自称平凡少年の異世界学園生活

木島綾太

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【五ノ章】納涼祭

第九十二話 滲みだす凶兆《後篇》

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「で、実際はどうなんだ?」
「……一応、事実です。ギルドの依頼で、物資運搬のために歓楽街へ入り浸ってました」
「偶に大荷物を抱えて出かけてるのは知っていましたが、もしや大量に作成していた万能石鹸も何か関わりが?」
「……運搬先の店主が効能を実感して、たくさん買い取りたいと言ってくれたので。取り引きの金額に目がくらんで対応してしまいました」
「その場面を写真に収められちまったってことかい?」
「……いえ、あれは歓楽街近くの雑貨屋でメイド服用の布を購入していたところです。あそこが一番安くて触り心地の良い布を売ってたので」
「貧乏性の悪いクセが出ちまったわけかい」

 一時騒然となった展示会場を離れ、学園外周のベンチに座らせられて。
 俺はエリック達に見下ろされながら緩い尋問を受けていた。皆に隠れて商売していた事に対する怒りは感じられないが、明確に呆れられている。

「道理で妙だと思ったぜ。前に口座を確認した時、稼いだ金と支払い額が明らかに合わなかったからな」
「大金を手に入れて調子づいてしまって。一気に返済したら怪しまれたので、以降は小さい額で支払うようにしたんです」
小賢こざかしい……なんて、ガキどもと一緒に迷惑かけてるアタシが言えた義理じゃあないか」

 セリスが頭を掻きながら、申し訳なさそうに顔を伏せる。
 一応、孤児院の子ども達とセリスの入学金を、学園長に借金しているむねは伝えていた。というか、働き過ぎて寝込んだ時に問い詰められた。
 その時から、状況的に仕方ないとはいえ勝手に手続きを進めた俺とエリックが中心になって返済にいそししみ、セリスもカグヤの手を借りて迷宮ダンジョンを攻略、依頼を完遂して返済するなど協力してくれている。

「私たちに秘密を明かさなかったのは、問題が起きた際に巻き込まない為ですか?」
「学生の身であきないを、しかも歓楽街の店に関わってるなんて格好の餌でしかないので。こんなことになるなら早めに話しておくべきだったと後悔しております」
「気持ちは分かりますが、以前から不審な行動が多くて純粋に怪しかったので……あらぬ誤解を抱く前に確信が持ててよかったです」
「ほんとすみませんでした」

 カグヤの気遣う優しさが痛い。

「そんじゃあ事実確認も済んだことだし、これからの事を考えたいが……」

 俺にとって肩身の狭い空間をエリックが切り替える。皆の視線が、隣でずっと項垂うなだれているナラタに向けられた。
 自分の記事をコケにされたのがよほど響いているのか、展示会場で励ましたにもかかわらず元気が無い。
 雑談に興じていれば再起するかと思ったがそんな兆候は見られず、顔に手を当てて動かないままただただじっとしている。

「考えるのはいいが、ナラタがこんなんじゃ無駄にならないかい?」
「聞こえてるから問題ねぇだろ。……いや、クロトみてぇに神経図太いわけじゃねぇし結構キツイか」
「積み上げた努力を足蹴にされましたからね。ナラタは報道クラブとしての行動力こそ凄まじいのですが、行き過ぎた熱意をとがめられたり、後悔で自責の念に駆られるとこのように落ち込んでしまいまして。今回の件は相当こたえているみたいですね」
「人をストレスチェックシートみたいに言わないで。あと精神状態ボロボロの人間を冷静に分析しないであげて?」

 声量は抑えていても遠慮が無さ過ぎる。配慮してほしいところはそこじゃない。
 首を傾げるアカツキ荘の面子とナラタを交互に見ながら、どうにかしようと頭の中で言葉をひねりだそうとして。

「…………ふ、ふははははっ」
「っ」

 急に笑い出したナラタが怖くなって、ベンチの端に移動する。
 長く、腹の底から息を吐いて、顔を上げた彼女の顔は実に晴れ晴れとしていた。
 意外と平気そ……いや、なんだか目が限界まで開いてて異常に見える。ほんとに大丈夫か?

