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第9章 ココロ色あんさんぶる
(5) 不安な強い風
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竿灯最終日は快晴で、青空には遠くに見える積乱雲がいくつか見えるだけで祭りにはうってつけのさわやかな朝を迎えていた。
竿灯の会場からすぐ近くの秋田市文化会館の裏手には、秋田放送局の中継車や機材を積んだトラックなどが次々に乗り入れていた。叔母さんが注文を受けていたいくつかのフラワースタンドを納品するついでに、一緒に車で会場に移動して、出演者自らフラワースタンドを運び込むというサプライズを誰にも知られずに実行してから指定されていた楽屋に入った。
楽屋に入ると、SVと久保田が衣装を整理したりして準備して待っていた。2人を見つけた美咲が元気に「おはよーございます!」と挨拶した。
「あー、久保田さんもおはよーございまーす!」
「おはようございます、飯島さん。昨日はお祭り楽しめましたか?」
「はい! さくらといずみんの家に泊まったんですよ」
SVが腰に手を当てて3人に声をかけた。
「今日はテレビの中継もあるから、気合いれていきましょうね! さて、この後もう少ししたらリハーサルがあるから。その前にMCを担当するローカルタレントさんにごあいさつ行くからね」
はーい、と3人が声を揃えて答えた。
うんうん、と頷くと、SVは注意事項を説明した。
「今日は、あくまで秋田県の代表として司会進行をするから、パークの宣伝っていうのは考えなくていいわ。普段ほかの県のローカルアイドルさんと顔を合わせることもあまりないし、いい機会だから、顔を覚えてもらって相手の事も覚えちゃいましょう」
楽しむつもりでいっておいで、とSVは伝えた。美咲はそれを聞いて楽しそうな笑顔を浮かべ、いずみはいつも通りのクールな微笑みだった。だが、さくらだけはあまり気乗りしなさそうな顔をしていた。決して嫌がっているような顔ではないが、SVには気になった。
「さくら、大丈夫? 緊張してる?」
「えぇ!? あ、いえ、そんなこと、ないです」
「そう。ならいいんだけど、体調悪かったりしたらいってね」
「はい、でも、大丈夫です」
ホールの大観衆の前でステージに立つことは初めてだから緊張しているのだろう。SVはそう判断して、さくらに細かいことをいうのはやめようと考えた。
それからすぐに、久保田が廊下から戻ってきてSVに「MC担当のローカルタレントの方が楽屋に入られたそうです」と報告した。SVは3人に顔を向けた。
「それじゃ、ごあいさつに行きましょう。失礼の無いようにね?」
3人がはいっ! と返事したのを聞いて、SVは先導してさくらたちと隣の楽屋へと向かって行った。
**
お台場でのイベントへの出演を終え、午後になってようやくフィギュアの3人は羽田空港第1旅客ターミナルビルへ到着した。ここで一息ついてから秋田行きの便へ搭乗し、余裕をもって秋田入りする予定だった。
ラウンジを利用するには微妙に時間が足りないことと、ラウンジもレストランも混雑していることから空港の滑走路が見える6階の展望デッキに向かい、リクリエーションも兼ねた休憩を取ることにした。
3人とも帽子にサングラスという格好で移動したが、2人組にばれて手早くサインに応じた後、展望台のある6階へエレベータで移動した。
そこにはドリンクなどを扱うスタンドがあり、3人はそこでソフトドリンクと軽食を注文して、開いている席に腰を落ち着けた。
展望台からは滑走路が見渡せ、東京湾方向から進入してくる飛行機がちょうど着陸しているところだった。だが、不意に強い風が吹き、その飛行機は左右に大きく揺れ、車輪から白い煙を盛大にくゆらせながらどうにか着陸したようだった。わかばがその様子を見て、帽子を押さえながら不安そうな顔をした。
