オンステージ! ~アンサンブル・カーテンコール!~

岩谷ゆず

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第5章 私たちの広がる世界

(1) はじめてのテレビ出演!

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 月曜日の朝を迎えた秋田駅のコンコースは、通勤時間特有の足音で騒がしかった。 美咲はホームでさくらを見つけ、改札口正面の旅行プラザの前で今度はブレザー制服の舞が二人をみつけ、おはよ~と挨拶した。

 美咲が舞に気が付いて、おはよっ! と人好きするいつもの笑顔で舞に答えた。ふぁあ、と舞があくびをした。随分眠そうだった。
 舞は恥ずかしそうに、でもうれしそうに笑顔を浮かべた。

 「えへへ、実は昨日家に帰ってから手紙書いてたんだ」
 「お手紙?」
 「うん、この前の女の子宛てに」

 この前の子とは、絵を描いてくれたあの女の子の事だろう。
 さくらはあの時の舞のうれしそうな表情を思い出した。
 
 その時、舞が自分のバッグに入れたスマホがブルブルと震えているのに気が付いた。舞がカバンから取り出して画面をスワイプすると、SVからのメールだとわかる。
 
 「あ、SVさんからだよ」

 美咲がなになに? と近寄ってきて、さくらも美咲の脇から画面を覗く。
 舞が文面を読んだ。

 「えーと…… 今日は午後からテレビに出るので、出社して着替えたらメイクルームに直行してね、だって」

 美咲が二回ほ「ふーん、そうなのかぁ」とうなずいた。さくらも小さく頷いていた。3人とも少し考え、一瞬間を置いてからそろって声をあげた。

 「えええええええええええええええ!? 」

 周りの人が何事かと振り返り、美咲さすがに気になって声をひそめた。

 「テ、テレビって……」
 

          **


 秋田市の山王に本社屋を置くテレビ局 「AMB秋田毎日放送」

 東京のキー局系列で、秋田の4つある民放局の一つ。チャンネルキーIDは6チャンネルで、深夜遅くテレビのエンディングでは「JOZX-DTV」という言葉が流れてくる。それがこの局のコールサインで秋田県民にはおなじみのテレビ局だ。その系列局の中では全国で最も新しい局でもある。
 東北六県と新潟県すべてに系列局がそろっていることもあって、この系列では、平日午後に東北+1ブロックで放送される「TOUHOKU わいわいワイド」というローカル番組がある。

 その番組の中には「東北で頑張る『こまち』にスポットを当て、生中継で放送する"情報こまち"」というコーナーがある。各局持ち回りで今回は秋田毎日放送の担当回だったのだが、中継先に「不可抗力による事情」が生じたため、朝になって急遽アーニメント社の広報部に出演依頼が来たのである。「報道部にはいろいろ恩義がある」とのことで広報が2つ返事で受諾し、事後承諾の形でアウローラの出演が決まった。



 もうすぐ正午という時間ではあったが、SVも城野も食事の時間を取るのはもう少し後になりそうだった。夏の予告なのか、ガラス窓を熱気が遠慮なく通過してきて、エアコンもフル稼働状態だった。

 もっとも、SVのとなりにいる城野が汗を浮かべているのは暑さだけが原因ではない。城野としてはテレビ取材をマネージャーの立場で引き受けるのは初めての経験だった。

 「まだ早くないですか?」
 「いい機会だし、みんなの経験になるから」
 「なんか不安ですねぇ。この場合自分のことなんですが」
 「大丈夫よ。テレビ自体は別に初体験じゃないでしょ?」
 「まあ、そんなんですけどね。じゃあ、化粧もちゃんとしないと」
 
 城野はスラックスのポケットからコンパクトミラーを取り出し、顔をチェックする。SVがうなずいてその様子をみていた。
 
 「そうよ、城野はいい顔してるんだから……」
 
 余計なことをいうSVに、城野が黙ってコンパクトミラーをずいっと突き出した。そこには寝不足のアラサー顔が写っていた。

 「やだ!? 肌ガサガサじゃない!!」
 「最近女子力落ちてますよ。まあ、必要ないはずですが」
 「安物の化粧水はこれだから」
 「化粧品のせいですかねぇ」

 
          **


 さくらたちが出社すると、エンターテイメント棟の前にはトラックが1台停車していて、こまちがぴょこぴょこ周りを歩きながら興味深そうに見物していた。
 駅で合流していた舞と藤森がその様子を不思議そうに見ていて、舞がじーっとトラックを眺めているこまちに声をかけた。