「実はね、嫌がらせ自体は前からされてたんだ。報道クラブの中で腫れ物扱いされて、私の事を気に入らないジャンが副部長権限だなんて、もっともらしい言い分で何度も邪魔してきて……うっとおしいから全部無視してたんだ」
「お、おう」
「でもこんな直接的なやり方は初めてで、頭の中が真っ白になった。なんとか抵抗したんだけど、どんどん状況は悪化。報道クラブどころか教室にすら立ち入ってきたジャンに孤立させられた」

 報道クラブに仲間はいない。
 後ろ指をされては生産性の無い不毛な言い争いを繰り広げた。

 担当顧問はクラブ活動に興味を持たない。
 己の経歴に傷が付かなければ生徒同士のやり取りでどうなろうと構わないなんて、腐った教師は見て見ぬフリをする。

 自分は何がしたくて筆をっている? これまでの行動に意味があるのか?
 漠然と思考をむしばむ不安と焦燥にさいなまれ、芯が揺らぎ折れかけた。

「でもさ、君を取材していく内に色んな人達の声と思いを知った。呆れながら、心配しながら。だけど誰もが自分のことのように、嬉しそうに笑いながら答えてくれた。それで思い出したんだ、自分がどうして記事を書きたいと思ったのか」
「目的、というよりは原点?」

 俺の問い掛けにナラタは目を閉じて静かに頷いた。

「どんなに辛く苦しいことがあったとしても、訪れる明日を、希望をいだいて迎えられるように。勇気の一歩を踏み出す些細ささいなきっかけを、人知れず頑張る誰かの姿を、私は伝えたかったんだ」

 容易な事ではない。誰の目にも止まらず、触れられず、風化していくだけの可能性もある。
 けれど、諦めたくない。ずっと心の底に残していた捨てられない意地なのだから。
 他人に否定され、笑われても関係ない。やると決めたのなら最後までやり遂げたい。

「それを思い出したら、なんかもう悩んでるのがバカらしくなっちゃった。やり場のない怒りと苛立ちだけが残ってたのに……目が覚めた気分だよ」

 拳を握り、不敵な笑みを浮かべたナラタは正気を取り戻した目でこちらを見つめてきた。

「イタズラ記事とジャンについては私に任せて。あんな無法むほうなやり方を通してきたクズに、仕返ししないと気が済まない」
「ありがたいけど、いいのか? 俺たちにも何か手伝えることは……」
「いや、これは私がやらなきゃいけないんだ。向こうから仕掛けてきた喧嘩に応えなくちゃね。私のやり方で真っ当に、正攻法で、あんなふざけた奴の思惑おもわくを叩き潰してやる……!」

 決意を新たに立ち上がり、怪しげな雰囲気を漂わせながら。
 ナラタは力強くこの場を立ち去った。

「……アイツ、目が覚めたとか言ってたくせに怒りに満ちてなかった?」
日頃ひごろから報道クラブの中で冷遇されてきた反動もあるんだろ。それが今になって爆発しかけてるだけで」
「私達の、というよりはクロトさんの影響が色濃く伝わってしまったように見えましたね」
「ああ、なんか既視感きしかんあるなぁとは思ってたけど、そうかクロトだわ。あの感じは」
「待って、俺って普段からあんな風に見られてるの? それともエリック達にだけ?」
「「「…………」」」
「そこで黙るの?」

 やっぱり一度、アカツキ荘内で蔓延まんえんしてる俺のイメージ像について話し合った方がいい気がする。

「まあ、相談したかった事についてはナラタが手を打ってくれるみたいだし。俺達もさっさと帰るか」
「メイド喫茶の片付けも既に終わっているようです。デバイスにメッセージが届いてましたよ」
「あっ、マジだ、気づかなかったわ。えーと……“報道クラブの部員が難癖つけて来たけど、わけの分からない不当な言い分だったから黙らせておいたぞ”だって」
「嫌がらせ自体はしてたんだ。よりにもよって俺がいない時に」
「クロトとついでにメイド喫茶の評判を下げようとしたのかね。完全に無駄骨だが」

 アカツキ荘へ帰る途中、デバイスを見ていたセリスが肩をすくめながら吐き捨てた。
 俺やセリスは実感が薄いため大して気にしていないが、今年こそは絶対に楽しむ! と七組全員が強い決意を抱いて入念に準備を重ねてきたのだ。

 女装だろうと男装だろうと本気で取り組み、試作品のクソマズケミカルスイーツを食べさせられても。

 どんな意図で営業妨害やクレームが来ようとも口八丁手八丁で納得させて、時には実力行使もいとわない徹底抗戦の構えを維持すると決めている。
 おかげで納涼祭二日目まで目立ったトラブルは発生していない。あったとしても、突然ねじ込まれた模擬戦でシフトが大きくズレたことくらいだ。

