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60話 天誅争議
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ハンデラ・ルベンヘッテはカリアナ・レンバルトにボロ負けしたようだ。これはボイディアの大将の予想通り。後はここから内戦が起こるか、もしくはシャナン王国側から戦争を仕掛けてきて、アイメン・ザイメン辺りがルベンヘッテを叩き潰せば万々歳ってところなんだろう。
でもそう簡単には行かないと大将は考えているみたいだ。
「面倒くせえよな、ギンガオー」
うちがせっかく名前を付けてやったのに、金色のワンコロは足下の床で知らん顔で眠っている。ちょっとくらい喜ぶと思ったんだけどなあ。
それにしてもあの女。
レンバルトの騎士団長を連れて消えた、あの長い赤髪のルン・ジラルドとかいう女。あれがボイディアの大将の頭痛の種。ヤツの目標は大将を倒すことらしい。だったらここに真正面から攻めてくればいいのに、そんな様子は一切見せず周りからジワジワ搦め手で締め付けてくる。嫌らしい人間性が丸見えだ。
ルン・ジラルドはカリアナ・レンバルトの後ろで糸を引いてるんだよな。レンバルト家に乗り込めば捕まえられるんじゃないのか。いや、また姿を消して逃げるかな。
そもそもレンバルトに負けられちゃ困るんだ、まだ。あの伯爵にはルベンヘッテを潰すきっかけになってもらわないと。じゃあルン・ジラルドに手は出せない。つまり大将は頭を痛め続けなきゃならない。なるほど、こりゃ大変だ。
ルベンヘッテが倒れたら、その時点でカリアナ・レンバルトの役目も終わる。そうなりゃルン・ジラルドをぶっ殺しても問題はないはずだ。てことは……アレだな。
うちがハンデラ・ルベンヘッテを倒したらどうなる?
ボイディアの大将的にそれはマズイんだろうか。結果だけ見れば別に構わないような気がするんだけど。ルン・ジラルドの意表も突けるだろうし、悪くない手に思える。
とにかくルン・ジラルドの厄介なのは、カリアナだけじゃなくて皇帝にまで食い込んでるだろう点。いまのサリーナリー帝にはボイディアの大将に皇位を譲る役割を果たしてもらわなきゃならない。でも普通に考えてルン・ジラルドはそれを邪魔してくるんじゃないか。
だったら早い段階でヤツとは決着をつけなきゃならないはずだし、そのためにはハンデラ・ルベンヘッテをさっさと潰す必要がある。うちが動いちゃいけないのかな。大将は何も言わないけど、動いちゃいけないとも言われてないんだよなあ。
「……とりあえず、大将に聞いてみるか」
ま、それが一番無難だわな。
「ちょっと出てくるから、しばらく待ってな、ギンガオー」
うちは犬を置いて立ち上がると、ボイディアの大将の書斎に向かった。
「アイメン・ザイメンが我が商会の支点を強制的に閉鎖させたらしい」
書斎のボイディアの大将は突然関係ないことを言い出した。
「もう少し夢を見させてやろうと思っていたのだが、切り捨てるなら早い方が良いのかもな」
そしてうちに目を向けて小さく笑う。
「レンズがルベンヘッテを倒したら、か」
大将は呆れたようにうちを見つめると、小さなため息をつく。
「まずルベンヘッテの派閥は複数に割れるだろう。そしてそれぞれが新しい領袖を立て、私の敵に回るはずだ。アイメン・ザイメンによって滅ぼされた場合にも似たようなことは起こるが、私が批判の矢面に立たされることはない」
「そっか。やっぱダメみたいだな」
うちが肩を落として書斎から出ようとすると、ボイディアの大将は机をコンコンと叩いた。
「おまえの正体が隠せれば有効だ。カリアナ・レンバルトの仕業と見せかけられれば尚良い。ただし、それを実現するのは簡単ではない」
「つまり方法があればやっていいってこと?」
