51 / 52
最終章 天正十二年一月一日
五十一 日の本一の
しおりを挟む
巨大なタコの如き怪物は、まさにゲームチェンジャー、その登場ですべてが変わった。中村一氏も与力衆も、呆然としている。
「あれも法力ってヤツなんですかね」
海塚の言葉は、果たして誰に向けられたものだったか。
「法師殿の力ですよ、きっと」
孫一郎の言葉には、確信があった。
さしもの服部竜胆も、この展開には驚いたのだろう、唖然とした顔で巨大なタコの歩き回る様を見つめていた。
「さて、どうするね」
長刀を背負う剣士が竜胆にたずねた。竜胆は真剣な顔で剣士を見つめた。
「どうする? どうもしないさ」
「まだ諦めないという事か」
「下らない」
竜胆は鼻先で笑った。
「諦めるなど愚か者のする事だ。私は足掻く。足掻き続ける。足掻けば必ず道は開ける。生きるとはそういう事だからな」
剣士はしばし竜胆を見つめ返し、そしてうなずいた。
「不本意ながら同意しよう。だがこちらも足掻くぞ。どちらの足掻きが勝つと思う」
「勝てると己が信じられねば、誰が信じてくれようか」
「……よもやとここまでやって来たが、貴様に会えたは天の配剤」
剣士の鉄面皮に微笑が浮かんだ。そして孫一郎に向かい、改めて告げる。
「豊州浪人佐々木忠善、義によって助太刀致す」
長刀を軽々と抜き放った忠善に、竜胆は突進した。忠善の横なぎの一振りを、竜胆は刀に腕を添えて受け止める。そのまま前に出ると、つばぜり合いに持ち込んだ。
「伴天連の姿が見えないな、どうかしたのか」
竜胆の力押しに、忠善は真正面から応じた。
「やはりな。貴様の計略か」
「さあどうだろうね」
竜胆はニッと歯を見せた。同時にその身は脇に飛ぶ。竜胆の脚のあった辺りに銀光一閃、海塚が忠善にぶつかるように突っ込んできた。紙一重でかわした忠善に、素早く立ち上がった海塚がささやく。
「あなた、何処かでお会いしませんでしたか」
「心当たりが多すぎて、思い出せんな」
「じゃあ気のせいだったって事にしときましょう。今はね」
脇に飛び退いた竜胆だったが、そこは与力衆が固まっている。
「ちぃっ!」
鋭角に身を翻すと、意識を中村一氏に向けた。この首さえ取れれば。だがその前に、孫一郎が立ちはだかる。
「邪魔なんだよ!」
竜胆が放った突きを、孫一郎は半身でかわした。剣の速度が落ちているのだ。孫一郎は下段から斬り上げる。それを仰け反ってかわした勢いで、竜胆の草鞋が切れた。
脚はもつれ、地面に転がる。そこを忠善が上から突く、突く、突く。竜胆は転がり続け、かわし続けた。そして与力の一人にぶつかったとき、その鎧をつかんで風のように立ち上がり、忠善に向かって突き飛ばした。忠善が踏み止まらなければ、その与力は串刺しになっていただろう。
寒風が吹いた。しかし竜胆は顔中に汗を滴らせている。呼吸をするたびに肩が上下する。もはや体力の限界に近付いている事は、誰の目にも明らかだった。だがそれでも。
「何をしている、さっさと打ち倒せ」
そう叫びながら佐藤次郎左衛門が斬りかかる。それを竜胆は軽くいなした。河毛源次郎が放った突きは紙一重でかわし、すれ違いざまに河毛の顔をぶん殴った。それを見た他の与力衆は、腰が引けて踏み込めない。結局竜胆の前に立つのは、孫一郎たちであった。
――ちゅーぜん、日ノ本一ノ剣豪ニナリナサイ。
宣教師の最期の言葉が、忠善の脳裏に浮かぶ。日の本一の剣豪になるためには、今ここで目の前にいる化け物を倒しておかねばならない。たとえどんな手を使ったとしても、勝たねばならないのだ。
忠善は気合いと共に長刀を振り下ろした。竜胆は小さく後ろにステップしてかわす。しかし忠善は二歩踏み込み、長刀はレの字を書くように跳ね上がった。だが竜胆は、体をくるりと回しただけで、それもかわした。けれど。
