自称平凡少年の異世界学園生活

木島綾太

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【三ノ章】闇を奪う者

第三十四話 紅の支配

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 風鳴りに混じり、幾つもの剣閃が互いの隙を埋め尽くす。懐を、側面を、死角を。攻めては防ぎ、防いでは攻める。
 身体が軋む。血が飛び散る。砕けた骨が肉を裂く。それでも、激しさを増す攻防が思考をクリアにしていく。
 視界に映る情報を処理し、最適な行動を身体に反映させる。
 対峙するシオンの表情が崩れた。取り繕うように切り返された斬撃を予測し、最小限の動きで避ける。
 眼前を閃きが通過した。追撃の振り下ろしをロングソードで逸らし、腹部を蹴り上げる。
 苦痛に細めた瞳がこちらを睨みつけ、その姿が消えた。
 双剣の力だ。狙いは奇襲だろう。
 だから、
 袈裟懸けに振り下ろした一撃がシオンを捉える。大剣へ張り付けたまま力任せにアスファルトへ叩きつけた。
 破片を散らして転がっていく。無防備になったシオンへ接近し、ロングソードで追撃。

「テメェ……!」

 咳き込みながら立ち上がったシオンが双剣を交差させて防ぐ。
 次に双剣の力で移動されないようにロングソードを手放して顔面を掴み、そのまま握り締める。
 頭蓋を砕く勢いで力を入れ、強引に引っ張り近くにあった車の残骸に叩き込む。
 重低音が響き、どしゃりと道路へ倒れ込んだ。

「ガホッ、カッ……! 急に動きが良くなったじゃねェか……なァ!?」

 違う、いつもより読みが当たりやすいだけだ。今まで翻弄されてきた蒼の双剣が持つ力を封殺し、純粋な駆け引きの戦いへと連れ込む事が出来ているだけ。
 自分の血が付着したロングソードを拾い、
 心臓の上を強く抉るように打つ。大きく目が見開かれ、双剣を握る手が弛緩したように見えた。
 ──まさかこの期に及んで攻撃を誘っているのか。いいだろう、誘われてやる。
 左手に紅の大剣、右手にロングソード。自分でも分からない所から湧き上がる力に身を任せ、嵐の如く二振りの刃を振るう。
 返し返されの剣閃の交差は激しさを増していき、シオンが三つの斬撃を繰り出した。
 大剣が、その全てを斬り伏せる。暴風を伴って払った双剣がアスファルトにめり込む。
 余裕を保っていたシオンの表情に焦りが滲む。

「そうか……お前の双剣、二本とも使えないと能力が発動しないのか」
「ハッ、ようやく気づいたか。だったらどうする?」

 問いには答えず、行動で示す。
 で血液を操作し、その動作でシオンを吹き飛ばし──双剣を絡め取って構えた。
 二刀流ならまだしも、四刀流は初めて体験する。それも双剣の扱う部分に関しては自分の身体ですらない。
 だけど、何故だろう。奇妙な感覚なのにとても馴染む。神経が通っていない血液が、自分の腕のように感じる。
 疲労を感じない。痛みも無い。全身が軽い。

「──ああ」

 今なら理解できる。
 蒼の双剣も、紅の大剣も同じだ。実際に手にしてみると分かる。
 双剣の能力。それは互いに強く反発し、強く引き合う力を利用した高速移動。強力過ぎる故に、強靭な腕力でしか制御できない。シオンは種族的にも体格に恵まれていたからこそ、あのように扱う事が出来たのだ。
 ……そのように、シオンは誤認していた。
 これの力はそういうモノじゃない。蒼の双剣の力、それは──、

「チッ!」

 舌打ちと共に後退したシオンの背後に双剣の片方を放る。
 振り返り、奪い取ろうとする眼前にし、伸ばされた腕にロングソードを突き刺す。
 これが双剣の持つ本来の能力、『瞬間転移』。二本のを繋ぎ、移動する力。
 点同士の距離がどれだけ離れていようが、障害物があろうと関係ない。お互いが惹かれ合うように、絶対に離れないと主張するように。