「やっぱり、風強いですねェ」
「大丈夫~ 飛行機、時間通りに飛んでるってプロデューサーがいってたよぉ?」
夏休みのお盆前だというのに、空港は混雑していて、こうしている間にも展望台には多くの子供連れやカップルが訪れていた。飛行機が特に遅れている様子はないので、わかばは少し安心して炭酸飲料の入った紙コップのストローを口にした。
――わかばたちにはわからない事だったが、わかばたちが見ていた機の後に続いて降りてきた飛行機からはこんな無線が飛んでいたのだった。
「管制塔、こちら大和航空234便です。先ほどA滑走路上に飛行機の部品らしきものを確認しました」
「大和航空234便、こちら管制塔。ありがとうございます。すぐにチェックします」
しばらくして、滑走路に向かって黄色の回転灯をつけた車が走っていき、飛行機に向けて無線が流れた。
「全局へ、こちら東京進入管制。34左滑走路は点検のため閉鎖されます」
風向きと出発機の関係で滑走路は変更されず、進入中だった便は着陸を取りやめて滑走路の上を上昇しながら通り過ぎて行った。そして、しばらく着陸する機は滑走路にやってこなかった―――
わかばたちがくつろいでいると、チャイムの後、聞きたくなかった館内放送が流れた。
「ご搭乗のお客様へご案内いたします。ただいま、滑走路の点検のため、到着便に遅れが出ています……」
わかばはピクンと反応した。
「遅れるって……」
「遅れるのは到着する飛行機でしょ? 私たちは出発する方だし大丈夫じゃない?」
「そうでしょうか……?」
だが、佐竹の予想は外れた。
わかばたちが搭乗する予定の便は広島から来た機材が使われる予定だったが、その機は滑走路チェックに引っかかって、千葉の房総半島の上空で旋回待機するよう指示が出されていたのだった。
さらに悪いことは重なるもので、おりからの強風によって、ついに出発機も地上で待機し始めた。そのことは、家族へのお土産を買うためにターミナルビルのお店にいたときに館内放送で流れてきて初めてわかった。
「……ただ今、強風の影響で、出発便、到着便、ともに遅れが生じております」
続けて、一番聞きたくなかった放送が聞こえてきた。
「大和航空、687便、秋田空港行きは、ただいま機材変更の手続きを行うため、ご搭乗のご案内を一時的に見合わせていただいております……」
ええ!? とわかばは佐竹とさつきの顔をみた。
「ど、どうしましょう!」
「落ち着いて、わかばちゃん。一時的って言ってたでしょ?」
「ねえ、プロデューサーぁ、新幹線じゃだめなのぉ?」
プロデューサーは首を振った。
「今から新幹線だと、どんなに早くても到着はステージが終わった後になるよ」
さつきがわかばの頭に手を置いてなだめた。
「だってぇ。飛行機待ってた方が、いいとおもうよぉ?」
「そうそう。変にじたばたしたら間に合わなくなっちゃうよ?」
「はい……そうですね……」
もっとも、仮に新幹線を利用しようとしても、実はこの時、架線への飛来物の影響により大宮~宇都宮間で運転が止まっていた。つまり、どの道間に合わないのだが、そのことは4人とも気が付かなかった。知っていたところでどうにかなる話でもないのだが。
その後駐機場から急遽変更になった機材がトーイングトラクターに引かれて搭乗口まで移動してくるのにさらに時間がかかり、搭乗手続きが終わった後も、わかばはソワソワしながら搭乗待合室の椅子で窓越しに空港のエプロンを凝視しながら過ごすハメとなった。
**
市立文化会館では秋田放送局製作の全国放送番組の準備が進んでいた。
東北エンタ! ~東北のろこどる・ゆるきゃら大集合!~
文化会館の入り口には、そう書かれた番組の看板が置かれ、普段受信料を払っている世帯から抽選で選ばれた観覧者が当選通知のはがきをもってロビーに集まっていた。開演までまだ時間があるがロビーが解放されていることももあって、始まる前から人であふれていた。