振り上げられた長刀は、さらに空中にヘの字を描いて振り下ろされ、それを頭上に掲げた刀で受け止められると、切っ先はくの字を描いて足下に斬りつけた。竜胆は宙でとんぼを切って何とかかわした。忠善は息も乱さずこう告げた。
「イナズマ打ちは、おまえが思っているほど簡単な技ではない」
「ああ……そうかい」
竜胆の息は一層乱れている。もう刀を杖にしなければ、立っていられないほどだ。その正面に、孫一郎は剣を構えた。
「覚悟」
「……馬鹿正直が」
竜胆が吐き捨てるようにつぶやくと同時に、孫一郎が打ち込む。
「てええええいっ!」
その孫一郎の背後から、カーブを描くように石つぶてが飛んでくる。
「小賢しい」
竜胆は前に出てつぶてをかわすと、孫一郎の打ち込みを受け止めた。と同時に、肘で孫一郎の顎をかち上げた。倒れる孫一郎を飛び越え、竜胆は走った。その視線の先にあるのは、中村一氏の隣に立つ人影。狙いを甚六に定めたのだ。
「おまえからだ」
だが甚六と竜胆の間に割って入ったのは海塚。逆手に持った刀が脚を狙う、と見せかけて、その切っ先はくるりと天を指した。逆手の大上段。意表を突かれた竜胆は対応が遅れた。打ち込まれた一刀を弾きはしたものの、その額には縦一文字の傷が開く。血が噴き出し、目に流れ込む。一瞬うろたえた竜胆の背に打ち込む忠善。竜胆は身を翻したが、右肩に傷を負う。鮮血が竜胆の上半身を染めて行く。
孫一郎は甚六に近付き、懐から手を取り出した。
「甚六、これを」
何かを握った手を差し出す。手の中に入るほどのそれを受け取った甚六は、目を丸くした。
「おい、これは」
「頼む」
それだけ言うと、孫一郎は竜胆へと駈けて行った。
忠善の突きを左腕一本でいなすと、脚を狙う海塚を横なぎの一振りで遠ざける。竜胆は唸っていた。痛いとも苦しいとも言わず、ただ唸り声を上げていた。血まみれの姿に左腕一本で刀を構え、凄まじい鬼気を放っている。
その正面に、孫一郎は立った。
「服部竜胆殿」
孫一郎の声に、場は、しんと静まりかえった。忠善も海塚も、攻める手を止めた。タコの化け物が暴れる音が、遠くに聞こえている。竜胆は孫一郎に切っ先を向けた。孫一郎は言葉を続ける。
「貴殿は強い。底なしの強さです。この世にこんな強い者がいる事など、それがしには想像する事さえできませんでした。これから百年修行しても貴殿には追いつけますまい。敵ながら尊崇の念に堪えません。なれど、それがしには守りたいものがあります。他の皆にも、譲れないものがあるのです。貴殿が諦めないというのなら、生かしておく訳には参りません。最後の願いです。愚かと笑ってくださって構いません。どうか諦めてはくださいませんか」
竜胆はしばし風の音を聞くように、静かに首を傾げていたが、不意に小さく笑った。
「諦める事に意味があるのか。諦める事に価値があるのか」
孫一郎は笑顔で一歩近付いた。
「生きる事には価値があります。生きるために諦めるのなら、意味はあります」
「もし本当にそう思っているのなら」
しかし竜胆の言葉に、孫一郎の笑顔は凍り付いた。
「おまえには何もできない」
「え」
「誰かに勝つ事もできないし、何かを生み出す事もできない。おまえの人生には闇しかない。光なんて何処にもない」
眉一つ動かさぬ竜胆に否定され、孫一郎は愕然とした。そして。その口から言葉がこぼれ落ちた。
「ああ、なるほど。そういうことなのですね」
「……何」
竜胆の眉が動いた。孫一郎に再び笑みが浮かぶ。心の底からの笑みが。
「それがしはずっとこう思っていました。諦めても次があるのだと。生きていればやり直せるのだと。ずっとそう思って、でもずっと何処かで自分を疑っていました。もしかしたら自分は間違っているのではないかと。けれど今わかりました。それがしは間違っていなかったのです」
竜胆は二の句が継げずに居る。一方、孫一郎の口は止まらない。
「それがしは正しかった。でも竜胆殿、貴殿も正しいのです。と言うか、正しいことは世界に沢山あるのです。たった一つの正しい道など、探す必要はなかった。そんなことに意味などなかった。それがしがやるべきだったのは、正しい方法で正しい刀を打つ事ではなく、その刀の持つ正しさを見出せば良かっただけなのです。答はずっと目の前にあった。こんな簡単なことに気が付かなかったなんて、それがしは何たる間抜けなのでしょう」
「間抜けなのは同意するよ」
竜胆は口の端で笑った。
「それで、私にどうして欲しいのだい」
「父上のところに帰ってください」
そして孫一郎は、もう一度繰り返した。
「生きる事には価値があります。生きるために諦めるのなら、意味はあります。それがしは、会津に戻って刀を打ちます。貴殿も国に戻ってやり直してください」
「……驚いたね。さっきとはすっかり別人じゃないか。見違えたよ。だけど、一つだけ言わせてもらって良いかな」
「何でしょう」
「私はおまえが嫌いだ」
そう言うや否や、竜胆は刀を大きく振り上げ、それを孫一郎に叩きつけた。左腕一本の打ち込みでありながら、両手で受けた孫一郎の膝がきしんだ。だが。孫一郎はそのまま前に出た。そして竜胆の左手を掴まえる。
「甚六!」
その声に応じて甚六が手から放ったそれは、不規則に回転しながら宙を飛び、赤い柄をこちらに見せて、音もなく竜胆の額に突き立った。それが椿の護り刀だと、知っているのは二人だけ。竜胆は声もなく仰け反った。忠善と海塚の刀が、前後から竜胆の胸を貫く。
胸の刀が抜かれると、竜胆は膝から崩れ落ち、そして横向きに倒れた。だが歓喜の声はない。誰も笑顔を浮かべる事なく、ただ冷たい風が吹き抜けるだけだった。
「あれも法力ってヤツなんですかね」
海塚の言葉は、果たして誰に向けられたものだったか。
「法師殿の力ですよ、きっと」
孫一郎の言葉には、確信があった。
さしもの服部竜胆も、この展開には驚いたのだろう、唖然とした顔で巨大なタコの歩き回る様を見つめていた。
「さて、どうするね」
長刀を背負う剣士が竜胆にたずねた。竜胆は真剣な顔で剣士を見つめた。
「どうする? どうもしないさ」
「まだ諦めないという事か」
「下らない」
竜胆は鼻先で笑った。
「諦めるなど愚か者のする事だ。私は足掻く。足掻き続ける。足掻けば必ず道は開ける。生きるとはそういう事だからな」
剣士はしばし竜胆を見つめ返し、そしてうなずいた。
「不本意ながら同意しよう。だがこちらも足掻くぞ。どちらの足掻きが勝つと思う」
「勝てると己が信じられねば、誰が信じてくれようか」
「……よもやとここまでやって来たが、貴様に会えたは天の配剤」
剣士の鉄面皮に微笑が浮かんだ。そして孫一郎に向かい、改めて告げる。
「豊州浪人佐々木忠善、義によって助太刀致す」
長刀を軽々と抜き放った忠善に、竜胆は突進した。忠善の横なぎの一振りを、竜胆は刀に腕を添えて受け止める。そのまま前に出ると、つばぜり合いに持ち込んだ。
「伴天連の姿が見えないな、どうかしたのか」
竜胆の力押しに、忠善は真正面から応じた。
「やはりな。貴様の計略か」
「さあどうだろうね」
竜胆はニッと歯を見せた。同時にその身は脇に飛ぶ。竜胆の脚のあった辺りに銀光一閃、海塚が忠善にぶつかるように突っ込んできた。紙一重でかわした忠善に、素早く立ち上がった海塚がささやく。
「あなた、何処かでお会いしませんでしたか」
「心当たりが多すぎて、思い出せんな」
「じゃあ気のせいだったって事にしときましょう。今はね」
脇に飛び退いた竜胆だったが、そこは与力衆が固まっている。
「ちぃっ!」
鋭角に身を翻すと、意識を中村一氏に向けた。この首さえ取れれば。だがその前に、孫一郎が立ちはだかる。
「邪魔なんだよ!」
竜胆が放った突きを、孫一郎は半身でかわした。剣の速度が落ちているのだ。孫一郎は下段から斬り上げる。それを仰け反ってかわした勢いで、竜胆の草鞋が切れた。
脚はもつれ、地面に転がる。そこを忠善が上から突く、突く、突く。竜胆は転がり続け、かわし続けた。そして与力の一人にぶつかったとき、その鎧をつかんで風のように立ち上がり、忠善に向かって突き飛ばした。忠善が踏み止まらなければ、その与力は串刺しになっていただろう。
寒風が吹いた。しかし竜胆は顔中に汗を滴らせている。呼吸をするたびに肩が上下する。もはや体力の限界に近付いている事は、誰の目にも明らかだった。だがそれでも。
「何をしている、さっさと打ち倒せ」
そう叫びながら佐藤次郎左衛門が斬りかかる。それを竜胆は軽くいなした。河毛源次郎が放った突きは紙一重でかわし、すれ違いざまに河毛の顔をぶん殴った。それを見た他の与力衆は、腰が引けて踏み込めない。結局竜胆の前に立つのは、孫一郎たちであった。
――ちゅーぜん、日ノ本一ノ剣豪ニナリナサイ。
宣教師の最期の言葉が、忠善の脳裏に浮かぶ。日の本一の剣豪になるためには、今ここで目の前にいる化け物を倒しておかねばならない。たとえどんな手を使ったとしても、勝たねばならないのだ。
忠善は気合いと共に長刀を振り下ろした。竜胆は小さく後ろにステップしてかわす。しかし忠善は二歩踏み込み、長刀はレの字を書くように跳ね上がった。だが竜胆は、体をくるりと回しただけで、それもかわした。けれど。
振り上げられた長刀は、さらに空中にヘの字を描いて振り下ろされ、それを頭上に掲げた刀で受け止められると、切っ先はくの字を描いて足下に斬りつけた。竜胆は宙でとんぼを切って何とかかわした。忠善は息も乱さずこう告げた。
「イナズマ打ちは、おまえが思っているほど簡単な技ではない」
「ああ……そうかい」
竜胆の息は一層乱れている。もう刀を杖にしなければ、立っていられないほどだ。その正面に、孫一郎は剣を構えた。
「覚悟」
「……馬鹿正直が」
竜胆が吐き捨てるようにつぶやくと同時に、孫一郎が打ち込む。
「てええええいっ!」
その孫一郎の背後から、カーブを描くように石つぶてが飛んでくる。
「小賢しい」
竜胆は前に出てつぶてをかわすと、孫一郎の打ち込みを受け止めた。と同時に、肘で孫一郎の顎をかち上げた。倒れる孫一郎を飛び越え、竜胆は走った。その視線の先にあるのは、中村一氏の隣に立つ人影。狙いを甚六に定めたのだ。
「おまえからだ」
だが甚六と竜胆の間に割って入ったのは海塚。逆手に持った刀が脚を狙う、と見せかけて、その切っ先はくるりと天を指した。逆手の大上段。意表を突かれた竜胆は対応が遅れた。打ち込まれた一刀を弾きはしたものの、その額には縦一文字の傷が開く。血が噴き出し、目に流れ込む。一瞬うろたえた竜胆の背に打ち込む忠善。竜胆は身を翻したが、右肩に傷を負う。鮮血が竜胆の上半身を染めて行く。
孫一郎は甚六に近付き、懐から手を取り出した。
「甚六、これを」
何かを握った手を差し出す。手の中に入るほどのそれを受け取った甚六は、目を丸くした。
「おい、これは」
「頼む」
それだけ言うと、孫一郎は竜胆へと駈けて行った。
忠善の突きを左腕一本でいなすと、脚を狙う海塚を横なぎの一振りで遠ざける。竜胆は唸っていた。痛いとも苦しいとも言わず、ただ唸り声を上げていた。血まみれの姿に左腕一本で刀を構え、凄まじい鬼気を放っている。
その正面に、孫一郎は立った。
「服部竜胆殿」
