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第三章 天正十一年十二月二十一日
十八 良い提案
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「七人か」
日の光も直接は届かない、山の中にある小さな滝。壁面につららが並ぶ間を水が落ちるその滝壺に、服部竜胆は一糸まとわぬ姿で身を浮かべていた。黒い幽霊のような影が、そのほとりに片膝をついている。
「はい、七人にございます」
影はうなだれていた。
「私が和泉と紀州を往復した、たった一日の間に七人消えた。どういう事だ」
「おりんさま、申し訳ございません」
「謝れとは言っていない」
影はしばし沈黙し、言葉を探した。
「……功を焦った者たちが、勝手に動いたのやも知れません」
「そうさせないために、おまえが居るんじゃないの」
「はい、まさしく」
「で、どうするの」
影は腰の刀に手をかけた。
「かくなる上は、死を持って償い……」
「おまえはどれだけ頭が悪いの」
「は?」
竜胆は水の中に立ち上がった。玉のような白い肌を、水が流れ落ちて行く。
「死にたければ勝手に死ねば良いけど、その前にやる事があるよね。みぞれを捕まえて、三河に連れて行く。それが何より、おまえの命よりはるかに大事な事。死ぬのなら、それを終わらせてからにしてくれる」
「……御意」
黒い影は音もなく姿を消した。
竜胆は静かに岸に上がると、畳まれた着物を手に取った。小さなクシャミが出る。
「さすがに寒いな」
そうつぶやいて、少し笑った。
佐野には大きな港があった。岸和田に次いで、和泉国南部二番目の大きさである。行き交う荷積船や漁船で浦は埋まっている。その浜辺を、見慣れない三人が歩いていた。見慣れないどころではない。先頭を歩く黒衣の男は異国人である。両腕を抱えて寒そうにしている。
「オーウ、冬ノ海ハ、大変寒イデスネ」
後ろを歩く朱色の着物に長刀を背負った若い侍が、呆れたように言った。
「それはわかり切っていた事ではありませんか。どういう事です、急に海が見たいなどと。だいたい昨夜は眠っていないのですよ。体を壊したらどうするのです」
宣教師は振り返ると、小馬鹿にしたような笑顔を見せた。
「ちゅーぜんハ細カイデスネ」
「忠善にございます」
「一晩クライ寝ナクテモ、人ハ死ニマセンヨ。マア最初カラ死ンデル者モ居マスケド」
そして大袈裟に吹き出す。もちろん六衞門は何も言わない。忠善は冷たい目で見つめた。
「そんなに面白くはないでしょう」
「面白イデスヨ! ぽるとがる人ミンナ大笑イデス!」
「またそんな、わかりやすい嘘を」
「ナラバちゅーぜん、知ッテイマスカ」
「何です」
「海ノ男ハ荒クレ者。コレハ世界共通デス」
「まあそうでしょうね」
「ダッタラ話ガ早イデス」
宣教師が忠善の背後を指さした。振り返ると、十人かそれ以上の数の男たちが、手に手に抜き身の刀を持って近寄ってくるのが見える。まったく、何処にでも刀のある時代だ。忠善はため息をついた。
「おい、おまえら何処の者だ」
連中の頭目だろうか、真っ黒に日焼けした、ガタイの良い男が刀の切っ先を突きつけた。浜は漁師の縄張りである。そんな所を余所者がウロウロしていたら、当然こうなる。
「ハーイ、いえずす会ノ者デス」
明るく弾ける宣教師の声への返答は、吐き捨てるような一言だった。
「知らねえ」
「オーウ、知リマセンカ。イケマセンネ。ヨロシケレバ説教ヲ」
「いらん! ぶっ殺されたくなかったら出て行け!」
「説教イリマセンカ、残念デス。ソレナラバ」
宣教師はにんまりと笑った。
「ココニ、根来ノ檀家ノ方ハ、イラッシャイマスカ」
空気が変わった。今この地域で根来寺の名前を出すという事が、何を意味するのか。
「おまえら、岸和田か」
しかし宣教師はそれに答える事なく、連れの二人にこう声をかけた。
「良イデスネ、殺シテハイケマセンヨ」
それが引き金となったのか、漁師たちは刀を振りかざし、野獣のような咆哮とともに襲いかかってきた。しかし。銀光一閃、忠善の背の長刀がほとばしり、まとめて三人弾き飛ばす。
六衛門が飛ぶ。漁師たちの頭上を軽々と飛び越えると、最後尾の男の脳天に、かかとを叩きつけた。その男が声もなく倒れる間に、六衛門は近くにいた二人の首筋に回し蹴りを打ち込んだ。
数に任せて蹂躙するはずだった漁師たちは、あっという間に半数となり、前と後ろから挟み撃ちにされてしまっていた。
忠善はその長い長い刀を片手で一振りした。六衛門も倒れた男の刀を拾い、正眼に構えてにじり寄る。人数ではまだ漁師たちが上回っている。だがどちらが有利に立っているかはもはや明白だった。
「何だよ、おまえら何なんだよ」
戦意を喪失し、怯える男たちに、宣教師が近付いた。
「モウ一度聞キマス。根来ノ檀家ノ方ハ、手ヲ挙ゲテクダサイ」
残った漁師のうち四人が、おそるおそる手を挙げる。それを見た宣教師は、満面の笑みを向けた。
「トテモ良イ提案ガアリマス」
日の光も直接は届かない、山の中にある小さな滝。壁面につららが並ぶ間を水が落ちるその滝壺に、服部竜胆は一糸まとわぬ姿で身を浮かべていた。黒い幽霊のような影が、そのほとりに片膝をついている。
「はい、七人にございます」
影はうなだれていた。
「私が和泉と紀州を往復した、たった一日の間に七人消えた。どういう事だ」
「おりんさま、申し訳ございません」
「謝れとは言っていない」
影はしばし沈黙し、言葉を探した。
「……功を焦った者たちが、勝手に動いたのやも知れません」
「そうさせないために、おまえが居るんじゃないの」
「はい、まさしく」
「で、どうするの」
影は腰の刀に手をかけた。
「かくなる上は、死を持って償い……」
「おまえはどれだけ頭が悪いの」
「は?」
竜胆は水の中に立ち上がった。玉のような白い肌を、水が流れ落ちて行く。
「死にたければ勝手に死ねば良いけど、その前にやる事があるよね。みぞれを捕まえて、三河に連れて行く。それが何より、おまえの命よりはるかに大事な事。死ぬのなら、それを終わらせてからにしてくれる」
「……御意」
黒い影は音もなく姿を消した。
竜胆は静かに岸に上がると、畳まれた着物を手に取った。小さなクシャミが出る。
「さすがに寒いな」
そうつぶやいて、少し笑った。
佐野には大きな港があった。岸和田に次いで、和泉国南部二番目の大きさである。行き交う荷積船や漁船で浦は埋まっている。その浜辺を、見慣れない三人が歩いていた。見慣れないどころではない。先頭を歩く黒衣の男は異国人である。両腕を抱えて寒そうにしている。
「オーウ、冬ノ海ハ、大変寒イデスネ」
後ろを歩く朱色の着物に長刀を背負った若い侍が、呆れたように言った。
「それはわかり切っていた事ではありませんか。どういう事です、急に海が見たいなどと。だいたい昨夜は眠っていないのですよ。体を壊したらどうするのです」
宣教師は振り返ると、小馬鹿にしたような笑顔を見せた。
「ちゅーぜんハ細カイデスネ」
「忠善にございます」
「一晩クライ寝ナクテモ、人ハ死ニマセンヨ。マア最初カラ死ンデル者モ居マスケド」
そして大袈裟に吹き出す。もちろん六衞門は何も言わない。忠善は冷たい目で見つめた。
「そんなに面白くはないでしょう」
「面白イデスヨ! ぽるとがる人ミンナ大笑イデス!」
「またそんな、わかりやすい嘘を」
「ナラバちゅーぜん、知ッテイマスカ」
「何です」
「海ノ男ハ荒クレ者。コレハ世界共通デス」
「まあそうでしょうね」
「ダッタラ話ガ早イデス」
宣教師が忠善の背後を指さした。振り返ると、十人かそれ以上の数の男たちが、手に手に抜き身の刀を持って近寄ってくるのが見える。まったく、何処にでも刀のある時代だ。忠善はため息をついた。
「おい、おまえら何処の者だ」
連中の頭目だろうか、真っ黒に日焼けした、ガタイの良い男が刀の切っ先を突きつけた。浜は漁師の縄張りである。そんな所を余所者がウロウロしていたら、当然こうなる。
「ハーイ、いえずす会ノ者デス」
明るく弾ける宣教師の声への返答は、吐き捨てるような一言だった。
「知らねえ」
「オーウ、知リマセンカ。イケマセンネ。ヨロシケレバ説教ヲ」
「いらん! ぶっ殺されたくなかったら出て行け!」
「説教イリマセンカ、残念デス。ソレナラバ」
宣教師はにんまりと笑った。
「ココニ、根来ノ檀家ノ方ハ、イラッシャイマスカ」
空気が変わった。今この地域で根来寺の名前を出すという事が、何を意味するのか。
「おまえら、岸和田か」
しかし宣教師はそれに答える事なく、連れの二人にこう声をかけた。
「良イデスネ、殺シテハイケマセンヨ」
それが引き金となったのか、漁師たちは刀を振りかざし、野獣のような咆哮とともに襲いかかってきた。しかし。銀光一閃、忠善の背の長刀がほとばしり、まとめて三人弾き飛ばす。
六衛門が飛ぶ。漁師たちの頭上を軽々と飛び越えると、最後尾の男の脳天に、かかとを叩きつけた。その男が声もなく倒れる間に、六衛門は近くにいた二人の首筋に回し蹴りを打ち込んだ。
数に任せて蹂躙するはずだった漁師たちは、あっという間に半数となり、前と後ろから挟み撃ちにされてしまっていた。
忠善はその長い長い刀を片手で一振りした。六衛門も倒れた男の刀を拾い、正眼に構えてにじり寄る。人数ではまだ漁師たちが上回っている。だがどちらが有利に立っているかはもはや明白だった。
「何だよ、おまえら何なんだよ」
戦意を喪失し、怯える男たちに、宣教師が近付いた。
「モウ一度聞キマス。根来ノ檀家ノ方ハ、手ヲ挙ゲテクダサイ」
残った漁師のうち四人が、おそるおそる手を挙げる。それを見た宣教師は、満面の笑みを向けた。
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