案山子の帝王

柚緒駆

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38 認識と正論

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 耳の奥が焦げたような感覚。とっさにドラクルは左手を天に向けた。一瞬赤い光に包まれて、周囲に響く轟音と振動。そしてアスファルトの焼けるニオイ。パンドラからのビーム攻撃を防いだのだ。

「ふざけるな」

 ドラクルは唸った。

「こんな人間が居てたまるか!」

 3Jの真上に飛び上がる。これでパンドラからは攻撃出来ない。そう、天空のパンドラからは。それがコンマ数秒の油断を呼ぶ。背後に感じる風圧。思わず振り返ったドラクルの顔面に、唸りを上げたズマの拳の一撃。

 弾き飛ばされたドラクルの視界の中、全身針金のような剛毛に覆われ、口が耳まで裂けたズマがさらに迫る。月光に浮かぶ犬歯。

 ドラクルの背に走る痛み。体の内側から皮膚を突き破って現われたそれは、もう一本の神人の腕。二本の輝く腕はズマを捕まえた。だが覚醒したズマは、それを力尽くで振りほどこうとする。

 ドラクルの胸が再び輝いた。

「まだ……だっ」

 つぶやくドラクルの腹から三本目の神人の腕が現われ、ズマの首を絞めた。

「まだ、食われる、訳には」

 風の中に刃がきらめく。ジンライの超振動カッターは、三本の神人の腕を根元から断ち斬った。だが斬ったと同時に接合する。そして四本目の腕が現われ、ジンライを捕まえた。

「食われは、しな、い」

 五本目の腕は天に向けて伸びた。パンドラからのビームを受ける。だが今度は出力が高い。神人の腕は焼け落ちた。それを六本目、七本目の腕がカバーし、八本目の腕は手のひらをジュピトルに向けた。強烈な思念波動。それをナーガとナーギニーの双子が防ぐ。

「ボクは……ま……だ……」

 ケレケレが口を開けた。思念波動はそこに吸い込まれる。九本目、十本目の腕が現われた。もはや中心のドラクルに原型はない。十五、二十、三十、腕は目的もなく際限なく増えて行く。やがてそれは黄金に輝き、表面に指が蠢《うごめ》く球形となる。3Jはケレケレにたずねた。

「そろそろか」
「そうだな、そろそろいいだろう」

 3Jはジュピトルを振り返り、その手に持った二パックの輸血用血液を見つめる。

「それを投げ捨てろ」

 ジュピトルはうなずき、数メートル前方に投げ捨てた。さっきまでドラクルの姿をしていた神人の腕で出来た球体は、それに意識を向けた。

 3Jの左手の杖。右手で中ほどを握ると、カチリと音がして分離する。中から姿を表わす、抜き身の刃。仕込み杖である。3Jは跳び、血の入ったビニールパックを切り裂いた。

 流れ出る血液、あふれる鉄のニオイ。金色の球体は動揺したかのように、ズマとジンライを放り出した。3Jは思念結晶を手にし、血の中に浸す。球体は声を上げた。恍惚とするかの如き声を。

 思念結晶は血液を吸収する。音を立てる勢いで。だが最後の一滴まで吸い尽くそうとした瞬間、拾い上げられた。

 手にしているのはケレケレ。それを高く掲げると、黄金の球体を振り返る。

「思念結晶で血を飲むためには、空間をねじ曲げねばならん。ならばねじ曲がりの行き着く先に、おまえが居るという事だ」

 その口元がニッと笑う。

「見つけたぞ、イ=ルグ=ル」

 球体は唸り声を上げ、無数の腕を糸のように伸ばした。ケレケレを包み込もうとする。だがそれをさらに包み込んだのは、ケレケレの巨大な口だった。一口に球体を飲み込むと、慌てて何かをペッと吐き出した。

 ヘリポートに転がる、左腕のない全裸のドラクル。そして半透明の円盤。3Jは思念結晶を拾い上げると、ケレケレの手にした同じ物に近づけてみた。

「二枚揃えたからといって、何かが起きる訳でもないか」
「しかし、これでイ=ルグ=ルが飢えるのは間違いない。兵糧攻めと言うヤツだ」

 ケレケレは満足そうに微笑む。3Jはうなずき、ジュピトルを振り返った。

「おまえは人類をまとめる方法を考えろ」
「えっ? えっ? いきなり?」

「イ=ルグ=ルに時間を与えるメリットはない。覚醒する前に地球の核から引きずり出す」
「いや、それはそうなんだろうけど、そんなすぐにまとまるはずはないよ。そもそも、デルファイだって、そう簡単にはまとまらないんじゃないの」

「デルファイはすぐにまとめる。そう時間はかからない」
「それはどうかな」

 ケレケレがそう言った。

「おまえにも見落としがあるかも知れないぞ。戦いは急ぐべきだが、焦るべきではない」

 にらみつけるような3Jの視線を平然と受け流し、ケレケレは目線を下ろした。

「それと、コイツをどうするか、だ」

 ドラクルは動かない。だが、死んだはずはない。いまは夜。王の時間なのだから。


「見つけちまったようだねえ」

 教会の天井から聞こえてくるダラニ・ダラの声を、クリアは振り仰いだ。

「何かあったの?」
「これからあるんだよ。第二次神魔大戦がね」

 クリアの顔はこわばる。

「この街も戦場になるっていう事?」
「たぶんね」

「逃げる場所は? 子供たちが避難出来るところは?」
「この星の上には、どこにもないさ」

「そんな」
「まあ、どうせいつかは起こる事だ。アタシたちは、最後まで足掻くだけさね」

 そう言うと、ダラニ・ダラは天井の闇の中に溶けていった。


 闇。

 夜の闇より暗い、遠い遠い真の暗闇の中に、蠢く気配があった。

「見える」
「聞こえる」

「イ=ルグ=ルが呼んでいる姿が」
「イ=ルグ=ルが目覚めかけている声が」

「大いなる裁きを下すため」
「大いなるシステムを守るため」

「宇宙の鼻が見つけし悪を」
「宇宙の鼻が見つけし罪を」

「滅ぼすべし」
「滅ぼすべし」

 闇の彼方に小さな光。それは恒星。太陽と呼ばれる星の輝き。目指すはその第三惑星、地球。


 深い霧の中。声が聞こえる。悲しく懐かしく忘れがたい声。どうして、どうしてボクを呼ぶの。そこは地獄かい。死の淵へと招いているのかい。それでもいい。もう一度君と会えるなら。

 ……いや、そんなはずはない。君はボクと会ったりしない。会う必要がない。君はここに居る。ずっとずっとここに居る。ボクは牢獄。ボクこそが、君の牢獄なのだから。そうだろう、ローラ。


 ドラクルは目を開けた。カビ臭い長椅子の上で。

「目を覚ましたようです、お嬢様」

 老人がのぞき込んでいる。どこかで見た記憶があるのだが。天井には大きなシャンデリア。壁には飾り模様が描かれている。古そうだが、あまり趣味が良い感じでもない。

 体に痛みはない。相変わらず左腕はないが、それ以外は異常がない。ただし赤いセーターも黄色いマフラーもない。身につけているのは、ワイシャツとスラックス。

「いつまで寝ている気だ。そろそろ起きろ」

 女の子の声。ドラクルは白い息を吐きながら、身を起こした。燕尾服の老人の向こう側に、見知った顔が。大きなリボンにフリルのドレス。魔人リキキマだ。ドラクルは念じた。だが何も起こらない。

「言っとくが、この迷宮ラビリンスの中ではテレポートも空間圧縮も使えないからな」

 冷たい目で見下しながら、リキキマは言う。そして部屋の隅に目をやった。

「こんなヤツ、生かしておいて何になるんだ」

 リキキマの視線の先には、ターバンとマントで身を包んだ、一つ目一本足の男。

「知っている事を、すべて吐かせる必要がある」

 3Jはそう言うが、リキキマは不満顔だ。

「イ=ルグ=ルの居場所はもうわかったんだろ。だったらすぐ引っ張り出せばいいじゃねえか」
「それにつきましてですが、お嬢様」

 老執事が困り顔でたずねる。

「いったい『どこで』イ=ルグ=ルを引っ張り出すおつもりですか」
「……あん?」

 リキキマは意表を突かれた顔をした。執事は言う。

「デルファイの中で引っ張り出せば、この聖域サンクチュアリも戦場となってしまうでしょう。それでお嬢様はよろしいのですか」
「いや、それはだな」

「かと言って、デルファイの外で引っ張り出すというのは、お嬢様がデルファイの外に出るという事でございます。それも考え物ではございませんでしょうか」
「……あん?」

 リキキマは真剣に困った顔をした。執事はリキキマと3Jを見る。

「もしお嬢様がデルファイの壁の向こうに出るのであれば、外の世界の住人に、四魔人が壁から出る事を認めさせる必要がございます。さもなくば、背中から撃たれる危険性がございますでしょう」

「うーん、それもそうか」

 そしてリキキマは首をひねりながら、3Jを見つめた。

「どうするよ、おい」

 3Jは言う。

「イ=ルグ=ルが目覚めれば、デルファイの壁の意味などなくなる。ヤツは差別も区別もする事なく、地上を破壊し尽くすだろう。戦場にならない場所などない」
「ならば、なおの事」

 執事は力説した。

「デルファイの壁の中と外で、認識を共有する必要があるのではありませんか」
「だが認識の共有が出来ない者はどうする。切り捨てるのか」

 3Jの言葉に、執事は笑顔でうなずいた。

「それも一つの方法でございましょう」

 3Jは小さくため息をついた。

「こりゃ驚いた」

 ドラクルは鼻先で笑う。

「まさか天下の3Jが、やり込められるとはね」

 しかし執事は首を振った。

「いいえ、正論を主張し合うのであれば、私などが3J様にかなうはずはございません。ですが、正論だけでは人は動かないのです。3J様は、それをよくご理解されています。あなたとは、そこが違うのですよ」

 ドラクルは無表情に顔をそらした。
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