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王都殺人事件 中編

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『捜さないでください』

 いつもがさつな態度のくせに書いてある文字は達筆だった。
 俺はその紙を手で握り潰した。

「こんなもん書かれたら捜すに決まってんだろ!」

 原因は俺だ。
 俺がアイツを怪我させたくないと遠ざけていたのが逆にアイツを傷つけた。
 年下の公爵令嬢の背中を叩かれて思ったんだ。
 素直に自分の考えを伝えようって。

 だから逃がさない。
 お前が逃げたくても聞きたくなくても俺はお前に伝えたい事がある。

 とはいえ、がむしゃらにこの近辺を捜そうにも手掛かりが無いと困る。
 酒瓶が転がったままの室内にはアンジェリカの荷物がそのまま置いてある。
 それどころか、闘剣士の命でもある武器まで壁に立てかけてある。

「王都から出て行くってわけじゃないのか?」

 てっきりアイツが俺の手が届かないどこか遠くに消えてしまうんじゃないのかって不安になった。
 それにしては何も持ち出されていない。
 捜さないでくださいっていうのは暫く一人きりにしてくれという事なのだろうか。

「ここで待っていれば帰ってくる……のか?」

 こんな事は初めてだったので元仲間の行動が読めない。
 剣一筋のアンジェリカが剣を手放している。
 王都の中では許可を得た人間しか武器の携帯を許されていない。
 闘技場の参加者はその許可を持った連中だ。

 だならアイツはいつも武器を持ち歩いていた。
 酒場で会った時も腰にぶら下げていたはずだ。
 それが部屋にあるという事は今は武器を所持していないだろう。

 ここで俺は、ある一つの事件を思い出す。

 ーーーこのところ王都近郊で死人が増えている。

 ーーー被害者は全て戦争参加者。

 ーーー殺し方や情勢から予測するに公国の暗部絡み。

「狙われる理由しかねぇよな今のアイツ」

 万が一の事も考え、俺はアンジェリカの刺突剣を握りしめて部屋を出た。
 血相を変えて走る俺に管理人のおばちゃんが驚く。
 一応、アイツが戻ってくる可能性もあるので伝言を頼んでおく。

 話があるから俺がまた来るまで部屋で待っていろって。

 闘剣士達が住む住宅街を抜けて大通りに出る。
 アイツが行きそうな場所……闘技場か?
 今日の試合予定を思い返すが、大した試合じゃ無かった筈だ。
 酒場はまだ行くには早い時間だし、アイツが他に行きそうな場所。
 これまでのアンジェリカとの記憶を思い出す中で、学生時代の世間話が甦る。

『城壁の上って登ったことあるかい?』
『あんな高い所は俺は嫌だぜ。高所恐怖症だからな』
『アタシはあるよ。あそこから沈む夕陽や王都を見ると思うのさね。アタシらが守るべき場所がどんなものなのかよく見える。それに高い所の方が気分がスッキリするってもんさ』
『俺には一緒理解できねぇな』

 王都の城壁だ。
 結局、俺は騎士団の仕事で上に登ったのだが、地面が遠くでビビった。もう二度とこんな場所に来るもんか!と喚いたものだ。

 でも多分、アンジェリカはそこに行ってそうな気がした。
 ぐるりと囲むような城壁の中で一番景色が綺麗に見える場所を頭の地図で探す。
 夜になると見回りをしている衛兵以外は登れなくなるのでそろそろ降りた頃だろう。

 そこから自宅に戻ろうとするならルートは絞られる。
 せっかちなアイツの事だから近道を選ぶと思い、俺は人通りの少ない路地裏に入った。
 戦争が終わり、平和になった世の中でもこういう場所に住み着く浮浪者達がいる。
 公国ではスラムが出来て貧しい人達が多くいるそうだが、ガルベルトだと訳ありで路上生活をしている人やゴロツキ達がたむろしている。
 そういう場所を見回るのも騎士団の仕事だ。大抵は騎士団の制服を見てコソコソ隠れたりご機嫌取りをしてくるもんだが、今回は違った。

 カンカン、キンッ!

 誰かが争っているような音がした。
 路上での喧嘩くらいなら見過ごすが、武器を使ってやり合うのはご法度だ。

 路地裏の更に奥へと走って急ぐ。
 数人の黒づくめ達に囲まれながらも戦う人間の姿が見えた。
 チラリと目に入ったのは見間違いのない赤い髪の毛だった。

「アンジェリカ!!」

 最悪のパターンだ。
 俺が叫んだのに反応して黒づくめ達がこちらに気付いて怯む。
 そのタイミングを逃さずに体当たりをして輪の中へと入る。

「おい!しっかりしろ」
「マリウスかい。みっともない所を見らたれたね」

 服をボロボロにし、あちこちから血を流して膝をつくアンジェリカ。
 呼吸も荒く、満身創痍の状態だった。

「……ターゲットが増えた。殺れ」

 黒づくめの一人が指示を出し、数人が俺に武器を向け攻撃してくる。
 こいつらがここ最近の事件の犯人だろう。
 身のこなしからしてそこいらのチンピラとは違うプロの暗殺部隊だ。
 あの戦争で神出鬼没に現れてはガルベルト軍を襲い、戦争を長引かせて泥沼化した原因。
 ディルの嫁であるトトリカの実力を見た時は驚いた。あの場にいたのがディルや殿下じゃなければ普通に殺されていただろう。
 だが、

「テメェら。生きて帰れると思うなよ」

 今まで出した事のないようなとてつもなく低い声が出る。
 それと同時に普段は隠している闘気が溢れ出す。
 こんな俺でも、今はあの陛下と殴り合えるくらいは力をつけた。
 闘技場のトップリーグ連中相手でも互角に戦える筈だ。

 一瞬、闘気にあてられて敵の足が止まるが、すぐさま復帰して襲いかかってくる。

「アンジェリカ。ちょっと待ってろ」

 持っていた刺突剣を彼女の前に置き、俺は腰にある自分の剣に抜く。

「……死ね」

 最初に鉤爪の暗殺者が俺を殺そうと近づく。
 鈍く光るその爪ならば俺を切り裂けるだろう。アンジェリカの服がボロボロになっているのもこの爪のせいか。

「テメェがな」

 鉤爪による攻撃を剣で逸らし、その手を叩き斬る。
 片手を失った痛みに悶える敵に剣を振り上げて一刀両断。
 バサリと地面に倒れた。

 まず一人。

 他の敵は仲間が死んだ事に動揺せず、二人目が来る。
 今度は鎖鎌だ。
 鎌の部分をビュンビュンと振り回して剣が届かない範囲から俺を狙う。……だが、遅い。
 光の速さで飛んでくる陛下の拳より速いものなんて無いと思っている俺には通用しない。
 鎌を避け、鎖を掴む。
 そのまま鎖を力づくで引っ張り、力比べに負けた相手が眼前まで飛んで来た。

「オラっ!」

 剣で斜めに斬り捨てる。
 短い断末魔を上げながら二人目が倒れた。

「次はどいつだ!」

 敵は全部で六人。
 残りは四人だが、まだダメージは受けていないし戦える。
 何よりも今は暴れたい気分だった。こいつら全員をぶっ殺してやりたいくらいには気分が昂揚している。
 連中は一人ずつでは勝ち目が無いと思ったのか、ほぼ同時に攻めてきた。
 そこいらの雑魚が相手なら束になっても勝てるが、相手もプロだ。
 それに指示出しをしていたリーダー格らしき男もいる。

 思考を遮るようにナイフが飛んで来た。
 慌てて首を横に振り回避するが、頬に掠ってしまう。
 顔に痛みが走るが、大した怪我じゃない。

 一人目の攻撃を剣で受け止め、続く二人目を拳でぶん殴る。
 三人目の短剣使いに蹴りをお見舞いし、最後の四人目は剣の柄で撃退する。

 僅かな油断が命取りになる場面だ。
 普段から騎士団の部下を相手に乱戦の稽古をしていて良かったぜ。

 ふぅーっと息を吐いて呼吸を整えようとする。
 だがしかし、何か違和感がある。
 呼吸を何度しても整わない。
 むしろ荒くなって息が苦しくなる。

「毒かよ……」

 油断した。
 こいつらは闘技場で正々堂々と戦う闘剣士でもなければ騎士道に順ずる騎士でもない。
 どんな汚れ仕事も任務として遂行する暗殺者だ。

 幸いにもすぐに死ぬような毒ではないが、痺れが徐々に出てくる。
 熱くなりすぎて冷静な判断を欠いた結果がこれかよ。

「……殺せ」

 リーダー格の男が合図する。
 そうして俺は大切な女一人守れずに死ぬ。
 こんな事なら学生時代に素直になっときゃあ良かった。
 模擬戦の時に楽しそうに戦うお前の姿に一目惚れしてたって事を。

「諦めてんじゃないよ馬鹿マリウス!!」

 飛来したナイフが弾かれる。
 ついでに俺の顔面が引っ叩かれる。

「な、何すんだよアンジェリカ!」
「アンタがボーッと突っ立ってるからだろ?感謝しな!」

 ペッ、っと口に溜まっていた血を吐き出すアンジェリカ。
 やる事がいちいち女らしくない。その辺のおっさんがたんを吐くのと一緒だぞそれ。

「アタシは剣が無かったから負けかけたんだ。剣さえあればこっちのもんさね」
「強がり言うんじゃねーよ。テメェも同じ毒を受けてんだろ?」

 俺の前に立つアンジェリカの息は荒い。
 怪我して血が出ているのもあるが、顔色が良くない。
 唇なんて紫色に近くなっている。

「はっ。アンタよりアタシは強いんだ。……剣を持ってきてくれた礼は言うよ」
「どういたしまして。じゃあさっさと、」

 逃げて助けを呼んでこい。
 そう言いかけて口を閉じる。

 おいおい、さっき俺はシャイナの嬢ちゃんになんて言われた?
 また同じ事をして拗らせるつもりなのか?
 それに片方が逃げたところでもう片方が生き延びれる確率は低い。

 だったら選ぶ方法は一つ。

「ーーーこいつらを一緒ぶっ倒すぞ」
「はっ。誰に言ってんだい。アンタこそ背中は任せたからね」

 アンジェリカの前に立つわけでも、ただ後ろで守られるだけでもない。
 この世で一番近くに置いておきたいヤツの隣に並んで立つ。

 あぁ、ここなら一番良い顔が近くで見れんな。

「騎士団長、マリウス・シルファー」
「改めて、闘技場第六位。女剣士アンジェリカ」

 敵と俺ら、どっちが先にぶっ倒れるかのチキンレースがスタートする。

「「いざ参る!!」」




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