 「こまちちゃん、これ、何の車?」
 「中継車! 衛星! テレビ!」

 車にはSNG中継車と書かれていて、AMBのロゴも張られている。
うぴゃーっとなぜかテンションが上がっているこまちとは対称的に、舞は藤森と顔を見合わせた。藤森はまだタイムカードも通していないのにドキドキしていた。

 「ほ、ホントに中継あるんですねぇ」
 「なんか、緊張するね」

 藤森につられて舞まで緊張してきた。



          **


 手形にある大学の学食は、授業の関係で早めに夕食を取ろうとする学生や、ゼミや研究の合間に休憩に来ていた学生や教員がまばらに座っていた。
 学食の端にはテレビが置かれていて、今はAMBにチャンネルを合わせていた。テレビの前のテーブルには、白衣姿のつばさと、私服姿の田澤が座っていた。

 なになに、なにかはじまるの? と、つばさと同じゼミの子らしき白衣姿の男女の学生たちが三々五々あつまってテーブル席に座り始めた。田澤の知り合いもいたようで事情を説明していた。
 
 テレビ画面はCMが開け、東北の気象情報を流していた。三八上北と秋田県沿岸南部に竜巻注意情報が出ている、とか不吉な情報が流れていた。

 そして、いよいよか!? と思ったら、今度は東北各地のニュースだった。
 仙台市地下鉄の新型車両の試乗会とかいう、田澤にとってはどうでもよい、つばさ+αの学生にとっては微妙にテンションが上がるニュースなどがながれた。
 
 『この後は、今、テーマパークの人気復活のために頑張る女の子たちの登場です』

 とMCが画面のなかで伝える。そして、いばら姫の城が画面に映り、2人が体をピクリと前のめりにした。

 画面が切り替わり、

    ――携帯電話のCMが始まる。

 イライラしたつばさが画面に指を突き付けた。

 「がぁぁ! この資本家の犬め!」

 田澤が呆れながら「いつの時代だよ」とつぶやいた。

 CMの犬が「犬で何が悪い」と余計なことをいっていた。


          **


 アーニメント・スタジオ内の本社棟にあるスタジオでは、イベント用に準備していたパネルやプロップスを並べて応急的にセットを組んでいた。

 ADの若い男の子が「CMおわりまーす」と伝えていた。ディレクターがフロアのマイクで「スタジオ戻り、そのあと、中継はいります」と全員に指示していた。

 さくらは生唾を飲み込んだ。テレビに出演自体初めてで、アンバサダーとしての活動もこれが初めて。

 30分ぐらい前にあいさつしたAMBの若い女子アナが入ってきて、メンバーに「よろしくおねがいします!」と声をかけてくれた。

 全員で声を揃えて「おねがいします!」と返事をする。

 このやり取りで急に空気がきーんと緊張するのをさくらは肌で感じた。

 "中継1分前です!"

 不意にADの大きな声がスタジオに響いた。
 列の端に立ち、マイクを持たされていたいずみも、少し緊張していたようだった。



 どうしよう。本当にはじまるの?



 さくらの視界が狭まり、少し耳鳴りがした。周囲の音が一時的に閉ざされた。
 その個人的な静寂は、続けて響いたADの声で破らた。



 ――中継はいります! 10秒前! 9、8……



          **


 仙台のスタジオに画面が戻ると、40代の男性アナウンサーと30代目前の地元では有名な女子アナの八木香澄アナウンサーがコーナーを紹介する。
 
 「東北各地の頑張る"こまち"、その活躍をご紹介する『情報こまち』
  今回は秋田毎日放送からテーマパークで頑張る元気な女の子たちのご紹介です」

  画面が切り替わり、パークのエントランスのリアルタイム風景が映された。
 この画像はパークが設置している監視カメラの映像を利用している。AMBの女子アナがコメントを始める。