「おまえは私にとって護りの要だ。それを忘れないのならば、だな」
やれやれ仕方ない、大将の口元の笑みはそう言っていた。
◇ ◇ ◇
絢・爛・豪・華。
さすが帝国の皇帝陛下、夕食の豪勢さはそこらの金持ちなんぞと比較にならない。見たことある料理もなくはないけど、まったく味すら想像できない料理もある。眼福って言えばいいのか、何というか。
広い食堂の上座のど真ん中の席で、サリーナリー帝は目の前の食事に手を付けない。陰鬱な顔でテーブルの上をしばし眺めると、左後ろに立つアタシを振り返った。仕方ない、アタシはこめかみに指を当て、意識を集中する。
のぞくのは料理長と侍女頭の頭の中。ああ、なるほどねえ。
「皇帝陛下」
「どうです、イエミール」
「料理は大丈夫のようです。ただ」
「ただ?」
「水に弱い毒が入っていますね。命には関わりませんが、吐き気を催す程度の無味無臭の毒が。そうですよね、料理長」
アタシの指摘に、壁際に立っていた料理長が真っ青になって怒鳴り出す。
「な、何を勝手なことを! いい加減なことを言うな!」
ああ、わかりやすい。アタシは水差しとグラスを手に取って料理長に突き出した。
「じゃあ飲んでください」
「何っ」
「飲んでも死なないって御典医が言ってたんでしょう? だったら大丈夫じゃないですか、信じて飲んでみましょうよ。ほら、死なないから」
「や……やめろぉっ!」
料理長の振り回した手が水差しを跳ね飛ばし、椅子に当たって砕け散る。
途端、食堂の扉が左右に開かれた。銃を持った護衛二人を引き連れて、レンバルト伯爵家のザインク騎士団長が声を張り上げる。
「何事ですか!」
頭を抱えてへたり込む料理長を見て、ザインク騎士団長はだいたいを察したようだ。アタシはうなずいて手に持ったグラスをテーブルに戻す。
「ダメですね、ここは。料理長が毒を盛るようでは、とてもとても」
「了解した。では皇帝陛下、申し訳ございませんが、本日はレンバルト家にてお休みください。お食事も当方で用意させていただきます」
ザインク騎士団長の言葉に、サリーナリー帝もホッとした顔だ。
「ありがとう。助かります、ザインク」
前後を武装した護衛の馬車に挟まれる形で、皇帝陛下の馬車が夜の道をレンバルト家に向かう。中にはサリーナリー帝、ザインク騎士団長、そしてアタシの三人だ。正直なところ息が詰まりそうになるけど、まあこれも仕方ないか。
「こんなことを申し上げるのは差し出がましいのでしょうが、もう皇帝陛下はしばらく伯爵家にとどまられてはいかがでしょう。皇宮におられるのはただ危険なだけのように思えます」
しかしアタシの言葉にザインク騎士団長は首を振る。
「そう簡単には参らぬ。皇帝陛下は国民統合の象徴であり、そしてその象徴としての印象は皇宮と切り離すことが難しい。国を一つにまとめねばならないときに皇帝陛下が皇宮におられないのは、その権威を思うままにしたいルベンヘッテ一派の思う壺だ」
「だから危険を承知で無理にでも皇宮に姿を見せないと、ということですか」
ザインク騎士団長は難しい顔でアタシにうなずくと、皇帝陛下に頭を下げた。
「ご負担をおかけしていることは承知いたしております」
「いいえ。いまはイエミールがいてくれますし、ザインクたちも私を守ってくれます。以前よりマシになったくらいです」
「そうおっしゃっていただけますのは汗顔の至り。ですが皇帝陛下、お気を付けください。敵は想定外の手を使って来ないとも限りません。努々ご油断召さりませぬよう」
その言葉が終わるか終わらないうちだった。馬車の外の闇から銃声が一つ。沿道に隠れていたと思われる集団が咆哮を上げて馬車に駆け寄って来る。
「天誅ーッ!」
手に手に銃や剣を持って。
ザインク騎士団長は馬車を飛び出し、前後の護衛の馬車からも銃を持った兵が飛び出した、そのとき。