「とはいえ、さすがに明日の営業に支障が出ないとも限らないし、対策は考えた方がいいかな。俺のせいだし」
「少なからず何人かの教師と客の目には入っちまってるからな。先生とデール達にも相談するべきだろ」
「うッ……そうか、先生にも説明しないといけないのか。身から出た錆とはいえ憂鬱だぁ……」

 シルフィ先生には以前、《デミウル》襲撃という犯罪行為を見逃してもらった事がある。
 事態の収束の為に取らざるを得ない手段だったが、先生の優しさに付け込んだ最低なやり方だった。いま思い出してもとてつもない罪悪感がき出してくる。
 魔科の国グリモワールから戻ってきた時に釘を刺されたというのに、舌の根も乾かぬ内にコレだ。
 いくら温厚で生徒に親身な先生でも今度こそブチ切れる可能性がある。怖い。とても怖い。
 息苦しさをまぎらわそうと深く息を吐いて、ふと気づいた。

『レオ、ゴート。さっきまで話してたのに急に静かになったけど、どうかした?』
『いや、先ほど展示会場であった事について考えていたのだ』
いささか妙だと感じてね。君達が落ち着くまでこちらで密談していた』
配慮はいりょしてくれてありがとう。それで何が妙だと?』

 続きをうながすように声を掛け、レオが相槌を打ってから話し出す。

『人が他者をけなす、さげすむという行為には何らかの発生原因がある。そこは理解できるのだが……なぜ適合者をここまで敵視し、このタイミングで攻撃を仕掛けてきた?』
『そりゃあ大勢の人の目に触れやすい納涼祭を狙って、イタズラ記事をばら撒きたいからでしょ』
『祭りの時期でなくとも前々から適合者をおとしいれる算段は取れたはずだ。教師を籠絡ろうらく、生徒を懐柔かいじゅう、写真を流通させるなど。より致命的ですべも無く絶望へ突き落とす方法があったのではないか? あの男を擁護ようごする訳ではないが、これではあまりにも……』
『突発的で杜撰ずさんな計画だって? 言われてみると確かに変だな』

 レオの疑問に足が立ち止まる。無地の思考が色づいたピースとなり、形を作っていく。
 不審に思ったエリック達がどうしたと振り返る。不穏な推測で混乱させるのは忍びないが、俺はレオとのやりとりを伝えた。

「考え過ぎ、とは思えねぇな。正直、前に食堂で喧嘩吹っかけてきた時もおかしいと思ったんだ。そんな素振りは一切感じなかったのにいきなり来たからな」
「え、そうかい? 要はクロトが心底気に入らないから、ってだけだろう?」
「でしたら尚更なおさら、レオの言う通りに策を講じて絶好の機会にさらすのではないでしょうか?」
「曲がりなりにもジャンは報道クラブの副部長だ。ナラタが歯を食い縛って耐えるしかないと判断するほど陰湿な手を使うヤツなら、そのチャンスを逃すとは思えない」

 もっと冷静に、狡猾こうかつに、最悪の一手を打つなら。
 言い逃れの出来ない針のむしろのような状況に追い込む選択もあったはずだ。

 何もかもチグハグな、穴だらけで行き当たりばったりの計画だと理解していながら実行に移した……? 現に反論され、まともに言い返せず震える事しか出来なかったジャンならあり得るが……。

 脳内でまっていくピースが足りない。
 思考の違和感が、見落としている要素があると訴えている。

 特待生アカツキ・クロトという特定個人を狙った計画……思えば今朝の模擬戦だって無茶苦茶だった。学園長への嫌がらせが目的だとしても納涼祭の予定をずらしてまで差し込むなんて反感を買うに決まってる。そこまで性急に事を進める理由があったのか、それとも誰かにそそのかされて深く考えず言われるがままに実行したか。……後者が一番有り得そうだなぁ。野心溢れる学園出資者みたいな立場の人が第三者の誘導で軽率な行動に出るとか…………。

