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第4章 揺れる心 つながる心
(6) 「いずみん!」
しおりを挟む空はすでに藍色の世界で、窓の外の紺色の景色にはサービス道路を照らす街灯がぽつぽつと灯り始めていた。廊下は自然の明るさを失い、室内灯の白い人工的な光が周囲を照らして窓ガラスを鏡のように変化させていた。
休憩からみんなが戻り、この日のトレーニングも中盤に差し掛かる。
オンステージで出演できるかどうかの目安である課題曲習得のために、最後のサビのターンを含むパートの集中練習に入った。初日から練習しているが、足の軸がぶれたりしてなかなかそろっていなかった。
トレーナーは全員に回転をさせてみる。
軸足がぶれて、藤森や美咲が失敗していた。
舞はなんとかできていたが、美しいフォームとは言えなかった。もっとも、トレーナーにとってはそんなことはわかりきっていたことなので、いちいち気にもしていないようだった。トレーナーが手を叩いてみんなを注目させる。
「はいはい、みんないいかな? これから最後のターンを含んだパート練習するから。今から二組に分けます」
トレーナーは、前列に並んだ美咲、さくら、つばさ、舞はいずみが、のこりの藤森たちは広森が教えるように指導した。いずみはそんな気は全くなかったらしく、トレーナーの指示に右の眉を小さく曲げて何とも言えない微妙な表情をしていた。
いずみが全員に一度やってみるように指示する。
美咲がやや盆踊り気味である以外は、まあ無難にこなしていた。
だが、どうしても形が決まっていない。
やがて、みんなの動きに気が付いて「あーそういうことか……」とつぶやいた。いずみは「いいかな……」と美咲たちに声をかけると、大きな鏡のある壁に向かって立つ。
「えーとね、回転の時に大事なのは、まず軸足から頭まで一本にして動かさないことかな。それと顔をギリギリまで動かさないことだね」
それと、みんな意識しすぎて勢いつけすぎだよ、と指摘してから、エイトカウントしつつ実際にターンを決めて見せる。
いずみの実演は確かに美しく、足から頭まで軸になっていた。勢いをつけようとしないので、自然にひらりとまわっているように見える。
「……ね?」
なぜかみんな、特にさくらがやたら嬉しそうに拍手するので、
「いや、拍手はなんか違う」
と、いずみは少し戸惑いながら手を振ってなだめていた。いずみの演技に感心していた美咲が、わざとらしくうなずいていた。
「うんうん、これはさすが経験者。動きが全然違う」
「あ、いや、練習すればみんなもできるから」
美咲はそれを聞いて何かをひらめいたのか人差指をピンと立てて、いずみに向けていたずらっ子の顔をした。
「これはやはり敬意をこめて"いずみ先輩"と呼ぶべきだろうか? 一個上だし」
「や・め・てっ」
「じゃあ、いずみん!」
「あだ名の話してるんじゃないの!」
様子が面白いのか、つばさがニンマリと笑みを浮かべていずみの肩に手を置いた。
「まあまあ、いずみん。あだ名は仲良しの証拠だよぉ?」
「え? 確定したの?」
その様子を微笑みを浮かべて見ていたさくらは、右に立つ舞がくすくす笑っているのに気が付いた。さくらは舞に顔を近づけて、そっと話しかけた。
「こういうの、なんだか、楽しい、ね?」
舞はさくらに空元気を演じるのとは少し違う顔を見せた。
その自然な笑顔のまま、
「うん、たのしいね」
と小さくうなずいて見せた。
30分ほど練習を続け、トレーナーが藤森に指導しているときだった。回転のあるサビの部分を練習していたいずみたちのグループの動きが舞たちの目に入った。音楽に合わせて、さくらとつばさがステップを刻む。美咲と舞は床に座り、いずみといっしょにその動きを見ていた。
きゅっという床をこする音が時々響き、スニーカーの床を叩く音がリズミカルに繰り返される。表情に余裕がないせいで笑顔ではないのが難点だが、いずみのアドバイスがよかったのか、だいぶ動きがそろっていた。
その中で、とくに目についたのがさくらだった。
ターンを決めてフィニッシュのポーズを決める。
その時、さくらはひときわ美しくポーズを決めていた。
手と足の動きが正しい位置にあり、かつ、美しく伸びていた。
表情も真剣そのもので、凛々しささえ感じる。
いっしょに踊っていたつばさが
「すげーなー、これ覚醒とかいうやつか?」
と妙な例え方で感心しきりだった。こまちは「SSR!」とか言っていたが、田澤には意味不明だったらしく「なにそれ?」と首をかしげていた。
みんなの注目を浴びていることに気が付いたさくらは、赤い顔を小刻みに動かして周囲を観察していた。
さくらの上達に気が付いたいずみは、ちょっと驚いていた。猫のように丸い目をして、というのがぴったりの表現だろう。
「さくら……?」
「え!? な、なんか、ダメだった?」
「いや、そうじゃなくて……ホントに未経験者? どこかで習ったりしてなかった?」
「えええ!? け、経験なんて、ないよ!?」
偶然、だよ! と顔を真っ赤にして否定していた。
舞はさくらの後ろで、すごいなぁ……とずっと感心していて、胸の前で重ねた手に力を込めていた。美咲がすぐにさくらに飛びついていた。
「なんかすごいよ、さくら!」
藤森についていた広森が、トレーナーに小さく「才能、でしょうか?」とつぶやいた。 トレーナーがうなずいていた。
「時々いるんだよ。ちょっと教えたらできちゃう子。そういう子はものすごくの伸びていくか……」
腕を組んで、真剣な顔をトレーナーは少しだけ傾けた。
「逆に、満足して成長が止まっちゃうか、のどっちかだな」
それが何人ものダンサーを見てきたトレーナーの見解だった。
広森はその言葉を受けて、視線をさくらに向けていた。当のさくらは友達に本気で褒められる経験があまりないからか、終始照れて顔を赤くしていた。
トレーナーは今日の締めにみんなで合わせて最初から通しで踊るよう指示した。ゲームのファンからは親しみを込めて「ごー鳥さん」と呼ばれる課題曲がトレーニングルームに流れ始める。
2列に並んだメンバーたちがリズムをとってステップを刻み始める。
"Ready Go! Let'Go!
キラキラしてる 夢みたいだね
わたしのみらい わたしのもの
Ready? steady! Let's GO Dreamer! ……"
広森といずみの教え方がよかったのか、最後まで誰も落伍せずについて行った。トレーナーはメンバーの表情に笑顔が出てきたことに気が付いた。
表情に気が配れるだけ、心に余裕が出てきたという事だ。
技量的に遅れていた藤森も舞もなんとかリズムに喰らいついていた。
" Ready Go! Let'Go!
なみだも あせも 宝石みたい
かがやく (shining!) うれしさの smileing!(smileing!)
目に触れる なにもかも キラキラしてる
わたしのみらい みんなと見たい
Ready? steady!! Let's GO Dreamer!!!"
最後のステップで、舞が若干遅れ気味になったものの、最初のころに比べれば見違えるようだった。もちろん、まだダンス経験が数日しかないので、完璧からは程遠いが。それでも初心者レベルとしては、十分許容範囲だろう。トレーナーはそう判断した。
みんなが最後のポーズを維持したままトレーナーの指示を待っていた。
トレーナーは腰に当てた手をしなやかに組み直し、目をつむりながらうなずいた。
「まあ、いいんじゃないかしら。まだまだなところもあるけど、だいぶ良くなったわ」
わあっ、というみんなの声が聞こえた。
さくらと美咲が顔を合わせて、にこりと微笑んだ。
いずみは肩の荷が下りたのか、すこしほっとしていた。
今日のトレーニングが終わったころには、エンターテイメント棟の中は人の気配が少なくなって閑散としていた。蛍光灯の白い光が並ぶ渡り廊下を、みんなでオフィスに向かって歩いてゆく。
こまちがぴょこぴょこ歩きながらつばさとじゃれているのを追いかけながら、舞は肩を落として歩いていた。
みんな、すごいなぁ……
私と練習時間変わんないのに、なんで私うまくできないんだろう。
さくらのダンスを見ていた時、自分との差が決定的に開いたような気がした。経験者のいずみが驚くほどなのだから、やはりすごいのだろう。ダンスもうまくなくて、見た目だってさくらほどよい自信はない。
『なんだか、自信なくなってきちゃったなぁ……』
口にはしなかったが、そんなことを舞は考えていた。無意識のうちにそっと集団の最後尾を歩いていたのも、自分の感情を悟られたくないからかもしれない。
窓の外を見ると、グリーティングから戻ったのか、ココとミミがマイクロバスから降りて玄関の方に向かっていた。メンバーに気が付いたココが手を振り、藤森とこまちが手を振りかえしていた。舞も同じように立ち止まってココに手を振っていたが、やはり、その顔にはあまり元気がないように見える。
他のメンバーは気が付かなくても、少なくともいずみにはそう見えた。
いずみはトレーニングウェアのポケットに手を突っ込み、天井に視線を投げかけて何かを考えていた。
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