オンステージ! ~アンサンブル・カーテンコール!~

岩谷ゆず

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第4章 揺れる心 つながる心

(4) 舞の揺れる心

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 火曜日の午後はゲストの数も少なく、やや曇りがちなこともあってバックステージも静かな時間が流れていた。午後になっても天候は回復せず、屋内にいるキャストも少し肌寒さを感じていた。

 舞と藤森は出勤時間より少し早めに出社して、トレーナーにお願いしてボイストレーニングを受けていた。SVが「出勤扱いにしてもいいのよ?」といってはいたが、、舞も藤森も「自分のためにお願いしてるんです。お金はもらえません」ときっぱりと断っていた。ふたりともそういう面ではしっかりしていて、広森が言っていた通りに「へこたれそうで意外と持ちこたえる子」とSVは改めて評価した。


 練習の成果が出てきたのか、声にすこしボリュームが出てきた二人だった。
 腰に手を当てながら二人を指導していたトレーナーは、うんうんと頷いていた。

 「まあ上出来、とはいえないけどだいぶ良くなったわ。あとは練習を繰り返すことね」

 と褒めてもらい、舞は藤森と喜び合っていた。
 だが、トレーナーの

 「あとは、ダンスをマスターすることね」

 という言葉で、お互いの顔を見ながら現実に引き戻された。
 トレーナーは「大丈夫だ、ボイストレーニングでも成果は出たんだから」と励ましてくれたが、二人の不安が解消されたわけではなさそうだった。


 
 学校からそのまま電車に乗って通勤していたさくらと美咲は、進行方向左側のドアの窓からパークの方角を眺めた。電車はちょうど雄物川の橋梁に差し掛かったところで、視界が開けてパークを一望できた。
 昨日まではっきり見えたお城の周りに、なにか白い布のようなものが貼られて、その姿が見えなくなっていた。
 さくらは美咲に不思議そうに話しかけた。

 「工事、かな?」
 「工事……? んー、なんだろうねー」


 ―― 17時。

 出勤時間を迎え、オフィスではメンバーを集めて朝礼が始まる。外が曇って暗いため、朝礼を行う廊下もなんだかどんよりしていた。SVと久保田が所用で席を外していたので、朝礼を実施するのは城野だ。 

 オンステージでの勤務は無いとはいえ、ほかのキャストと同じようにメンバーにもパークの運営情報が伝達される。スーツ姿のキャストが、コスチューム姿のキャストを集める光景は、ほかのロケーションと全く同じだ。みんなで「おはようございます」と挨拶すると、城野がさっそく情報を読み上げる。

 「えー、本日のパーク運営情報です。アテンダンストータル、3721人、インパークは2981人です。運営時間は……」

 一通り説明すると、最後に付け加えた。

 「本日から『いばら姫の城』はクローズして改修工事に入ります。以上ですが何か質問はありますか?」

 美咲がはいはいはい、と手を挙げた。

 「お城の工事ってなんですか?」
 「塗装の変更と、プロップスの置換え、とかいってたけど。まあ、私たちにはそれほど影響はないわ。ほかになにかある?」

 特にみんなも質問はないようで朝礼はそこで終わった。トレーナーさんが城野の後ろから現れて、この後のトレーニングについて説明を始めて本日の勤務が始まった。



 いばら姫の城を見上げるゲストは、工事を行っているのに気が付いて不思議そうな顔をしていた。工事はもともと計画されていたもので、月曜の閉園後から準備は始まっていた。夜のうちに足場は組まれ保護用の幕も張り終わっていたが、運営時間中に大規模な塗装工事を行うわけにもいかず、工事は日中ほぼ止まっていた。その少ない工事のうち、お城の塔の先端の塗り直しが進んでいて、金色の塗装が輝き始めていた。

 壁の色も一部だけ塗り替えられていて、「子供のアニメ」のような作り物の色から、本来の作品の考証に準じたパーク初期のころの色合いに戻りつつあった。
 塔の先端の旗も、プラスチックのものから、本来の布製のものに置き換えられていた。十数年ぶりに空ではためく旗を、臨時の壁で囲んで工事区画に指定された場所から監督が見上げていた。
 その脇にはSVと、久保田が立っていた。3人とも工事担当者から貸し出されたヘルメットをかぶっていた。

 「もっと早く元に戻しておくべきだったなぁ。昔の色の方がやはりそれらしいと思わないか?」

 監督は隣にたつ久保田に、そう話しかけた。

 「私が子供のころには、もう今の色でしたから」

 久保田は少し遠慮がちに答えた。久保田にとっては、創業当時のお城の姿の方が想像つかなかった。SVも監督と同じようにお城の先端で踊る旗を眺めていた。

 「でも、これで夏に間に合いますわ」

 と監督に話しかけた。監督はうなずいて応じた。
 久保田が左手の時計を確認すると、監督の耳元でお時間ですとささやいた。

 「さて、これからホテルで会議だ。INOUEの中にもまだ納得してない役員がいてな。説得してくる」
 「いってらっしゃいませ」
 「うむ。本社に戻るのは夜遅くなるから、何かあったら秘書に伝えてくれ」
 「わかりました。説得できるといいですね」
 「ああ、まかせろ」

