案山子の帝王

柚緒駆

文字の大きさ
92 / 132

92 運と選択

しおりを挟む
 頂上に赤いライトの明滅する深夜のグレート・オリンポス。ゲートバーで閉ざされた物資搬入口に、突如三台のトラックが突っ込んだ。警報が鳴動し、セキュリティの警備ドローンが集まって来る。だが次々に撃ち抜かれて地に落ちた。トラックの荷台から大型のスナイパーライフルの銃口がいくつものぞいている。

 荷台から飛び降りる武装した男たち。その背後から女の声が飛ぶ。

「さあ好きなだけ暴れな! 頑張ったヤツにはボーナスも出すよ!」

 建物の中から警備ドローンの第二陣が姿を現わす。散開しながらテロリストを包囲しようとするが、どれもことごとく撃ち落とされた。

 と、トラックの中から銀色の光が天に昇る。

 きらめく四本の超振動カッターは、上空を制しようとしていた攻撃ドローンを切断した。火を噴いて落下するドローンに、男たちのテンションが上がる。

「やるじゃねえか、あの野郎!」

 銃声、指笛、笑い声。それを夜空で聞きながら、ジンライはつぶやいた。

「これは後で説明せねばならんな」

 攻撃ドローンに制空権を取られてしまうと後々の事に支障が出るために、やむを得ず退場願った――ドローンを説得する訳にも行かない――のだが、少しやり過ぎな感はある。

 そのとき、体表センサーがレーザー光の照射を感じ取った。照準がこちらに向いている。稲妻の速度で急降下したジンライは叫んだ。

「戦闘部隊が出て来たぞ!」
「何だと」

「やっと出て来やがったか」
「ぶっ殺せ!」

 吼える男たちは獲物を求めて走り出した。ジンライはその最後尾について行く。


 誰かがミサイルポッドを使ったのだろう、爆発音が響いた。続くおびただしい数の銃声。血に飢えたケダモノたちは戦いに夢中だ。トラックからファンロンと側近たちの姿が消えた事に、気付く者は誰も居なかった。


 聖域の外れ、『港』に面した広場。こんな深夜に人影があった。ランタンの青白い光。それを執事のハイムに持たせたリキキマ、ウズメとローラ、縛られた四人のカオスのメンバーたち、そしてドラクル。

「んで、こんなところで何を試す」

 面倒臭そうなリキキマだが、本当に心底面倒臭いのなら、ここまでついては来ないだろう。それを理解しているのか、ドラクルは平然と笑って見せた。

「ボクの血は、たとえ相手の心臓が止まっていても、ある程度の時間以内なら吸血鬼にする事が出来る」
「コイツらが心臓をなくしてから、三日や四日じゃねえだろ」

 リキキマは四人をアゴで指した。ドラクルはうなずく。

「三年や四年でもないだろうね。でも現実問題として、彼らの体は腐っていない。何故だろう」
「そりゃイ=ルグ=ルの力でも使ったんだろう」

「つまり原理はともかく、肉体の時間が止まっているんだ」

 リキキマは眉を寄せ、薄い目でドラクルを見つめた。

「本気か? 心臓がないんだぞ。心臓は吸血鬼の弱点だ。言い換えれば、吸血鬼と心臓はセットだろうがよ」
「だから試してみたいって言ったのさ」

 夜の王はローラとウズメに目をやる。

「君たちはどう思う」

 ウズメは困惑しきった顔だ。

「どうって言われても」
「どうして私たちに聞くのですか」

 ローラの真っ直ぐな視線を、ドラクルは懐かしそうに眺めた。

「可能なら本人の気持ちを尊重したいところだけど、意志表示が出来る状態じゃないよね。だったら君たちに了承を得るしかないじゃないか」

 そう言って微笑む。

「それとも、落ちぶれ果てても吸血鬼は嫌かな」

 ローラは一瞬目を伏せると、再び挑むようにドラクルを正面から見つめた。

「……吸血鬼になれば、元の人格を取り戻せますか」
「やってみなけりゃわからない。運次第だね」

 正直に答えるドラクル。ローラはウズメに視線を移す。

「任せてみましょう」

 ウズメは怯えたように見つめ返した。

「え、でも」
「いま私たちに出来る事は何もない。残念だけど、このまま滅び去るのを待つだけ。でももし、万分の一でも可能性があるのなら、私はそれに賭けたい」

 闇の中に輝く星が如き、強く明確な意思。それはウズメにうなずく勇気を与えた。ローラはまたドラクルを見つめる。

「お願いします」

 青白い顔の吸血鬼は無言で人差し指を咥え、ガリッと音を立てた。その指で天を指すと、先端から面白いように吹き出る血液。地には落ちない。宙に浮かんでクルクル回り、やがてそれは四つの小さな球になる。

 ドラクルの指が振られた。四つの球は、縛り上げられた四人のカオスのメンバーたちへと飛ぶと、勢いよく鼻の穴に突っ込む。四人は仰け反り、尻餅をついた。


 血の球は鼻の奥から頭蓋底を貫通し、脳へと至った。そこで爆発的に体積を増やす。脳室内を満杯に埋めた血液は意思を持つかのように毛細血管を浸食し、逆流する。血液脳関門を突破し、乾いて久しい動脈へと流れ込んだ。


「おお、おおおおっ!」

 四人は全身を痙攣させながらのたうち回った。鼻から、目から、耳から口から、血をダラダラと流しながら。ドラクルは黒いスーツを着たテンプルの胸倉をつかんで、シャツを引き裂いた。胸の大きな穴が露わになり、そこにも流血が見える。

 ドラクルは見つめた。穴の中を。間欠泉のように時折噴き出す血液。その中から、何本かの赤くて細い糸が立ち上がる。血が流れるたび糸は増えて行く。伸びて行く。やがて丸い塊を形作ったかと思うと、真ん中にひねりが加えられる。そして、心臓が生まれた。

 全身を駆け巡った血液は、最後に心臓に集まる。脈動する内側を満たし、再び全身へと巡って行く。長く忘れられていたサイクルが、ここに復活した。

 テンプルの両目に光が宿る。

「……ローラ……ウズメ」

 ウズメは駆け寄った。

「テンプル、わかるの? ここだよ、見える?」
「ああ……二人とも、無事だったんだな……よかった」

「何言ってるの、よかったのはあんたの方だよ。助かったんだから」

 そう言って笑う。

「助かった? そうか、助かった……たすか……ガガガガガガッ!」

 テンプルは弾けたように立ち上がった。重力を無視した動き。他の三人も同時に立ち上がる。四人を縛り付けていた戒めは千切れ飛び、双眸は赤く輝く。その口元には長い牙がのぞいていた。

「い、るぐ、る」

 テンプルがつぶやき、嗤った。ウズメは愕然とした顔で首を振った。

「どうして、どうしてよ。わからないの? ねえテンプル」

 しかしテンプルと他の三人は、星空に向かって叫んだ。

「い! るぐ! る! い! るぐ! る! い! るぐ! る!」

 その顔に、黒いイトミミズが湧き出した瞬間。

 四本の光が奔り、四人の体は半断された。縦方向に。いわゆる唐竹割りである。さらに脳と心臓が四分割されるように、横方向に二本、光が奔る。

 ハイムのかざすランタンの明かりの中、長く長く伸びたリキキマの指が、スルスルと手元に戻った。

「満足したか」

 それは誰に向けての言葉だったか。

 切り刻まれたかつての仲間たちの体を前に、呆然と立ち尽くすウズメ。肩を抱くローラ。ドラクルは背を向けた。その背に向かって。

「ありがとうございました」

 それはローラの声。ドラクルが振り返ると、ローラは背中を向けたままこう言った。

「彼らは最後の一瞬、心を取り戻せました。あなたのおかげです。感謝します」

 ドラクルは何かを言いかけたが、やめた。そして一つため息をつくと、姿を闇に消した。


 小型のジェットエンジンを背負い、ファンロンと側近たち三名は上空に昇って行く。下界で暴れる男どもは、セキュリティの目を集める陽動だ。撒き餌だ。もちろん口座には本当に前金を入れてある。だが後金を支払うつもりは最初からない。いかに資金が潤沢にあるとは言え、そこまで無駄な金を使おうとは思っていなかった。

 目指すは二百九十七階、ジュピトル・ジュピトリスの部屋。護衛は付いているだろうが、それはたいした問題ではない。大事なのはジュピトル・ジュピトリスの眼前にまで行き着くこと。それさえ出来れば勝ったも同然。オリンポス財閥が、この手に入るのだ。

 二百階を過ぎた辺りでパトロール中と思われる攻撃ドローンが近付いてきた。だがファンロンたちの装備一式には電磁迷彩が施してある。短時間ならバレる事はない。しかしグレート・オリンポスのセキュリティは、搬入口に集中しているとばかり思っていたのに、担当者が優秀なのだろうか。

 やがて到着した二百九十七階。明かりは点いていない。だが腕時計に内蔵されたカウンターはその数字を示している。間違いはないはずだ。

 ファンロンは無言で、隣に浮かぶ側近の男を見た。右肩に携帯型ミサイルポッドを装備した男はうなずき、即座にミサイルを発射する。躊躇も迷いも一切ない。四発の小型ミサイルは防弾ガラスの窓を粉砕した。

 影が一つ窓から入り、ガラスの破片が散らばる部屋の床に降り立った。ジェットエンジンを背中から落とし、部屋の奥へと進む。部屋の間取りは事前に集めた情報の通りらしい。こんな夜中だ、標的はおそらく寝室に居るのだろう。その足が寝室に向かったとき。

「動くな」

 背後からの声。馬鹿な、後ろに回られるまで気付かなかったとは。影は静かに両手を上げた。すると部屋の照明が点いた。

「さあこっちを向け」

 背後で右手のひらを向けているのはムサシ。そこには銃口が開いている。しかしその銃が火を噴く事はなかった。ムサシは目を剥いた。いま振り返った、両手を上げたそいつの顔は、間違いない。間違えるはずがない。

 ジュピトル・ジュピトリスが立っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

処理中です...