ちゃんばら多角形(ポリゴン)

柚緒駆

文字の大きさ
50 / 52
最終章 天正十二年一月一日

五十 起動

しおりを挟む
 路地の奥、ナギサは身を隠している。コートの中にみぞれを包み込みながら。みぞれは祈っていた。ただ祈っていた。


――時が見える。未来が見える。でも、それが全部じゃない。見えるものもある。でも、見えないものだってある。私たちは細い糸の上を、ただ落ちないように歩いている訳じゃない。広い野原をさまよっているのだから。

――遠くに山が見える。何処にいても見える。けれど山に行く道は何本もあるはず。山に行かない道だってあるはず。なのに私たちは、勝手に道は一本しかないと思い込んでいる。それは違う。きっと違う。だからお願い。誰か。この道の外にいる誰か。私はここに居る。私たちはここに居る。私たちを見つけて。


「誰かいるぞ!」

 路地の入り口で声がする。ナギサはみぞれの手を引き、奥に向かって駆け出した。

「女だ、捕まえろ!」

 ナギサは走りながらピクシーにたずねる。

「スタンガンは」

 しかしピクシーは首を振る。

「電力が足りないと言えるね」
「じゃあ電磁障壁は」

「三十秒が限界と言えるね」
「ああもう!」

 走るナギサの目の前に、絶望が現われた。行き止まり。背後に聞こえる荒い息の音。振り返ると男が三人。今にも飛びかからんとしている。

――私たちを見つけて。

 大きな地鳴りのような音が、突然響き渡った。だがおかしい。頭の真上から音が聞こえる。ナギサはハッと天を振り仰いだ。

「まさか、時空震!」

 板が飛び、石が落ちてくる。屋根が崩れ、壁が崩れる。天空から巨大な『脚』がナギサとみぞれの前に下りてきた。男たちは肝を潰して逃げて行く。そこに聞こえてきたのは。

「ナギサくん? ナギサくんなのか」

 あれからたった十二日しか経っていないのに、もう何十年も前に聞いたかのような、この外部スピーカーから流れる懐かしい声は。

「博士!」
「いったいどういう事かねこれは。亜空間で強烈な思念力場に捉えられたかと思ったら、突然この世界に引っ張り出された。キミは何か知って……」

「そんな話はいいから! 早く私を頭の上に乗せてください」
「頭の上? 艦橋外頂部にかね。それは何故」

「それが一番手っ取り早いの。説明は後でいくらでもしますから」
「ふうむ、まあ、良いだろう」

 すると、巨大な脚は少し浮いた。脚の裏側には人が二人乗れるくらいの窪みがある。ナギサとみぞれがそこに乗り込むと、脚は一気に振り上げられ、オクタゴンの頭のてっぺん、艦橋外頂部に届いた。

 ナギサはみぞれを抱き上げ、脚から屋根に飛び移り、そしてその中央に立つ。装甲が開き、下からコントロールパネルが持ち上がってくる。二本の操縦桿を両手で握った。

「認識番号〇一五九六三三五二、テンショウジ・ナギサ。コントロール、もらいます」

 パネルの画面に大きなOKの文字。ナギサは、コートをつかんで立っているみぞれに笑顔を向けた。

「揺れるけど、しっかりつかまっててね」

 そして声を一段大きくした。

「ピクシー」

 するとコントロールパネルの中央の画面から、緑色のこびとが立体で現われた。

「報告」

 ナギサの指示にピクシーは即答する。

「機関異常なし。ダンパー、アクチュエーター異常なし。外部装甲損傷僅か。機能正常、処理速度正常、音声認識正常。周辺環境稼働に支障なし。オールOKと言えるね」

 ナギサはひとつ、うなずいた。

「オクタゴン、起動!」

 全高十五メートルの巨大な八本脚の機械が、唸りを上げて立ち上がる。中村一氏めがけて走っていた一揆勢は慌てて立ち止まり、唖然とした顔で上空を見上げた。

「何だありゃ」
「タコだ……タコの化け物だ」

 オクタゴンのバランサーは繊細である。その気になれば人間より静かに歩ける。しかしナギサは八本の脚を地面に叩きつけ、道をえぐった。足下にいた一揆勢は、散り散りに退散する。

「鉄砲! おい鉄砲、構えろ!」

 少し離れた位置にいた鉄砲隊は、怯えながらもオクタゴンに狙いを定める。その数五十というところか。

「撃て!」

 号令と共に、一斉に火を噴く火縄銃。雷鳴の如き音がとどろく。だがもちろん銃弾は弾き返され、オクタゴンには傷一つつかない。ナギサは地面をえぐりながら、けたたましくオクタゴンを前進させる。

「駄目だぁっ」

 情けない声を上げて一人が逃げ出した。あとは雪崩を打つように、一揆勢は背を向けて走り出す。

「逃げろ逃げろ、逃げなさい。逃げなきゃ踏み潰すよ!」

 ナギサの声が外部スピーカーから大音量で放たれる。何も知らないこの時代の人々にとっては、天狗の声に聞こえたかも知れない。みな怯え、腰を抜かし、這々ほうほうていで逃げ出す。勢いに任せて進撃していた一揆勢の流れは、これで逆転した。



「ナギサちゃん、怖い」

 艦橋でソマ計測員は笑った。笑うしかなかった。

「ま、人間追い詰められたら本性が出るものね」

 サエジマ計測員も引きつった笑顔を浮かべた。トガワ技師長は博士の方をのぞき込む。

「どうしたんです、博士。そんな浮かない顔して。並行世界の実在が確認されたんですよ」
「確認されるのは当たり前だよ、トガワくん」

 それは心底困っている顔だった。ボルシェヴィキ博士は唸る。

「並行世界の存在は、もう何世紀も前に予言されている。存在するのはほぼ確実だったのだ。故に実在が確認されたからといって、我が輩が喜ぶには値しない。ただ問題は、その並行世界への移動方法まで、我々は知ってしまったのかもしれないという事だ。これは重大だよ。もう我々の意思や裁量で、どうにかなるレベルの話ではなくなってしまったのだからね。下手をすれば、我らの存在が汚染源ともなりかねない。これは恐るべき事態なのだ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

処理中です...