「──誘導?」

 カチリ、と。口を突いて出た言葉のピースが嵌まった。

「クロト、何か気づいたか?」
「……確証は無い。けど、もし本当にそうなのだとしたら……」

 ニルヴァーナや近隣の村で散見される違法薬物の痕跡、それによる暴動事件。
 防衛線直後の襲撃後、口封じされた幹部。殺害方法は異能による凄惨なモノ。
 接触してきたファーストとセカンド、潜伏中のカラミティ幹部。
 学園内外で発生している事象の数々。知り得る情報の中から一つの線が浮かび上がる。
 もし、今までの騒動を起こした引き金が、想像通りの物だとしたら。

『レオ、ゴート』
『どうした? いきなり思考の濁流だくりゅうが溢れ出ておぼれるかと思ったぞ』
『君の仲間の発言を蒸し返すようで悪いが、何か思い至ったのか?』
『頼む。出来るだけ早く、使
『……なんだと?』
「おい、どうしたんだよ?」

 無言になった俺をいぶかしむエリック達に顔を向ける。

「ようやくわかったんだ、違和感の正体が。これまでの一連の流れはしっかりと計画通りだんだよ。だけどそれはジャンや来賓らいひんどもとは違う、第三者がくわだてたものだ」
「……どういうことだい?」
「おかしいと思わないか? どうして整合性の取れない、相手にとって無頓着むとんちゃくな嫌がらせが続いている? アカツキ荘や七組のメンバーにも影響は出るだろうが、結果的には俺個人を狙った子供だましのようなものばかりだ」
「言われてみれば、確かに……」
「そして模擬戦も、普通に考えて納涼祭の工程をいじってまでやるような事じゃあない。祭りを楽しみにしていた人達、自由に狙い撃てアルシェトリアを期待していた観客や挑戦者、運営陣から怒りを買うようなマネをするなんてどうかしてる」
「……けど、そこまで変な話でもねぇだろ」
。その認識がおかしいんだ」

 俺の言葉に、三人が首をかしげる。

「俺達は学園長から理由を聞かされて、模擬戦が差し込まれたことに納得した。だから急な工程の変更を受け入れた……無意識の内に、そう思うように思考を誘導されていたから」
「……そうか。学園行事の工程を決める決定権は学園長にあるが、いくら来賓の要望だとしてもすぐに変更するなんて、かなり無理を通さないとできやしねぇ。第一、そんな事にチマチマと応えてたら学園の運営能力を疑われちまう」
「あー、つまりは学園側にとって不利になる提案だってのにやらされて、それが当然と考えちまってる現状がおかしいわけかい? 言われてみりゃあ醜態しゅうたいさらす事はたまにあるが、昨日の学園長はらしくないね」
「加えて、先ほどクロトさんがおっしゃった個人を狙う嫌がらせ……これも思い込みにより発生していると見ているのでしょう」
「元々、俺に対して嫌悪や憎しみを抱く連中に強く作用しているんだろうさ。そうでなきゃ常識や理屈から足を踏み外した状況の説明が付かない」

 ジャンだけでなく来賓もそうなのだろう。学園長の子飼いがニルヴァーナを跳び回っているなんて、向こうからしてみれば邪魔者以外の何物でもない。知らずの内に相当、恨みを買っている可能性は大いにあり得る。

「つーか、誘導ってアレだろ? お前が襲われた魔剣の異能だよな。もしかして、それが知らねぇ内に使われてたって考えてんのか?」
「正直、気の迷いだと言われたら否定できない。これはあくまで仮説、推測だ。確かな証拠が無ければ妄言だととらえれるものだけど……どうだ、レオ」
『──適合者よ、アタリだ。極めて微弱な反応だが、ニルヴァーナ全体に襲撃時と同じ異能が広がっている』
『意識して探知しなければまったく気づけなかったな』

 当たってほしくない予感が的中した。
 目元を押さえて、真剣な声で告げられた内容を打ち明ける。

「マジかよ。知らない内に、カラミティの手の平で踊らされてたってのか」
「皆には実感が無いと思うけど、誘導の異能を使う適合者はかなりの手練れだ。俺やレオ、ゴートに察知されないほど繊細に異能をもちいて襲撃犯を暗殺している」

 それこそ誰にも気づかれないままじわじわと毒のように広げて、気がつけば手遅れ、なんて状態にするのは容易いのだろう。

『先ほども伝えた通りだが異能は現在もニルヴァーナを霧のように覆っている。コレは人の思考を一定方向にかたよらせる性質を持ち、多少の異常行為でも気に留めないように仕向けさせているようだ』
『それと君も気づいているとは思うが、この異能は人によって効力に差が生じている。先日接触してきたカラミティの二人や強固な精神を持つ者には効いていないが、そうでない者は自覚できず思考が誘導されている』
「……ということらしい」

