140 / 361
【五ノ章】納涼祭
第九十二話 滲みだす凶兆《後篇》
しおりを挟む
「で、実際はどうなんだ?」
「……一応、事実です。ギルドの依頼で、物資運搬のために歓楽街へ入り浸ってました」
「偶に大荷物を抱えて出かけてるのは知っていましたが、もしや大量に作成していた万能石鹸も何か関わりが?」
「……運搬先の店主が効能を実感して、たくさん買い取りたいと言ってくれたので。取り引きの金額に目が眩んで対応してしまいました」
「その場面を写真に収められちまったってことかい?」
「……いえ、あれは歓楽街近くの雑貨屋でメイド服用の布を購入していたところです。あそこが一番安くて触り心地の良い布を売ってたので」
「貧乏性の悪いクセが出ちまったわけかい」
一時騒然となった展示会場を離れ、学園外周のベンチに座らせられて。
俺はエリック達に見下ろされながら緩い尋問を受けていた。皆に隠れて商売していた事に対する怒りは感じられないが、明確に呆れられている。
「道理で妙だと思ったぜ。前に口座を確認した時、稼いだ金と支払い額が明らかに合わなかったからな」
「大金を手に入れて調子づいてしまって。一気に返済したら怪しまれたので、以降は小さい額で支払うようにしたんです」
「小賢しい……なんて、ガキどもと一緒に迷惑かけてるアタシが言えた義理じゃあないか」
セリスが頭を掻きながら、申し訳なさそうに顔を伏せる。
一応、孤児院の子ども達とセリスの入学金を、学園長に借金している旨は伝えていた。というか、働き過ぎて寝込んだ時に問い詰められた。
その時から、状況的に仕方ないとはいえ勝手に手続きを進めた俺とエリックが中心になって返済に勤しみ、セリスもカグヤの手を借りて迷宮を攻略、依頼を完遂して返済するなど協力してくれている。
「私たちに秘密を明かさなかったのは、問題が起きた際に巻き込まない為ですか?」
「学生の身で商いを、しかも歓楽街の店に関わってるなんて格好の餌でしかないので。こんなことになるなら早めに話しておくべきだったと後悔しております」
「気持ちは分かりますが、以前から不審な行動が多くて純粋に怪しかったので……あらぬ誤解を抱く前に確信が持ててよかったです」
「ほんとすみませんでした」
カグヤの気遣う優しさが痛い。
「そんじゃあ事実確認も済んだことだし、これからの事を考えたいが……」
俺にとって肩身の狭い空間をエリックが切り替える。皆の視線が、隣でずっと項垂れているナラタに向けられた。
自分の記事をコケにされたのがよほど響いているのか、展示会場で励ましたにもかかわらず元気が無い。
雑談に興じていれば再起するかと思ったがそんな兆候は見られず、顔に手を当てて動かないままただただじっとしている。
「考えるのはいいが、ナラタがこんなんじゃ無駄にならないかい?」
「聞こえてるから問題ねぇだろ。……いや、クロトみてぇに神経図太いわけじゃねぇし結構キツイか」
「積み上げた努力を足蹴にされましたからね。ナラタは報道クラブとしての行動力こそ凄まじいのですが、行き過ぎた熱意を咎められたり、後悔で自責の念に駆られるとこのように落ち込んでしまいまして。今回の件は相当堪えているみたいですね」
「人をストレスチェックシートみたいに言わないで。あと精神状態ボロボロの人間を冷静に分析しないであげて?」
声量は抑えていても遠慮が無さ過ぎる。配慮してほしいところはそこじゃない。
首を傾げるアカツキ荘の面子とナラタを交互に見ながら、どうにかしようと頭の中で言葉を捻りだそうとして。
「…………ふ、ふははははっ」
「っ」
急に笑い出したナラタが怖くなって、ベンチの端に移動する。
長く、腹の底から息を吐いて、顔を上げた彼女の顔は実に晴れ晴れとしていた。
意外と平気そ……いや、なんだか目が限界まで開いてて異常に見える。ほんとに大丈夫か?
「実はね、嫌がらせ自体は前からされてたんだ。報道クラブの中で腫れ物扱いされて、私の事を気に入らないジャンが副部長権限だなんて、尤もらしい言い分で何度も邪魔してきて……うっとおしいから全部無視してたんだ」
「お、おう」
「でもこんな直接的なやり方は初めてで、頭の中が真っ白になった。なんとか抵抗したんだけど、どんどん状況は悪化。報道クラブどころか教室にすら立ち入ってきたジャンに孤立させられた」
報道クラブに仲間はいない。
後ろ指を指されては生産性の無い不毛な言い争いを繰り広げた。
担当顧問はクラブ活動に興味を持たない。
己の経歴に傷が付かなければ生徒同士のやり取りでどうなろうと構わないなんて、腐った教師は見て見ぬフリをする。
自分は何がしたくて筆を執っている? これまでの行動に意味があるのか?