 「はーい、AMB秋田毎日放送アナウンサーの鷲尾でーす! 八木さん、ここがどこだかわかりますかー?」
 「あー、私、何度も行ったことがありますよー。秋田のテーマパークですね?」
 「その通りです! 私がお邪魔しているのは、秋田のテーマパーク『アーニメント・スタジオ』です!」

 調整室のスイッチャーがキューをだすと、画面が切り替わり、さくらたちのスタジオを映す。さくらたちの目の前にあるアーニメント社所有の業務用大型カメラが赤いタリーランプを灯した。


 
 鷲尾アナがカメラに笑顔を見せて番組を進行する。

 「ここに集まっている皆さんが、アンバサダーの皆さんです。こんにちはー!」

 こんにちわー、と返事をみんなで返すが、声が揃わない。
 だが、カメラが完璧なモデルスマイルのいずみを捉えていて、画的には特に不自然には見えないのが救いだった。鷲尾アナがいずみにアンバサダーの活動について尋ね、いずみが文句のつけようのない営業用スマイルでそれにこたえていた。その間もカメラは全員の姿を捉えていて、気を抜いた舞やさくらの薄くなった笑顔が画面に映った。

 城野がカメラの脇から大きなスケッチブックにマジックで「もっとえがおで!」と書き込んで手を上下に小さく振ってみんなに促した。藤森の笑顔がよりいっそうぎこちないものになり、城野の眉が小さく八の字を描いた。
 その隣で映像と構成台本を何度も視線で往復させていたSVが気が付いて、胃のあたりを人に隠しながらさすった。
 
 パークの紹介映像が終わり、メンバーへのインタビューが始まった。
 一番ちんちくりんな藤森がさっそく捕捉され、カメラとマイクが向けられた。
 仙台のスタジオにいるレギュラー出演の男性芸人が、藤森に話しかけた。
 
 「小学生ですか」
 「こ、高校生ですよ~!」
 
 やり取りが面白いと判断されたのか、藤森のインタビューが伸びそうな気配だった。芸人だけでなく、八木アナや男性アナウンサーなども加わり、

 「応募した理由は?」「ダンスは大変か?」

 などといろいろ聞かれ、藤森の思考回路がぐるぐると熱暴走を始めつつあった。藤森が活動限界に到達しそうになり、そこに八木アナウンサーの質問が重なった。

 「藤森さんはショーに出演したりするんですか?」
 「え、うあぁあのぉ~……い、いずみさん!」

 限界に達していずみに助けを求めた藤森が、視線をいずみに向けた。
 それに合わせてカメラとマイクがいずみに向けられた。
 いずみは、表面上は一切動揺することなく番組を進行させた。

 「はい。私も藤森さんもショーに出演する予定なんですよ」

 鷲尾アナがお二人ともショーに出るんですか、と尋ねていずみをフォローした。

 「もちろん! あたし達だけじゃなくて、ここにいるアンバサダーは全員出演します。みなさんとステージでお会いできる日を楽しみにしています」

 あざといぐらいの笑顔で「うふっ」と笑ったのも、いずみに注目させて藤森を休ませるためだった。その様子に藤森は落ち着きを取り戻していた。

 八木アナが中継の最後をまとめた。

 「ということで、今日は秋田からパークの広報大使を務めるアンバサダーの皆さんをご紹介しました! ぜひ週末みんなに会いに来てくださいね!」

 メンバー全員が手を振って、中継は終了。仙台の報道フロアに写り全国ニュースへとコーナーへ変移した。


          **


 学食のテレビの前では田澤たち一行がパラパラと拍手していた。周囲に座っていた無関係のはずの学生たちも、田澤たちの様子から感情移入したらしい。
 田澤もつばさもぐったりしていた。コーヒーを飲みきって、苦笑が50%の表情でつぶやいた。

 「いやー、母親の気分だよ。心配したけど、まあ無事に終わってよかった」
 「うちはみんなできるって信じてたけどな!」
 「嘘つけ。一番前のめりに見てたくせに」
 「あははー、まあ正直に言えば、うちも最初は心配だったけどねー。りさとかテンパるんじゃないかとおもってさ」
 「俺は今でも心配してるけどねー。巡検のレポート出さない奴がいるからさー」