「──必ず巡り合う」
「ッ!?」

 血の腕が風を切る。双剣の乱打を繰り出し、シオンが逃げ出せないように退路を絶つ。
 紅が奔る。黒が彩る。鮮血が身体を濡らす。自分の血か、返り血かすら見分けがつかない。
 苦悶に呻くシオンが首を掴み、締め上げてきた。攻撃の隙間を縫った反撃だ。
 自分の身体が跳ねる。呼吸が止まり、脳に血液が上らず、血の腕が操れなくなった。
 ロングソードを持ち替えて刀身を握り、先端をシオンの脇腹へ。
 ぐずり、と。気色悪い感覚が手を通して伝わってきた。吐き出した血が地面を染め上げる。
 緩んだ両手を振り払い、紅の大剣を上段に構えた。
 耳鳴りと、視界を染め上げる光。
 聴覚と視覚を奪われ、全身を襲う脱力感の代わりに、堪え切れない感情が溢れ出す。








 ──壊せ、壊せ。








 自分の声ではない。かといって眼下に蹲るシオンの声でもない。
 男の声だ。恐怖を感じるほどに冷たく、身体の内側からささやき、這い上がってくる。
 ミシリ、ミシリ。指先から心臓に至るまで全ての血管を知覚し、肉体の再生と大剣から伝わる超常の力がもたらす破壊が繰り返された。
 煽るような声音と耐え難い激痛が精神を蝕む。だというのに、口角が吊り上がる。
 そして、胸の内から湧き上がる衝動に任せて超質量の大剣を──、


















『おい、人の身体で何してやがる』

 振り下ろす直前、硬く握りしめた右拳をの顔面にぶち込む。
 視界が、脳が揺れる。だが、この身慣れた景色は俺のモノで、どこの馬の骨かも分からないヤツに奪われていい訳がない。




 身体の自由を奪われたのは、紅の大剣を手に取った瞬間から。
 麻酔を掛けられたように意識が失い、視界がブラックアウトした。そこまでは覚えている。
 次に目を開けると、暗転した世界にいくつもの幾何学模様が描かれた空間に浮いていた。感覚的にイレーネがいる世界と似ていると分かったのだが、現実世界に戻る時に起こる現象が一切起きない事に違和感を抱いたのだ。
 そして俺の脳裏に閃光が奔る。

 ──もしやこれ、現実世界に帰れないのでは……?

 これは非常にマズいぞぉ、と。こうなった原因は何か、意識を失う前に何をしていたかを思い出して……あの大剣のせいか、という結論に辿り着いた。
 見た者、触れた者を全て廃人化もしくは狂わせたなんて危険な代物ならこんな事だって出来るか。そういえば通話の男も『暴虐の意思がうんたらかんたら』と言っていた。
 ……精神である俺がここに居るという事は、俺の身体は意思の無い空っぽの存在となっている。
 …………明らかに普通じゃない空間に居ると思われるはずの何かがいない。
 この二つから得た答えは簡単だった。

 ──俺の身体、乗っ取られてませんか?

 すぐさま自分の姿を俯瞰的に映し出し、状況を確認した。
 すると何という事でしょう。あの狂人じみた言動と強さを誇るシオンを、ほぼ全身打撲に足首手首捻挫の肋骨四本折れに左肩が胴体からさよならバイバイしそうな俺が大剣を振るって無双している姿が。
 正に狂気。正に常識外。やめて、俺の身体が死んじゃう。
 どうにかして干渉できないか。ロングソードでシオンの心臓を貫こうとする身体に全力で集中して意識を向けてみた。
 映し出された身体が一瞬静止し、右腕に静電気のような痛みが走る。
 取り戻した。理解し、致死の一撃を与えようとした身体を制御する。
 おかげでシオンを死なせずに済んだが、どうも俺の身体を奪ったヤツは俺の意思をトレースして行動しているらしい。
 つまり、ヤツは俺という人格を封じて成り代わろうとしているのだ。

 ──ふざけるな。

 ある程度の制御権が残った右手を握り締める。
 映し出された俺は傷口から血の腕を生み出し、蒼の双剣を操っていた。
 あろう事かシオンが使っていたであろう双剣の能力を駆使して、四本の腕で繰り出されていく斬撃の全てが命を奪おうとする。ここに居る俺の意思を無視して。

 ──殺す覚悟の無い身体で、勝手に殺そうとするな。

 胸の奥が強く痛む。激しい鼓動が怒りを圧縮し、膨張させる。
 シオンがどういう覚悟を持って戦っていたかは分からない。もしかしたら殺す覚悟を持って相対していたのかもしれない。
 けれど、俺は持っていなかった。当然だ、見知らぬ誰かに突然襲われて殺されそうになるなんて……いや、今までもあったか? …………あったな。ごめん、何でもない。
 とにかく俺に殺す覚悟は無かった。そして俺が許せないのは、そんな俺の身体を使って誰かを殺そうとしているだ。
 これ以上好き勝手に動かれてたまるか。
 しかしどうすれば俺の身体を取り返せるか。少なくともこのままじっとしていても状況は変わらない。
 こうしている間にも千切れかけた身体がどんどん使われていく。
 事あるごとに身体の制御を取り戻しているものの、一向に意識が戻らず、その度に痺れるような苦痛を感じる。
 焦りと痛みで集中が切れそう。堪忍袋も切れそう。
 そしてギリギリな一線で耐えていた諸々が、映像の中の俺が大剣を構えた所で一斉に切れた。

 ──この野郎、いい加減にしやがれ!

 強く、硬く。石のように固めた右拳で、映像の中の俺を思いっきりぶん殴った。




 ──殴った瞬間、意思が身体に戻った。大剣を持つ左腕以外の制御も取り戻した。
 ついでに俺の中に居座るにダメージを与える事が出来たようだ。ざまあみろ。

「──貴様、何故……どうやって精神世界を抜け出した?」
『うるさい、いいからさっさと返せ。お前なんかにくれてやるほど上等な身体じゃないんだよ』
「──知った事か」

 やっぱり聞く耳なんて持っちゃいないよな。よし、自分と会話してる痛い奴だと思われる前に手を打とう。
 血の腕で持っていた双剣を投げ捨て、勝手に動こうとする左腕を拘束した。
 それでもギチギチと音を立てて振り払おうとするので、右手で強引に大剣を掴んで引き剥がそうとして、何かが俺に問いかけた。

「──何故、抗おうとする」
『あ?』
「──力を欲していたはずだろう。その願いはこうして叶えられた。どんな願いにも対価は必要だ」
『だから俺の身体を貰おうって? 確かにこれでシオンに対抗出来たらいいなぁ、って呑気に考えてたさ。迷ってる場合じゃなかったから思わず手を伸ばした』

 でも。

『覚悟も理由も無く、淡々と機械のように戦うことに何の意味がある? 少しの間とはいえ、俺はそれを見せつけられたんだ。抗いたくもなるだろ』
「──覚悟、理由だと? そんな物など……」
『お前にとってちっぽけな物でも、俺にとっては大切な物なんだよ。分からないなら引っ込んでろ。──これは俺とシオンの戦いだ』

 言い切り、弛緩した左手から大剣を放してぶん投げる。同時に頭の奥に残っていた違和感が抜けていく。
 ……本当に紅の大剣に宿っていた意思なのか。視界に転がる大剣はその輝きが薄めていき、仄かな明滅を繰り返す。

「ふぅ……っ、げほッ!」

 血の腕が液体状にして身体に戻す。血管を巡る血液が指先から全身にかけて激痛を呼び起こし、思わず膝をついた。
 そういえば俺の身体、ズタボロなんだよね。
 息をする度に心臓が裂けそうになる。全身が熱い。意識しないようにしていた鈍痛がうごめき始めていた。

「……で、どうする? まだ、やるか?」

 垂れる首を何とか持ち上げて、シオンを睨みつける。
 身体を奪われる前よりも傷は増え、翼は力無く畳まれていた。それでも立っていられるくらいにシオンには余力が残っている。
 虚勢を張っているのはバレているだろう。こっちは無理に身体を動かされたせいで一人で立つのも厳しい。
 根性と気合で耐えているとはいえ、今すぐにでも横になりたいくらいだ。

「……ハッ、今のテメェとやりあったって白けるだけだ。今日の所は見逃してやる。お互いに迎えも来たみたいだしな」
「……?」

 シオンの言葉に疑問符が浮かび上がり──思考に割かれた視界が、すぐ横を通り過ぎる存在を映した。
 息を飲む。音も無く、気配を感じなかった。しかし、それがシオンの言う迎えであると分かった。
 シオンと同じ外套を着ているが肉体の線はどこか華奢で、確かな膨らみがある事から女性だと確信できる。そして、その手には投げ捨てたはずの蒼の双剣が握られていた。
 双剣の能力を使った……。これは個人の隠密技術がもたらした結果だ。
 相当な、それこそ幼少期から鍛えていなければ、ここまで洗練された技は身に付かない。
 俺が存在を知覚したと分かったのか、潜めていた靴音を鳴らして歩む彼女の後ろ姿を目で追う。

「派手にやられたね、ファースト。独断専行は禁止されていたはずだけど?」

 凛として耳に残るハスキーな高音。いいね、疲れた身体に染み渡るよ。敵だけど。

「うるせェ。テメェの知ったことじゃねェよ」
「そうね。私には関係無いから、別にいいけど。……こいつはどうするの?」
「放っておけ、もうすぐコイツの仲間がやってくる。そいつらとやり合うのも悪くねェが、メインの目的は果たした。さっさと帰るぞ」
「……意外。貴方が戦った相手を見逃すなんて」
「折角食い応えがありそうな奴に出会えたってのに、この場で終わらせるなんて勿体ねェだろ。それに、こいつはオレと同類だぜ?」
「…………戦闘狂?」

 フードのせいで素顔が見えないけどちょっと引いてませんか? 違うから。断じて違うから! お願いだからそいつと一緒にしないでくれ! 俺は健全で平和な生活を送りたいだけのただの一般人だよ!!
 声を出すのも億劫おっくうなので全力で首を横に振る。

「ちげェよ。そいつは俺とは違うに選ばれたんだ。そこにでっけェのが転がってるだろ?」
「……ふーん」

 どうやらちゃんと伝わったらしい。よかった……ていうか、大剣はそれっぽいとは思ってたけど双剣も魔剣なのか。
 外見とか雰囲気が似てるような気がしてたから、予想はしてたんだけど。

「まあ、いいや。……結構斬られてたみたいけど、翼、飛べるの?」
「心配してくれるたァ心優しいじゃねェか」

 早々に興味を失ったのか、女性は大剣から視線を外した。
 向き合ったシオンは軽口を言いながら差し出された双剣を手に取る。金属のこすれる音が納まり、が広がった。
 あの、見間違いじゃなければ俺がバッサリ斬った部分が治ってませんか? どんな治癒速度してるの?
 あと女性の方もシオンと同じ種族なんですか? 翼の形状がとても似てるんですけど。

「──お前らは、一体何者なんだ?」

 呆然と見つめてしまった視界を揺さぶり、浮遊し始めた二人に声を掛ける。

「…………ああ。そういや、言ってなかったなァ」
「ファースト、余計な情報は──」
「俺達に関わった時点で巻き込まれるのは確定してるようなモンだろ。それに俺達が一方的にアイツの事を知っちまってるのに、アイツが何も分からないんじゃ対等にはならねェ。少なくとも、ボスはそう言うだろうよ」

 シオンはニヤリと口を歪め、そして。

「──俺達は絶望し、失望したこの世界を裏側から混乱に陥れ、災厄をまねこうと目論む者で構成された戦闘集団──カラミティだ」

 己が所属する組織の名を告げ、飛び去っていった。
 やがてビルの谷間へと消えていった二人を見納め、疲労に耐え切れず倒れる。

「知りたいこと、全然違ったんだけど……組織の名前を聞き出せただけでも良い方か。……カラミティ、ね。覚えておくよ……」

 薄れゆく視界の奥から駆け寄ってくる誰かを確認し、握っていた意識を手放した。
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