美咲たち3人がリハーサル室に置かれたケータリングを選んでいた時、番組の責任者がやってきて、「フローラさんのマネージャーさんいらっしゃいますか?」と声をかけてきたのだ。
マネージャーではないが、一応フローラの責任者であるSVが返事をして一緒に廊下に出て行った。責任者の話によると、飛行機が遅れるという事になった段階でフィギュアのプロデューサーから連絡があったとのことで、ロコドルたちの出演するパートのセットリストを変更することを検討しているとのことだった。
「フローラさん、CD出すんですよね? どうです、その曲をお願いできませんか?」
「しかし、フィギュアさんたちが2曲歌うことになってましたよね? 秋田県パートのメインだと思うのですが」
「そうなんですが、万一遅れた場合、一番最後に回したとしても時間が開く可能性がありそうでして。準備の時間も含めて時間を稼ぎたいんです。利用しているようで申し訳ないんですが」
「わかりました。では、うちの3人にはそう伝えます。ステージの穴をあけるわけにはいきませんからね」
「ありがとうございます。せめて最後の方に間に合えば何とかなるんですが……」
その打ち合わせをしている時には、すでに入場がスタートし、美咲たちはケータリングで出たおにぎりや冷やした稲庭うどんを食べながら、設置されているテレビを通してその様子をモニターしていた。
思った以上にお客さんが集まっていて、さすがのいずみも「お客さん、多いな」と少し不安そうに画面を見ていた。そこに、ガタン、とドアが開く音がしてSVが入ってきた。
「3人とも、聞いてちょうだい。秋田の代表ロコドルとして出る予定だったフィギュアの子たちが遅れることになりそうなの。秋田のパートを最後に回すことになったわ」
美咲が立ち上がった。
「最後なんですか?」
「そう。それでね、もし、彼女たちが間に合わない時はあなたたち3人の曲で行こうってことになってね」
「ええ!?」
「もちろん、彼女たちが間に合えばいいんだけど、一応覚悟しておいて」
美咲といずみが顔を合わせて、マジか、という表情を浮かべていた。
そして、さくらは胸で手を組んだまま顔の表情を固めていた。
だが、SVはさくらに声をかけずにいた。
「ごめんね、今から音源渡して調整してくるから。後はよろしくね」
久保田にそう言い残すと、音源を渡すために音声チームのいる場所へと急いで向かって行った。さくらは、視線を床に落としていた。さすがにいずみは気になって声をかけた。
「どうしたの? なんか朝から元気ないね」
「そう、かな?」
「なに? 不安があるならいっちゃいなよ?」
「不安……? う、うん……」
美咲も心配して、さくらの隣に立った。
「さくら……何か悩んでるの?」
「悩み、ってほどじゃ、ないんだけど」
さくらはふたりの顔を交互に見た後、美咲に視線を戻して口を開いた。
その表情は、悩みというより戸惑っているような感じだった。
「いいのかな、私たちが、歌ったり、して?」
その質問にいずみが、「んん……?」 と首をかしげた。さくらの言いたいことが予想外だったことで、意図がわからなかったのだ。
「えと……どういうこと、かな?」
「え、わあ! あの、その、別に仕事が嫌、とか、じゃないよ!?」
「ごめん、よくわかんない」
そういわれて、さくらは少し戸惑った。そして、頭で整理して話し始めた。
「私たち、アイドルじゃ、ないでしょ? 私たちはアンバサダー、だから」
「そうだね」
「でも、今、アイドルの子たちと、同じステージで、同じ事を、してる……」
美咲と、いずみはまたお互いに顔を見合わせた。やっぱり、さくらが何を悩んでいるのか掴めなかったからだ。さくらも説明がいると思ったのか、顔を上げて考えを口にした。
「だから、ね? アイドルの子たちは、アイドルになるために、頑張ってきて、それでステージに、立ってる……」