 SVと久保田が頭を下げて監督を送り出す。
 姿が見えなくなると、SVが左手の手首につけた腕時計をのぞいた。

 「もうみんな来てるかしら?」
 「城野さんから、先ほど全員出勤したとメールをいただきました」
 「おっけー。それじゃ、私たちはオフィスに戻りましょうか」



 18時を過ぎても、空はまだ灰色で、隙間からわずかに差し込むオレンジ色の光で、かろうじて夕方であると認識できた。ノルマの3kmランニングを終えて健康管理センター前の駐車場では、案の定舞と藤森がバテていた。

 舞は地面に大の字に座り込んで、息を整えようと荒く呼吸していた。

 気になったのかいずみと広森が二人に声をかけていた。さくらも気になって舞に声をかけた。

 「大丈夫……? 今日も、自主トレ、してたんでしょ?」
 「う、うん……あ、でも、大丈夫! まだまだ元気だよ」

 舞は明るい顔を見せていた。どちらかというと、きつそうなのは藤森の方だった。さくらに笑顔を向け、舞はことさら明るく話を続けた。

 「それに、トレーニングは楽しいし。うん。大丈夫だよ」

 その様子に、さくらは安心した。みんなが移動し始め、さくらは舞に手を差し出した。舞はさくらの手をつかんで立ち上がり、いっしょにエンターテイメント棟へと歩いて行った。 
 その様子を、一歩離れた場所からいずみは見ていた。タオルで汗を拭きながら、舞とさくらの後姿に注意深く視線を送っていた。


 トレーニングルームにみんなが移動すると、ダンストレーニングが始まった。トレーナーがエイトカウントを取り始め、ターンアウトの最初のポジションからジャズダンスの基本の動きを追ってゆく。自主トレの効果が出てきたのか、舞も藤森もしっかりとついてゆく。最後のポーズでもしっかり腕を伸ばし、全員が動きをほぼそろえた。

 「OK! いい調子ね。さて、じゃあだいぶ良くなったし、課題曲に乗せてみるわよ」

 トレーナーがリモコンでプレイヤーのスイッチを入れた。

 「じゃあ、最初は音楽にあわせるつもりで、自分なりに動いてみて」

 最初のポーズにみんなが戻ると、トレーナーはリモコンの再生ボタンを押した。

 すぐに曲が流れ始め、みんながリズムを取り始める。エンターテイメント部で10年ぐらい前に採用された練習曲で「Let's Go dreamer」という曲だった。
 もともとはアイドルを育成するアーケードゲーム用に開発された曲で、そのゲームを原作にするアニメでも使用されている。

 トレーナーは手拍子でエイトカウントを数え、みんながそれにあわせてダンスを踊ってゆく。だが、音楽に乗せてリズムを刻みながら踊るのは、やはりなれないのか何人かステップを間違える。

 すかさずトレーナーの激が飛んだ。

 「ちがう! 足の向き! パラレルでしょ、意識して!」

 藤森は必死についていくのだが、舞はどうしても足の向きが合わない。
 揃えて膝を曲げるとき、パラレルの1番と指定がされている。パラレルとはつま先を正面に向けるポジションの事で、1番では足を揃える必要がある。頭ではわかっているのだが、音楽にあわせようとするとそちらに意識がどうしてもいってしまう。

 何度か練習を続けてしばらくたったころ。
 サビの最後のターンの部分の事だった。
 ドタドタと床と体がぶつかる音が響いた。
 勢いをつけすぎた舞が、体のバランスが崩れて尻もちをついていた。
 強くぶつけたのか、あたた……とつぶやきながら腰のあたりをさすっていた。
 曲が止まると、さくらはしゃがみこんで「大丈夫、舞ちゃん?」と心配そうに声をかけた。 舞は周りを見渡しながら「あ、ご、ごめんなさい」と少しあわてながら謝った。

 「大丈夫だよ! もう一回頑張ろうよ!」

 美咲がそういっていつもの明るい笑顔で舞を元気づけようとしていた。

 だが、右の眉をへの字に曲げたトレーナーから「美咲、あんたも遅れ気味だよ」と即座に突っ込まれた。トレーナーは腰に手を当てて美咲に指摘する。

 「盆踊りじゃないんだから、もっとスピーディーに! いい美咲?」
 「ぼ、盆踊りですか~? き、気を付けます」

 予想外の指摘に珍しくわたふたする美咲を見て、広森といずみが少し笑っていた。さくらは、舞に手を差出し立ち上がらせた。舞は起こされながら、さくらに微笑んで見せながら

 「大丈夫! ちゃんと練習して、みんなに追いちゃうよ!」

 と元気いっぱいに答えていた。
 さくらは舞のその表情に感化されて何度もうんうんとうなずいた。二人の様子を見ていたみんなは、わいわいと「まいちんはへこたれないなー」とか「わたしも、頑張るから、一緒に、ね?」などと舞に声をかけていた。

 その様子を見たトレーナーは満足そうだった。

 「よく言った! よし、頭からもう一度!」

 と右手を振り上げながらみんなに指示を出した。



 いずみは舞をダンスが始まる寸前まで見ていた。
 舞の前向きな言葉に、みんな影響されて素直にやる気を出していたように思えた。だが、舞のそんな様子を見ていて、いずみは口には出さずに懸念を心の中でつぶやいた。

 
 ――空元気だな、と。




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