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絶望
戦利品
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一方、鴨川デルタでも激闘が続いていた。
松竹寺道場の戦いと全く同じ構図だ。
冷泉堂大学の私が京仙院大学の北村雄平に対して息をもつかせぬ連続攻撃を繰り出していた。面、胴、面、小手。これは私の父から教わった必殺のコンビネーションであった。つまり、私とルーカスは一番得意とする形で攻撃を仕掛けていたのだ。それでも、次々と私たちの攻撃は跳ね返されてしまう。橋の上で見物していた人々から歓声が上がっていたが、そんなことを気にしている余裕はなかった。
全力で攻め続けてきた私は段々と息が上がってきた。それでも、攻め続ける。佐々木由紀マネージャーは祈るように手を合わせている。
私は距離を取り、呼吸を整えることにした。陸上競技で最も辛いといわれる四百メートル走を全力で走ったかのように私は疲弊していた。
「終わりか?」
北村雄平が鼻で笑う。実に癇に障る言い方だったが、攻めることはできなかった。
「それなら、攻めさせてもらうぞ」
そういうと、北村は胴に向けて竹刀を振るってきた。恐ろしく素早い胴攻めであった。竹刀を合わせるのが精いっぱいだった。北村は立て続けに攻撃を仕掛けてくる。私に余力が残されていないことを理解しているようだ。
松竹寺道場でも同じように攻守が交代し、ネイサン・ミラーが攻め、ルーカスが守勢にまわっていた。
私たちは明らかに劣勢であった。私たちはともに悔しさを、そして、憤りを感じていた。
『クソ、歯が立たない。でも、負けたくない』
私はすぐそばで見守っている佐々木由紀マネージャーのために、そして、ルーカスは冷泉堂大学剣道部改め剣道サークルのために戦っていた。私が北村雄平に負けることは、完全な失恋を意味する。そして、冷泉堂大学の主将であるルーカスがネイサン・ミラーに完敗を喫すれば、冷泉堂大学の他のメンバーに大きな衝撃を与えることは火を見るよりも明らかだ。
劣勢に立たされた私の耳に思わぬ声が聞こえてきた。
「武田君、がんばって!」
佐々木由紀マネージャーが叫んだ。しかし、この応援は北村の怒りを買った。逆上した北村はさらに攻めの手を強めていった。私は攻撃を竹刀に当てて防ぐことができなくなり、身体に受けるようになった。
そして、北村の電撃の胴攻めをまともに受けてしまった。竹刀が手から転げ落ち、私は顔をゆがめ、膝から前につんのめった。
「武田君!」
佐々木由紀マネージャーの悲鳴が鴨川の冬空に響いた。
時を同じくして、松竹寺道場でも勝敗が決しようとしていた。メンバーの不安げな顔を見たルーカスは、最後の力を振り絞って再び攻撃に転じていた。ネイサン・ミラーも一歩も引かずに畳みかけるように攻めを繰り出していた。両者ともに攻撃は最大の防御とばかりに攻めていた。しかし、ネイサン・ミラーの攻めの方が一瞬早く、徐々にルーカスの竹刀が遅れ始める。そして、ついにその瞬間はやってきた。
ネイサン・ミラーの、渾身の力を込めた面打ちが繰り出され、クリーンヒットしたのだ。
「一本!」
松尾女史の声が悲しく道場にこだました。
中央に戻った両者は礼を交わした。
「京都市剣道競技会の決勝で待ってるぞ」
ネイサン・ミラーは無表情でそう言うと、道場を出て行った。
「防具を返せ、このヤロー!」
悔しまぎれにダンディー霧島が叫ぶと、ネイサン・ミラーは振り返り、笑いながら、
「戦利品だよ」
と言った。
「こんにゃろがー」
殴りかかろうとするダンディーの前に巨大な壁が立ちはだかる。
「やめろ」
ルーカスだ。
「でも・・・」
ダンディーは尚も食い下がろうとしたが、ルーカスの顔を見て、続きの言葉を呑み込んだ。ルーカスの目から大粒の涙がこぼれ落ちていたからだ。
「ルーカス君・・・」
松竹寺道場の戦いと全く同じ構図だ。
冷泉堂大学の私が京仙院大学の北村雄平に対して息をもつかせぬ連続攻撃を繰り出していた。面、胴、面、小手。これは私の父から教わった必殺のコンビネーションであった。つまり、私とルーカスは一番得意とする形で攻撃を仕掛けていたのだ。それでも、次々と私たちの攻撃は跳ね返されてしまう。橋の上で見物していた人々から歓声が上がっていたが、そんなことを気にしている余裕はなかった。
全力で攻め続けてきた私は段々と息が上がってきた。それでも、攻め続ける。佐々木由紀マネージャーは祈るように手を合わせている。
私は距離を取り、呼吸を整えることにした。陸上競技で最も辛いといわれる四百メートル走を全力で走ったかのように私は疲弊していた。
「終わりか?」
北村雄平が鼻で笑う。実に癇に障る言い方だったが、攻めることはできなかった。
「それなら、攻めさせてもらうぞ」
そういうと、北村は胴に向けて竹刀を振るってきた。恐ろしく素早い胴攻めであった。竹刀を合わせるのが精いっぱいだった。北村は立て続けに攻撃を仕掛けてくる。私に余力が残されていないことを理解しているようだ。
松竹寺道場でも同じように攻守が交代し、ネイサン・ミラーが攻め、ルーカスが守勢にまわっていた。
私たちは明らかに劣勢であった。私たちはともに悔しさを、そして、憤りを感じていた。
『クソ、歯が立たない。でも、負けたくない』
私はすぐそばで見守っている佐々木由紀マネージャーのために、そして、ルーカスは冷泉堂大学剣道部改め剣道サークルのために戦っていた。私が北村雄平に負けることは、完全な失恋を意味する。そして、冷泉堂大学の主将であるルーカスがネイサン・ミラーに完敗を喫すれば、冷泉堂大学の他のメンバーに大きな衝撃を与えることは火を見るよりも明らかだ。
劣勢に立たされた私の耳に思わぬ声が聞こえてきた。
「武田君、がんばって!」
佐々木由紀マネージャーが叫んだ。しかし、この応援は北村の怒りを買った。逆上した北村はさらに攻めの手を強めていった。私は攻撃を竹刀に当てて防ぐことができなくなり、身体に受けるようになった。
そして、北村の電撃の胴攻めをまともに受けてしまった。竹刀が手から転げ落ち、私は顔をゆがめ、膝から前につんのめった。
「武田君!」
佐々木由紀マネージャーの悲鳴が鴨川の冬空に響いた。
時を同じくして、松竹寺道場でも勝敗が決しようとしていた。メンバーの不安げな顔を見たルーカスは、最後の力を振り絞って再び攻撃に転じていた。ネイサン・ミラーも一歩も引かずに畳みかけるように攻めを繰り出していた。両者ともに攻撃は最大の防御とばかりに攻めていた。しかし、ネイサン・ミラーの攻めの方が一瞬早く、徐々にルーカスの竹刀が遅れ始める。そして、ついにその瞬間はやってきた。
ネイサン・ミラーの、渾身の力を込めた面打ちが繰り出され、クリーンヒットしたのだ。
「一本!」
松尾女史の声が悲しく道場にこだました。
中央に戻った両者は礼を交わした。
「京都市剣道競技会の決勝で待ってるぞ」
ネイサン・ミラーは無表情でそう言うと、道場を出て行った。
「防具を返せ、このヤロー!」
悔しまぎれにダンディー霧島が叫ぶと、ネイサン・ミラーは振り返り、笑いながら、
「戦利品だよ」
と言った。
「こんにゃろがー」
殴りかかろうとするダンディーの前に巨大な壁が立ちはだかる。
「やめろ」
ルーカスだ。
「でも・・・」
ダンディーは尚も食い下がろうとしたが、ルーカスの顔を見て、続きの言葉を呑み込んだ。ルーカスの目から大粒の涙がこぼれ落ちていたからだ。
「ルーカス君・・・」
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