案山子の帝王

柚緒駆

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94 豹変

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 世界政府大統領の職務はハードである。各エリアからの陳情、と言えば聞こえは良いが、要するに「ああしろ、こうしろ」という得手勝手な要請を受けて予算の配分を考え、エリア間の調整をした上で最終決定する立場と言える。

 そもそもエリアの支配階層に、『世界』などという視点はない。遺伝子は選りすぐられているのかも知れない。潜在能力は素晴らしい物を持っているのだろう。だがそれを十分に活用し、己の能力をフルに限界まで引き出そうとする者など滅多に居ない。かつてキリスト教が提示した『七つの大罪』を超越する技術を、人はまだ手にしていなかった。

 故に彼らは己の支配エリアへの利益誘導に邁進する。百年以上前の片田舎の無学な政治指導者と同じレベルの事を、遺伝子工学技術の粋を集めた『Dの民』が行っているのである。その皮肉な有様は、人間という種の限界を示すかのようだった。

 陳情は毎日のように引きも切らない。もちろん持ち込まれたすべてが大統領のところまで上がって来る訳ではないが、それでも相当な件数をこなす必要がある。考えねばならない事は山ほどあるのだ。

 だからエリア・エージャンのジュピトル・ジュピトリスから、緊急の大三閥会議開催を求められたとき、大統領ジェイソン・クロンダイクは難色を示した。

「ついこの間、やったばかりじゃないか」

 大三閥のリーダーは、『Dの民』の中でも希有な例外である。『世界』という視点を持っている。そういう意味においてはジェイソン大統領の朋輩ほうばいと言える存在だ。ただいかんせん、頭が回り過ぎるきらいがある。正直、イロイロと付いて行けない。

 特にエリア・エージャンは先代のウラノス翁が――苦手ではあったものの――口数が少なかったのに、新しいリーダーとなったジュピトルが――これまた苦手なのだが――厳しい言葉もビシビシ口にする。本人には厳しい事を言ってるつもりがないのが余計にキツい。

 いまは非常時だという理屈はわかる。邪神イ=ルグ=ルの復活が近いというのも、実感はないが頭では理解している。ただそれでも、人の世から日常が消えてなくなる訳ではない。人々は常に要望し、切望し、懇願する。それを放ってはおけない。世界の欲求にに応えるのが世界政府の使命である。

 ……と、言えれば良いのだが、一を言えば十返ってくる相手だ。ジェイソン大統領にそんな勇気はない。渋々ではあるが、大三閥会議の開催を認めた。


「それで」

 リキキマは憮然とした顔でつぶやく。

「このリキキマ様にも、会議に出ろってお達しがあった訳だが」

 聖域の迷宮、応接室の椅子に座るターバンにマントの一本足。左目一つで魔人を見つめる。

「慣れたものだろう」

 感情のこもらぬ抑揚のない声に、リキキマは一段と眉を寄せた。

「そういう問題じゃねえんだよ。慣れてても面倒臭いんだよ。つーか、どうせまたおまえが糸引いてんじゃねえのか」
「人聞きの悪い」

「てめえが人聞きなんぞ気にするタマか」

 執事のハイムが入れた紅茶に口をつけ、3Jは言った。

「言い出したのはジュピトルだし、決めたのもジュピトルだ」
「ホレ見ろ、相談は受けてるじゃねえかよ」

「ジュピトルの言葉で動くのは嫌か」

 そう言う3Jに対してリキキマは、フンと鼻を鳴らす。

「ガルアムでもあるまいし。こっちは是々非々ってヤツを知ってるんでな」
「ならば問題はない」

「だから何でおまえが決めるんだよ」

 思わず突っ込むリキキマの背後から声がする。

「それで」

 壁にもたれて立つドラクルは、不思議そうな顔をしている。

「ボクはいったい何のために呼ばれたの」
「そういや、何でコイツ呼んだんだ」

 リキキマの言葉に3Jはうなずいた。

「安全装置だ」
「まーた本人に断りもなく役割分担してんのか」

 ほとほと呆れた、リキキマの顔はそう言っていた。そのとき、ドアの前でハイムが懐中時計を確認して告げる。

「お嬢様、そろそろご準備を」
「何だよ、もうそんな時間か」

 リキキマは頭のリボンの位置を直した。


 ジェイソン大統領の執務室の丸テーブルには、三つのホログラム。向かって左側から時計回りに、エリア・トルファンの『崑崙くんるん財団』を率いるチー・リン、エリア・アマゾンの『賢明なる十二家族』を代表してマヤウェル・マルソ、そしてエリア・エージャンの『オリンポス財閥』総帥ジュピトル・ジュピトリス。さらにはテーブルから少し離れた部屋の隅に、四つ目のホログラム。デルファイ四魔人の一人、リキキマの姿があった。

「全員揃ったようだね」

 大統領は部屋を見回してうなずく。そして右側に座るジュピトルのホログラムに笑顔を向けた。

「それではジュピトル、今回の緊急の議題について説明してくれるかな」

 ジュピトルも微笑み返す。

「では、大統領もお忙しいでしょうし、時間ばかりかけても申し訳ないので、単刀直入に申し上げます。チー・リン」

 そう言って、向かい側に座る四十がらみの女のホログラムを見つめた。

「僕を殺そうとしましたね」

 ジェイソンは目を剥いて息を呑んだ。マヤウェルは興味深げに左右の二人を見比べている。そしてチー・リンは、まるで自分は当事者ではないかの如く、早く時間が過ぎればいいのに、といった顔をしていた。

「……チー・リン?」

 大統領が顔をのぞき込む。するとチー・リンは小さなため息をついて視線を上げた。

「証拠でもあるのですか」

 ジュピトルは笑顔で返す。

「ええ、証人が二人居ます」

 あのとき、ジンライはファンロンの部下を斬ったと言った。しかし殺したとは言っていない。二人の部下は生きていた。そして命の保証と引き換えに、すべてを話したのだ。

「その証人の言葉が信じられると」

 やる気のなさげなチー・リンの言葉を、ジュピトルは泰然と受け止める。

「辻褄が合っていましたからね。あなたの命令で、変身能力を持った暗殺者が僕のところに送り込まれた。違いますか」
「少し違いますね」

 チー・リンは微笑みさえもしない。

「ファンロンは変身能力だけではなく、記憶をコピーする能力も持っていました。あなたを殺すだけではなく、あなたに取って代わってオリンポス財閥を支配する、それが最終的な目的だったのです」

 そしてまた小さくため息をつく。

「人望も行動力もある優秀な子だったのですが、詰めが甘いという欠点がありました。不得手を克服するのは難しいものですね」

 そこでようやく口元を緩めた。

「そ、そんな。どうして暗殺などと物騒な事を」

 焦るジェイソン大統領に、チー・リンは冷たい視線を向ける。

「誤解なさらないでください。彼には感謝していますよ。何せあのラオ・タオを排除してくれたのですから」

 チー・リンは笑い出しそうになるのを、懸命に堪えているようだった。

「ラオ・タオは厄介な相手でした。どんな罠を仕掛けても、必ず見破るのです。魔法でも使うかのように。でもそれが倒された。核兵器の事などより、我々にとってはその事の方が重要でした」

「我々?」

 ジュピトルが問う。しかしチー・リンは無視をするかのように続けた。

「我々にとって厄介者は二人いました。一人はラオ・タオ。そしてもう一人は」

 ここで、ニッと笑った。

「ヴェヌ」

 ジュピトルの眉が寄る。チー・リンの見下ろすかの如き視線。

「名前くらいはご存じのようですね。そう、金星教団の教祖です。彼女もしばらく前に行方不明となりました。つまり二人とも消えた訳です。我々金星教団トルファン派にとっての厄介者が」

 そして笑う。狂ったかのような高笑いをしばらく続けた後、胸を押さえて呼吸を整えた。

「……あなたのおかげで我々トルファン派は、新たに『真金星教団』として、聖神イ=ルグ=ルの支配する新世界のために、総力を結集する事が出来ました。その手始めとしてあなたを殺すつもりだったのですが、まあいいでしょう。結果は同じです」

 その目が光ったように見えた。

「大統領」
「は、はいっ」

「我ら真金星教団は、ここに人類に対し、宣戦を布告します」

 それは高らかな宣言。。ジェイソン大統領の顔面は蒼白となり、マヤウェル・マルソは興味深げに様子を眺めている。そしてジュピトル・ジュピトリスは、呆れたようにため息をついた。

「それで」
「え?」

 チー・リンの笑顔が引きつった。ジュピトルは言う。

「それで具体的に何をどうしようと言うのですか。いま生産している兵器でエリア・エージャンを攻撃でもする気ですか。何ならその兵器の生産を、いますぐ止めてみましょうか。それともあなたの部屋にミサイルを撃ち込んだ方がわかりやすいですか」

 段々と激しくなって行く口調、それはまくし立てると言った方が正確か。

「ハッキリ言います。あなたが何週間かかけて考えた事への対抗策を、僕なら五分で考えつきます。ファンロンはそれを理解していた。だから電撃的な作戦を講じた。考える余裕を与えないためだ。彼女の詰めが甘いんじゃない。あなたの策が無謀、いや、間抜けなんだ」

 チー・リンの顔はみるみる赤くなり、目は怒りに釣り上がって行く。だが突如、その目が揺れた。動揺している。

「そんな馬鹿な。何故ここに」

 それが最後の言葉。次の瞬間、チー・リンの首が飛んだ。ファンロンがそうであったように。もちろんカメラの故障などではない。それは画面の外から三次元カメラをのぞき込んだ顔を見れば明らかだった。

 そこに映し出されたのはヴェヌ。いや、チー・リンの首なし死体を蹴り倒し、カメラの視界に入り込んで来たのは。

「ヌ=ルマナ!」

 警戒音のように鋭く響くリキキマの声。しかしヌ=ルマナのホログラムは悠然と椅子に座ると、周囲を睥睨へいげいした。

「これが人類の最高レベルの会議か。貧相な物よな」
「な、なな、何者かね、君は!」

 声を震わせるジェイソン大統領の問いに答えたのは、ジュピトル。

「これがヌ=ルマナです。イ=ルグ=ルと同じ邪神ですよ」
「邪神」

 ヌ=ルマナはふっと嗤う。

「なるほど、その言葉にすがりたい気持ちはわからんでもない。だが宇宙の正義は我らにあり。この惑星の人類の滅亡は、もはや動かせぬ結末」

「なのにチー・リンを殺した」

 それはマヤウェルのつぶやき。ヌ=ルマナは視線を移した。

「何」
「チー・リンを生かしたまま勝手に動き回らせた方が、あなた方にはメリットがあったのでは。世界を混沌とさせるという意味で」

「混沌など不要」

 ヌ=ルマナの左後頭部のヴェヌが口を挟む。

「聖神イ=ルグ=ルの意思を伝える口は、一つあれば十分。神の絶対秩序こそが正義」
「そういうのって、凄く気に入らない」

 マヤウェルは微笑んだ。神をも恐れぬ、敵愾心に満ちた笑顔だった。
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