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第三章 天正十一年十二月二十一日
十三 電磁トラップ
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青い火花と破裂音。激しい放電の音と光にナギサは飛び起きた。
「何なの?」
視界の隅で緑色のこびとが踊る。
「何なのじゃない。キミが寝る前に仕掛けた電磁トラップに、誰か引っかかっただけだと言えるね」
ピクシーにそう言われて思い出した。海塚を信用していない訳ではなかったのだが、万が一の事を考えて、部屋の入り口付近にトラップを仕掛けたのだ。金属製の刃物を持ったまま部屋に入ろうとすると、高圧電流が流れるように。お守り代わりのつもりだった。まさか本当に引っかかるなんて。
ナギサは立ち上がり、コートの右肩に触れた。内蔵されている小型のライトが、入り口を照らし出す。しかし、倒れていたのは海塚ではなかった。それは人の形をした漆黒。一瞬、黒焦げになったのかとも思ったが、そんな大電流が流れるトラップではない。ならばこれは一体。のぞき込んだナギサに向かって、黒い体の下から、胸を狙って白刃が突き出される。しまった。だがナギサがそう思うよりも速く、黒鉄の刃がそれを弾いた。孫一郎だ。
「法師殿、お下がりください!」
孫一郎の声と同じくして、黒い影は跳び上がるように立った。右手には刀。あまり長くない、反りのない直刀。忍刀か。つまりこいつは。孫一郎は正眼に構えた。影は構えなしの姿勢から長い腕で刀を振り回す。速い。だが孫一郎の防御は固い。スピードはないが、刀を最短距離で動かすことで、影の連続攻撃をかわしながら、じりじりと前に出て行く。
視界の隅で、一瞬戸口の向こうを捉えた。あと三人か四人の影が、戸口から中をうかがっている。一人倒しても終わりではない。ならば目の前の一人に時間をかけている場合ではあるまい。覚悟を決めて敵の懐に飛び込むしかないのだ。孫一郎がそう心を決めたとき。
「こんな夜中に何事ですか、騒々しい」
面倒臭そうな海塚の声が、戸口の向こうから聞こえた。いけない。
「海塚さま、逃げてくだされ!」
孫一郎が叫ぶが早いか、戸口の向こうの影たちは、海塚に襲いかかった。はずだった。だが一瞬の物音の後、戸口に姿を現したのは、海塚信三郎であった。
ゆっくりゆっくり戸口の前に立つと、刀の柄を持った右手を肩の高さにまで上げた。だが逆手だ。刀の刃が拳の下にぶら下がっている。まるで絞めた鶏肉をぶら下げでもしているかのように、力感なく大刀をぶら下げて、海塚は立っていた。
忍びは迷った。目の前の小柄な侍を斬るべきか、それとも背後に迫った男を斬るべきか。忍びの目的は、みぞれである。この小娘をさらうには、まず侍が邪魔だ。だが仲間たちの姿が消えている。仲間は何処に行ったのか。それは背後の男を斬らねば確かめられぬし、どの道みぞれを奪ったなら、斬り結ばねばならない相手なのだ。ならば。
影は一歩下がり、孫一郎と距離を置くと、猛然と振り返り、海塚に向かって突進した。海塚の姿がゆらり、揺れた。孫一郎に見えたのはそこまで。次の瞬間、海塚は孫一郎の前で片膝をつき、刀を持つ右手の拳を突き出していた。一方影は倒れている。倒れてもがいている。その体に、右脚はない。腿から先が切り落とされていた。
「これは、海塚さまがやったのですか」
驚く孫一郎に、海塚は面白くもなさそうな顔を向けた。
「所詮は我流の剣術です。お話しするような事は何もありません」
そう言って、影をのぞき込むようにしゃがむ。
「問題はこの人たちですよ、まったく迷惑な……おや」
さっきまでもがいていた影は、ピクリとも動かなくなっていた。
「死にましたね」
「えっ」
慌てて駆け寄る孫一郎に場所を譲って、海塚は立ち上がった。
「脚を斬ったくらいで、そう簡単には死にませんからね。毒でも飲んだんでしょう。あ、てことは他の連中も死んでる訳ですか。ああ、また一段と面倒臭い事だ。大変だなあ、これは」
半ば他人事のようにつぶやきながら、海塚は頭を掻いた。
「何なの?」
視界の隅で緑色のこびとが踊る。
「何なのじゃない。キミが寝る前に仕掛けた電磁トラップに、誰か引っかかっただけだと言えるね」
ピクシーにそう言われて思い出した。海塚を信用していない訳ではなかったのだが、万が一の事を考えて、部屋の入り口付近にトラップを仕掛けたのだ。金属製の刃物を持ったまま部屋に入ろうとすると、高圧電流が流れるように。お守り代わりのつもりだった。まさか本当に引っかかるなんて。
ナギサは立ち上がり、コートの右肩に触れた。内蔵されている小型のライトが、入り口を照らし出す。しかし、倒れていたのは海塚ではなかった。それは人の形をした漆黒。一瞬、黒焦げになったのかとも思ったが、そんな大電流が流れるトラップではない。ならばこれは一体。のぞき込んだナギサに向かって、黒い体の下から、胸を狙って白刃が突き出される。しまった。だがナギサがそう思うよりも速く、黒鉄の刃がそれを弾いた。孫一郎だ。
「法師殿、お下がりください!」
孫一郎の声と同じくして、黒い影は跳び上がるように立った。右手には刀。あまり長くない、反りのない直刀。忍刀か。つまりこいつは。孫一郎は正眼に構えた。影は構えなしの姿勢から長い腕で刀を振り回す。速い。だが孫一郎の防御は固い。スピードはないが、刀を最短距離で動かすことで、影の連続攻撃をかわしながら、じりじりと前に出て行く。
視界の隅で、一瞬戸口の向こうを捉えた。あと三人か四人の影が、戸口から中をうかがっている。一人倒しても終わりではない。ならば目の前の一人に時間をかけている場合ではあるまい。覚悟を決めて敵の懐に飛び込むしかないのだ。孫一郎がそう心を決めたとき。
「こんな夜中に何事ですか、騒々しい」
面倒臭そうな海塚の声が、戸口の向こうから聞こえた。いけない。
「海塚さま、逃げてくだされ!」
孫一郎が叫ぶが早いか、戸口の向こうの影たちは、海塚に襲いかかった。はずだった。だが一瞬の物音の後、戸口に姿を現したのは、海塚信三郎であった。
ゆっくりゆっくり戸口の前に立つと、刀の柄を持った右手を肩の高さにまで上げた。だが逆手だ。刀の刃が拳の下にぶら下がっている。まるで絞めた鶏肉をぶら下げでもしているかのように、力感なく大刀をぶら下げて、海塚は立っていた。
忍びは迷った。目の前の小柄な侍を斬るべきか、それとも背後に迫った男を斬るべきか。忍びの目的は、みぞれである。この小娘をさらうには、まず侍が邪魔だ。だが仲間たちの姿が消えている。仲間は何処に行ったのか。それは背後の男を斬らねば確かめられぬし、どの道みぞれを奪ったなら、斬り結ばねばならない相手なのだ。ならば。
影は一歩下がり、孫一郎と距離を置くと、猛然と振り返り、海塚に向かって突進した。海塚の姿がゆらり、揺れた。孫一郎に見えたのはそこまで。次の瞬間、海塚は孫一郎の前で片膝をつき、刀を持つ右手の拳を突き出していた。一方影は倒れている。倒れてもがいている。その体に、右脚はない。腿から先が切り落とされていた。
「これは、海塚さまがやったのですか」
驚く孫一郎に、海塚は面白くもなさそうな顔を向けた。
「所詮は我流の剣術です。お話しするような事は何もありません」
そう言って、影をのぞき込むようにしゃがむ。
「問題はこの人たちですよ、まったく迷惑な……おや」
さっきまでもがいていた影は、ピクリとも動かなくなっていた。
「死にましたね」
「えっ」
慌てて駆け寄る孫一郎に場所を譲って、海塚は立ち上がった。
「脚を斬ったくらいで、そう簡単には死にませんからね。毒でも飲んだんでしょう。あ、てことは他の連中も死んでる訳ですか。ああ、また一段と面倒臭い事だ。大変だなあ、これは」
半ば他人事のようにつぶやきながら、海塚は頭を掻いた。
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