自称平凡少年の異世界学園生活

木島綾太

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【六ノ章】取り戻した日常

第一三三話 超越駆動

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「──鍛鋼かつ各種の付与術も施された出来の良いハルバードに、武器を手にして経験が浅いとはいえ儂に追従してくる実力。極めつけにいやみず御旗みはたじゃったか? 旗を武器にするなど奇抜な発想でありながら、持ち主に沿った特性を十二分に発揮しておった。肩慣らし程度に相手をしたが、存外に楽しめたぞ」
「ぐべぇ……」
「セリスぅーっ!?」

 三〇分後。模擬戦とは思えない熾烈な戦いを繰り広げ、総評を口にする親方の前で。
 べちゃり、と力無く倒れ伏したセリスの下へエリックが駆け出していく。
 冒険者業を退いたといっても、実力差のある親方を相臆することなく喰らいついていたんだ。爆速で疲労が蓄積したのだろう。

 それにしても、初めての割に旗を使いこなしてたな。
 シルフィ先生の指導を受けているおかげで、元々魔法の練度は高かったが……今回は範囲も威力も格段に上昇していた。
 おまけに旗による視界妨害を組み込んだ近接戦も仕掛けてたし、親方の言う通りしっかりと武器の性能を引き出している。作り手として嬉しい限りだ。

「御旗を振るい、背にしながら戦う姿……とても勇ましく、絵画のようでしたね」
「だね。物語の一節みたいだったよ」
「民を率いて未来を進む、しるべの如き様相であったな。……して、クロトよ。そろそろ準備は終えた頃合いであろう? はよう来い」

 流し目と手招きで催促してくる親方から視線を外し、バックパックの中身を再確認。
 必要な物資は入れたし、万が一に破損しないようにルーン文字も刻んだ。後は割れないように加工してある爆薬を地下工房から持ち出してくるだけ……うん、大丈夫だな。
 二人分のバックパックをカグヤに任せて、傍に置いていたシラサイを手に取る。

「思えば、クロトさんが本格的に刀で戦う姿を見るのは初めてになりますね」
「血液魔法で創った刀とかなら機会はあったけど、壊れた時のリスクが怖くて使わなくなったからね」
「相変わらず難儀な魔法よな。しかし、シラサイがあれば存分に力を振るえよう」
「ありがたい話です、本当に」

 精根尽き果てて目を回しているセリスを担いで戻ってきたエリックとすれ違い、今度は俺が親方と対峙する。
 魔導剣の代わりにシラサイを腰に佩く、新しくも懐かしい感覚。自然と、身が引き締まった。
 魔力操作による身体強化の恩恵が肌に現れ、光芒が弾ける。わずかに、親方の目が見開かれた。肉厚な半透明の切っ先を向けられ、鞘の鯉口に左手を沿える。

「それじゃあ、推して参ります」
「うむ!」

 返す言葉の最中。息つく間もなく肉薄し、シラサイを抜刀。
 迫る白刃に、衝突の寸前で差し込まれた半透明の剣と火花を散らす。カグヤ程の速度でないにしろ、後手でありながらこれを防ぐか。
 押し返され、風景に混じる致死の斬撃を掻い潜り、斬り上げる。ガタイに見合わぬ軽業師のような足さばきで距離を取られた。

「前までは当たらなくても掠ってたのに……こっそり練習してました?」
「ふんっ。若造に舐められん程度に勘を取り戻しただけのことよ!」

 ニヤリと笑う親方が、地を割る踏み込みと同時に剣を振り下ろしてきた。
 衰え知らずの膂力が生み出す破壊力を間近で受ければひとたまりもない。いつもなら当たる寸前で避けるか、魔導剣で逸らしているところだ。
 鞘まで使えばやりようはいくらでも……しかし、この戦闘の目的はあくまでシラサイに慣れること。そして、さっきの打ち合いでシラサイの強度は理解した。
 朱鉄あかがね以上に強靭で、俺の技量に応えてくれるコイツなら──

「……すぅ」

 浅く息を吸い、両手で構えたシラサイを。
 簡略化され、いくつもの虚像に分かれて。
 緩やかに流れる視界の中、力が集中している一点に対して振るう。なんてことはない、ただの一閃が甲高い金属音を響かせる。
 しかし、あまりに呆気なく渾身の振り下ろしが弾かれた事実に、親方の顔が動揺を滲ませた。

 武器を破壊し無力化するのが目的の“天流あまながし”とは違う。次の動作へ繋げる為の、ユキが会得した回しの技に近いもの。
 暁流練武術上級──“流転るてん逆凪さかなぎ”。
 相手の態勢を崩して、技から技への橋渡しとする刀用に編み出した技術。カグヤが使う混成接続の元型でもある。

「なんとっ!?」

 振り下ろそうとした力をそのまま体幹へ返され、揺るがされる。
 たたらを踏み、無防備に晒された胴体。流れるように、弓を引くように狙いを定めて踏み込む。

「暁流練武術中級──“牙竜閃華がりょうせんか”!」
「ぬう……!」

 震脚による勢いと、身体ごと引き絞った全身駆動のシラサイで突く。面ではなく、音速の一点突破。
 熟練の直感によって戻した半透明の剣とぶつかり合う。一瞬の拮抗の後、ガラスが砕けるように剣が割れた。
 突きの衝撃を余すことなく全身に受けた親方は苦悶の声を上げて後退し、膝をつく。

「っは……手が痺れておるわ。魔導剣とは打って変わり、しなやかでありながら一挙手一投足に練達された技が含まれておる。魔装具としてのシラサイが持つ心髄しんずいを使いこなしておらずとも、刀という武具そのものの特性を引き出すに至るか。お主との仕合いは、この年になっても新鮮で楽しませてくれるのぉ……!」

 わずかばかりの攻防ではあるものの実体験を経て、総評を口にしながら。
 獰猛な眼差しで睨みつけてくる親方へシラサイを構え直す……が、彼は両手を上げてその場に座り込んだ。よくよく見れば、額や頬に玉のような汗を浮かべていた。
 そうだ、すっかり忘れてたけど親方は連戦になるんだ。疲れた素振りを見せなかったから失念していた。

「じゃが、いくらか戦いの勘を取り戻したとはいえ限度はある。ましてや、極限に集中しとるお主の相手をするには精神的にも厳しい……年には勝てんのぅ」
「むむっ、ちょっとだけ不完全燃焼……まあ、多少なりともシラサイの使用感を得られたからいいか」

 ドレッドノートの力とやらも試したかったが、いまいちイメージが定まっていなかったし、このぐらいで良しとしよう。
 シラサイを納刀して全身の力を抜き、体内に循環させていた魔力を抑える。皮膚に浮かぶ魔力回路が薄れていった。

「それにしても、少々見ない内に魔力操作の練度が随分と上達したようじゃな。見た目にも変化が現れるとは、何か特別な修練でも積んだか?」
「いえ、何もしてませんけど……でも、やっぱり勘違いじゃないのか。再開発区画でも感じていたが、前と比べて強化具合が変わってる?」

 水分補給の水筒とタオルを、駆け寄ってきたカグヤから受け取り、親方に手渡しながら自分の手を見下ろす。
 悪いことではないはずだが、こうなった原因に心当たりが…………まさか、アレか? 完全同調フルシンクロの影響か?
 魔剣を粒子化させ、身体に憑依させる切り札中の切り札。
 様々な特性や異能を生身で扱えて、心臓部に代わる炉心として魔素を魔力に変換させられるように。おかげで半永続的な魔力供給を可能とし、普段は消費の激しい魔法も行使できる。

 だが、ドレッドノート戦では許容量を超えて魔力を補充し、身体強化や傷の再生はもちろん、血液の代替品として循環させていた。
 後に事情を知ったオルレスさんが凄まじい形相でカルテを睨みつけていた、と。リーク先生からのメッセージに書いてあったはずだ。

「ふむ。筆記試験を終えたから、アカツキ荘にいるだろうとリークに言われてきたのだが……これはどういう状況かな?」

 改めて顔を合わせたらめちゃくちゃ怒られそう、などと考えていた時。
 馴染みのある声と同時にアカツキ荘の前へ現れたのは、今まさに脳内で思い描いていた人物……オルレスさんだ。

「おお。お主は確か、クロトの容態を診てくれたお医者様じゃな? 儂はクロトに新たな武器を授けに参り、試しを催していたんじゃよ」
「そこでクロトさんの魔力操作の話になり、少しお話をしていたところなんです」
「なるほど、そういう訳でしたか。どうやら丁度良いタイミングで報告が出来るかもしれないね」
「えっとぉ、報告ってなんです?」

 何故この場にいるのか、という疑問を込めて。
 そして何を言われるか分からないので、しれっとカグヤの影に隠れながら声を掛ける。
 オルレスさんは一つ頷いて、肩から下げたカバンから書類を取り出す。

「君の身体について、詳しい状態を説明しておこうと思ってね。ひとまず、腰を据えて話そうか」

 ◆◇◆◇◆

「して、わざわざアカツキ荘に足を運んで報告に来るほど、クロトの身体に問題があるのか?」

 外からリビングへと移動し、ソファーに寝っ転がるセリスを介抱していたエリックと合流して。
 カグヤと一緒に台所で紅茶を用意していると、テーブルの席に着いた親方が開口一番に問い掛けた。若干だが、けわしい表情をしている。
 何かしらの事件が起きるたび気に掛けてもらっているし、弟子としての身を案じてくれているのだろうか。なんだか照れくさい気分だ。
 その様子に気圧されることなく、オルレスさんは先ほど見せた書類──診断書をテーブルに置いた。

「クロト君以外の子も気になっていると思うから、結論から言わせてもらうと……問題は無い、いたって健康体だ。常識的におかしい対処法を取っていたにかかわらず、深刻な後遺症の類は見当たらなかったよ。ケットシーが治療したおかげなのもあるが……根本にあるのは彼の凄まじい生命力が故に、とでも言おうか」
「恐縮です。というか、おかしい対処法って?」
「魔力を血液の代替としただろう? 加えて本来なら魔力回路を経由して行使するのに、神経すら回路代わりに使ったんだ。いくら同じ流動体でも、抵抗率の低い組織を酷使していた事実に変わりはない。血液魔法の特性によって耐性が付いていたところで、一歩間違えれば身体中の血管が弾けて失血死、神経が過敏に反応しショック死する恐れがあった」
「そこまで危険な状態だったのですか……?」

 各々の前にティーカップを置き、おののくカグヤへオルレスさんは笑い掛ける。

「常日頃から頻繁に魔力操作で肉体に馴染ませている成果、かな。恐ろしいことに、彼は致死的な魔力運用をおこなっても異常が起きず、むしろ恩恵ばかりを得られる体質になっているようだ。しかるべき機関が知れば、解剖したいと騒ぎ立てるレベルでね」
「はははっ、冗談きついですよぉ。そんな訳ないじゃあないですかぁ」
「僕が患者の容態に関して虚偽の報告を口にするとでも?」
「すみませんなんでもないです黙ります」

 医者として一家言あるオルレスさんの圧に屈する。

「ふぅむ……お医者様の言葉通りであるなら、先刻の仕合いで垣間見た魔力回路の発露と身体強化にも合点がいくの。しかし、本当に問題は無いのか?」
「あるとすれば、些細なことですが……僕の推測通りなら、魔力操作時に皮膚の表面に回路が発現するようにならなかったかい?」
「……言われてみれば、仕合いの時と再開発区画に向かった時も光っていましたね」
「やはりか。クロト君の身体はごくわずかな時間であるものの、濃密かつ潤沢な魔力に満たされ適応してしまった。その代償として、魔力操作時に回路が常時発光し続けるようになったんだ」
「そうなるとマズいんすか?」

 ソファーで溶けるようにうつ伏せな状態のセリスから視線を外し、エリックが振り返りながら疑問を投げかける。

「いや? 光るようになるといっても淡く、薄っすらとだけだからね。頭を抱え込むほど深刻な事態では無いさ。むしろより魔力を込めれば光量を増すから、暗い所での光源になる。迷宮ダンジョン探索で重宝するかもしれないよ」
「俺は歩く光源生物だった……?」
「だから言っただろう? 些細なことだと。だからと言って、そう何度も常軌を逸した魔力操作を行うのはやめてほしいのが本音だ。肉体の限界を軽々と踏み越えているし、長期的な影響がどう出てくるか分からない。決して多用はしないように……いいね?」
「もちろんです。必要な時にしかやりませんよ」
「そもそもやらないでほしいから進言しているのだが?」

 呆れ気味なオルレスさんがため息を吐いて、診断書を手渡してきた。
 どうやら症状の概要だけでなく筋肉や骨、血管の状態から通常時と強化時の変遷へんせんをまとめてくれたようだ。グラフで表してくれているので非常に分かりやすい。

「便宜上、瞬間的な身体能力の大幅強化状態時を超越駆動エクシードと名付けさせてもらった。その上で、これはミィナ教諭からの意見も交えた物だ。自身の身体がどうなっているか、大まかな目安として確認してくれ」
「ええと初めの頃は大体二倍で、現在は四倍。十本勝負やドレッドノート戦でのエクシードは……十倍か、測定不能?」
「色々と話を聞いたが、大木のように太いドレッドノートの首や腕を蹴り折ったそうだね? 他種族ならありえるかもしれないが、人の身体でとなると……観測していない身としては正確に評価できなくてね」
「間近で見てた俺らもびっくりしたしな」
「とても頼りにはなりましたよ!」
「出来ると確信を持って取った行動なのに引かれてて悲しい」

 エリック達のフォローに肩を竦めながら、診断書を折って懐に入れる。
 オルレスさんには申し訳ないが、完全同調フルシンクロは魔剣の有無に左右される技術。半永続的な魔力供給がされていた事実にアタリがついていたとしても、事実を打ち明ける訳にはいかない。
 それに身体強化、エクシード自体は血液魔法の領分。魔剣は魔力タンクとして活用していたに過ぎないから、単独でも実行は可能だ。
 ただ、無我夢中でやっていて気付くのに遅れたが、強化具合に比例して消耗が激しくて……万全の魔力量でも十秒ぐらいしか持たないんじゃないか?
 本当に、不利な状況を覆す時に頼る切り札ワイルドカードだな。

「まあ、釘を刺したとてやるべき時はやる子だと理解はしている。あくまで、そういう状態であるという認識を持ってほしかっただけさ。リークに聞いたが近々護衛依頼で遠出するようだし、不安の種は少しでも取り除いておくべきだ」
「あの人、言った覚えが無ければ今日は顔を合わせてすらいないのになんで知ってんだ……? もしかしてこの短時間で学園中に周知されてるの?」
「納涼祭の一件で学園内外問わず、君の顔も名前を広まっているからね。気になる人物の動向に目を見張る人はいるんだよ」
「いわゆる、有名税というやつじゃの」
「つまり冒険者ランクの低いクソ雑魚であることも露呈している……?」
「間接的にセリスにも刺さる事実だからやめてやれ」

 そう言ってくれるエリックやカグヤ達は偏見を持たないが、人をランクで見て判断する輩は多い。
 それこそ、ジャン達が戦闘スキルを持たない俺をさげすんでののしったように。
 ふふふっ……実技試験も昇格試験もこなせて一石二鳥! とか、お気楽な気分でいたのに。どんどん追い詰められていってない? 気のせい?

「とにかく、だ」

 ぱんっ! と。沈みかけた気持ちを浮上させる乾いた音。
 顔を上げれば、手を合わせ、優しく微笑むオルレスさんと目が合った。

「君が周りにどう言われようが、僕は僕に出来るだけの仕事をさせてもらうだけだ。平穏無事でいられるかは定かでないにしろ、しっかりと生きてニルヴァーナに帰ってきなさい。生きてさえいれば、必ず救い出す──それが医者として最善を尽くす、僕の矜持だ」

 不敵に言い放つ、出会ってからずっと頼りになる主治医の言葉に頭を下げて。
 必要以上に居座るのも忍びない、と。親方と共にアカツキ荘を後にするのだった。
 シラサイにエクシード、新しい力が続々と手に入った……となれば、ついに向き合うべきだな。
 魔科の国グリモワールでの出来事、ケットシーの癒しの力で本質に気づいた──虹の力について。
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