案山子の帝王

柚緒駆

文字の大きさ
37 / 132

37 神人の腕

しおりを挟む
「なるほど、空間が折りたたまれているのだな」

 迷宮の応接室を見回しながら、おかっぱ頭のケレケレは感心していた。

「確かにこれではイ=ルグ=ルの思念波も届くまい。だが、イ=ルグ=ルの気配も察知できないのではないか」
「そっちは前提条件ではなかったからな」

 リキキマは胡散臭そうな顔でケレケレを見つめている。ロココかバロックかは不明だが、とにかく飾りのついた古そうな椅子に腰掛けて紅茶を飲みながら。しかし気にならないのか、ケレケレは微笑む。

「やはりイ=ルグ=ルは死んだと思っていた訳か」
「当たり前だ。あんな状態で生き残っているとは思わん。おまえだってイ=ルグ=ルが死んだと思ってたから、この百年音沙汰なしだったんだろう」

「我が思っていた訳ではないが、ケルケルルガはそう判断していたようだ」
「そら見ろ。誰がどう考えたって、死んだと思うんだよ。それが生きてたなんて、まったく迷惑な話だ」

 リキキマは横目で部屋の隅に座る一本足をにらみつけた。3Jは相変わらず抑揚のない声で言う。

「俺のせいで生き返った訳ではない」
「似たようなもんだろ」

 そこに応接室のドアがノックされ、ハイムが入って来た。

「お待たせ致しました」

 手に持つ銀色のトレイの上には、直径十センチほどの半透明の円盤。差し出されたそれを手にし、ケレケレは天井の照明にかざした。

「確かに。これはイ=ルグ=ルの思念結晶で間違いない」
「それを使って、イ=ルグ=ルの居場所を突き止められないか」

 そうたずねる3Jに、ケレケレはニッと笑って見せた。

「我にこれを食べろという気か」
「そうだ」

「食えば居場所がわかるのか?」

 興味深げにのぞき込むリキキマに、しかしケレケレは首を振った。

「残念ながら、そう簡単には行かん。我は確かにケルケルルガの一部ではあるが、言い換えれば一部でしかない。思念結晶など体内に入れたら、おそらくこの身はイ=ルグ=ルに乗っ取られるだろう」

「何だ、役に立たんヤツだな」
「お嬢様、直截《ちょくせつ》に過ぎます」

 ハイムは思わず苦言を呈したが、そんなリキキマにもケレケレは不愉快な顔一つしない。

「そうでもないぞ」

 そして3Jを見た。

「方法はある。試してみるか」


 頭が痛い。ジュピトル・ジュピトリスは困っていた。自室の端末の前で唸っている。

 ウラノスの働きかけにより、世界政府のデータベースはジュピトルに解放された。そこで調べるべきはイ=ルグ=ルの事。情報はすぐに見つかった。だがあまりに多い。玉石混淆とはまさにこれだ。ありとあらゆる言語の様々な階層の人々が発した情報が、そのまま残っている。

 片っ端からアキレスに翻訳させたが、重要度の高さによる区分けがされていない生情報だけに、ほとんど悲鳴を聞いているような物だった。

 カンザブロー・ヒトコトの論文も見つかった。削除されたと聞いていたのに、おそらく全文が残っている。しかしざっと読んだ限りでは、イ=ルグ=ルの遺した言葉の多様なバリエーションと詳細な解説があるだけで、主な内容的にはすでに聞いた物のようだ。

 そこでジュピトルは、はたと気付いた。3Jは何故カンザブローの事を知っていたのだろう。何故ここに連れてきたのだろう。もしやこのデータベースの情報を知っていたのではないか。

 さもありなん、という気がする。自分が釈迦の手のひらで飛び回る孫悟空のようにも思えてきた。だが、その感覚すらも3Jは予測しているのではないか。ならばこの大量の情報の中から何かを見出すのは、自分に与えられた宿題だ。何とかしなくてはならない。