 最後の男性の言葉を聞いて、つばさが脱出を試みたが襟首をつかまれて失敗に終わった。白衣を着た女子学生がその男性に声をかけた。

 「矢留先生、いらしてたんですか?」
 「休憩に生協よったら獲物が見えたからね」

 矢留先生にずるずると引きずられながら、つばさは

 「自主トレいったら、みんなによろしくいっといて~」

 と言い残して田澤の視界から消えて行った。


          **


 スタジオでは、中継が終了しADの「終了です! お疲れ様でした!」という声がメンバーに安堵をもたらしていた。鷲尾アナが「みなさん、ありがとうございました」と挨拶し、メンバーも今度は安心したのか声を揃えて「ありがとうございました!」と返事していた。ディレクターが挨拶にきて、いずみと広森が二言ほど会話をした。その脇から興味深そうな顔をした美咲が尋ねた。

 「あの、視聴率ってどのくらいですか?」
 「この場ではわからないけど、平均でだいたい12%ぐらいかな?」
 「12%って多いんですか?」
 「多くもないけど、少なくもないかな。まあ、この番組始まったばっかだしね」 

 舞が美咲の肩に手を置いて、少し遠慮がちに質問した。
 
 「あ、あの、これって秋田だけの放送なんですか?」
 「ちがうよ。 東北ブロックだから、東北六県とスポンサーの関係で新潟もだね」

 さくらがそれを聞いて小さく手をあげた。
 
 「じゃあ、その、ひょっとして、何千人も見てたんです、か?」
 「いや、何千って……」

 ディレクターは少し苦笑した。

 「平均12%だからね。計算上では100万人ぐらいだよ。あくまで計算上だけどね」

 メンバーは互いに顔を見合わせていた。今さらながら自分たちがどこに向かって顔をさらしていたのか思い至ったらしい。例外はいずみで、みんなの様子をちらりと見た後、特に表情を変えることはなかった。
 


          **


 いろいろあった一日の勤務時間が終わり、本社ゲートは退勤するキャストで少しだけ混雑していた。その中に混じって美咲とさくらが一緒に本社ゲートを抜けようとした時。

 美咲が立ち止まって、んー、と考えていた。

 「どうしたの、美咲ちゃん、忘れ物?」
 「やー、そうじゃなくてさ……」

 美咲は少し心配そうな顔をしていた。

 「テレビに出たわけじゃん。電車に乗ったら注目とかされちゃわない?」
 「あ……」

 さくらもそれを聞いて不安になった。
 
 美咲の頭にすらっと美しいチョップが入った。
 さくらと美咲が振り返ると、いずみが苦手なブラックコーヒーでも飲んだような顔をして立っていた。

 「さくらに余計なこと吹き込むんじゃないの」
 「えー、でもさー。マスクとか、やっぱいるんじゃない?」
 「必要ないわよ」

 いずみはそっけない。美咲は「そうかなぁ?」と首をかしげているが、いずみはいつものクールな表情を崩さなかった。

 それから20分後。

 学校の制服姿の3人で少し混雑する駅のホームに並び、やはり席が埋まる程度の混雑した電車にのって秋田に向かった。

 先頭の乗務員室の後ろでさくらも美咲も緊張して周囲を警戒していた。一方でいずみはまったくいつも通りだった。羽後牛島の駅から、高校生くらいの女の子が2人で乗ってきて「今日テレビでさぁ…」と言いだすので身構えたが、完全にスルーされていた。

 秋田の駅に着くと、新幹線と奥羽本線の普通列車の到着が重なり改札階の連絡通路は混雑していた。いずみが改札口に向かい、じゃあねと挨拶して人混みに紛れて行った。美咲たちよりも多くの時間、東北6県+1に顔を映したはずのいずみだったが、改札口に混乱が起こる様子はなかった。

 1番線に停車する普通列車八郎潟行きに2人で乗り換えて、発車時刻を待っていた。その間も続々と乗客が乗り込んでくるが、美咲たちに注目する人はいなかった。

 拍子抜けした美咲は、納得できないような表情だった。

 「あれ? 何万人も見てたんじゃないの?」




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