 脳内住人による現状解説を一部はぶいて説明する。

「するってーとアタシらも今、異能でマトモとは呼べない状態になってるのかい?」
『心配は無用だ。異能による脅威であると認識した時点で、既に影響下からは外れている』
「自覚したおかげで影響は無いってさ」
「でしたら一安心、でしょうか?」
「ああ。とはいえ、悠長ゆうちょうに構えてる場合じゃあねぇな。明確に、しかも無差別に攻撃されてる以上、野放しにしてたらもっと取り返しのつかない状況になっちまう」
「行動を起こすにしても学園長や先生に連絡しておいた方がよさそうだね……待てよ。レオ、異能の出所を探って居場所を割り出せないか?」
『難しいな。異能の効果範囲が広く浅く、どこもかしこも似たような反応で溢れかえっている』
『異能を強めるような事態が起きれば即座に判別できるが、自ら体を差し出すようなマネをするとは考えにくいな』
「結局、後手に回るせいで対応が遅れてしまうか。やりづらいな……」

 四人と脳内住人による会議は続くが進展はなく、二の足を踏みだせずにいるとポケットに入れていたデバイスが震えた。通話だ。
 なんだかついさっきも同じようなことがあったな……なんて言ってる場合じゃないか。
 皆に手で断りを入れてからデバイスを耳にあてがい、

「はい、もしもし? どうかしまし」
『──始まるぞ』

 しゃがれた機械音声のような、背筋の泡立つ声に息を呑む。

「……誰です? 俺の知り合いにそんな声の人はいないんですけど」
『貴様が発端ほったんだ。因縁が招いた災いが降りかかるのだ』
「人の話聞いてます?」

 イタズラ電話にしては手が込んでいる。こっちはそれどころじゃないのに付き合ってられるか。

「すみませんが用件が無いなら切りますね。さような」
『我らは厄災をもたらし、世界を破壊する者──カラミティ。手始めに、まずは貴様のどころを壊してやろう』
「っ、お前……!?」

 驚きのあまり耳元から外したデバイスの画面には、五芒星を模した星とそれを囲ういくつもの刀剣が表示されていた。
 間違いなく、カラミティを象徴する紋章だ。ついに向こうから接触してきた。まるで示し合わせたかのように、異能が展開されている事に気づいた途端に。
 既に画面は元に戻り、通話の履歴も残っていない。しかし意味が分からない。俺が発端ほったん? 因縁? なんの話だ? ジンを始めとしてカラミティの連中はうっとおしい言い回ししか出来ないのか。
 鈍痛で重くなった頭を振っていると。




 ──パァン。




 頭上で鳴り響く、乾いた破裂音に顔が向く。

「そういえば納涼祭が終わる合図が欲しいと、花火を打ち上げることになったそうですね」
「俺ら生徒はアナウンスされるけど街の連中は気づかねぇからっつう話らしいな」
「夢中になったら歯止めが効かないからねぇ」
「……」

 皆の声を聞き流しながら、警鐘を打ち続けるナニカに冷や汗が垂れる。
 レオ達との問答からずっと違和感はあった。なぜ誘導の異能をニルヴァーナ中に広げていたのか。その目的はなんだ? 何の意味があってそんなことをする必要がある?
 異能を強めれば俺や他の適合者に察知されるのは確実だ。だから弱めたというのなら理屈は通る。




 ……だが、もし仮に。その行為すらも前準備でしかないのだとしたら?
 異能がもたらす思考誘導は二の次、本命は別にあるのだとしたら?




 学園の中心から打ち上がった花火は次いで二度三度と弾ける。破裂音は鼓膜を叩き、全身にビリビリと痺れが走る。
 夕焼けの熱と共に風が運ぶ火薬の匂いが鼻につき──それに混じる、確かな薬品の香りに目を見開く。
 風に流され、空気に薄れ、けれども確かにその香りは錬金術師アルケミストにとっては馴染みのある物。

「……まさか」

 災いが降りかかる。
 通話口で告げられた言葉、その真意が示すのは。

!?」

 祭りに浮かれた日常を崩す破滅の音が、理不尽にもらされる。
 俺はその光景を、ただ呆然と見つめる事しかできなかった。
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