漠然と思考を蝕む不安と焦燥に苛まれ、芯が揺らぎ折れかけた。
「でもさ、君を取材していく内に色んな人達の声と思いを知った。呆れながら、心配しながら。だけど誰もが自分のことのように、嬉しそうに笑いながら答えてくれた。それで思い出したんだ、自分がどうして記事を書きたいと思ったのか」
「目的、というよりは原点?」
俺の問い掛けにナラタは目を閉じて静かに頷いた。
「どんなに辛く苦しいことがあったとしても、訪れる明日を、希望を抱いて迎えられるように。勇気の一歩を踏み出す些細なきっかけを、人知れず頑張る誰かの姿を、私は伝えたかったんだ」
容易な事ではない。誰の目にも止まらず、触れられず、風化していくだけの可能性もある。
けれど、諦めたくない。ずっと心の底に残していた捨てられない意地なのだから。
他人に否定され、笑われても関係ない。やると決めたのなら最後までやり遂げたい。
「それを思い出したら、なんかもう悩んでるのがバカらしくなっちゃった。やり場のない怒りと苛立ちだけが残ってたのに……目が覚めた気分だよ」
拳を握り、不敵な笑みを浮かべたナラタは正気を取り戻した目でこちらを見つめてきた。
「イタズラ記事とジャンについては私に任せて。あんな無法なやり方を通してきたクズに、仕返ししないと気が済まない」
「ありがたいけど、いいのか? 俺たちにも何か手伝えることは……」
「いや、これは私がやらなきゃいけないんだ。向こうから仕掛けてきた喧嘩に応えなくちゃね。私のやり方で真っ当に、正攻法で、あんなふざけた奴の思惑を叩き潰してやる……!」
決意を新たに立ち上がり、怪しげな雰囲気を漂わせながら。
ナラタは力強くこの場を立ち去った。
「……アイツ、目が覚めたとか言ってたくせに怒りに満ちてなかった?」
「日頃から報道クラブの中で冷遇されてきた反動もあるんだろ。それが今になって爆発しかけてるだけで」
「私達の、というよりはクロトさんの影響が色濃く伝わってしまったように見えましたね」
「ああ、なんか既視感あるなぁとは思ってたけど、そうかクロトだわ。あの感じは」
「待って、俺って普段からあんな風に見られてるの? それともエリック達にだけ?」
「「「…………」」」
「そこで黙るの?」
やっぱり一度、アカツキ荘内で蔓延してる俺のイメージ像について話し合った方がいい気がする。
「まあ、相談したかった事についてはナラタが手を打ってくれるみたいだし。俺達もさっさと帰るか」
「メイド喫茶の片付けも既に終わっているようです。デバイスにメッセージが届いてましたよ」
「あっ、マジだ、気づかなかったわ。えーと……“報道クラブの部員が難癖つけて来たけど、わけの分からない不当な言い分だったから黙らせておいたぞ”だって」
「嫌がらせ自体はしてたんだ。よりにもよって俺がいない時に」
「クロトとついでにメイド喫茶の評判を下げようとしたのかね。完全に無駄骨だが」
アカツキ荘へ帰る途中、デバイスを見ていたセリスが肩を竦めながら吐き捨てた。
俺やセリスは実感が薄いため大して気にしていないが、今年こそは絶対に楽しむ! と七組全員が強い決意を抱いて入念に準備を重ねてきたのだ。
女装だろうと男装だろうと本気で取り組み、試作品のクソマズケミカルスイーツを食べさせられても。
どんな意図で営業妨害やクレームが来ようとも口八丁手八丁で納得させて、時には実力行使も厭わない徹底抗戦の構えを維持すると決めている。
おかげで納涼祭二日目まで目立ったトラブルは発生していない。あったとしても、突然ねじ込まれた模擬戦でシフトが大きくズレたことくらいだ。
「とはいえ、さすがに明日の営業に支障が出ないとも限らないし、対策は考えた方がいいかな。俺のせいだし」
「少なからず何人かの教師と客の目には入っちまってるからな。先生とデール達にも相談するべきだろ」
「うッ……そうか、先生にも説明しないといけないのか。身から出た錆とはいえ憂鬱だぁ……」
シルフィ先生には以前、《デミウル》襲撃という犯罪行為を見逃してもらった事がある。
事態の収束の為に取らざるを得ない手段だったが、先生の優しさに付け込んだ最低なやり方だった。いま思い出してもとてつもない罪悪感が湧き出してくる。
魔科の国から戻ってきた時に釘を刺されたというのに、舌の根も乾かぬ内にコレだ。
いくら温厚で生徒に親身な先生でも今度こそブチ切れる可能性がある。怖い。とても怖い。
息苦しさを紛らわそうと深く息を吐いて、ふと気づいた。
『レオ、ゴート。さっきまで話してたのに急に静かになったけど、どうかした?』
『いや、先ほど展示会場であった事について考えていたのだ』
『些か妙だと感じてね。君達が落ち着くまでこちらで密談していた』
『配慮してくれてありがとう。それで何が妙だと?』
続きを促すように声を掛け、レオが相槌を打ってから話し出す。
『人が他者を貶す、蔑むという行為には何らかの発生原因がある。そこは理解できるのだが……なぜ適合者をここまで敵視し、このタイミングで攻撃を仕掛けてきた?』
『そりゃあ大勢の人の目に触れやすい納涼祭を狙って、イタズラ記事をばら撒きたいからでしょ』
『祭りの時期でなくとも前々から適合者を陥れる算段は取れたはずだ。教師を籠絡、生徒を懐柔、写真を流通させるなど。より致命的で為す術も無く絶望へ突き落とす方法があったのではないか? あの男を擁護する訳ではないが、これではあまりにも……』
『突発的で杜撰な計画だって? 言われてみると確かに変だな』
レオの疑問に足が立ち止まる。無地の思考が色づいたピースとなり、形を作っていく。
不審に思ったエリック達がどうしたと振り返る。不穏な推測で混乱させるのは忍びないが、俺はレオとのやりとりを伝えた。
「考え過ぎ、とは思えねぇな。正直、前に食堂で喧嘩吹っかけてきた時もおかしいと思ったんだ。そんな素振りは一切感じなかったのにいきなり来たからな」
「え、そうかい? 要はクロトが心底気に入らないから、ってだけだろう?」
「でしたら尚更、レオの言う通りに策を講じて絶好の機会に晒すのではないでしょうか?」
「曲がりなりにもジャンは報道クラブの副部長だ。ナラタが歯を食い縛って耐えるしかないと判断するほど陰湿な手を使うヤツなら、そのチャンスを逃すとは思えない」
もっと冷静に、狡猾に、最悪の一手を打つなら。
言い逃れの出来ない針の筵のような状況に追い込む選択もあったはずだ。
何もかもチグハグな、穴だらけで行き当たりばったりの計画だと理解していながら実行に移した……? 現に反論され、まともに言い返せず震える事しか出来なかったジャンならあり得るが……。
脳内で嵌まっていくピースが足りない。
思考の違和感が、見落としている要素があると訴えている。
特待生アカツキ・クロトという特定個人を狙った計画……思えば今朝の模擬戦だって無茶苦茶だった。学園長への嫌がらせが目的だとしても納涼祭の予定をずらしてまで差し込むなんて反感を買うに決まってる。そこまで性急に事を進める理由があったのか、それとも誰かに唆されて深く考えず言われるがままに実行したか。……後者が一番有り得そうだなぁ。野心溢れる学園出資者みたいな立場の人が第三者の誘導で軽率な行動に出るとか…………。
「──誘導?」
カチリ、と。口を突いて出た言葉のピースが嵌まった。
「クロト、何か気づいたか?」
「……確証は無い。けど、もし本当にそうなのだとしたら……」