孫一郎の声に、場は、しんと静まりかえった。忠善も海塚も、攻める手を止めた。タコの化け物が暴れる音が、遠くに聞こえている。竜胆は孫一郎に切っ先を向けた。孫一郎は言葉を続ける。
「貴殿は強い。底なしの強さです。この世にこんな強い者がいる事など、それがしには想像する事さえできませんでした。これから百年修行しても貴殿には追いつけますまい。敵ながら尊崇の念に堪えません。なれど、それがしには守りたいものがあります。他の皆にも、譲れないものがあるのです。貴殿が諦めないというのなら、生かしておく訳には参りません。最後の願いです。愚かと笑ってくださって構いません。どうか諦めてはくださいませんか」
竜胆はしばし風の音を聞くように、静かに首を傾げていたが、不意に小さく笑った。
「諦める事に意味があるのか。諦める事に価値があるのか」
孫一郎は笑顔で一歩近付いた。
「生きる事には価値があります。生きるために諦めるのなら、意味はあります」
「もし本当にそう思っているのなら」
しかし竜胆の言葉に、孫一郎の笑顔は凍り付いた。
「おまえには何もできない」
「え」
「誰かに勝つ事もできないし、何かを生み出す事もできない。おまえの人生には闇しかない。光なんて何処にもない」
眉一つ動かさぬ竜胆に否定され、孫一郎は愕然とした。そして。その口から言葉がこぼれ落ちた。
「ああ、なるほど。そういうことなのですね」
「……何」
竜胆の眉が動いた。孫一郎に再び笑みが浮かぶ。心の底からの笑みが。
「それがしはずっとこう思っていました。諦めても次があるのだと。生きていればやり直せるのだと。ずっとそう思って、でもずっと何処かで自分を疑っていました。もしかしたら自分は間違っているのではないかと。けれど今わかりました。それがしは間違っていなかったのです」
竜胆は二の句が継げずに居る。一方、孫一郎の口は止まらない。
「それがしは正しかった。でも竜胆殿、貴殿も正しいのです。と言うか、正しいことは世界に沢山あるのです。たった一つの正しい道など、探す必要はなかった。そんなことに意味などなかった。それがしがやるべきだったのは、正しい方法で正しい刀を打つ事ではなく、その刀の持つ正しさを見出せば良かっただけなのです。答はずっと目の前にあった。こんな簡単なことに気が付かなかったなんて、それがしは何たる間抜けなのでしょう」
「間抜けなのは同意するよ」
竜胆は口の端で笑った。
「それで、私にどうして欲しいのだい」
「父上のところに帰ってください」
そして孫一郎は、もう一度繰り返した。
「生きる事には価値があります。生きるために諦めるのなら、意味はあります。それがしは、会津に戻って刀を打ちます。貴殿も国に戻ってやり直してください」
「……驚いたね。さっきとはすっかり別人じゃないか。見違えたよ。だけど、一つだけ言わせてもらって良いかな」
「何でしょう」
「私はおまえが嫌いだ」
そう言うや否や、竜胆は刀を大きく振り上げ、それを孫一郎に叩きつけた。左腕一本の打ち込みでありながら、両手で受けた孫一郎の膝がきしんだ。だが。孫一郎はそのまま前に出た。そして竜胆の左手を掴まえる。
「甚六!」
その声に応じて甚六が手から放ったそれは、不規則に回転しながら宙を飛び、赤い柄をこちらに見せて、音もなく竜胆の額に突き立った。それが椿の護り刀だと、知っているのは二人だけ。竜胆は声もなく仰け反った。忠善と海塚の刀が、前後から竜胆の胸を貫く。
胸の刀が抜かれると、竜胆は膝から崩れ落ち、そして横向きに倒れた。だが歓喜の声はない。誰も笑顔を浮かべる事なく、ただ冷たい風が吹き抜けるだけだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる