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23 記憶の中
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僕が六歳のとき。その日は病院に居た。いまにして思えば定期検診だったのだろう。僕は病院の廊下を歩いていた。長い長い廊下を、延々と歩いていた。お祖父様に手を引かれて。
僕がどこに行くのかとたずねても、お祖父様は返事をしなかった。延々と、ただ延々と歩いて行く。僕は怖くなった。でも怖いとお祖父様に言う勇気もなかった。その足が、不意に止まった。
大きなガラス窓のあるところ。お祖父様は中を見つめながら、僕に言った。
「あれを見なさい」
僕は見た。
僕が居た。
そこには僕とそっくりな子が、真っ白な部屋の中に居た。その子がこちらを見た。僕と目が合う。何かが通じ合った気がした。
「あれが、おまえの影だ」
お祖父様が言った。その言葉の意味は理解出来なかったけれど、僕と無関係ではない事はわかった。嬉しかった。僕は独りぼっちじゃないんだ、初めてそう思った。
その夜、僕はまた病院に行った。今度は一人で。病院はもう閉まっていた。でも。
「アキレス」
「お呼びか、主」
「鍵を開けて」
「おやすい御用」
青い髪のアキレスが、オートロックを開けてくれた。僕は歩き出した。暗い暗い廊下を、延々と、ただ延々と歩いた。そして、大きなガラス窓。中を見た。天窓から月の光が差し込んでいた。奥にベッドが見える。そこに座っていた。僕と同じ顔をしたあの子が。こちらを見た。唖然とした顔で。
僕はドアを探した。でもその部屋に直接入るドアが見つからない。あちこちのドアを片っ端から開けて、とうとう見つけた。僕は踏み入れた。真っ白い部屋に。
あの子も床に立った。呆然と立ち尽くしていた。
「君は、誰?」
鏡のように同じ顔に向かって、僕はたずねた。
「知らない」
あの子はそう言った。
「僕はジュピトル・ジュピトリス。君の名前は?」
「名前はない」
「どうして名前がないの?」
「知らない」
僕は困った。そうだ、アキレスなら知っているかも知れない。
「アキレス、この子の事を知ってる?」
「いいや、存ぜぬ」
アキレスでも知らないのか。どうしたらいいんだろう。
「ミュルミドネスより具申あり。可能な限りの検索を行うべきかと」
「調べられるの?」
「検索は可能。実行するならどのレベルまでを望むか」
「なるべくたくさん!」
「承知。最深部までの検索を実行する」
僕は言った。
「ちょっと待っててね、いま調べるから」
「?」
あの子は不思議な顔で僕を見つめていたっけ。
アキレスが調べている間、僕たちは並んで座って待っていた。僕は自分の事を話した。
「……でね、お兄さんが二人居るんだ。でも、僕の事はあんまり好きじゃないみたい」
「そう」
「兄弟ってわかる?」
「わからない」
「わからないかあ」
僕が頭を抱えていると、あの子の方から話しかけてきた。
「どうして、どうしてそんなに、いろいろ知ってるの?」
「え、どうしてって」
そのとき僕は気付いた。誰も何も教えてくれないんだ、この白い部屋の中では。僕はあの子の手を引いて立ち上がった。
「行こう」
「え?」
僕は走った。僕たちは走った。手をつないで、白い部屋から抜け出た。長い長い廊下を抜けて、エレベーターを使って、病院区画の屋上まで。
僕たちを待っていたのは、満天の星空。あの子は目をみはっていた。初めて見る外の世界に。
そこにアキレスが現われた。
「主よ」
「何かわかった?」
「十七の保護関門を突破し、考え得る最深部まで検索を完了した」
「それで?」
「その子供のコードネームは『影』、主のクローンだ」
「クローン……」
何となくはわかる。だが何となくしかわからない。
「クローンって何」
アキレスは一瞬困った顔をしたが、すぐにこう言った。
「主の細胞から作った別の人間。コピー、と言うか、主の子供のようなものであるな」
「僕の子供……!」
僕は思いついた。とても素敵な事を。
「ねえ、君」
僕はあの子に近付いた。あの子は星空に圧倒されながら、僕の方を見た。
「君に名前をつけてあげる」
「……名前?」
「君の名前は、ジュニアだ」
「ジュニア」
「そう、ジュピトル・ジュピトリス・ジュニアだ」
ジュニアはしばらく無言だった。混乱していたのかも知れない。うつむいてつぶやく。
「俺の、名前。ジュニア」
そして顔を上げて、僕にたずねた。
「どうして……どうして優しくしてくれるの?」
僕は答えた。
「だって僕はお父さんだから」
「お父、さん?」
「君に世界を見せてあげる。世界は広いんだ。こんな場所より、もっともっと、ずっと広いんだ。空を見てごらん。星を見てごらん。すべては君の物でもあるんだよ」
その日から、僕はときどき、夜中に病院を訪れるようになった。
その日から、あいつはときどき、夜中に俺の部屋を訪れるようになった。結論から言えば、それはウラノスの手のひらで踊っていただけなのだが、当時の二人にはそれを知る由もなかった。
あいつはいつも本や端末を持って訪れた。そうして様々な事を俺に教えようとするのだ。
「君にも力があるんだよ」
いつもそう言っていた。
「君は僕と同じなんだ。だから僕に出来る事は、全部君にも出来るんだよ、ジュニア。君の力を使ってごらん。君に出来る事はたくさんあるんだ。君が思ってるよりずっとね」
あるときには小さなネクタイピンを持ってきた。
「これにはネットワークブースターが内蔵されてるんだ」
「ネットワーク……ブースター」
「そう、これがあれば君が望むとき、いつでもどこでもネットワークに接続できるんだよ。使い方を教えてあげるね」
それは嬉しそうに話したものだった。
そんな状態は四年続いた。そしてあいつが十歳のとき。
オリンポス財閥の創業四十周年記念イベントの開催が決定された。エリア・エージャンの真ん中で、大規模なパレードを実施するという。そこに、俺が呼ばれた。ジュピトルの隣に座って、ではもちろんない。オープンカーのジュピトルの居るべき場所に俺が座る、影武者としての役目だった。
テロの危険性をセキュリティが認識していなかったはずはない。だが結果的にはパレードは強行された。
最前と最後尾を護衛車両に挟まれながら、四台のオープンカーはノロノロと大通りを進む。ウラノス、プルートス、ネプトニスと並んだその後ろ四台目に、俺の車。沿道は人で埋め尽くされ、街角の防犯カメラに付随するスピーカーからは音楽が流された。
パレードは順調に進んだ。残すは交差点を右折して、グレート・オリンポスへと直進するのみ。だがそのとき。ノロノロと走る車列が、右折のためにさらに速度を落とした瞬間。
俺は沿道に立つ男と目が合った。何百何千という視線の洪水の中で、その男とだけ目が合った気がした。男は笑っていた。そして何かを放り投げ、それが車の近くに落ちた。
轟音と衝撃。
気がつけばオープンカーは横転し、俺の左目には炎が見えた。全身が痛む。意識が遠のく。
次に気がついたとき、白い天井が流れていた。
「ジュニア! ジュニア!」
声のする方に必死で顔を向けた。涙で顔をぐしゃぐしゃにした、あいつが並んで走っていた。
「いやだ、死なないで! 僕を一人にしないで!」
俺はうなずいた。うなずいたような記憶がある。
その後しばらくは、時間の感覚を失った。麻酔のせいかも知れない。
目が覚めたとき、俺の視界いっぱいに蒼穹が映った。高層建築の存在しない、広大な青い空。いまとなってはすっかり馴染んだこの景色を、初めて見たのはそのときだった。
誰かが俺を運んでいた。おそらく車の荷台に俺は居た。どこかに向かっている途中だったのだろう。そこに地鳴りが響いたかと思うと、スカイブルーを背に、絶叫とともに巨大な生物が姿を現した。全身に毛の生えた、全長三十メートルを超える人食いミミズ。デザートワーム。
デザートワームの巣があるという事は、緩衝地帯の北側、ダランガンに近い辺りだといまならわかる。だがそのときの俺には何もわからない。ただただ恐怖するのみ。
デザートワームは車を追い始めた。そこに男の声がした。
「いまだ、『餌』を放り投げろ!」
俺は車の荷台から放り出された。下が柔らかい砂でなければ、死んでいたかも知れない。絶叫が迫る。要はデザートワームが現われたときに注意を引きつけるための、生きた餌として運ばれていたのだ。そう気付いたときには、もうデザートワームは襲いかかっていた。車の方に。
悲鳴が上がる。バリバリと骨を噛み砕く音がする。俺は動けなかった。そのときになって、ようやく俺は気付いたのだ。もう脚が一本しかなく、目も左目一つしか残されていない事に。どうしようもなかった。もう終わりだ。食われて死ぬしかないのだ。だが。
いやだ、死なないで! 僕を一人にしないで!
あいつの言葉が脳裏をよぎる。そうだ、死ねない。こんな事で死ぬ訳には行かない。
「ネットワークブースター接続」
思わず俺の口から出た言葉。しかし視界の隅にテキストメッセージが。
ネットワークが存在しません
全員を食べ終わったのであろう、デザートワームがこちらを振り返った。
「ネットワークブースター接続!」
ネットワークが存在しません
デザートワームが動き始めた。どうする。どうにもできない。それでも。
君にも力があるんだよ
たとえ脚が一本でも、たとえ目玉が一つでも、足掻け、足掻くんだ。それが力。俺の力。デザートワームが絶叫した。まだだ。叫んでいるときには襲いかかって来ないはず。さっき見ていてそうだった。来るのはこの後。デザートワームが鎌首をもたげた。来る。
デザートワームが跳んだ瞬間、俺は一本足に力を込めて身をかわした。ギリギリ、間一髪だが一撃をかわせた。
「ネットワークブースター接続!」
ネットワークが
テキストメッセージが途中で消えた。そして。
「……ダレ」
その声は耳元で聞こえた。
「ワタシヲヨビオコスノハ、ダレ」
「誰か助けて!」
刹那、起き上がったデザートワームを、赤い閃光が貫いた。衝撃と熱風。俺の体は吹き飛ばされ、砂の上を転がる。振り返ると、デザートワームは煙の中で、縦半分になっていた。
いったい何が起こったのか。呆然とする俺の背後から、人の声がした。
「こりゃあ驚いたね」
後ろを見た。見上げた。巨人。いや違う。正確には、八本の脚を持った巨大な黒いクモの下半身から、巨大な老婆の上半身が、ケンタウロスのようにそそり立っていた。
老婆、魔女ダラニ・ダラは言った。
「パンドラまで目覚めさせちまうってのは、どういうこったい。おまえ何者だね」
それに答える力は、もう残っていなかった。俺はまた意識を失った。
僕がどこに行くのかとたずねても、お祖父様は返事をしなかった。延々と、ただ延々と歩いて行く。僕は怖くなった。でも怖いとお祖父様に言う勇気もなかった。その足が、不意に止まった。
大きなガラス窓のあるところ。お祖父様は中を見つめながら、僕に言った。
「あれを見なさい」
僕は見た。
僕が居た。
そこには僕とそっくりな子が、真っ白な部屋の中に居た。その子がこちらを見た。僕と目が合う。何かが通じ合った気がした。
「あれが、おまえの影だ」
お祖父様が言った。その言葉の意味は理解出来なかったけれど、僕と無関係ではない事はわかった。嬉しかった。僕は独りぼっちじゃないんだ、初めてそう思った。
その夜、僕はまた病院に行った。今度は一人で。病院はもう閉まっていた。でも。
「アキレス」
「お呼びか、主」
「鍵を開けて」
「おやすい御用」
青い髪のアキレスが、オートロックを開けてくれた。僕は歩き出した。暗い暗い廊下を、延々と、ただ延々と歩いた。そして、大きなガラス窓。中を見た。天窓から月の光が差し込んでいた。奥にベッドが見える。そこに座っていた。僕と同じ顔をしたあの子が。こちらを見た。唖然とした顔で。
僕はドアを探した。でもその部屋に直接入るドアが見つからない。あちこちのドアを片っ端から開けて、とうとう見つけた。僕は踏み入れた。真っ白い部屋に。
あの子も床に立った。呆然と立ち尽くしていた。
「君は、誰?」
鏡のように同じ顔に向かって、僕はたずねた。
「知らない」
あの子はそう言った。
「僕はジュピトル・ジュピトリス。君の名前は?」
「名前はない」
「どうして名前がないの?」
「知らない」
僕は困った。そうだ、アキレスなら知っているかも知れない。
「アキレス、この子の事を知ってる?」
「いいや、存ぜぬ」
アキレスでも知らないのか。どうしたらいいんだろう。
「ミュルミドネスより具申あり。可能な限りの検索を行うべきかと」
「調べられるの?」
「検索は可能。実行するならどのレベルまでを望むか」
「なるべくたくさん!」
「承知。最深部までの検索を実行する」
僕は言った。
「ちょっと待っててね、いま調べるから」
「?」
あの子は不思議な顔で僕を見つめていたっけ。
アキレスが調べている間、僕たちは並んで座って待っていた。僕は自分の事を話した。
「……でね、お兄さんが二人居るんだ。でも、僕の事はあんまり好きじゃないみたい」
「そう」
「兄弟ってわかる?」
「わからない」
「わからないかあ」
僕が頭を抱えていると、あの子の方から話しかけてきた。
「どうして、どうしてそんなに、いろいろ知ってるの?」
「え、どうしてって」
そのとき僕は気付いた。誰も何も教えてくれないんだ、この白い部屋の中では。僕はあの子の手を引いて立ち上がった。
「行こう」
「え?」
僕は走った。僕たちは走った。手をつないで、白い部屋から抜け出た。長い長い廊下を抜けて、エレベーターを使って、病院区画の屋上まで。
僕たちを待っていたのは、満天の星空。あの子は目をみはっていた。初めて見る外の世界に。
そこにアキレスが現われた。
「主よ」
「何かわかった?」
「十七の保護関門を突破し、考え得る最深部まで検索を完了した」
「それで?」
「その子供のコードネームは『影』、主のクローンだ」
「クローン……」
何となくはわかる。だが何となくしかわからない。
「クローンって何」
アキレスは一瞬困った顔をしたが、すぐにこう言った。
「主の細胞から作った別の人間。コピー、と言うか、主の子供のようなものであるな」
「僕の子供……!」
僕は思いついた。とても素敵な事を。
「ねえ、君」
僕はあの子に近付いた。あの子は星空に圧倒されながら、僕の方を見た。
「君に名前をつけてあげる」
「……名前?」
「君の名前は、ジュニアだ」
「ジュニア」
「そう、ジュピトル・ジュピトリス・ジュニアだ」
ジュニアはしばらく無言だった。混乱していたのかも知れない。うつむいてつぶやく。
「俺の、名前。ジュニア」
そして顔を上げて、僕にたずねた。
「どうして……どうして優しくしてくれるの?」
僕は答えた。
「だって僕はお父さんだから」
「お父、さん?」
「君に世界を見せてあげる。世界は広いんだ。こんな場所より、もっともっと、ずっと広いんだ。空を見てごらん。星を見てごらん。すべては君の物でもあるんだよ」
その日から、僕はときどき、夜中に病院を訪れるようになった。
その日から、あいつはときどき、夜中に俺の部屋を訪れるようになった。結論から言えば、それはウラノスの手のひらで踊っていただけなのだが、当時の二人にはそれを知る由もなかった。
あいつはいつも本や端末を持って訪れた。そうして様々な事を俺に教えようとするのだ。
「君にも力があるんだよ」
いつもそう言っていた。
「君は僕と同じなんだ。だから僕に出来る事は、全部君にも出来るんだよ、ジュニア。君の力を使ってごらん。君に出来る事はたくさんあるんだ。君が思ってるよりずっとね」
あるときには小さなネクタイピンを持ってきた。
「これにはネットワークブースターが内蔵されてるんだ」
「ネットワーク……ブースター」
「そう、これがあれば君が望むとき、いつでもどこでもネットワークに接続できるんだよ。使い方を教えてあげるね」
それは嬉しそうに話したものだった。
そんな状態は四年続いた。そしてあいつが十歳のとき。
オリンポス財閥の創業四十周年記念イベントの開催が決定された。エリア・エージャンの真ん中で、大規模なパレードを実施するという。そこに、俺が呼ばれた。ジュピトルの隣に座って、ではもちろんない。オープンカーのジュピトルの居るべき場所に俺が座る、影武者としての役目だった。
テロの危険性をセキュリティが認識していなかったはずはない。だが結果的にはパレードは強行された。
最前と最後尾を護衛車両に挟まれながら、四台のオープンカーはノロノロと大通りを進む。ウラノス、プルートス、ネプトニスと並んだその後ろ四台目に、俺の車。沿道は人で埋め尽くされ、街角の防犯カメラに付随するスピーカーからは音楽が流された。
パレードは順調に進んだ。残すは交差点を右折して、グレート・オリンポスへと直進するのみ。だがそのとき。ノロノロと走る車列が、右折のためにさらに速度を落とした瞬間。
俺は沿道に立つ男と目が合った。何百何千という視線の洪水の中で、その男とだけ目が合った気がした。男は笑っていた。そして何かを放り投げ、それが車の近くに落ちた。
轟音と衝撃。
気がつけばオープンカーは横転し、俺の左目には炎が見えた。全身が痛む。意識が遠のく。
次に気がついたとき、白い天井が流れていた。
「ジュニア! ジュニア!」
声のする方に必死で顔を向けた。涙で顔をぐしゃぐしゃにした、あいつが並んで走っていた。
「いやだ、死なないで! 僕を一人にしないで!」
俺はうなずいた。うなずいたような記憶がある。
その後しばらくは、時間の感覚を失った。麻酔のせいかも知れない。
目が覚めたとき、俺の視界いっぱいに蒼穹が映った。高層建築の存在しない、広大な青い空。いまとなってはすっかり馴染んだこの景色を、初めて見たのはそのときだった。
誰かが俺を運んでいた。おそらく車の荷台に俺は居た。どこかに向かっている途中だったのだろう。そこに地鳴りが響いたかと思うと、スカイブルーを背に、絶叫とともに巨大な生物が姿を現した。全身に毛の生えた、全長三十メートルを超える人食いミミズ。デザートワーム。
デザートワームの巣があるという事は、緩衝地帯の北側、ダランガンに近い辺りだといまならわかる。だがそのときの俺には何もわからない。ただただ恐怖するのみ。
デザートワームは車を追い始めた。そこに男の声がした。
「いまだ、『餌』を放り投げろ!」
俺は車の荷台から放り出された。下が柔らかい砂でなければ、死んでいたかも知れない。絶叫が迫る。要はデザートワームが現われたときに注意を引きつけるための、生きた餌として運ばれていたのだ。そう気付いたときには、もうデザートワームは襲いかかっていた。車の方に。
悲鳴が上がる。バリバリと骨を噛み砕く音がする。俺は動けなかった。そのときになって、ようやく俺は気付いたのだ。もう脚が一本しかなく、目も左目一つしか残されていない事に。どうしようもなかった。もう終わりだ。食われて死ぬしかないのだ。だが。
いやだ、死なないで! 僕を一人にしないで!
あいつの言葉が脳裏をよぎる。そうだ、死ねない。こんな事で死ぬ訳には行かない。
「ネットワークブースター接続」
思わず俺の口から出た言葉。しかし視界の隅にテキストメッセージが。
ネットワークが存在しません
全員を食べ終わったのであろう、デザートワームがこちらを振り返った。
「ネットワークブースター接続!」
ネットワークが存在しません
デザートワームが動き始めた。どうする。どうにもできない。それでも。
君にも力があるんだよ
たとえ脚が一本でも、たとえ目玉が一つでも、足掻け、足掻くんだ。それが力。俺の力。デザートワームが絶叫した。まだだ。叫んでいるときには襲いかかって来ないはず。さっき見ていてそうだった。来るのはこの後。デザートワームが鎌首をもたげた。来る。
デザートワームが跳んだ瞬間、俺は一本足に力を込めて身をかわした。ギリギリ、間一髪だが一撃をかわせた。
「ネットワークブースター接続!」
ネットワークが
テキストメッセージが途中で消えた。そして。
「……ダレ」
その声は耳元で聞こえた。
「ワタシヲヨビオコスノハ、ダレ」
「誰か助けて!」
刹那、起き上がったデザートワームを、赤い閃光が貫いた。衝撃と熱風。俺の体は吹き飛ばされ、砂の上を転がる。振り返ると、デザートワームは煙の中で、縦半分になっていた。
いったい何が起こったのか。呆然とする俺の背後から、人の声がした。
「こりゃあ驚いたね」
後ろを見た。見上げた。巨人。いや違う。正確には、八本の脚を持った巨大な黒いクモの下半身から、巨大な老婆の上半身が、ケンタウロスのようにそそり立っていた。
老婆、魔女ダラニ・ダラは言った。
「パンドラまで目覚めさせちまうってのは、どういうこったい。おまえ何者だね」
それに答える力は、もう残っていなかった。俺はまた意識を失った。
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