オンステージ! ~アンサンブル・カーテンコール!~

岩谷ゆず

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第10章 ここが私たちのステージ

(4) 新しい劇場

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 深雪の撮影の続きまで、少し時間ができた。
 工事中の区画の脇からバックステージに戻ると、ヘルメットをかぶったよく見知った髭を生やした顔の男性が同じくヘルメットとスーツ姿の男性とともにドアを開けて出てきた。
 
 髭を生やした男性は、さくらたちを見かけるとヘルメットを外しながら声をかけてきた。それに気が付いたいずみが「監督さん? ここで何してるんですか?」と答えた。

 「ああ、ここの内装のチェックにな。ほら、この劇場がもうすぐ完成するからな」
 「これ、劇場だったんですか?」
 「そうだよ。ところでみんな何やってるんだい?」

 監督が視線をいずみの後ろに向けると、脚の腫れを気にしてベンチに座っていたさくらと、それを心配していた田所たちがそこにいた。
 田所と佐藤が監督に気が付くと、少しあわてながら「こ、こんにちわ!」と挨拶した。監督はその様子をなんだか楽しそうにみていた。

 「んー 社内報の取材かな?」
 「はい、それと、求人用の広報動画の素材撮りを……」
 「なるほどな……ん? さくらくん、どうしたんだ?」

 さくらは、少し恐縮しながら「足が、ちょっと腫れてて……あ、大丈夫ですけど」と意識的に笑顔を作って答えた。あまり、心配されても、と思ったのだ。

 「なるほどな……で、もう収録は終わったのかな?」
 「いえ、日が暮れたら再開する予定で……」
 
 田所がそう答えると、監督は胸のポケットから懐中時計を取り出して時間を確認すると、ニカッと笑ってみんなに声をかけた。

 「それなら、どうかな? この新しい劇場の中を見てみないか? それに、ほら、バリアフリーの検討もやってるところだし、さくらくん、どうかな? 車椅子にのってみないかい?」
 「車いす!? い、いえ、そんなに重症というわけでは!!」
 「ははは。別に大げさなことじゃないんだ。今日も車いすでの移動の確認をやっててね。その通用口のところに3つほど置いてあるんだ。まあ、開業前のトレーニングの一環だと思えばいいよ」

 いずみと美咲が視線を送ってきて、さくらは一瞬考えたが、それじゃあ……と承諾した。





 入り口脇にヘルメットがいくつか置いてあり、青いヘルメットをみんなでかぶって中へと入っていった。スカートの中身が見えないようにブランケットを膝にかけてもらい、車いすに座ったさくらはまだちょっと恥ずかしそうだった。車いすを押す美咲は、「車いす押すのとか初めて」と楽しそうだった。

 広報用の写真を、ということで何枚か監督の同意を得て写真を撮る佐藤を先頭に、監督が自ら劇場の中を案内した。

 最初に向かった場所は大きな広場のような場所で、壁に貼ってある案内図にはフロント・ロビーと表記されていた。

 劇場の客席につながるドアが2か所あり、壁沿いには何かに使うカウンターやお店のような区画があった。よく見ると、そこにはポップコーンマシンやドリンクサーバーなどがあり、最近よくあるシネマコンプレックスのロビーのようになっていた。未来の宇宙港という設定のテーマエリアらしく、スタイリッシュで都会的なデザインになっている。このまま街の中にあっても違和感なさそうなデザインだった。

 監督が得意げな表情を見せた。

 「映画館みたいだろ? この劇場は映画の上映やライブの開催もできるんだ」

 美咲が目を輝かせた。

 「じゃあ、有名なタレントさんとかが来るとか!?」
 「ははは、タレントはまだわからんが、うちはアニメスタジオだからな。声優のライブとかイベントはやる予定だ」
 「すごーい! いっしょにお仕事したりできないかな!?」
 
 美咲は車いすを覗き込んでさくらに明るい笑顔を見せた。

 「そうだね。有名な声優さん、とか、くるのか?」

 いずみは田所たちと並んでフロアの中心に立ってヘルメットを指でくいっと上げて上を見上げた。フロアの中央には2階席に向かうエレベータがあり、そのエレベーターシャフトに大きなモニターが据え付けてあった。