タタタタタタッ! それは幾重にも重なる自動小銃の発射音。でも護衛の兵たちからではない。襲撃者の側面から音は聞こえた。たちまち鎮圧され折り重なる襲撃者たちの死体を見下ろしたのは、整然と並ぶ制服を着た集団。その先頭にいた男が一歩前に出た。
「危急のことにて失礼いたしました。当方はフラスト侯爵サナルト・サンプトン配下の歩兵隊。ルベンヘッテの遊撃部隊の動きを察知し、急ぎ参上いたしました次第。皇帝陛下へのご無礼、陳謝いたします」
これに馬車から降り立った皇帝陛下が声をかける。
「危ないところを助かりました。侯爵サンプトンには厚く感謝する旨、お伝えなさい」
「はっ。もったいなきお言葉、確かに承りましてございます。なお、これは主人よりの伝言にございますが、皇帝陛下ご提出の恒久平和条約に関する緊急動議が明日より貴族院にて審議されます。サナルト・サンプトン含め保守穏健派はこれに賛同し、旗幟鮮明にして議会に臨みますことをお約束いたします」
「それは何よりありがたいこと、よろしく頼みますとお伝えなさい」
「はっ。では大変ご無礼仕りますが、我らはこれにて失礼いたします」
男が敬礼すると、サナルト・サンプトン配下の兵たちは再び整然と踵を返し、夜の闇へと姿を消して行った。
皇帝陛下とザインク騎士団長は馬車に戻り、車内にはホッとした空気が流れた。
騎士団長はアタシにたずねる。
「どうだった、イエミール」
「嘘はついていませんでしたよ。フラスト侯爵は本当に皇帝陛下を全面的に支援するつもりのようです」
「サンプトン家に自動小銃五十丁を引き渡したのは、つい昨日だ。他の保守穏健派にも近日中に引き渡せる。ハンデラ・ルベンヘッテからの軍事的圧力は、もはや考慮に値しなくなったのかも知れない」
ザインク騎士団長はうっすらと安堵の笑みを顔に浮かべた。
しかし皇帝陛下は気を緩めない。利発な方だ。
「ハンデラ・ルベンヘッテには、まだ莫大な資産があります」
「はい、今後は金で議会票を買う動きが活発化するでしょう。油断はできません。しかし世の中には時代の流れというものがございます。それはいま、皇帝陛下に向かっているであろうことは自負されてもよろしいかと」
「本当にそうなら良いのですが」
再び動き出した馬車の中、皇帝陛下はザインク騎士団長にそう返事をすると、心配そうにアタシの顔をのぞき込む。こんなの笑顔を見せるしかないじゃない。
「大丈夫ですよ皇帝陛下。近々王国側でも動きは見えるでしょう、陛下は勝利に向かっておられます。ええ、きっと」
でもそう簡単には行かないと大将は考えているみたいだ。
「面倒くせえよな、ギンガオー」
うちがせっかく名前を付けてやったのに、金色のワンコロは足下の床で知らん顔で眠っている。ちょっとくらい喜ぶと思ったんだけどなあ。
それにしてもあの女。
レンバルトの騎士団長を連れて消えた、あの長い赤髪のルン・ジラルドとかいう女。あれがボイディアの大将の頭痛の種。ヤツの目標は大将を倒すことらしい。だったらここに真正面から攻めてくればいいのに、そんな様子は一切見せず周りからジワジワ搦め手で締め付けてくる。嫌らしい人間性が丸見えだ。
ルン・ジラルドはカリアナ・レンバルトの後ろで糸を引いてるんだよな。レンバルト家に乗り込めば捕まえられるんじゃないのか。いや、また姿を消して逃げるかな。
そもそもレンバルトに負けられちゃ困るんだ、まだ。あの伯爵にはルベンヘッテを潰すきっかけになってもらわないと。じゃあルン・ジラルドに手は出せない。つまり大将は頭を痛め続けなきゃならない。なるほど、こりゃ大変だ。
ルベンヘッテが倒れたら、その時点でカリアナ・レンバルトの役目も終わる。そうなりゃルン・ジラルドをぶっ殺しても問題はないはずだ。てことは……アレだな。
うちがハンデラ・ルベンヘッテを倒したらどうなる?