 とは言え、何のヒントもなしにいきなりは難しい。まあ、つい最近までイ=ルグ=ルが蘇る可能性すら考えた事のなかった自分に、非があるのかも知れないのだけれど。

 ジュピトルがため息をついたとき、端末に外線が着信した。しかし番号が不明だ。

「アキレス」

 すると青い髪の青年は、心得たと言う風にうなずいた。

「この通信なら、惑星間通信の回線から届いている」
「そんなの、まだ生きてるの」

「公式には、使用できる回線はない事になっている」

 幽霊回線か。だがそんな回線を使う相手に心当たりがない訳でもない。ジュピトルは端末に触れた。

「もしもし」
「俺だ」

 抑揚のない、感情のこもらぬ声。ジュピトルは苦笑した。

「やっぱり君か、3J」
「すぐに血を用意しろ」

「……は? 血?」

 いきなり何を言い出すのだろう、ジュピトルが驚いていると。

「輸血用の血液を集めろ。血液型は問わない。一リットルほどあればいい。第三ヘリポートに行く。護衛を連れて来い。急げ」

 それだけ言うと、通話は切れてしまった。


 夜のヘリポート。月が出ている。刺さるような三日月から、小さな輝きが降りてきた。空間機動要塞パンドラのフロートディスク。乗っている人影は四人。3Jにズマとジンライ、そしてケレケレだろう。音もなくヘリポートに降着する。

 待ち受けていたのはジュピトルにムサシ、ナーガとナーギニー。輸血用の血液パックを二袋手にしたジュピトルは、困惑した様子で近付いて来る。

「とりあえず用意したけど、何に使うの、これ」
「餌だ」

 3Jはフロートディスクから下りると、後ろを振り返った。

「早速雑魚が引っかかったようだが」

 ほのかな三日月の明かりを受けて、空に赤いセーターと黄色いマフラーが輝いていた。ただし、左腕がない。

「やあ、こんなみっともない姿で申し訳ない」

 ドラクルは静かに挨拶をした。

「あれ以来、腕が生えてこないんだ」
「腕の一本失くしたくらい、どうという事もあるまい」

 3Jの言葉に、夜の王は微笑む。

「君が言うと、イヤミに聞こえるよ。逆にね」

 そしてその目を鋭く細めた。

「……持ってるんだね」

 3Jはマントの中から右手を出した。そこにあったのは、月光を反射する半透明の円盤。

「これの事か」
「渡してくれ、と言っても、渡してくれるはずはないか」

「渡す理由がない」
「渡してくれたら、君を殺さないで見逃してあげる、というのはどう」

「悪いが冗談で笑う習慣はない」
「君は本当にイヤなヤツだ」

 ドラクルの姿が消えた。同時にズマが腕を振るう。3Jの直近に現われたドラクルは、危うくズマの拳の直撃を受けるところだった。間一髪、体をひねってかわしたものの、そこに斬り込むジンライ。再びドラクルは消えた。現われたのは3Jの真上高く。この位置ではパンドラから攻撃はできない。

「ナーガ、ナーギニー」

 3Jは言った。

「思念防壁でジュピトルを守れ」
「えっ」

 驚く双子に目もくれず、3Jは続けた。

「ムサシ」
「な、なんじゃ」

「ドラクルは陽動でジュピトルを狙う。構えておけ」

 3Jは見つめている。ドラクルを見上げている。しかしドラクルに、上を取った余裕はない。

「まったく、君はどこまでもイヤなヤツだよ。だけど」

 ドラクルの胸から光が漏れる。三日月よりも明るい、黄金の光。

「いまは夜。王の時間」

 その光は、ドラクルの左の肩からも漏れた。と見えた瞬間、光は腕となった。ドラクルの体には不似合いな太さと長さの、角張った金色の腕。

 3Jの隣に立ったケレケレが、面白そうに声を上げる。

「ほう、神人の腕か」

 ドラクルは急降下、輝く左腕を振り上げる。ズマは弾丸のように飛び上がった。振り下ろされた金色の拳と、ズマの拳がぶつかる。大気を震わせる振動。そして。叩き落とされたのはズマ。

「ぐあっ!」

 すかさずジンライが斬りつけるが、神人の腕はジンライの速度に追いつき、さらに超振動カッターを握りしめた。そのまま3Jに向かって突っ込む。

 だがそこに3Jは居ない。僅かに外れた位置に立っていた。ドラクルはジンライをヘリポートに叩きつけると、そのサイボーグをも上回るほどのスピードで左腕を3Jに向かって振り抜いた。しかし。

 そこにも3Jは居ない。ほんの少しだけズレている。

「たとえ神の力が宿る腕でも」

 ドラクルは左腕を振りかぶった。

「神の知恵は宿りはしない」

 振り下ろされる神の腕。ヘリポートが衝撃でえぐれ、穴が空く。けれど、やはりそこにも3Jは居ないのだ。

 ドラクルは戦慄した。これは偶然ではない。偶然などであるはずがない。

「君は……君はいったい何なんだ」
「俺の名前は3J。デルファイの3J」

 一つ目一本足の男は言った。

「ただの人間だ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

処理中です...