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訳あり公国の花嫁と最強と呼ばれた将軍様
しおりを挟む「いよいよお前の任務が決まった」
ピアノの練習をしていると侍女服を着た痩せ細った女がそう言った。
「狙うのは誰?」
「将軍だ。タイミングは任せるとのことだ」
軽々しく言ってくれる……。
トトリカは重い溜息を吐いた。
いつかはやって来ると覚悟してきたが、いざ命じられると億劫な気持ちになる。
だけどやるしか無い。
だってそれはトトリカになる前、十三番と呼ばれていた少女の唯一の取り柄なのだから。
「さよなら旦那様」
トトリカ・ファームオルは他国から嫁いできた花嫁である。
ガルベルト王国と長らく敵対していたブリテニア公国の弱小貴族の隠し子として礼儀作法を叩き込まれた。
肥沃な土地を持ち物量で勝るブリテニアと強靭な軍事力を持つガルベルトは現国王の大暴れによってブリテニアの敗北で終わった。
トトリカはそのお詫び……人身供物として差し出された。戦後賠償金を支払う足しにされたのだ。
花嫁と言えば聞こえはいいが、実際には煮るなり焼くなりお好きにどうぞという立場。
どこかの底辺貴族に引き取られて慰み者にされるのがオチのはずだった。
しかし、意外にもトトリカの引き取り手はガルベルト王国の将軍だった。
ディル・マックイーン。公爵家の主人にして戦争で名を馳せた英雄。
ガルベルト貴族の中で最強とも呼ばれる人物だった。
「トトリカ・ファームオルです。よろしくお願いします」
「ディル・マックイーンだ。今日からこの家を自分の実家のように好きに使ってくれ。私は不在にしがちなのでな」
歓迎されているようでは無かった。
まぁ、そうだろう。所詮は急遽貴族に祭り上げられたお飾り。それも出自不明の。
他の貴族と接触して良からぬことをさせない為の監視を引き受けたのかもしれない。
だとしたら公国の浅はかな知恵は読まれている。
「トトリカ嬢のご趣味は何を?」
「植物の世話……ですかしら」
「それは随分と可愛らしい。私は稽古しか知らない男だからな」
親子ほど離れてはいないが、夫婦にしてはアンバランスな二人だった。
最初に言っていたようにディルは軍や騎士団との会合でよく家を留守にしていた。
使用人や護衛などの数も少なく、トトリカとしては仕事がやりやすかった。ただ、これも罠かもしれないという疑いは常に持って行動した。
偶々休みが出来ればトトリカを誘って闘技場へと足を運んだ。
噂には聞いていたが、理解できない風習だとトトリカは思った。
老若男女誰もが戦いに熱狂している。
貴族達もそれを野蛮だと切り捨てるどころか我先にと参戦している。
「ディル様はご参加なさらないのですか?」
「はっはっはっ。恥ずかしながら私は出場禁止を言い渡されていましてな」
何やったんだこの人!?とツッコムのを我慢して愛想笑いをするしかなかった。
物知らぬ愚かな令嬢を演じ続けながら国の内情を調べ、使用人に紛れた監視役に報告。そのまま公国のスパイとして活動する。
人を騙すのに抵抗は無かった。
ーーだって誰かを蹴落とさないと生きていけないから。
『十三番。殺れ』
『嫌だ!死にたくないよ!助け……』
『悪く思わないで十二番。わたしだって死にたくないから』
将軍に引き連れられる手は血に染まっている。
この身を抱かれようと、刻まれているのは冥界よりも恐ろしい場所の記憶。
艶やかな声と生娘のような振る舞いは雄を虜にするため。仕込まれた技術。
いずれ自分の命を引き金に公国の栄光を取り戻すための下準備。
「トトリカ嬢のような人を嫁に出来たなんて私は幸せ者だ」
「わたくしもそう思いますわ。こんな幸せ……わたくしには勿体無いくらい」
愛していると言われなかった。
好きだとも言わなかった。
ただ、幸せだと彼は言った。
トトリカも同じだった。
愛だの好きだのという薄っぺらい言葉よりもなんとなくで温かい日々がいつしか心安らぐようになった。
ピアノの練習を始めたのも闘技場で流れている音楽ならばディルも喜んでくれるだろうか?と暇潰しに始めた。
結局、練習した曲の発表をする機会は訪れる事は無くなった。
「ほう。これが将軍お気に入りの幼妻か」
「あの将軍にこんな奥様が。……人は見かけによらないわね」
「お二人共、私をからかわないでくれ」
作戦の決行日は来客のある日だった。
相手は王子とその婚約者。将軍が最も信頼し、世話を焼いている二人だった。
将来が楽しみだとよく言っていた。
とはいえ、相手は王族。失礼が無いように気を遣うのがディル・マックイーンという男だった。
「トトリカ嬢は植物の世話が好きでしてな。殺風景だった庭にも色々な花が咲いているんです」
「私もさっき見たわ。……本当に色々な種類だったわね」
「シャイナは花をよく枯らすからな。真似できない趣味だな」
「斬り刻みますよ?」
なんの茶番を見せられているのか頭が痛い。
ジークとシャイナはお互いを意識しているが、いまいちジークの方が素直になれずに失言をしてシャイナを怒らせていた。
調べていた中では最近もジークはシャイナに対して決闘を挑んで敗北したらしい。
……こんな温室育ちっぽい貴族令嬢に負けるなんて王子も大した事なさそうね。
殺すならこの二人のどちらかに変更しようか?
そうすればディルの命を奪わずに済む。
『狙うのは将軍だ』
あぁ、でもディルを殺さないとガルベルトの戦力を大きく削ぐ事が出来ないのか。
再び戦争の火を燃やしてもこのままでは公国に勝ち目は無い。
「わたくしが用意した紅茶を淹れますね。庭で育てた自家製の茶葉を使ったとっておきです」
席を離れ台所に立つ。
暇を持て余して使い慣れた場所で香りの強い茶葉を使って普通に淹れる。
仕上げに懐から取り出した小瓶をひと振りして完成だ。
ーーこれで終わる。
ディルは警戒心が強い。
将軍という立場もあって普段なら毒に気付くだろう。
しかし、客人がいるならば招き入れた本人が最初に飲まなくてはならない。
トトリカは信用を勝ち取ったし、連日の職務で疲れが溜まっていて、客人対応に気を集中している今なら……。
「お待たせしました」
人数分のティーカップを各人の前に置く。
器はどれも同じだが、ディルの分だけ毒が入っている。
「いい香りだな」
「トトリカ嬢は料理の腕も良くて。すっかり胃袋を掴まれましたよ。公国の味付けも中々いけます」
「料理の腕か……」
「チラチラ見ないでください。魚を捌いたり豚を解体するのは得意です」
「貴様に期待とかしておらん!っていうか物騒だな解体とか!」
「人もいけますよ?」
「絶対にするなよ!」
痴話喧嘩はいいから早く飲め!と叫びたくなるのをグッと我慢する。
スパイとして、暗殺者として表情に出さないように鍛えているが、我慢の限界はある。
今はなにより早くこの状況が終わって欲しい。
「どうだかな?ーー美味いな」
一番最初に王子が飲んだ。何の躊躇いも無くだ。
ーーそこは誰か毒味するのを待つだろ!!
心の中でトトリカは叫んだ。だって一気飲みしたのだから。
毒でも入っていたらどうしたのだろうか?やっぱり王子に入れた方があっさり死んだんじゃないのか?
「じゃあ私も。……いい味ね」
お次は公爵令嬢。
こちらも躊躇いなく飲んだ。
これで残るはディルのみ。
「トトリカ嬢。この香りの紅茶はあまり得意でなくてな。蜂蜜を追加しても良いだろうか?」
「あら?お嫌いでした?前に召し上がったものと同じ茶葉なんですが。確か前の時はとても喜んで飲んでいただいたのに…」
「ーーそこまでにしたら?将軍がやんわり断ってる意味が分からないわけじゃないわよね?」
シャイナが口を挟んだ瞬間からのトトリカの行動は早かった。
スカートの下、ふとももに付けていたナイフホルダーから素早くナイフを取り出してディルの首を狙う。
完全に虚を突いた。
これで終わり。
終われる。
しかし、トトリカは知らなかった。
彼女が闘技場に、この国の最も人気なイベントに興味も理解も示さなかったがゆえの誤った解釈。
「っし!」
「はっ!」
確かに現時点で最強なのは将軍ディル・マックイーンだろう。
しかし、次点で名が上がるのは目の前にいる一組の少年少女。
ナイフは届く事なく手刀で叩き落とされ、あらゆる剣術、武術を習ったジークならば相手を服を掴むと同時に背負い投げる。
「がはっ!?」
地面に叩きつけられた衝撃で肺の中の空気が全て吐き出され、内臓に大ダメージ。
「幸せだったよトトリカ」
悲しそうな顔を見てしまった。
ーーさようなら旦那様。
その一言すら言えずに十三番の意識は暗闇に沈んだ。
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