ニルヴァーナや近隣の村で散見される違法薬物の痕跡、それによる暴動事件。
防衛線直後の襲撃後、口封じされた幹部。殺害方法は異能による凄惨なモノ。
接触してきたファーストとセカンド、潜伏中のカラミティ幹部。
学園内外で発生している事象の数々。知り得る情報の中から一つの線が浮かび上がる。
もし、今までの騒動を起こした引き金が、想像通りの物だとしたら。
『レオ、ゴート』
『どうした? いきなり思考の濁流が溢れ出て溺れるかと思ったぞ』
『君の仲間の発言を蒸し返すようで悪いが、何か思い至ったのか?』
『頼む。出来るだけ早く、魔剣の異能が使われているか察知してくれ』
『……なんだと?』
「おい、どうしたんだよ?」
無言になった俺を訝しむエリック達に顔を向ける。
「ようやくわかったんだ、違和感の正体が。これまでの一連の流れはしっかりと計画通りだんだよ。だけどそれはジャンや来賓どもとは違う、第三者が企てたものだ」
「……どういうことだい?」
「おかしいと思わないか? どうして整合性の取れない、相手にとって無頓着な嫌がらせが続いている? アカツキ荘や七組のメンバーにも影響は出るだろうが、結果的には俺個人を狙った子供だましのようなものばかりだ」
「言われてみれば、確かに……」
「そして模擬戦も、普通に考えて納涼祭の工程を弄ってまでやるような事じゃあない。祭りを楽しみにしていた人達、自由に狙い撃てを期待していた観客や挑戦者、運営陣から怒りを買うようなマネをするなんてどうかしてる」
「……けど、そこまで変な話でもねぇだろ」
「それだよ。その認識がおかしいんだ」
俺の言葉に、三人が首を傾げる。
「俺達は学園長から理由を聞かされて、模擬戦が差し込まれたことに納得した。だから急な工程の変更を受け入れた……無意識の内に、そう思うように思考を誘導されていたから」
「……そうか。学園行事の工程を決める決定権は学園長にあるが、いくら来賓の要望だとしてもすぐに変更するなんて、かなり無理を通さないとできやしねぇ。第一、そんな事にチマチマと応えてたら学園の運営能力を疑われちまう」
「あー、つまりは学園側にとって不利になる提案だってのにやらされて、それが当然と考えちまってる現状がおかしいわけかい? 言われてみりゃあ醜態を晒す事は偶にあるが、昨日の学園長はらしくないね」
「加えて、先ほどクロトさんが仰った個人を狙う嫌がらせ……これも思い込みにより発生していると見ているのでしょう」
「元々、俺に対して嫌悪や憎しみを抱く連中に強く作用しているんだろうさ。そうでなきゃ常識や理屈から足を踏み外した状況の説明が付かない」
ジャンだけでなく来賓もそうなのだろう。学園長の子飼いがニルヴァーナを跳び回っているなんて、向こうからしてみれば邪魔者以外の何物でもない。知らずの内に相当、恨みを買っている可能性は大いにあり得る。
「つーか、誘導ってアレだろ? お前が襲われた魔剣の異能だよな。もしかして、それが知らねぇ内に使われてたって考えてんのか?」
「正直、気の迷いだと言われたら否定できない。これはあくまで仮説、推測だ。確かな証拠が無ければ妄言だと捉えれるものだけど……どうだ、レオ」
『──適合者よ、アタリだ。極めて微弱な反応だが、ニルヴァーナ全体に襲撃時と同じ異能が広がっている』
『意識して探知しなければまったく気づけなかったな』
当たってほしくない予感が的中した。
目元を押さえて、真剣な声で告げられた内容を打ち明ける。
「マジかよ。知らない内に、カラミティの手の平で踊らされてたってのか」
「皆には実感が無いと思うけど、誘導の異能を使う適合者はかなりの手練れだ。俺やレオ、ゴートに察知されないほど繊細に異能を用いて襲撃犯を暗殺している」
それこそ誰にも気づかれないままじわじわと毒のように広げて、気がつけば手遅れ、なんて状態にするのは容易いのだろう。
『先ほども伝えた通りだが異能は現在もニルヴァーナを霧のように覆っている。コレは人の思考を一定方向に偏らせる性質を持ち、多少の異常行為でも気に留めないように仕向けさせているようだ』
『それと君も気づいているとは思うが、この異能は人によって効力に差が生じている。先日接触してきたカラミティの二人や強固な精神を持つ者には効いていないが、そうでない者は自覚できず思考が誘導されている』
「……ということらしい」
脳内住人による現状解説を一部省いて説明する。
「するってーとアタシらも今、異能でマトモとは呼べない状態になってるのかい?」
『心配は無用だ。異能による脅威であると認識した時点で、既に影響下からは外れている』
「自覚したおかげで影響は無いってさ」
「でしたら一安心、でしょうか?」
「ああ。とはいえ、悠長に構えてる場合じゃあねぇな。明確に、しかも無差別に攻撃されてる以上、野放しにしてたらもっと取り返しのつかない状況になっちまう」
「行動を起こすにしても学園長や先生に連絡しておいた方がよさそうだね……待てよ。レオ、異能の出所を探って居場所を割り出せないか?」
『難しいな。異能の効果範囲が広く浅く、どこもかしこも似たような反応で溢れかえっている』
『異能を強めるような事態が起きれば即座に判別できるが、自ら体を差し出すようなマネをするとは考えにくいな』
「結局、後手に回るせいで対応が遅れてしまうか。やりづらいな……」
四人と脳内住人による会議は続くが進展はなく、二の足を踏みだせずにいるとポケットに入れていたデバイスが震えた。通話だ。
なんだかついさっきも同じようなことがあったな……なんて言ってる場合じゃないか。
皆に手で断りを入れてからデバイスを耳に宛がい、
「はい、もしもし? どうかしまし」
『──始まるぞ』
しゃがれた機械音声のような、背筋の泡立つ声に息を呑む。
「……誰です? 俺の知り合いにそんな声の人はいないんですけど」
『貴様が発端だ。因縁が招いた災いが降りかかるのだ』
「人の話聞いてます?」
イタズラ電話にしては手が込んでいる。こっちはそれどころじゃないのに付き合ってられるか。
「すみませんが用件が無いなら切りますね。さような」
『我らは厄災をもたらし、世界を破壊する者──カラミティ。手始めに、まずは貴様の拠り所を壊してやろう』
「っ、お前……!?」
驚きのあまり耳元から外したデバイスの画面には、五芒星を模した星とそれを囲ういくつもの刀剣が表示されていた。
間違いなく、カラミティを象徴する紋章だ。ついに向こうから接触してきた。まるで示し合わせたかのように、異能が展開されている事に気づいた途端に。
既に画面は元に戻り、通話の履歴も残っていない。しかし意味が分からない。俺が発端? 因縁? なんの話だ? ジンを始めとしてカラミティの連中はうっとおしい言い回ししか出来ないのか。
鈍痛で重くなった頭を振っていると。
──パァン。
頭上で鳴り響く、乾いた破裂音に顔が向く。
「そういえば納涼祭が終わる合図が欲しいと、花火を打ち上げることになったそうですね」
「俺ら生徒はアナウンスされるけど街の連中は気づかねぇからっつう話らしいな」
「夢中になったら歯止めが効かないからねぇ」
「……」
皆の声を聞き流しながら、警鐘を打ち続けるナニカに冷や汗が垂れる。
レオ達との問答からずっと違和感はあった。なぜ誘導の異能をニルヴァーナ中に広げていたのか。その目的はなんだ? 何の意味があってそんなことをする必要がある?
