オンステージ! ~アンサンブル・カーテンコール!~

岩谷ゆず

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第9章 ココロ色あんさんぶる

(1) 夏の日の惑い

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 見上げた空は白とグレーの世界で、夏の青空を期待していたゲストたちには甚だ不本意な天気だろう。

 8月最初の月曜日は夏らしからぬ冷たい空気が流れ込んでいて、オンステージから仮設の壁で視界を遮断されたこの工事現場の作業員たちも肌寒さを感じていた。それは視察に来た監督も同じようで、くしゃみをした後鼻をすすっていた。

 監督が秘書と一緒に視察しているのは「東北一の大観覧車」の跡地だった。
 より正確に言えば「観覧車跡地に立つ劇場の建築現場」である。
 
 昨年に撤去の提案がなされて、社内でいろいろ議論があった。一応「東北一の規模」というのは宣伝文句になってはいたし、テレビドラマの撮影などでも使われていて無くすのは惜しいという声が大半だった。だが、SVを含む再建チームの「外界を遮断すべきテーマパークでこれといった意味もなくバックステージや外の街を見せることは好ましくない」という撤去提案には説得力があったし、「借景している」という割には観覧車から見える景色はそれほどいいものとは言えなかった。周辺の住宅地を上から見て何が楽しいのかといえば、まあ、それはその通りだろう。

 結局は、最後に監督が「景色が見たければ大森山の展望台にでも土崎のセリオンにでも好きなところに行けばよいこと」という結論を出したことが決め手になりお役御免が決まった。

 決定後にいろいろ検討してみると、観覧車単体ではほとんど収益が上がっておらずゲストの収容数もそれほどではないという事がわかり、現場で働いていたキャストの愛着という点を除けば最終的には反対する根拠は社内的には消えてしまっていた。

 観覧車があることでこの周辺の地区では何も建てられなかったが、制限がなくなることでこの地区は再開発されることが決まり、昨年末以降急ピッチで工事が進んでいた。大きな施設が建てられてその内外装とも工事は最終段階となっていた。

 新しい劇場施設は、それ単体はそれほど大きな規模ではなく、つくりもショッピングセンターや大規模倉庫とたいして変わりがないことから、建設スピードは街に作られる同種の施設とはくらべものにならないほど早かった。防音や環境アセスメントといった調整事項が全く必要ないという点も有利だった。こういった事を即断即決で実行できるという点もテーマパークをアーニメント社が保有し続ける理由の一つでもある。
 
 その施設の脇にには、最後まで残っていた観覧車のゴンドラが集められていて、昨日からその搬出がはじまり、いま、最後の一つが送り出されるところだった。

 クレーンにつりさげる作業が進んでいて、その最後のゴンドラにヘルメットを着用した監督が歩み寄った。そして、ドアをポンポンと手で軽く叩いた。

 「いままでご苦労さん。まあ、生まれ変わったら別の形で世の中の役に立ってくれよ」

 やってくれ、とトラックの上の作業員に声をかけると、モーター音とともにクレーンが動きだし、ゴンドラは最後の空中移動を開始した。
 監督はそれを見ながら、つぶやいた。

 「さて、これで舞台は整う。あとはあの子たち次第だな」


          **


 その「あの子たち」は、本社D館にある録音スタジオに集まっていた。
 フローラは、エンジニアさんがかけてくれた音楽に耳を傾けている。
 スピーカーからは自分たちの声が聞こえてきて、それぞれが自分の声を頭の中で追いかけていた。曲が終わると、3人からはほっとしたような溜息が漏れた。
 
 3人を引率していた城野がCDのケースを三人に差し出した。
 そのケースのジャケットには三人が写っていて、まるでアイドルかなにかのCDに見えなくもない。真ん中に座る美咲がそれを受け取り、いずみとさくらに目配せしてからうれしそうに開けた。CDは入っていたが、それは真っ白なCD-Rで「FlorA!」の文字が手書きで書き込まれていた。それに気が付いた美咲がおや?という顔を見せた。

 「あれれ、なんで真っ白なの?」
 「ジャケットは試作品だし、CDはこれから発注するんだからしょうがないでしょ」
 「じゃあ、ちゃんとしたCDになるの?」
 「もちろん。品番もつくしね」
 「品番?」

 いずみがジャケットの後ろを指差して教えた。そこにはまだ仮の番号が振られていた。

 「これのこと。お店に並ぶCDには番号が付いてるでしょ?」
 「ええ! じゃあ、これお店で並んでるのと同じ感じになるの?」
 「同じ感じも何も、同じだよ」

 「ホント!? じゃあ、私たちアイドルとかと同じじゃん!?」
 美咲にそういわれたさくらは「うん。すごいね」となんだか困ったような笑顔を見せた。

 城野もいずみも「気づいてなかったんかい」というツッコミを口の中でもみ消し、互いに呆れたような、でも、ちょっと安心したような視線を交わしあった。美咲はよほどうれしかったのか、CDを両手で持って前に伸ばしてみた。腕の分だけ離れて、CDケースの全体像をしげしげと眺めると、やがて、むーっと息を吐いた。

 「そっかー。わたしたち、ホントにCD出すんだねー」
 
 さくらもCDを見ながら、つぶやいた。

 「歌の、CD出すって不思議な感じ、するね?」
 「ねー?」

 美咲が同意してぶんぶん首を縦に振った。
 
 

 フローラの三人がわやわやとテンションを高めていた頃、県庁の観光振興課を訪ねていたSVは誘客推進を担当する職員とのミーティングを終えて、猫実部長とともに山王の県庁舎から帰るところだった。
 社有のステーションワゴンの運転のドアの前で立ち、城野から電話を受けて飾り気のない私物のスマホを耳に当てながら報告を聞いていた。
 エアコンを利かせた車内では猫実部長も後部座席で会社のタブレットPCを使ってメールを読んでいた。ちらりとSVを横目で見ながら返信のメールを打ち込んでいる。SVは猫実部長に失礼にならないように少し声を抑えながら話した。

 「そう、三人ともよろこんでいたならよかったわ」
 『美咲もさくらもCDデビューの意味がピンと来てなかったわけじゃないみたいですが。それはもう一度説明しておきます』
 「そうね。まあ、アイドルデビューで印税生活狙ってます、みたいな子もいたりするみたいだし、過大な期待を持たれるよりはいいことだわ」
 『猫実部長には私の方からCDをお持ちしますね。ところで、企画の方はどうなんです? いずみたちにはまだイベントあるかも、としか教えてないんですよね』
 「うん。県庁の方も是非にって言ってるし、フローラで行こうと思うわ。観光大使の方も県内の別のイベントに出てるらしいし、県庁もそのほうが都合がいいみたい」
 『わかりました。では、お二人とも気を付けて帰ってきてください』



 通話が終わると、SVは運転席のドアを開けて乗り込んだ。猫実部長は社有車の後ろの席でエアコンを調整していた。

 「部長、お待たせして申し訳ありません。すぐに車を出しますので」
 「なに構わないよ。急ぎの用事もないしね。今日は妙に肌寒いな」
 「すみません。エアコン、効きすぎてましたか?」
 「調整したから問題ないさ。フローラの子たちは大丈夫なのかな?」
 「はい、ありがとうございます。三人も大変喜んでいるとのことです。イベントも以前から出演する可能性を説明してありますし、大丈夫だと思います。例のCDは後程に城野がお届けいたします」
 「うん。大変結構なことだ。それにしても、もう竿灯の季節か……」

 ホテルに向かう貸切バスが連なって県庁前の三車線道路を駅前へと向かって走っていくのが見えた。SVは、アクセルを踏んで県庁の出入り口から車をバスとは反対方向へと向けてパークへ戻る道を走らせた。


          **


 オフィスの応接ブースに集まったフローラの三人が、ソファに腰を降ろしながらミーティングを行っていた。手にしているペーパーをふんふんと読み込んでいた。
 その表紙にはこう書かれていた。



    東北エンタ! ~東北のろこどる・ゆるきゃら大集合!

        製作:JBC 秋田放送局 他



 城野がホワイトボードの前に立ちながら説明した。

 「前にも説明したけど、この番組の秋田県パートの司会進行の依頼がきてるの。まあ、番組のMCはローカルタレントさんが担当するからそれ以外あんまり出番はないけどね」

 別のページを読み込んでいたいずみが城野に顔を向けた。

 「再開発エリアでイベント、て書いてるけど?」
 「今竿灯やってるでしょ? 明日東北六県の観光大使とかが集まってPRするイベントがあってね。秋田の観光レディーは県内で別のイベントに出ることになっててその代わりみたいな感じね」

 二人が話すのを待ってから、さくらがおずおずと手を挙げた。

 「あの、これ、私たちが、秋田のローカルアイドル、の枠に、入ってるんですけど」
 「ん? まあ、それは私たちは観光大使じゃないし、CDまで出してるからね。そういうことじゃないかな?」
 「でも、私たち、アイドルじゃないです、けど。いいんでしょうか?」
 「深く考えちゃだめよ。ステージに出てお客さんを楽しませる。そこは一緒でしょ?」

 さくらは納得したのかどうか判別できないような表情を浮かべた。
 城野は腰に手を当てながら、追加の情報をさくらに教えた。

 「ついでにいうと、秋田のローカルアイドル……Figureフィギュア!って言うんだけど知ってる? その子たちが今東京でイベントに出てることも関係あると思うな。その子たちが出ないから私たちが呼ばれたっていう面もあるのよ?」
 「そうなんですか……」
 「どうしたの? 出るの嫌?」
 「え!? いえ、嫌じゃないです。ちょっと気になった、だけ、です」
 「OK! じゃあ、そういう事だから早速台本の読み合わせしておこうか」

 城野がページをめくると三人はそれにならって同じように乾いた紙の音を立てた。
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