冷泉堂大学剣道部改め剣道サークル

Karasumaru

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京都医科大学VS冷泉堂大学剣道部改め剣道サークル

執念

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冷泉堂大学は浦賀氏、そして、京都医科大学は高橋が次鋒に抜擢されている。先鋒の戦いとは異なり、京都医科大学大学陣営からは緊張感が漂っている。

再び熊寺が高橋に耳打ちしている。高橋は緊張の面持ちで頷いた。

松尾女史も浦賀氏を呼んだ。
「浦賀君・・・」
浦賀氏は真剣な眼差しで次の言葉を待った。浦賀氏には随分と長い時間が経過した気がした。実際に20秒ぐらい経っていた。

メンバー全員が松尾女史の助言に注目している。

しかし、結局、何も浮かばなかったのか、
「冷泉堂大学の次鋒、早く前へ!」
という審判の催促で、浦賀氏はノープランで試合に挑むことになった。

2人はコートに入ると帯刀の姿勢で礼を交わし、開始線まで進んだ。

先鋒戦で想定外の負けを喫した京都医科大学剣道部陣営は、緊張した面持ちで次鋒を見守っている。京都医科大学の次鋒を務める高橋は、松竹寺道場出身ではなく、未知の相手だ。一方の浦賀氏は経験者であり、昨年まではれっきとした剣道部の部員であった。

審判の開始の合図とともに、京都医科大学の次鋒の高橋は鋭い出足で面打ちを放ってきた。

結局、何もアドバイスを託されなかった浦賀氏は、意表を突かれたものの、高橋の先制攻撃をぎりぎりでかわした。

双方ともオーソドックスな中段構えだ。面越しに高橋の異常に鋭い視線が浦賀氏をとらえる。浦賀氏はうろたえてしまった。高橋の視線の鋭さは、勝利に対する執念を超えるものがある。眼は血走り、きつく食いしばる歯がギシギシと音を立てている。

『な、なんなんだ、こいつは・・・なんか変な薬をのんでるのか』浦賀氏は恐怖を感じた。

剣道でこのような感覚を味わったことは今までなかった。浦賀氏が受けていた衝撃は、冷戦堂大学陣営にも伝わっていた。

「まずいな」
私がつぶやくと、
「何がまずいんんだい、武田君。浦賀氏は相手の攻撃をかわしたじゃないか」
ダンディー霧島がのんびりとした口調で言う。
『それにしも・・・調子に乗りすぎだろ、ダンディーよ』
ダンディーは白星を上げたことを良いことに、完全にリラックスしている。どこから持ち出したのか、ポテトチップスを頬張り、胡坐をかいて観戦している。
「武田君の言う通りよ。浦賀君は相手にのまれているわ」
完全に緊張感を失ったダンディーの言動に呆れて言葉がでない私に代わり、松尾女史が答えてくれた。
「そうですか?」
ダンディーはまだ半信半疑だ。
「相手のあの視線を見てみろ、あれは異常だ」
ルーカスがポテトチップスを取り上げながら言った。ダンディーは不満そうなそぶりを見せながら、ショルダーバッグの中に手を入れると、双眼鏡を取り出した。
『あのバッグには他に何が入っているんだ』
私はダンディー霧島のバッグの中身を見てみたくなった。

ダンディーは双眼鏡を目に当てると、高橋の表情をチェックした。

双眼鏡のレンズに、夜叉のような恐ろしい表情の高橋が映し出された。
「ひぃーーー!!!!」
ダンディーは悲鳴を上げ、腰を抜かした。
「あ、あれは、人間じゃない。おっかないよぉー!」
ダンディーは隣にいたルーカスに抱きついた。
「やめろ、こら、おい」
必死に引き離そうとするルーカスだが、少年に狙われたカブトムシが、木に必死にしがみつくように、ダンディーはルーカスからなかなか離れなかった。その様子を横目で見た浦賀氏はイライラした。
『なにやってんだ、あいつらは。ちっとは応援しろよ』
正面には血に飢えた狼のような男がこちらを睨み、応援するはずの仲間達は理由は分からないが、なぜか試合そっちのけで抱き合っている。そうこうするうちに高橋が獣のような雄叫びとともに再び仕掛けてきた。

「ぬおりゃー!!!!!」

その瞬間、再びダンディーの悲鳴も聞こえてきた。
「キャー!!!」

高橋の攻撃は執拗であった。
胴、面、胴、小手、面、胴、面、小手と、浦賀氏に休む間を与えずに次々と攻撃を繰り出してきた。しかも、一手一手が重く、浦賀氏の体力は確実に奪われていった。

『まずい、このままではやられる』
浦賀氏が苦悶の表情を浮かべる。

「ルーカスキャプテン、なんとかしてよ。浦賀君が食べられちゃうよ!」
冷泉堂大学陣営では、ダンディーが涙を浮かべてルーカスに訴えている。
「無理だ。自分で解決するしかない。でも・・・」
ルーカスが首を傾げた。
「なに、なんなのよ、ルーカスキャプテン、言いたいことがあるなら、ちゃんと言ってよ!」
ダンディーが丸太のように太いルーカスの腕を引っ張って叫んだ。
「あんなにメチャメチャな攻めをしていたら、体力が持たないはずだ」
私が代わりに答えた。ルーカスが頷く。
「相手が先に攻め疲れるか、それとも、浦賀君が守り疲れるか。先に体力を使い切った方が負けね」
佐々木由紀マネージャーがぼそっと呟いたのを私は聞き逃さなかった。私の視線に気づいた佐々木由紀は、慌てて神様に祈るように両手を合わせ、
「浦賀さん、がんばって」
と言った。

高橋は一旦攻撃を止め、距離を取った。相変わらず浦賀氏を見る目は恐ろしいが、肩で息をしており、疲れていることは間違いなかった。

「今だ、行け!」
中堅の木田氏が叫ぶ。
『言われなくても分かってる』
浦賀氏は形勢逆転を狙い、攻めに転じようとした。しかし、身体は動かなかった。浦賀氏もまた肩で息をしていた。そして、守備一辺倒の試合展開が浦賀氏に精神的な負担を与えていた。
『クソ!あんなに稽古してきたんだ!負けてたまるか』

私たちの入部テストで屈辱的な負けを喫した場面。鴨川での地獄のような稽古。八坂神社の西楼門の前で撮影した集合写真。そして、大文字で有名な如意ヶ嶽の頂きから剣道サークルのメンバーと一緒に見た京都の景色。仲間たちとの掛けがえのない思い出が走馬灯のように浮かんでくる。

『負けてたまるか!』
浦賀氏は最後の力を振り絞って、捨て身の面打ちに打って出た。高橋も同時に攻めを仕掛けてきた。その時、高橋は必死の形相で、この勝負への強い思いを浦賀氏に打ち明けたのであった。
「留年だけは勘弁だ!!」
「え?」
高橋の突然の告白に浦賀氏は一瞬力が抜けてしまった。

そして、この一瞬の気の緩みが命取りとなった。高橋の竹刀は浦賀氏の面に届いたものの、浦賀氏の面打ちは届かず、審判は高橋の勝利を宣言した。

試合終了とともに、浦賀氏と高橋はともに倒れこみ、天井を仰いだ。
「お前、俺に負けてたら留年だったのか?」
「ああ。そうだ。同情を誘うつもりはなかったが、留年だけは避けたかったんだ。医学部の学費はばかにならないからね。君に勝てば再試のチャンスをもらえることになっていたのさ。医者になった暁には、君からは治療費は受け取らないよ」

二人は気力を振り絞って立ち上がり、礼をした後、肩で息をしながらそれぞれの陣営に戻っていった。京都医科大学陣営に戻った高橋は、大きな歓声で迎えられた。一方、敗れた浦賀氏もまた拍手で仲間に迎えられていた。
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