異能を強めれば俺や他の適合者に察知されるのは確実だ。だから弱めたというのなら理屈は通る。
……だが、もし仮に。その行為すらも前準備でしかないのだとしたら?
異能がもたらす思考誘導は二の次、本命は別にあるのだとしたら?
学園の中心から打ち上がった花火は次いで二度三度と弾ける。破裂音は鼓膜を叩き、全身にビリビリと痺れが走る。
夕焼けの熱と共に風が運ぶ火薬の匂いが鼻につき──それに混じる、確かな薬品の香りに目を見開く。
風に流され、空気に薄れ、けれども確かにその香りは錬金術師にとっては馴染みのある物。
「……まさか」
災いが降りかかる。
通話口で告げられた言葉、その真意が示すのは。
「違法薬物を散布し、大規模な暴動を起こすつもりか!?」
祭りに浮かれた日常を崩す破滅の音が、理不尽にも撒き散らされる。
俺はその光景を、ただ呆然と見つめる事しかできなかった。
「……一応、事実です。ギルドの依頼で、物資運搬のために歓楽街へ入り浸ってました」
「偶に大荷物を抱えて出かけてるのは知っていましたが、もしや大量に作成していた万能石鹸も何か関わりが?」
「……運搬先の店主が効能を実感して、たくさん買い取りたいと言ってくれたので。取り引きの金額に目が眩んで対応してしまいました」
「その場面を写真に収められちまったってことかい?」
「……いえ、あれは歓楽街近くの雑貨屋でメイド服用の布を購入していたところです。あそこが一番安くて触り心地の良い布を売ってたので」
「貧乏性の悪いクセが出ちまったわけかい」
一時騒然となった展示会場を離れ、学園外周のベンチに座らせられて。
俺はエリック達に見下ろされながら緩い尋問を受けていた。皆に隠れて商売していた事に対する怒りは感じられないが、明確に呆れられている。
「道理で妙だと思ったぜ。前に口座を確認した時、稼いだ金と支払い額が明らかに合わなかったからな」
「大金を手に入れて調子づいてしまって。一気に返済したら怪しまれたので、以降は小さい額で支払うようにしたんです」
「小賢しい……なんて、ガキどもと一緒に迷惑かけてるアタシが言えた義理じゃあないか」
セリスが頭を掻きながら、申し訳なさそうに顔を伏せる。
一応、孤児院の子ども達とセリスの入学金を、学園長に借金している旨は伝えていた。というか、働き過ぎて寝込んだ時に問い詰められた。
その時から、状況的に仕方ないとはいえ勝手に手続きを進めた俺とエリックが中心になって返済に勤しみ、セリスもカグヤの手を借りて迷宮を攻略、依頼を完遂して返済するなど協力してくれている。
「私たちに秘密を明かさなかったのは、問題が起きた際に巻き込まない為ですか?」
「学生の身で商いを、しかも歓楽街の店に関わってるなんて格好の餌でしかないので。こんなことになるなら早めに話しておくべきだったと後悔しております」
「気持ちは分かりますが、以前から不審な行動が多くて純粋に怪しかったので……あらぬ誤解を抱く前に確信が持ててよかったです」
「ほんとすみませんでした」
カグヤの気遣う優しさが痛い。
「そんじゃあ事実確認も済んだことだし、これからの事を考えたいが……」
俺にとって肩身の狭い空間をエリックが切り替える。皆の視線が、隣でずっと項垂れているナラタに向けられた。
自分の記事をコケにされたのがよほど響いているのか、展示会場で励ましたにもかかわらず元気が無い。
雑談に興じていれば再起するかと思ったがそんな兆候は見られず、顔に手を当てて動かないままただただじっとしている。
「考えるのはいいが、ナラタがこんなんじゃ無駄にならないかい?」
「聞こえてるから問題ねぇだろ。……いや、クロトみてぇに神経図太いわけじゃねぇし結構キツイか」
「積み上げた努力を足蹴にされましたからね。ナラタは報道クラブとしての行動力こそ凄まじいのですが、行き過ぎた熱意を咎められたり、後悔で自責の念に駆られるとこのように落ち込んでしまいまして。今回の件は相当堪えているみたいですね」
「人をストレスチェックシートみたいに言わないで。あと精神状態ボロボロの人間を冷静に分析しないであげて?」
声量は抑えていても遠慮が無さ過ぎる。配慮してほしいところはそこじゃない。
首を傾げるアカツキ荘の面子とナラタを交互に見ながら、どうにかしようと頭の中で言葉を捻りだそうとして。
「…………ふ、ふははははっ」
「っ」
急に笑い出したナラタが怖くなって、ベンチの端に移動する。
長く、腹の底から息を吐いて、顔を上げた彼女の顔は実に晴れ晴れとしていた。
意外と平気そ……いや、なんだか目が限界まで開いてて異常に見える。ほんとに大丈夫か?