でも、私たちは、アイドルじゃないのに、同じ場所に立ってる。
ここに来れなくて、アイドルになれなくて、それでもステージに立ちたかった子、きっといた、と思う。だから……
「わたし達、邪魔、してないかな? アイドルの子たちの……」
戸惑いの表情を浮かべるさくらの顔を見て、いずみはようやくさくらが何を心配しているのかわかった。
さくらは、アイドルではない自分がステージに立つことで、アイドルの子たちの仕事やステージを奪っているのではないか、と考えているようだった。
ステージに怖気づいたとかではないことはわかる。さくらはステージに立ちたくないとは言っていないからだ。仕事は仕事としてちゃんとやる。だが、それとは別に、自分とロコドルたちとの立場の違い、という点にさくらはどうしても引っかかるところがあるようなのだ。
そういえば、昨日の夜にそんなことをぼそっといってたな……
いずみはそのことを思い出し、さくらにどういえばいいのか考えた。
そして頭の中で少し考えてからさくらに話しかけた。
「さくら、アイドルだとかアンバサダーだとか関係ないよ。ステージの上に立つまでに、誰だっていろんなことがあったんだと思うよ。だから、ステージに立つ以上、望んでもそこに立てなかった人たちの分まで責任があると思うんだ」
「うん。わかってる、よ。……ううん、わってるから、かな……」
「さくら……」
「この前の、イベントだって、私たちが、あそこにいなかったら、広報レディーの人が、ちゃんとステージに立ってたんじゃ、ないかな、て……」
自分で言っていて、自分の言葉が不穏当に感じたのか、さくらは口を閉じた。
顔を上げて、心配そうに見ている美咲といずみに視線を向け、まだ硬い笑顔を見せた。
「ごめん、ね。余計なこと、いっちゃった。……私、ステージ頑張るから、今の、忘れて?」
美咲は、がばっとさくらに抱きついた。
「大丈夫、大丈夫! ステージに上がればそんな事は忘れちゃうよ!」
「美咲ちゃん……」
「ね? でしょ? いずみん!」
「……そうだね。さ、二人とも準備しよう?」
竿灯の会場からすぐ近くの秋田市文化会館の裏手には、秋田放送局の中継車や機材を積んだトラックなどが次々に乗り入れていた。叔母さんが注文を受けていたいくつかのフラワースタンドを納品するついでに、一緒に車で会場に移動して、出演者自らフラワースタンドを運び込むというサプライズを誰にも知られずに実行してから指定されていた楽屋に入った。
楽屋に入ると、SVと久保田が衣装を整理したりして準備して待っていた。2人を見つけた美咲が元気に「おはよーございます!」と挨拶した。
「あー、久保田さんもおはよーございまーす!」
「おはようございます、飯島さん。昨日はお祭り楽しめましたか?」
「はい! さくらといずみんの家に泊まったんですよ」
SVが腰に手を当てて3人に声をかけた。
「今日はテレビの中継もあるから、気合いれていきましょうね! さて、この後もう少ししたらリハーサルがあるから。その前にMCを担当するローカルタレントさんにごあいさつ行くからね」
はーい、と3人が声を揃えて答えた。
うんうん、と頷くと、SVは注意事項を説明した。
「今日は、あくまで秋田県の代表として司会進行をするから、パークの宣伝っていうのは考えなくていいわ。普段ほかの県のローカルアイドルさんと顔を合わせることもあまりないし、いい機会だから、顔を覚えてもらって相手の事も覚えちゃいましょう」
楽しむつもりでいっておいで、とSVは伝えた。美咲はそれを聞いて楽しそうな笑顔を浮かべ、いずみはいつも通りのクールな微笑みだった。だが、さくらだけはあまり気乗りしなさそうな顔をしていた。決して嫌がっているような顔ではないが、SVには気になった。
「さくら、大丈夫? 緊張してる?」
「えぇ!? あ、いえ、そんなこと、ないです」
「そう。ならいいんだけど、体調悪かったりしたらいってね」
「はい、でも、大丈夫です」
ホールの大観衆の前でステージに立つことは初めてだから緊張しているのだろう。SVはそう判断して、さくらに細かいことをいうのはやめようと考えた。
それからすぐに、久保田が廊下から戻ってきてSVに「MC担当のローカルタレントの方が楽屋に入られたそうです」と報告した。SVは3人に顔を向けた。
「それじゃ、ごあいさつに行きましょう。失礼の無いようにね?」
3人がはいっ! と返事したのを聞いて、SVは先導してさくらたちと隣の楽屋へと向かって行った。
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お台場でのイベントへの出演を終え、午後になってようやくフィギュアの3人は羽田空港第1旅客ターミナルビルへ到着した。ここで一息ついてから秋田行きの便へ搭乗し、余裕をもって秋田入りする予定だった。
ラウンジを利用するには微妙に時間が足りないことと、ラウンジもレストランも混雑していることから空港の滑走路が見える6階の展望デッキに向かい、リクリエーションも兼ねた休憩を取ることにした。
3人とも帽子にサングラスという格好で移動したが、2人組にばれて手早くサインに応じた後、展望台のある6階へエレベータで移動した。
そこにはドリンクなどを扱うスタンドがあり、3人はそこでソフトドリンクと軽食を注文して、開いている席に腰を落ち着けた。
展望台からは滑走路が見渡せ、東京湾方向から進入してくる飛行機がちょうど着陸しているところだった。だが、不意に強い風が吹き、その飛行機は左右に大きく揺れ、車輪から白い煙を盛大にくゆらせながらどうにか着陸したようだった。わかばがその様子を見て、帽子を押さえながら不安そうな顔をした。
「やっぱり、風強いですねェ」
「大丈夫~ 飛行機、時間通りに飛んでるってプロデューサーがいってたよぉ?」
夏休みのお盆前だというのに、空港は混雑していて、こうしている間にも展望台には多くの子供連れやカップルが訪れていた。飛行機が特に遅れている様子はないので、わかばは少し安心して炭酸飲料の入った紙コップのストローを口にした。
――わかばたちにはわからない事だったが、わかばたちが見ていた機の後に続いて降りてきた飛行機からはこんな無線が飛んでいたのだった。
「管制塔、こちら大和航空234便です。先ほどA滑走路上に飛行機の部品らしきものを確認しました」
「大和航空234便、こちら管制塔。ありがとうございます。すぐにチェックします」
しばらくして、滑走路に向かって黄色の回転灯をつけた車が走っていき、飛行機に向けて無線が流れた。
「全局へ、こちら東京進入管制。34左滑走路は点検のため閉鎖されます」
風向きと出発機の関係で滑走路は変更されず、進入中だった便は着陸を取りやめて滑走路の上を上昇しながら通り過ぎて行った。そして、しばらく着陸する機は滑走路にやってこなかった―――
わかばたちがくつろいでいると、チャイムの後、聞きたくなかった館内放送が流れた。
「ご搭乗のお客様へご案内いたします。ただいま、滑走路の点検のため、到着便に遅れが出ています……」
わかばはピクンと反応した。
「遅れるって……」
「遅れるのは到着する飛行機でしょ? 私たちは出発する方だし大丈夫じゃない?」
「そうでしょうか……?」
だが、佐竹の予想は外れた。
わかばたちが搭乗する予定の便は広島から来た機材が使われる予定だったが、その機は滑走路チェックに引っかかって、千葉の房総半島の上空で旋回待機するよう指示が出されていたのだった。
さらに悪いことは重なるもので、おりからの強風によって、ついに出発機も地上で待機し始めた。そのことは、家族へのお土産を買うためにターミナルビルのお店にいたときに館内放送で流れてきて初めてわかった。
「……ただ今、強風の影響で、出発便、到着便、ともに遅れが生じております」
続けて、一番聞きたくなかった放送が聞こえてきた。
「大和航空、687便、秋田空港行きは、ただいま機材変更の手続きを行うため、ご搭乗のご案内を一時的に見合わせていただいております……」
ええ!? とわかばは佐竹とさつきの顔をみた。
「ど、どうしましょう!」
「落ち着いて、わかばちゃん。一時的って言ってたでしょ?」
「ねえ、プロデューサーぁ、新幹線じゃだめなのぉ?」
プロデューサーは首を振った。
「今から新幹線だと、どんなに早くても到着はステージが終わった後になるよ」
さつきがわかばの頭に手を置いてなだめた。
「だってぇ。飛行機待ってた方が、いいとおもうよぉ?」
「そうそう。変にじたばたしたら間に合わなくなっちゃうよ?」
「はい……そうですね……」
もっとも、仮に新幹線を利用しようとしても、実はこの時、架線への飛来物の影響により大宮~宇都宮間で運転が止まっていた。つまり、どの道間に合わないのだが、そのことは4人とも気が付かなかった。知っていたところでどうにかなる話でもないのだが。
その後駐機場から急遽変更になった機材がトーイングトラクターに引かれて搭乗口まで移動してくるのにさらに時間がかかり、搭乗手続きが終わった後も、わかばはソワソワしながら搭乗待合室の椅子で窓越しに空港のエプロンを凝視しながら過ごすハメとなった。
**
市立文化会館では秋田放送局製作の全国放送番組の準備が進んでいた。
東北エンタ! ~東北のろこどる・ゆるきゃら大集合!~
文化会館の入り口には、そう書かれた番組の看板が置かれ、普段受信料を払っている世帯から抽選で選ばれた観覧者が当選通知のはがきをもってロビーに集まっていた。開演までまだ時間があるがロビーが解放されていることももあって、始まる前から人であふれていた。
美咲たち3人がリハーサル室に置かれたケータリングを選んでいた時、番組の責任者がやってきて、「フローラさんのマネージャーさんいらっしゃいますか?」と声をかけてきたのだ。
マネージャーではないが、一応フローラの責任者であるSVが返事をして一緒に廊下に出て行った。責任者の話によると、飛行機が遅れるという事になった段階でフィギュアのプロデューサーから連絡があったとのことで、ロコドルたちの出演するパートのセットリストを変更することを検討しているとのことだった。
「フローラさん、CD出すんですよね? どうです、その曲をお願いできませんか?」
「しかし、フィギュアさんたちが2曲歌うことになってましたよね? 秋田県パートのメインだと思うのですが」
「そうなんですが、万一遅れた場合、一番最後に回したとしても時間が開く可能性がありそうでして。準備の時間も含めて時間を稼ぎたいんです。利用しているようで申し訳ないんですが」
「わかりました。では、うちの3人にはそう伝えます。ステージの穴をあけるわけにはいきませんからね」
「ありがとうございます。せめて最後の方に間に合えば何とかなるんですが……」
その打ち合わせをしている時には、すでに入場がスタートし、美咲たちはケータリングで出たおにぎりや冷やした稲庭うどんを食べながら、設置されているテレビを通してその様子をモニターしていた。
思った以上にお客さんが集まっていて、さすがのいずみも「お客さん、多いな」と少し不安そうに画面を見ていた。そこに、ガタン、とドアが開く音がしてSVが入ってきた。
「3人とも、聞いてちょうだい。秋田の代表ロコドルとして出る予定だったフィギュアの子たちが遅れることになりそうなの。秋田のパートを最後に回すことになったわ」
美咲が立ち上がった。
「最後なんですか?」
「そう。それでね、もし、彼女たちが間に合わない時はあなたたち3人の曲で行こうってことになってね」
「ええ!?」
「もちろん、彼女たちが間に合えばいいんだけど、一応覚悟しておいて」
美咲といずみが顔を合わせて、マジか、という表情を浮かべていた。
そして、さくらは胸で手を組んだまま顔の表情を固めていた。
だが、SVはさくらに声をかけずにいた。
「ごめんね、今から音源渡して調整してくるから。後はよろしくね」
久保田にそう言い残すと、音源を渡すために音声チームのいる場所へと急いで向かって行った。さくらは、視線を床に落としていた。さすがにいずみは気になって声をかけた。
「どうしたの? なんか朝から元気ないね」
「そう、かな?」
「なに? 不安があるならいっちゃいなよ?」
「不安……? う、うん……」
美咲も心配して、さくらの隣に立った。
「さくら……何か悩んでるの?」
「悩み、ってほどじゃ、ないんだけど」
さくらはふたりの顔を交互に見た後、美咲に視線を戻して口を開いた。
その表情は、悩みというより戸惑っているような感じだった。
「いいのかな、私たちが、歌ったり、して?」
その質問にいずみが、「んん……?」 と首をかしげた。さくらの言いたいことが予想外だったことで、意図がわからなかったのだ。
「えと……どういうこと、かな?」
「え、わあ! あの、その、別に仕事が嫌、とか、じゃないよ!?」
「ごめん、よくわかんない」
そういわれて、さくらは少し戸惑った。そして、頭で整理して話し始めた。
「私たち、アイドルじゃ、ないでしょ? 私たちはアンバサダー、だから」
「そうだね」
「でも、今、アイドルの子たちと、同じステージで、同じ事を、してる……」
美咲と、いずみはまたお互いに顔を見合わせた。やっぱり、さくらが何を悩んでいるのか掴めなかったからだ。さくらも説明がいると思ったのか、顔を上げて考えを口にした。
「だから、ね? アイドルの子たちは、アイドルになるために、頑張ってきて、それでステージに、立ってる……」
でも、私たちは、アイドルじゃないのに、同じ場所に立ってる。
ここに来れなくて、アイドルになれなくて、それでもステージに立ちたかった子、きっといた、と思う。だから……
「わたし達、邪魔、してないかな? アイドルの子たちの……」
戸惑いの表情を浮かべるさくらの顔を見て、いずみはようやくさくらが何を心配しているのかわかった。
さくらは、アイドルではない自分がステージに立つことで、アイドルの子たちの仕事やステージを奪っているのではないか、と考えているようだった。
ステージに怖気づいたとかではないことはわかる。さくらはステージに立ちたくないとは言っていないからだ。仕事は仕事としてちゃんとやる。だが、それとは別に、自分とロコドルたちとの立場の違い、という点にさくらはどうしても引っかかるところがあるようなのだ。
そういえば、昨日の夜にそんなことをぼそっといってたな……
いずみはそのことを思い出し、さくらにどういえばいいのか考えた。
そして頭の中で少し考えてからさくらに話しかけた。
「さくら、アイドルだとかアンバサダーだとか関係ないよ。ステージの上に立つまでに、誰だっていろんなことがあったんだと思うよ。だから、ステージに立つ以上、望んでもそこに立てなかった人たちの分まで責任があると思うんだ」
「うん。わかってる、よ。……ううん、わってるから、かな……」
「さくら……」
「この前の、イベントだって、私たちが、あそこにいなかったら、広報レディーの人が、ちゃんとステージに立ってたんじゃ、ないかな、て……」
自分で言っていて、自分の言葉が不穏当に感じたのか、さくらは口を閉じた。
顔を上げて、心配そうに見ている美咲といずみに視線を向け、まだ硬い笑顔を見せた。
「ごめん、ね。余計なこと、いっちゃった。……私、ステージ頑張るから、今の、忘れて?」
美咲は、がばっとさくらに抱きついた。
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