ボイディアの大将的にそれはマズイんだろうか。結果だけ見れば別に構わないような気がするんだけど。ルン・ジラルドの意表も突けるだろうし、悪くない手に思える。
とにかくルン・ジラルドの厄介なのは、カリアナだけじゃなくて皇帝にまで食い込んでるだろう点。いまのサリーナリー帝にはボイディアの大将に皇位を譲る役割を果たしてもらわなきゃならない。でも普通に考えてルン・ジラルドはそれを邪魔してくるんじゃないか。
だったら早い段階でヤツとは決着をつけなきゃならないはずだし、そのためにはハンデラ・ルベンヘッテをさっさと潰す必要がある。うちが動いちゃいけないのかな。大将は何も言わないけど、動いちゃいけないとも言われてないんだよなあ。
「……とりあえず、大将に聞いてみるか」
ま、それが一番無難だわな。
「ちょっと出てくるから、しばらく待ってな、ギンガオー」
うちは犬を置いて立ち上がると、ボイディアの大将の書斎に向かった。
「アイメン・ザイメンが我が商会の支点を強制的に閉鎖させたらしい」
書斎のボイディアの大将は突然関係ないことを言い出した。
「もう少し夢を見させてやろうと思っていたのだが、切り捨てるなら早い方が良いのかもな」
そしてうちに目を向けて小さく笑う。
「レンズがルベンヘッテを倒したら、か」
大将は呆れたようにうちを見つめると、小さなため息をつく。
「まずルベンヘッテの派閥は複数に割れるだろう。そしてそれぞれが新しい領袖を立て、私の敵に回るはずだ。アイメン・ザイメンによって滅ぼされた場合にも似たようなことは起こるが、私が批判の矢面に立たされることはない」
「そっか。やっぱダメみたいだな」
うちが肩を落として書斎から出ようとすると、ボイディアの大将は机をコンコンと叩いた。
「おまえの正体が隠せれば有効だ。カリアナ・レンバルトの仕業と見せかけられれば尚良い。ただし、それを実現するのは簡単ではない」
「つまり方法があればやっていいってこと?」
「おまえは私にとって護りの要だ。それを忘れないのならば、だな」
やれやれ仕方ない、大将の口元の笑みはそう言っていた。
◇ ◇ ◇
絢・爛・豪・華。
さすが帝国の皇帝陛下、夕食の豪勢さはそこらの金持ちなんぞと比較にならない。見たことある料理もなくはないけど、まったく味すら想像できない料理もある。眼福って言えばいいのか、何というか。
広い食堂の上座のど真ん中の席で、サリーナリー帝は目の前の食事に手を付けない。陰鬱な顔でテーブルの上をしばし眺めると、左後ろに立つアタシを振り返った。仕方ない、アタシはこめかみに指を当て、意識を集中する。
のぞくのは料理長と侍女頭の頭の中。ああ、なるほどねえ。
「皇帝陛下」
「どうです、イエミール」
「料理は大丈夫のようです。ただ」
「ただ?」
「水に弱い毒が入っていますね。命には関わりませんが、吐き気を催す程度の無味無臭の毒が。そうですよね、料理長」
アタシの指摘に、壁際に立っていた料理長が真っ青になって怒鳴り出す。
「な、何を勝手なことを! いい加減なことを言うな!」
ああ、わかりやすい。アタシは水差しとグラスを手に取って料理長に突き出した。
「じゃあ飲んでください」
「何っ」
「飲んでも死なないって御典医が言ってたんでしょう? だったら大丈夫じゃないですか、信じて飲んでみましょうよ。ほら、死なないから」
「や……やめろぉっ!」
料理長の振り回した手が水差しを跳ね飛ばし、椅子に当たって砕け散る。
途端、食堂の扉が左右に開かれた。銃を持った護衛二人を引き連れて、レンバルト伯爵家のザインク騎士団長が声を張り上げる。
「何事ですか!」
頭を抱えてへたり込む料理長を見て、ザインク騎士団長はだいたいを察したようだ。アタシはうなずいて手に持ったグラスをテーブルに戻す。
「ダメですね、ここは。料理長が毒を盛るようでは、とてもとても」
「了解した。では皇帝陛下、申し訳ございませんが、本日はレンバルト家にてお休みください。お食事も当方で用意させていただきます」
ザインク騎士団長の言葉に、サリーナリー帝もホッとした顔だ。
「ありがとう。助かります、ザインク」
前後を武装した護衛の馬車に挟まれる形で、皇帝陛下の馬車が夜の道をレンバルト家に向かう。中にはサリーナリー帝、ザインク騎士団長、そしてアタシの三人だ。正直なところ息が詰まりそうになるけど、まあこれも仕方ないか。
「こんなことを申し上げるのは差し出がましいのでしょうが、もう皇帝陛下はしばらく伯爵家にとどまられてはいかがでしょう。皇宮におられるのはただ危険なだけのように思えます」
しかしアタシの言葉にザインク騎士団長は首を振る。
「そう簡単には参らぬ。皇帝陛下は国民統合の象徴であり、そしてその象徴としての印象は皇宮と切り離すことが難しい。国を一つにまとめねばならないときに皇帝陛下が皇宮におられないのは、その権威を思うままにしたいルベンヘッテ一派の思う壺だ」
「だから危険を承知で無理にでも皇宮に姿を見せないと、ということですか」
ザインク騎士団長は難しい顔でアタシにうなずくと、皇帝陛下に頭を下げた。
「ご負担をおかけしていることは承知いたしております」
「いいえ。いまはイエミールがいてくれますし、ザインクたちも私を守ってくれます。以前よりマシになったくらいです」
「そうおっしゃっていただけますのは汗顔の至り。ですが皇帝陛下、お気を付けください。敵は想定外の手を使って来ないとも限りません。努々ご油断召さりませぬよう」
その言葉が終わるか終わらないうちだった。馬車の外の闇から銃声が一つ。沿道に隠れていたと思われる集団が咆哮を上げて馬車に駆け寄って来る。
「天誅ーッ!」
手に手に銃や剣を持って。
ザインク騎士団長は馬車を飛び出し、前後の護衛の馬車からも銃を持った兵が飛び出した、そのとき。
タタタタタタッ! それは幾重にも重なる自動小銃の発射音。でも護衛の兵たちからではない。襲撃者の側面から音は聞こえた。たちまち鎮圧され折り重なる襲撃者たちの死体を見下ろしたのは、整然と並ぶ制服を着た集団。その先頭にいた男が一歩前に出た。
「危急のことにて失礼いたしました。当方はフラスト侯爵サナルト・サンプトン配下の歩兵隊。ルベンヘッテの遊撃部隊の動きを察知し、急ぎ参上いたしました次第。皇帝陛下へのご無礼、陳謝いたします」
これに馬車から降り立った皇帝陛下が声をかける。
「危ないところを助かりました。侯爵サンプトンには厚く感謝する旨、お伝えなさい」
「はっ。もったいなきお言葉、確かに承りましてございます。なお、これは主人よりの伝言にございますが、皇帝陛下ご提出の恒久平和条約に関する緊急動議が明日より貴族院にて審議されます。サナルト・サンプトン含め保守穏健派はこれに賛同し、旗幟鮮明にして議会に臨みますことをお約束いたします」
「それは何よりありがたいこと、よろしく頼みますとお伝えなさい」
「はっ。では大変ご無礼仕りますが、我らはこれにて失礼いたします」
男が敬礼すると、サナルト・サンプトン配下の兵たちは再び整然と踵を返し、夜の闇へと姿を消して行った。
皇帝陛下とザインク騎士団長は馬車に戻り、車内にはホッとした空気が流れた。
騎士団長はアタシにたずねる。
「どうだった、イエミール」
「嘘はついていませんでしたよ。フラスト侯爵は本当に皇帝陛下を全面的に支援するつもりのようです」
「サンプトン家に自動小銃五十丁を引き渡したのは、つい昨日だ。他の保守穏健派にも近日中に引き渡せる。ハンデラ・ルベンヘッテからの軍事的圧力は、もはや考慮に値しなくなったのかも知れない」
ザインク騎士団長はうっすらと安堵の笑みを顔に浮かべた。
しかし皇帝陛下は気を緩めない。利発な方だ。
「ハンデラ・ルベンヘッテには、まだ莫大な資産があります」
「はい、今後は金で議会票を買う動きが活発化するでしょう。油断はできません。しかし世の中には時代の流れというものがございます。それはいま、皇帝陛下に向かっているであろうことは自負されてもよろしいかと」
「本当にそうなら良いのですが」
再び動き出した馬車の中、皇帝陛下はザインク騎士団長にそう返事をすると、心配そうにアタシの顔をのぞき込む。こんなの笑顔を見せるしかないじゃない。
「大丈夫ですよ皇帝陛下。近々王国側でも動きは見えるでしょう、陛下は勝利に向かっておられます。ええ、きっと」
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