「実はね、嫌がらせ自体は前からされてたんだ。報道クラブの中で腫れ物扱いされて、私の事を気に入らないジャンが副部長権限だなんて、尤もらしい言い分で何度も邪魔してきて……うっとおしいから全部無視してたんだ」
「お、おう」
「でもこんな直接的なやり方は初めてで、頭の中が真っ白になった。なんとか抵抗したんだけど、どんどん状況は悪化。報道クラブどころか教室にすら立ち入ってきたジャンに孤立させられた」
報道クラブに仲間はいない。
後ろ指を指されては生産性の無い不毛な言い争いを繰り広げた。
担当顧問はクラブ活動に興味を持たない。
己の経歴に傷が付かなければ生徒同士のやり取りでどうなろうと構わないなんて、腐った教師は見て見ぬフリをする。
自分は何がしたくて筆を執っている? これまでの行動に意味があるのか?
漠然と思考を蝕む不安と焦燥に苛まれ、芯が揺らぎ折れかけた。
「でもさ、君を取材していく内に色んな人達の声と思いを知った。呆れながら、心配しながら。だけど誰もが自分のことのように、嬉しそうに笑いながら答えてくれた。それで思い出したんだ、自分がどうして記事を書きたいと思ったのか」
「目的、というよりは原点?」
俺の問い掛けにナラタは目を閉じて静かに頷いた。
「どんなに辛く苦しいことがあったとしても、訪れる明日を、希望を抱いて迎えられるように。勇気の一歩を踏み出す些細なきっかけを、人知れず頑張る誰かの姿を、私は伝えたかったんだ」
容易な事ではない。誰の目にも止まらず、触れられず、風化していくだけの可能性もある。
けれど、諦めたくない。ずっと心の底に残していた捨てられない意地なのだから。
他人に否定され、笑われても関係ない。やると決めたのなら最後までやり遂げたい。
「それを思い出したら、なんかもう悩んでるのがバカらしくなっちゃった。やり場のない怒りと苛立ちだけが残ってたのに……目が覚めた気分だよ」
拳を握り、不敵な笑みを浮かべたナラタは正気を取り戻した目でこちらを見つめてきた。
「イタズラ記事とジャンについては私に任せて。あんな無法なやり方を通してきたクズに、仕返ししないと気が済まない」
「ありがたいけど、いいのか? 俺たちにも何か手伝えることは……」
「いや、これは私がやらなきゃいけないんだ。向こうから仕掛けてきた喧嘩に応えなくちゃね。私のやり方で真っ当に、正攻法で、あんなふざけた奴の思惑を叩き潰してやる……!」
決意を新たに立ち上がり、怪しげな雰囲気を漂わせながら。
ナラタは力強くこの場を立ち去った。
「……アイツ、目が覚めたとか言ってたくせに怒りに満ちてなかった?」
「日頃から報道クラブの中で冷遇されてきた反動もあるんだろ。それが今になって爆発しかけてるだけで」
「私達の、というよりはクロトさんの影響が色濃く伝わってしまったように見えましたね」
「ああ、なんか既視感あるなぁとは思ってたけど、そうかクロトだわ。あの感じは」
「待って、俺って普段からあんな風に見られてるの? それともエリック達にだけ?」
「「「…………」」」
「そこで黙るの?」
やっぱり一度、アカツキ荘内で蔓延してる俺のイメージ像について話し合った方がいい気がする。
「まあ、相談したかった事についてはナラタが手を打ってくれるみたいだし。俺達もさっさと帰るか」
「メイド喫茶の片付けも既に終わっているようです。デバイスにメッセージが届いてましたよ」
「あっ、マジだ、気づかなかったわ。えーと……“報道クラブの部員が難癖つけて来たけど、わけの分からない不当な言い分だったから黙らせておいたぞ”だって」
「嫌がらせ自体はしてたんだ。よりにもよって俺がいない時に」
「クロトとついでにメイド喫茶の評判を下げようとしたのかね。完全に無駄骨だが」
アカツキ荘へ帰る途中、デバイスを見ていたセリスが肩を竦めながら吐き捨てた。
俺やセリスは実感が薄いため大して気にしていないが、今年こそは絶対に楽しむ! と七組全員が強い決意を抱いて入念に準備を重ねてきたのだ。
女装だろうと男装だろうと本気で取り組み、試作品のクソマズケミカルスイーツを食べさせられても。
どんな意図で営業妨害やクレームが来ようとも口八丁手八丁で納得させて、時には実力行使も厭わない徹底抗戦の構えを維持すると決めている。
おかげで納涼祭二日目まで目立ったトラブルは発生していない。あったとしても、突然ねじ込まれた模擬戦でシフトが大きくズレたことくらいだ。
「とはいえ、さすがに明日の営業に支障が出ないとも限らないし、対策は考えた方がいいかな。俺のせいだし」
「少なからず何人かの教師と客の目には入っちまってるからな。先生とデール達にも相談するべきだろ」
「うッ……そうか、先生にも説明しないといけないのか。身から出た錆とはいえ憂鬱だぁ……」
シルフィ先生には以前、《デミウル》襲撃という犯罪行為を見逃してもらった事がある。
事態の収束の為に取らざるを得ない手段だったが、先生の優しさに付け込んだ最低なやり方だった。いま思い出してもとてつもない罪悪感が湧き出してくる。
魔科の国から戻ってきた時に釘を刺されたというのに、舌の根も乾かぬ内にコレだ。
いくら温厚で生徒に親身な先生でも今度こそブチ切れる可能性がある。怖い。とても怖い。
息苦しさを紛らわそうと深く息を吐いて、ふと気づいた。
『レオ、ゴート。さっきまで話してたのに急に静かになったけど、どうかした?』
『いや、先ほど展示会場であった事について考えていたのだ』
『些か妙だと感じてね。君達が落ち着くまでこちらで密談していた』
『配慮してくれてありがとう。それで何が妙だと?』
続きを促すように声を掛け、レオが相槌を打ってから話し出す。
『人が他者を貶す、蔑むという行為には何らかの発生原因がある。そこは理解できるのだが……なぜ適合者をここまで敵視し、このタイミングで攻撃を仕掛けてきた?』
『そりゃあ大勢の人の目に触れやすい納涼祭を狙って、イタズラ記事をばら撒きたいからでしょ』
『祭りの時期でなくとも前々から適合者を陥れる算段は取れたはずだ。教師を籠絡、生徒を懐柔、写真を流通させるなど。より致命的で為す術も無く絶望へ突き落とす方法があったのではないか? あの男を擁護する訳ではないが、これではあまりにも……』
『突発的で杜撰な計画だって? 言われてみると確かに変だな』
レオの疑問に足が立ち止まる。無地の思考が色づいたピースとなり、形を作っていく。
不審に思ったエリック達がどうしたと振り返る。不穏な推測で混乱させるのは忍びないが、俺はレオとのやりとりを伝えた。
「考え過ぎ、とは思えねぇな。正直、前に食堂で喧嘩吹っかけてきた時もおかしいと思ったんだ。そんな素振りは一切感じなかったのにいきなり来たからな」
「え、そうかい? 要はクロトが心底気に入らないから、ってだけだろう?」
「でしたら尚更、レオの言う通りに策を講じて絶好の機会に晒すのではないでしょうか?」
「曲がりなりにもジャンは報道クラブの副部長だ。ナラタが歯を食い縛って耐えるしかないと判断するほど陰湿な手を使うヤツなら、そのチャンスを逃すとは思えない」
もっと冷静に、狡猾に、最悪の一手を打つなら。
言い逃れの出来ない針の筵のような状況に追い込む選択もあったはずだ。
何もかもチグハグな、穴だらけで行き当たりばったりの計画だと理解していながら実行に移した……? 現に反論され、まともに言い返せず震える事しか出来なかったジャンならあり得るが……。
脳内で嵌まっていくピースが足りない。
思考の違和感が、見落としている要素があると訴えている。
特待生アカツキ・クロトという特定個人を狙った計画……思えば今朝の模擬戦だって無茶苦茶だった。学園長への嫌がらせが目的だとしても納涼祭の予定をずらしてまで差し込むなんて反感を買うに決まってる。そこまで性急に事を進める理由があったのか、それとも誰かに唆されて深く考えず言われるがままに実行したか。……後者が一番有り得そうだなぁ。野心溢れる学園出資者みたいな立場の人が第三者の誘導で軽率な行動に出るとか…………。
「──誘導?」
カチリ、と。口を突いて出た言葉のピースが嵌まった。
「クロト、何か気づいたか?」
「……確証は無い。けど、もし本当にそうなのだとしたら……」
ニルヴァーナや近隣の村で散見される違法薬物の痕跡、それによる暴動事件。
防衛線直後の襲撃後、口封じされた幹部。殺害方法は異能による凄惨なモノ。
接触してきたファーストとセカンド、潜伏中のカラミティ幹部。
学園内外で発生している事象の数々。知り得る情報の中から一つの線が浮かび上がる。
もし、今までの騒動を起こした引き金が、想像通りの物だとしたら。
『レオ、ゴート』
『どうした? いきなり思考の濁流が溢れ出て溺れるかと思ったぞ』
『君の仲間の発言を蒸し返すようで悪いが、何か思い至ったのか?』
『頼む。出来るだけ早く、魔剣の異能が使われているか察知してくれ』
『……なんだと?』
「おい、どうしたんだよ?」
無言になった俺を訝しむエリック達に顔を向ける。
「ようやくわかったんだ、違和感の正体が。これまでの一連の流れはしっかりと計画通りだんだよ。だけどそれはジャンや来賓どもとは違う、第三者が企てたものだ」
「……どういうことだい?」
「おかしいと思わないか? どうして整合性の取れない、相手にとって無頓着な嫌がらせが続いている? アカツキ荘や七組のメンバーにも影響は出るだろうが、結果的には俺個人を狙った子供だましのようなものばかりだ」
「言われてみれば、確かに……」
「そして模擬戦も、普通に考えて納涼祭の工程を弄ってまでやるような事じゃあない。祭りを楽しみにしていた人達、自由に狙い撃てを期待していた観客や挑戦者、運営陣から怒りを買うようなマネをするなんてどうかしてる」
「……けど、そこまで変な話でもねぇだろ」
「それだよ。その認識がおかしいんだ」
俺の言葉に、三人が首を傾げる。
「俺達は学園長から理由を聞かされて、模擬戦が差し込まれたことに納得した。だから急な工程の変更を受け入れた……無意識の内に、そう思うように思考を誘導されていたから」
「……そうか。学園行事の工程を決める決定権は学園長にあるが、いくら来賓の要望だとしてもすぐに変更するなんて、かなり無理を通さないとできやしねぇ。第一、そんな事にチマチマと応えてたら学園の運営能力を疑われちまう」
「あー、つまりは学園側にとって不利になる提案だってのにやらされて、それが当然と考えちまってる現状がおかしいわけかい? 言われてみりゃあ醜態を晒す事は偶にあるが、昨日の学園長はらしくないね」
「加えて、先ほどクロトさんが仰った個人を狙う嫌がらせ……これも思い込みにより発生していると見ているのでしょう」
「元々、俺に対して嫌悪や憎しみを抱く連中に強く作用しているんだろうさ。そうでなきゃ常識や理屈から足を踏み外した状況の説明が付かない」
ジャンだけでなく来賓もそうなのだろう。学園長の子飼いがニルヴァーナを跳び回っているなんて、向こうからしてみれば邪魔者以外の何物でもない。知らずの内に相当、恨みを買っている可能性は大いにあり得る。
「つーか、誘導ってアレだろ? お前が襲われた魔剣の異能だよな。もしかして、それが知らねぇ内に使われてたって考えてんのか?」
「正直、気の迷いだと言われたら否定できない。これはあくまで仮説、推測だ。確かな証拠が無ければ妄言だと捉えれるものだけど……どうだ、レオ」
『──適合者よ、アタリだ。極めて微弱な反応だが、ニルヴァーナ全体に襲撃時と同じ異能が広がっている』
『意識して探知しなければまったく気づけなかったな』
当たってほしくない予感が的中した。
目元を押さえて、真剣な声で告げられた内容を打ち明ける。
「マジかよ。知らない内に、カラミティの手の平で踊らされてたってのか」
「皆には実感が無いと思うけど、誘導の異能を使う適合者はかなりの手練れだ。俺やレオ、ゴートに察知されないほど繊細に異能を用いて襲撃犯を暗殺している」
それこそ誰にも気づかれないままじわじわと毒のように広げて、気がつけば手遅れ、なんて状態にするのは容易いのだろう。
『先ほども伝えた通りだが異能は現在もニルヴァーナを霧のように覆っている。コレは人の思考を一定方向に偏らせる性質を持ち、多少の異常行為でも気に留めないように仕向けさせているようだ』
『それと君も気づいているとは思うが、この異能は人によって効力に差が生じている。先日接触してきたカラミティの二人や強固な精神を持つ者には効いていないが、そうでない者は自覚できず思考が誘導されている』
「……ということらしい」
脳内住人による現状解説を一部省いて説明する。
「するってーとアタシらも今、異能でマトモとは呼べない状態になってるのかい?」
『心配は無用だ。異能による脅威であると認識した時点で、既に影響下からは外れている』
「自覚したおかげで影響は無いってさ」
「でしたら一安心、でしょうか?」
「ああ。とはいえ、悠長に構えてる場合じゃあねぇな。明確に、しかも無差別に攻撃されてる以上、野放しにしてたらもっと取り返しのつかない状況になっちまう」
「行動を起こすにしても学園長や先生に連絡しておいた方がよさそうだね……待てよ。レオ、異能の出所を探って居場所を割り出せないか?」
『難しいな。異能の効果範囲が広く浅く、どこもかしこも似たような反応で溢れかえっている』
『異能を強めるような事態が起きれば即座に判別できるが、自ら体を差し出すようなマネをするとは考えにくいな』
「結局、後手に回るせいで対応が遅れてしまうか。やりづらいな……」
四人と脳内住人による会議は続くが進展はなく、二の足を踏みだせずにいるとポケットに入れていたデバイスが震えた。通話だ。
なんだかついさっきも同じようなことがあったな……なんて言ってる場合じゃないか。
皆に手で断りを入れてからデバイスを耳に宛がい、
「はい、もしもし? どうかしまし」
『──始まるぞ』
しゃがれた機械音声のような、背筋の泡立つ声に息を呑む。
「……誰です? 俺の知り合いにそんな声の人はいないんですけど」
『貴様が発端だ。因縁が招いた災いが降りかかるのだ』
「人の話聞いてます?」
イタズラ電話にしては手が込んでいる。こっちはそれどころじゃないのに付き合ってられるか。
「すみませんが用件が無いなら切りますね。さような」
『我らは厄災をもたらし、世界を破壊する者──カラミティ。手始めに、まずは貴様の拠り所を壊してやろう』
「っ、お前……!?」
驚きのあまり耳元から外したデバイスの画面には、五芒星を模した星とそれを囲ういくつもの刀剣が表示されていた。
間違いなく、カラミティを象徴する紋章だ。ついに向こうから接触してきた。まるで示し合わせたかのように、異能が展開されている事に気づいた途端に。
既に画面は元に戻り、通話の履歴も残っていない。しかし意味が分からない。俺が発端? 因縁? なんの話だ? ジンを始めとしてカラミティの連中はうっとおしい言い回ししか出来ないのか。
鈍痛で重くなった頭を振っていると。
──パァン。
頭上で鳴り響く、乾いた破裂音に顔が向く。
「そういえば納涼祭が終わる合図が欲しいと、花火を打ち上げることになったそうですね」
「俺ら生徒はアナウンスされるけど街の連中は気づかねぇからっつう話らしいな」
「夢中になったら歯止めが効かないからねぇ」
「……」
皆の声を聞き流しながら、警鐘を打ち続けるナニカに冷や汗が垂れる。
レオ達との問答からずっと違和感はあった。なぜ誘導の異能をニルヴァーナ中に広げていたのか。その目的はなんだ? 何の意味があってそんなことをする必要がある?
異能を強めれば俺や他の適合者に察知されるのは確実だ。だから弱めたというのなら理屈は通る。
……だが、もし仮に。その行為すらも前準備でしかないのだとしたら?
異能がもたらす思考誘導は二の次、本命は別にあるのだとしたら?
学園の中心から打ち上がった花火は次いで二度三度と弾ける。破裂音は鼓膜を叩き、全身にビリビリと痺れが走る。
夕焼けの熱と共に風が運ぶ火薬の匂いが鼻につき──それに混じる、確かな薬品の香りに目を見開く。
風に流され、空気に薄れ、けれども確かにその香りは錬金術師にとっては馴染みのある物。
「……まさか」
災いが降りかかる。
通話口で告げられた言葉、その真意が示すのは。
「違法薬物を散布し、大規模な暴動を起こすつもりか!?」
祭りに浮かれた日常を崩す破滅の音が、理不尽にも撒き散らされる。
俺はその光景を、ただ呆然と見つめる事しかできなかった。
0
あなたにおすすめの小説
老衰で死んだ僕は異世界に転生して仲間を探す旅に出ます。最初の武器は木の棒ですか!? 絶対にあきらめない心で剣と魔法を使いこなします!
菊池 快晴
ファンタジー
10代という若さで老衰により病気で死んでしまった主人公アイレは
「まだ、死にたくない」という願いの通り異世界転生に成功する。
同じ病気で亡くなった親友のヴェルネルとレムリもこの世界いるはずだと
アイレは二人を探す旅に出るが、すぐに魔物に襲われてしまう
最初の武器は木の棒!?
そして謎の人物によって明かされるヴェネルとレムリの転生の真実。
何度も心が折れそうになりながらも、アイレは剣と魔法を使いこなしながら
困難に立ち向かっていく。
チート、ハーレムなしの王道ファンタジー物語!
異世界転生は2話目です! キャラクタ―の魅力を味わってもらえると嬉しいです。
話の終わりのヒキを重要視しているので、そこを注目して下さい!
****** 完結まで必ず続けます *****
****** 毎日更新もします *****
他サイトへ重複投稿しています!
【もうダメだ!】貧乏大学生、絶望から一気に成り上がる〜もし、無属性でFランクの俺が異文明の魔道兵器を担いでダンジョンに潜ったら〜
KEINO
ファンタジー
貧乏大学生の探索者はダンジョンに潜り、全てを覆す。
~あらすじ~
世界に突如出現した異次元空間「ダンジョン」。
そこから産出される魔石は人類に無限のエネルギーをもたらし、アーティファクトは魔法の力を授けた。
しかし、その恩恵は平等ではなかった。
富と力はダンジョン利権を牛耳る企業と、「属性適性」という特別な才能を持つ「選ばれし者」たちに独占され、世界は新たな格差社会へと変貌していた。
そんな歪んだ現代日本で、及川翔は「無属性」という最底辺の烙印を押された青年だった。
彼には魔法の才能も、富も、未来への希望もない。
あるのは、両親を失った二年前のダンジョン氾濫で、原因不明の昏睡状態に陥った最愛の妹、美咲を救うという、ただ一つの願いだけだった。
妹を治すため、彼は最先端の「魔力生体学」を学ぶが、学費と治療費という冷酷な現実が彼の行く手を阻む。
希望と絶望の狭間で、翔に残された道はただ一つ――危険なダンジョンに潜り、泥臭く魔石を稼ぐこと。
英雄とも呼べるようなSランク探索者が脚光を浴びる華やかな世界とは裏腹に、翔は今日も一人、薄暗いダンジョンの奥へと足を踏み入れる。
これは、神に選ばれなかった「持たざる者」が、絶望的な現実にもがきながら、たった一つの希望を掴むために抗い、やがて世界の真実と向き合う、戦いの物語。
彼の「無属性」の力が、世界を揺るがす光となることを、彼はまだ知らない。
テンプレのダンジョン物を書いてみたくなり、手を出しました。
SF味が増してくるのは結構先の予定です。
スローペースですが、しっかりと世界観を楽しんでもらえる作品になってると思います。
良かったら読んでください!
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
ダンジョンで有名モデルを助けたら公式配信に映っていたようでバズってしまいました。
夜兎ましろ
ファンタジー
高校を卒業したばかりの少年――夜見ユウは今まで鍛えてきた自分がダンジョンでも通用するのかを知るために、はじめてのダンジョンへと向かう。もし、上手くいけば冒険者にもなれるかもしれないと考えたからだ。
ダンジョンに足を踏み入れたユウはとある女性が魔物に襲われそうになっているところに遭遇し、魔法などを使って女性を助けたのだが、偶然にもその瞬間がダンジョンの公式配信に映ってしまっており、ユウはバズってしまうことになる。
バズってしまったならしょうがないと思い、ユウは配信活動をはじめることにするのだが、何故か助けた女性と共に配信を始めることになるのだった。
迷宮に捨てられた俺、魔導ガチャを駆使して世界最強の大賢者へと至る〜
サイダーボウイ
ファンタジー
アスター王国ハワード伯爵家の次男ルイス・ハワードは、10歳の【魔力固定の儀】において魔法適性ゼロを言い渡され、実家を追放されてしまう。
父親の命令により、生還率が恐ろしく低い迷宮へと廃棄されたルイスは、そこで魔獣に襲われて絶体絶命のピンチに陥る。
そんなルイスの危機を救ってくれたのが、400年の時を生きる魔女エメラルドであった。
彼女が操るのは、ルイスがこれまでに目にしたことのない未発見の魔法。
その煌めく魔法の数々を目撃したルイスは、深い感動を覚える。
「今の自分が悔しいなら、生まれ変わるしかないよ」
そう告げるエメラルドのもとで、ルイスは努力によって人生を劇的に変化させていくことになる。
これは、未発見魔法の列挙に挑んだ少年が、仲間たちとの出会いを通じて成長し、やがて世界の命運を動かす最強の大賢者へと至る物語である。
ハズレ職業の料理人で始まった俺のVR冒険記、気づけば最強アタッカーに!ついでに、女の子とVチューバー始めました
グミ食べたい
ファンタジー
現実に疲れ果てた俺がたどり着いたのは、圧倒的な自由度を誇るVRMMORPG『アナザーワールド・オンライン』。
選んだ職業は、幼い頃から密かに憧れていた“料理人”。しかし戦闘とは無縁のその職業は、目立つこともなく、ゲーム内でも完全に負け組。素材を集めては料理を作るだけの、地味で退屈な日々が続いていた。
だが、ある日突然――運命は動き出す。
フレンドに誘われて参加したレベル上げの最中、突如として現れたネームドモンスター「猛き猪」。本来なら三パーティ十八人で挑むべき強敵に対し、俺たちはたった六人。しかも、頼みの綱であるアタッカーたちはログアウトし、残されたのは熊型獣人のタンク・クマサン、ヒーラーのミコトさん、そして非戦闘職の俺だけ。
「逃げろ」と言われても、仲間を見捨てるわけにはいかない。
死を覚悟し、包丁を構えたその瞬間――料理スキルがまさかの効果を発揮し、常識外のダメージがモンスターに突き刺さる。
この予想外の一撃が、俺の運命を一変させた。
孤独だった俺がギルドを立ち上げ、仲間と出会い、ひょんなことからクマサンの意外すぎる正体を知り、ついにはVチューバーとしての活動まで始めることに。
リアルでは無職、ゲームでは負け組職業。
そんな俺が、仲間と共にゲームと現実の垣根を越えて奇跡を起こしていく物語が、いま始まる。
現実世界にダンジョンが出現したのでフライングして最強に!
おとうふ
ファンタジー
2026年、突如として世界中にダンジョンが出現した。
ダンジョン内は無尽蔵にモンスターが湧き出し、それを倒すことでレベルが上がり、ステータスが上昇するという不思議空間だった。
過去の些細な事件のトラウマを克服できないまま、不登校の引きこもりになっていた中学2年生の橘冬夜は、好奇心から自宅近くに出現したダンジョンに真っ先に足を踏み入れた。
ダンジョンとは何なのか。なぜ出現したのか。その先に何があるのか。
世界が大混乱に陥る中、何もわからないままに、冬夜はこっそりとダンジョン探索にのめり込んでいく。
やがて来る厄災の日、そんな冬夜の好奇心が多くの人の命を救うことになるのだが、それはまだ誰も知らぬことだった。
至らぬところも多いと思いますが、よろしくお願いします!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる