47 / 52
最終章 天正十二年一月一日
四十七 近づく足音
しおりを挟む
和泉山脈の稜線から白い光が漏れ出した。初日の出であり、正しい意味での元旦である。陽光は狭い和泉国南部の平野部を照らし、それは一揆勢の足を一層速めた。街道を進む部隊はもちろん、田や畑の真ん中を進む者たちも、ほぼ駆け足で進んだ。必然、足音はより一層大きくなる。
その遠い地鳴りのような音に、忠善は気づき目が覚めた。随分と眠った気がする。惣堂の戸の隙間から、外の光が差し込んでいた。そこに。
「大変だ!」
扉を開き、飛び込んできたのは杉乃助。その声に、眠っていた百姓たちも目を覚ました。
「紀州の一揆がもうそこまで来てる。戦が始まる」
惣堂の中は騒然とした。しかし杉乃助はそれを落ち着かせた。
「待て、心配は要らん、惣堂は大丈夫だ。わしが様子を見てくるから、ここでおとなしく待っていてくれ」
そして忠善の方を見て、「お武家さま、お願い致します」と声をかけ、扉を閉じた。
忠善は床に目をやった。宣教師はまだ眠っている。
「司祭さま」
忠善はその身体を揺り動かした。
「司祭さま、起きてください」
「……オーウ、ちゅーぜん」
宣教師は薄く目を開けた。
「イケマセンネ、マダ酒ヲ飲ミマスカ」
「何を寝ぼけているのです。戦が始まります」
「ソレハ大変、見物ニ行カナイト!」
宣教師は立ち上がるや否や突然走り出し、扉にぶつかってひっくり返った。
「ああもう、何をしているのですか」
忠善は困り顔でため息をついた。しかし。
「ちゅーぜん」
宣教師は倒れたまま、キョトンとした顔を見せている。
「忠善にございます。何ですか今度は」
「コノ扉、オカシイデス」
「何がおかしいと言うのです」
「開キマセンヨ」
そんな事があるはずがない。現にさっき杉乃助が開けたではないか。訝りながらも忠善は、扉を押してみた。が、開かない。引いてみた。だが扉はビクともしない。忠善は扉を叩いた。
「杉乃助、そこにいるのか。杉乃助!」
だが返事はない。地鳴りが近づいてくる。これがもし足音なら、外に出て行くのは自殺行為である。一揆勢に向かって、ここに獲物が居ますよと示すようなものだからだ。もしかして、だから杉乃助は外から扉を封じたのか。だとするなら。
振り返ると、百姓たちが不安げに見つめている。忠善は努めて落ち着いた口調で話した。
「状況はわからん。だが一揆勢が近づいて来ているのは間違いない。今はとにかく、連中が通り過ぎるのを待とう」
他に選択肢はないように思えた。百姓たちは家族で寄り集まり、座り込んで一揆勢の通過を待った。
夜が明けて間もない岸和田城に、甲冑姿の侍を乗せた馬が駆け込んで行く。
「斥候ーっ! 斥候ーっ!」
馬は門番の所で止まる事なく、横を通り抜ける。
「沼間又五郎、通り申ーすっ!」
そう叫びながら本丸に向かった。
本丸で馬から下りた沼間又五郎は、中村一氏の待つ屋敷の広間に走り込んだ。
「斥候ご苦労!」床几に腰を下ろしながら、また先に声をかける一氏である。「して様子は」
「はっ、一揆勢の先頭は貝塚寺内町を抜け、現在小瀬村を移動中。駆け足で進んでおります故、岸和田に至るのは間もなくかと」
もはや躊躇している余裕はない。決断の時である。一氏は広間に集まった配下たちに声を飛ばした。
「一揆など恐るるに足りず! たかが三万何するものぞ! 一人四殺! 四人ずつ討ち取ればこちらの勝ちである!」
それが無茶な注文である事は皆わかっていた。相手は単なる百姓の寄り集まった烏合の衆ではない。天下に名高い鉄砲隊を擁する当代最強の一揆勢、根来雑賀軍団である。籠城するならともかく、正面からぶつかれば、この兵力差では足を止める事すらままなるまい。
だがやらねばならぬ。岸和田が落ちれば、いずれ一揆は堺を焼き、大坂城まで攻め込むだろう。奇策を弄する余裕はない。岸和田城は文字通り最後の砦なのだ。正面からぶつかり、たとえ敗れても一揆勢の数を削ぎ、大坂を攻められぬようにせねばならない。武将たちは一斉に鬨の声を上げた。
羽柴さまのため、天下平定のために、今こそ、この命懸けねばならぬ。一氏は立ち上がった。
「出陣である!」
「バッテリーはどんな感じ」
駆けながら、ナギサはピクシーにたずねた。
「残りは二十パーセント強。電磁障壁を展開させられるのは、どうやりくりしても十五分が限界だと言えるね」
緑色のこびとは不満げに踊った。
「やっぱり太陽電池じゃ充電までは無理か」
ナギサはため息をつく。各種デバイスの稼働に電力を消費するので、こればかりはやむを得ないのだが。
「急速充電器が必要な状態であると言えるね」
「仕方ないよ、無い物ねだりしても」
ナギサはみぞれに目をやった。今みぞれはナギサと手をつないでいない。孫一郎に背負われているのだ。もちろん走るならこの方が速いからである。
「近づいてる?」
ナギサの問いは一揆勢の事。みぞれはうなずいた。
「足音が聞こえる」
ナギサは走りながら耳を澄ませてみた。自分たちの足音が大きいのでよくわからないが、言われてみれば遠くに地鳴りのような音がしている。
「法師殿、雪姫の場所は」
孫一郎がたずねた。ナギサがピクシーに呼びかけると、一瞬間を置いてインターフェースはこう答えた。
「動いているね。この方向……おそらくは岸和田城に向かっていると言えるね」
「岸和田城に向かってる」
ナギサの声の緊迫感に、甚六は思わず振り返る。
「何する気だ、いったい」
「一揆の連中の真ん前に放り出す気ですかね」
海塚の言葉に、ナギサは寒気を覚えた。
「とにかく我らが追いつくしかありません」
孫一郎は自分に言い聞かせるように口にした。もう岸和田城はすぐそこに見えている。あとは時間との勝負であった。
その遠い地鳴りのような音に、忠善は気づき目が覚めた。随分と眠った気がする。惣堂の戸の隙間から、外の光が差し込んでいた。そこに。
「大変だ!」
扉を開き、飛び込んできたのは杉乃助。その声に、眠っていた百姓たちも目を覚ました。
「紀州の一揆がもうそこまで来てる。戦が始まる」
惣堂の中は騒然とした。しかし杉乃助はそれを落ち着かせた。
「待て、心配は要らん、惣堂は大丈夫だ。わしが様子を見てくるから、ここでおとなしく待っていてくれ」
そして忠善の方を見て、「お武家さま、お願い致します」と声をかけ、扉を閉じた。
忠善は床に目をやった。宣教師はまだ眠っている。
「司祭さま」
忠善はその身体を揺り動かした。
「司祭さま、起きてください」
「……オーウ、ちゅーぜん」
宣教師は薄く目を開けた。
「イケマセンネ、マダ酒ヲ飲ミマスカ」
「何を寝ぼけているのです。戦が始まります」
「ソレハ大変、見物ニ行カナイト!」
宣教師は立ち上がるや否や突然走り出し、扉にぶつかってひっくり返った。
「ああもう、何をしているのですか」
忠善は困り顔でため息をついた。しかし。
「ちゅーぜん」
宣教師は倒れたまま、キョトンとした顔を見せている。
「忠善にございます。何ですか今度は」
「コノ扉、オカシイデス」
「何がおかしいと言うのです」
「開キマセンヨ」
そんな事があるはずがない。現にさっき杉乃助が開けたではないか。訝りながらも忠善は、扉を押してみた。が、開かない。引いてみた。だが扉はビクともしない。忠善は扉を叩いた。
「杉乃助、そこにいるのか。杉乃助!」
だが返事はない。地鳴りが近づいてくる。これがもし足音なら、外に出て行くのは自殺行為である。一揆勢に向かって、ここに獲物が居ますよと示すようなものだからだ。もしかして、だから杉乃助は外から扉を封じたのか。だとするなら。
振り返ると、百姓たちが不安げに見つめている。忠善は努めて落ち着いた口調で話した。
「状況はわからん。だが一揆勢が近づいて来ているのは間違いない。今はとにかく、連中が通り過ぎるのを待とう」
他に選択肢はないように思えた。百姓たちは家族で寄り集まり、座り込んで一揆勢の通過を待った。
夜が明けて間もない岸和田城に、甲冑姿の侍を乗せた馬が駆け込んで行く。
「斥候ーっ! 斥候ーっ!」
馬は門番の所で止まる事なく、横を通り抜ける。
「沼間又五郎、通り申ーすっ!」
そう叫びながら本丸に向かった。
本丸で馬から下りた沼間又五郎は、中村一氏の待つ屋敷の広間に走り込んだ。
「斥候ご苦労!」床几に腰を下ろしながら、また先に声をかける一氏である。「して様子は」
「はっ、一揆勢の先頭は貝塚寺内町を抜け、現在小瀬村を移動中。駆け足で進んでおります故、岸和田に至るのは間もなくかと」
もはや躊躇している余裕はない。決断の時である。一氏は広間に集まった配下たちに声を飛ばした。
「一揆など恐るるに足りず! たかが三万何するものぞ! 一人四殺! 四人ずつ討ち取ればこちらの勝ちである!」
それが無茶な注文である事は皆わかっていた。相手は単なる百姓の寄り集まった烏合の衆ではない。天下に名高い鉄砲隊を擁する当代最強の一揆勢、根来雑賀軍団である。籠城するならともかく、正面からぶつかれば、この兵力差では足を止める事すらままなるまい。
だがやらねばならぬ。岸和田が落ちれば、いずれ一揆は堺を焼き、大坂城まで攻め込むだろう。奇策を弄する余裕はない。岸和田城は文字通り最後の砦なのだ。正面からぶつかり、たとえ敗れても一揆勢の数を削ぎ、大坂を攻められぬようにせねばならない。武将たちは一斉に鬨の声を上げた。
羽柴さまのため、天下平定のために、今こそ、この命懸けねばならぬ。一氏は立ち上がった。
「出陣である!」
「バッテリーはどんな感じ」
駆けながら、ナギサはピクシーにたずねた。
「残りは二十パーセント強。電磁障壁を展開させられるのは、どうやりくりしても十五分が限界だと言えるね」
緑色のこびとは不満げに踊った。
「やっぱり太陽電池じゃ充電までは無理か」
ナギサはため息をつく。各種デバイスの稼働に電力を消費するので、こればかりはやむを得ないのだが。
「急速充電器が必要な状態であると言えるね」
「仕方ないよ、無い物ねだりしても」
ナギサはみぞれに目をやった。今みぞれはナギサと手をつないでいない。孫一郎に背負われているのだ。もちろん走るならこの方が速いからである。
「近づいてる?」
ナギサの問いは一揆勢の事。みぞれはうなずいた。
「足音が聞こえる」
ナギサは走りながら耳を澄ませてみた。自分たちの足音が大きいのでよくわからないが、言われてみれば遠くに地鳴りのような音がしている。
「法師殿、雪姫の場所は」
孫一郎がたずねた。ナギサがピクシーに呼びかけると、一瞬間を置いてインターフェースはこう答えた。
「動いているね。この方向……おそらくは岸和田城に向かっていると言えるね」
「岸和田城に向かってる」
ナギサの声の緊迫感に、甚六は思わず振り返る。
「何する気だ、いったい」
「一揆の連中の真ん前に放り出す気ですかね」
海塚の言葉に、ナギサは寒気を覚えた。
「とにかく我らが追いつくしかありません」
孫一郎は自分に言い聞かせるように口にした。もう岸和田城はすぐそこに見えている。あとは時間との勝負であった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる