冷泉堂大学剣道部改め剣道サークル

Karasumaru

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絶望

をけら参り

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十二月三十一日の大晦日、夜七時、冷泉堂大学剣道部改め剣道サークルのメンバーの中で、帰省しないメンバーが松竹寺に集合した。

集まったのは留学生の私とルーカス、北海道出身のダンディー霧島、そして、浦賀氏の四名だ。佐々木由紀マネージャーは相変わらず音信不通らしい。

松尾女史は、佐々木由紀は実家が京都にあるため、家族とともに新年を迎えるのではないかと考えており、さして気にしていないようだ。

しかし、密かに佐々木由紀に想いを寄せる私とダンディー霧島は、心配で仕方なかった。そんな私たち二人の心情を見透かしたようにルーカスが、
「佐々木さんは美人だからなぁ、彼氏と新年を迎えるんじゃないかな」
などと意地の悪いことを言うものだから、ダンディーと私はすっかり落ち込んでしまった。

私たち、少なくとも私はバカではない。佐々木由紀が美人であり、私のように想いを寄せている男どもがいることは予想していた。現に隣に一人いる。それでも、剣道サークルの活動に参加している間は、佐々木由紀に彼氏がいるような素振りはまったく見られなかった。ダンディーとの距離は確かに近かったが、あくまでもダンディーが一方的に距離を縮めようとしていることは明らかであった。

そして、私には自信があった。少なくとも嫌われてはいないことを。いや、希望的観測ではあるが、少し好かれているかもしれない。私がそう思ったのは訳がある。

京都医科大学との副将戦で勝ったとき、私は佐々木由紀マネージャーの様子をチラッとうかがっていた。当たり前だ。私がルーカスが課す厳しい稽古に耐えているのは、佐々木由紀マネージャーがいるからだ。彼女の反応が気になるのは致し方ない。

彼女は私の稲妻のような速攻に衝撃を受けていたが、私の勝利を知ると松尾女史と抱き合って喜んでいた。そして私が調子に乗ってアメリカ人の十八番とも言えるウインクを送ると、佐々木由紀は少し顔を赤らめ、微笑んでくれたのだ。だから、やはり私は少しは好かれているはずだ。その自信が、ルーカスの意地の悪い一言のせいで一気に揺らいでいった。

松尾女史は再び佐々木由紀マネージャーに携帯電話で連絡を取ろうとした。しかし、呼び出し音がむなしく響くだけであった。意気消沈した私とダンディーを励ますように松尾女史は、
「大丈夫、きっと来年になったらすぐ会えるわよ。さぁ、最高の新年を迎えられるように、をけら詣りに行くわよ」
と言い、私とダンディーの背中をポンと叩いた。

京都には無数の寺社仏閣が存在する。清水寺、知恩院、東寺、南禅寺、天龍寺、伏見稲荷大社、八坂神社、北野天満宮、加茂別雷神社(上賀茂神社)、賀茂御祖神社(下賀茂神社)等、文化的および歴史的に大きな価値を持つものも多く、大勢の人々が日本各地、そして、世界各地から訪れる。

数ある名刹のなかで、大勢の京都の住民は、大晦日に八坂神社に参拝する。大晦日の夜、八坂神社では灯籠にご神火が灯される。灯籠では「をけら木」と呼ばれる願い事が書かれた祈願木を燃やし、この灯籠の火を吉兆縄と呼ばれる縄に移し、家に持ち帰る。伝統を大事にする京都では、この火でお雑煮を作る、あるいは、残った火縄を台所に祀る。防災の効果があるという。

八坂神社の西楼門へと続く四条通りは、をけら詣りの参拝客で混雑していた。私とダンディーの足取りは相変わらず重く、すぐに他のメンバーから遅れてしまった。その度にルーカスが戻ってきて、力任せに私たちの背中を押していた。

気づくと私たちは灯籠の前に来ていた。

「武田君、いつまでそんな暗い顔してんの。ほら」
松尾女史から吉兆縄をなかば強引に渡された私は、不承不承、火縄を灯籠のご神火に近づけた。その時、一枚の「をけら木」が視界に入った。その木には「好きな人と結ばれますように。強くなれますように」という願いが記されていた。そして、願い事の下に意志の強そうな達筆で「佐々木由紀」と書かれていた。

私は火を移すことを忘れ、慌てて周りを見渡した。すぐそばに憧れの佐々木由紀がいる可能性がある。しかし、突然、私の視界は巨大な壁によって塞がれてしまった。ルーカスが必死の形相でその巨体を生かして私に何かを見せないようにしている。

私は意表をついて屈み、ルーカスの長い脚の間を通り抜け、その何かを見た。それは、私、そして、ダンディー霧島が一番見たくないものであった。

二十メートルほど先に着物姿の佐々木由紀マネージャーの後ろ姿があった。佐々木由紀は一人でなかった。隣には男がいた。和装の男の横顔には見覚えがあった。十月二十二日の時代祭で秀吉に扮して行列に参加していた、京泉院大学の剣道部員、北村雄平であった。

私の鋭い視線に気づいたのか、北村は振り返ると、佐々木由紀の耳元に何か囁いた。佐々木由紀は慌てて振り返ると、呆然と立ち尽くす私に気づき、何かを言おうとしたが、押し寄せる人並みに押され、あっという間に見えなくなってしまった。

私とダンディー霧島は二人して同じタイミングで膝から崩れ落ち、その場で人目をはばからず号泣した。新年を楽しく迎えようとする参拝客のなかで、大の大人が声を出して泣いている。私たちの処遇に困ったルーカスと松尾女史は、泣き崩れる私たちを無理やり引き起こし、比較的人が少ない場所を見つけて、私たちを励まそうとした。

しかし、彼らの声は私とダンディーの耳には全く入ってこなかった。
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