 監督がいずみの視線に気が付いて、みんなに声をかけた。

 「気になるか? そのエレベーターはもう建築申請が終わってるから使えるぞ。2階から中に入ってみるか」

 車いすにのったさくらを中心にエレベーターにみんなで乗り込む。
 エレベーターは壁がガラスになっていて、正面のドアの窓からロビーが見渡せた。
 まだ作業があるのか養生の緑色のテープやビニールの敷物などがあちこちにあったが、完成後の姿は想像できた。

 2階に到着すると、やはり2か所あるドアから内部に入った。
 そこで初めてみんなはこの劇場がかなり大きな施設なのだと気が付いた。

 2階は1階席のおよそ半分の座席数だが、その2階席さえ小さな町の映画館より座席は多いように見える。その2階の一番前の座席は車いす対応になっていて、美咲といずみが車いすを押してさくらを車椅子エリアに連れて行った。

 そこから見えるステージは予想よりも大きいものだった。

 ほぼ完成しているステージは幕が開けられていて、そこにはパーク内で見た中では一番広い舞台が広がっていた。美咲が感動したらしく、「うわー、ひろいなぁ……」と独り言をつぶやいた。いずみもさくらも同じ感想だったらしく、うれしそうな美咲と同じようにその視線をステージへ重ねた。

 田所と佐藤も初めて見るステージに圧巻されていたようで、お互いに「すごいね……」と視線を交わしていた。

 美咲がさくらといずみに明るい笑顔を向けて尋ねた。

 「いつか私たちも、このステージに立ってみたいなぁ…… そう思わない!?」
 「そう、だね。お客さん、いっぱい、集めて……」
 「こんなに本格的な劇場だって思わなかったなぁ」

 それを聞いた監督が悪戯を思いついた子供のような顔で笑みを浮かべた。

 「美咲くん、その夢はすぐに叶うぞ~」
 「え?? どうしてです??」
 「この劇場の名前は『アンバサダー・オンエア・ステージ』だからね」
 「あんばさだー……え? ええ!?」


 ―――― ええ!?

 いずももさすがに驚いて聞き返した。

 「こ、ここ、私たちの劇場なんですか!? こんなに大きいのに!?」
 「はははは! いずみくんがそんなに驚くとはね! 大きいといっても全部で1200席だぞ? 文化会館の大ホールとそんなに違わん」
 「いやいや、1200席ってかなり大きな箱ですよ!?」
 「1200席全部をいつも使うわけじゃないからな。コンサートや映画の上映、イベントなんかにも使えるようにしてるだけだ」


 さくらも驚いていたが、美咲が驚きすぎて固まっていた。頬に両手をあてて、表情が少しこわばっていた。

 「ええ!? こんなステージが私たちのステージ…!? 完全に私たちアイドルなのでは!?」

 アンバサダー・キャストだよ、とさくらといずみが即座にツッコミをいれた。

 監督は驚かせようという企みが成功したので満足したらしい。
 にやにやと笑いながら、話を続けた。

 「アンバサダーのみんなには、基本毎週ここでステージを行う計画だ。内容はまあ、いろいろ考えているがな。アイドルと言えば、まあ、確かにそんな感じとはいえるかな。でも、君たちにとってゲストに自分たちの歌やダンスを直接披露できる重要な拠点になるはずだ」



 2階席からキャスト専用の通路を使い、バックステージに移動した。
 楽屋やメイクルームなどを見せてもらい、劇場の外に出る頃にはもう夕方になっていた。劇場の裏手には関係者用のエントランスとタレントロビーもあり、車が横付けできる簡単な作りの送迎区画もあった。

 そこに駐車していた社有の黒いセダン車に乗った監督を手を振って送り出すと、美咲は感動したような笑顔を弾かせて、「すごーい!」とテンションを盛り上げていた。

 「私、こんなステージで上がれるなんて思っただけで、超テンションあがるよ!」
 「美咲ちゃん、うれしそう、だね?」
 「うん! ねえ、いずみんは? 」
 「うーん、実感わかないな……」

 エントランス周辺はまだ工事中で高所作業台や設置途中の設備などが置かれていた。
 ヘルメット姿のままのみんなは、はあ~としばらくぼけっとしていたが、田所がハッと気がついていずみたちに声をかけた。

 「深雪さん! 深雪さんの撮影にいかないと!」

 あ! とみんなが思いだし、ヘルメットと車いすを返却するために最初に入った通用口へと向かって行った。
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