小野田さんはその手を避けて、必死に逃げ出した。泥で何度か転びそうになりながらも、トンネルを出て、車に乗り、とにかく人がいるところへと急いだ。

 その後、何事もなく無事に家に帰れたそうだが、それからおよそ一ヵ月後に小野田さんは再び恐怖することになる。

 あの体験をしてからというもの、心霊スポットに行く気にはならなかった小野田さん。それでも時間が経つにつれて、ふつふつとまた心霊スポットに行きたくなってしまう。

 そんな時、あのトンネルで撮影していた映像をまだ見ていなかったことを思い出して、一度見てみることにした。そしてあの壁に埋まった男性を見た時以上の衝撃を受けた。

 映像に映っているトンネルの内側……壁、天井、地面。様々な場所に人の身体の一部がまるで植物のように生えていたのだ。小野田さんが触れた男性のように、体の半分が地面に埋まった状態であったり、手足が天井や壁から伸びていたり、顔だけがポコポコと壁の一部分から浮き出ていたりしていた。

 もしかして泥で足元が悪いと感じたのは、人の身体を踏んでいたから……そう思った小野田さんは、その映像を削除して、二度と心霊スポットには行かなくなった。

 ただ、小野田さんは怯えながらも気になったことがあった。
 トンネルを作っている最中に亡くなったにしては、映像に映っていた幽霊の数は多く、また老若男女様々な人がいた。それが気になった小野田さんは詳しくトンネルのことを調べてみた。

 そしてトンネルがあった場所から少し下りたところに、昔林業を生業とする人たちが暮らしていた集落があったそうだ。その集落では百人以上の人々が生活をしていたそうだが、ある日酷い大雨で土砂崩れが起きて、集落は大量の土砂に呑まれて壊滅。集落に住んでいた人たちは、ほぼ全員生き埋めになったそうだ。

 もしかすると土の中から出ようと、上へ上へともがき続けて、トンネルにあのような形で現れているのではないか……そう小野田さんは思うのだった。
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