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第5章 私たちの広がる世界
(4) ユニット結成!
しおりを挟むおつかれさまでした~!
オフィスに集まって終礼を始めたメンバーの声がオフィスの中で響く。
勤務終了まで少し早かったが、城野が中心になって明日以降のスケジュールなどを伝えはじめると、しばらくしてトレーナーが途中から顔をだした。
おつかれさまでした、という挨拶に続けて、トレーナーは重要な伝達事項を口にした。
「明日、ステージを使ってドレリハを行います。そこで出演の可否を判断します」
みんなの間からざわざわと不安の声があがった。
トレーナーは手を二回叩いてみんなを注目させた。
「大丈夫。これはあくまでも最終確認ということだから。基本今まで通りにしてれば問題ない。よほどのことがない限り不合格なんてないから心配しないで」
それはそうなのだろうけれど、出演の可否の判断、などと聞くと心穏やかではいられないというのがみんなの率直な感想だった。
トレーナーは明日はランニングはしなくて良いので、出社したらコスチューミングカウンターから衣装を借り受けて楽屋に集まっておくように、と指示を出した。トレーナーがSVに何かありますか? と尋ねると「おつかれさまでした。明日は頑張ってくださいね」と一言かけて、それ以上は特に口にしなかった。
応接ブースのソファーで舞がうつむいていると、そっとそばに寄った広森が肩に手を置いて「大丈夫、だよ?」と優しく語りかけた。広森の表情が優しかったからか、舞は小さく頷いて微笑み返した。広森の後ろにいた藤森も「舞ちゃん、いちばん頑張り屋さんでしたから、大丈夫ですよ!」と元気づけようとしていた。
終礼が終わり、ロッカールームでみんなが着替えはじめる。
着替えるといっても、トレーニングウェアから学校の制服や私服に着替えるだけなので時間はたいしてかからず、タイムレコーダーで退勤処理できる時間までみんなでおしゃべりして時間をつぶしていた。
ロッカーに服を戻していた美咲が、思い出したように振り返ってさくらに声をかけた。
「ああ、そういえば、ユニットの名前考えた? 」
「ううん。まだ、いいの思いつかない、よ」
「そっかー。なんかかっこいい名前がよくない? 」
ちらりといずみを見ると、「ただ今考え中」と答えが返ってきた。
「そっかー。まいちんたちは?」
ロッカールームの真ん中にある長椅子で、広森と藤森の間に座って資料のプリントを確認していた舞が、顔をあげてさくらたちに明るい表情をみせた。
「私たちはきまったよ」
美咲が舞の言葉に飛びついて、興味深そうに、なになに? なんてつけたの? と前のめりで聞きたがった。舞は広森たちに顔を向ける。教えることに同意する笑顔を返されたので、美咲に視線を戻した。
「フェアリーリング、てしようかなって」
「なにそれかっこいい」
着替え終わったさくらも話に加わってきた。
「名前の、由来は?」
藤森が珍しく得意そうな顔をして、美咲より若干ある胸を張ってさくらに答えた。
「昔話で、妖精さんがおどるステージをこう呼ぶんだそうです。そんなファンタジーな感じのチームになるようにって彩音さんが思いついて」
美咲がえらく感心して、なんか理由もかっこいい! とテンションが上がっていた。さくらもうんうんと二回もうなずいて美咲に同意していた。
「でも、よく、思いついた、ね? なにか、ヒントみたいなの、あった?」
藤森がそういえば、そうですねぇ。どうして思いついたんですか? と広森に不思議そうな顔を向けた。広森が舞と顔を合わせて2秒ほど間を開けた。
やがて、広森が困ったような、それでいて、子供を見守る母親のような顔をした。
「りさちゃん、踊ってるの見てるとなんだか妖精さんが踊ってるみたいで……」
「え? そんな理由だったんですか? 私がちっちゃいからですか?」
藤森があわあわと困惑していると、舞が胸の前で自分の両手をぎゅっとして力いっぱいアピールした。
「大丈夫! かわいいは正義っていうみたいだし! りさちゃんはかわいいから!」
「うえええ! いや、なんか……えー?」
と藤森は顔を赤くしてうろたえるが、そこに舞はさらに追い打ちをかけた。
「私はホントにりさちゃんのこと、かわいいと思ってるし、それにカワイイ感じで可愛いから大丈夫!」
舞の言葉を全力で肯定する広森の表情もあって、その勢いに押されたのか藤森は
「あ、えーと、わ、わかりました。よくわかんないけど、ありがとうございます!」
と納得(?)した。てのひらを顔の前でゆらゆらさせて、照れているんだか困っているんだかわからない様にさくらには見えた。
そのやり取りを見ていずみが、さくらに少し首をかしげながら指摘した。
「なんか、理由になってないよね」
「本人が、納得してる、なら、大丈夫です」
舞がまだ藤森への説得を続けていて、その様子を広森が楽しそうに眺めていた。ただ、広森の表情が明るいのは、やり取りが楽しいという感じよりも、自分の欲望が満たされたという妙な満足感が渦巻いているように見えなくもない。もっともさくらたちがその表情に気が付くことはなかったが。
「名前、どうしよっかー」
いずみとさくらに美咲が尋ねた。新屋駅の南口は少し広めのバスロータリーになっていて、一番駅よりのバス乗り場には高速バス用の乗り場も設置されている。少し電車まで時間があるので、美咲たちはその高速バスのりばの前にあるベンチに座っていた。
美咲が目についた横文字を、とりあえず候補としていろいろ口にしてみせた。
パーキング ロータリー ケーブルテレビ エアポート……
いずみが「意味がわかんない名前つけて、あとあと困るよ」とあきれていた。
美咲は腕を組んで考えたが、答えは出なかったのでいずみに話を振ってみる。
「いずみんはなにか思いついた?」
「……考え中」
「えー そればっか」
「だって思いつかないもの」
さくらはふたりのやりとりをベンチに座りながら聞いていた。その前を大きなカバンをもった若い女性が二人通り過ぎてゆく。さくらたちの目の前にある1番のりばのバス停にはすでに高速バスが停車していた。列ができていて運転士が荷物を積み込みながら、乗車前の改札を行い席の場所を乗客に教えていた。
その光景を眺めていたさくらだったが、そのバスのLEDの行き先案内板に
「高速バス フローラ号:新宿行き」
と表示されている事に気が付いた。よく見ると、そのバスの側面にはFLORAと大きく塗装されているのがわかった。
フローラ……なにか意味があった気が……
「フローラ、とかどうかな」
さくらは、別に積極的なつもりはなかったのだが、美咲たちにそう提案してみた。いずみと掛け合い漫才みたいにいろいろ名前を出していた美咲だったが、さくらの言葉にいったんその漫才をやめた。
「ふろーら?」
「うん、あれ、みて思った」
さくらは目の前の高速バスを指差して教えた。
「うーん、なんか安直な気が……」
「そうかなぁ……ほかになにかいいの、ないかな……?」
バスには、ほかに「えあろくいーん」と読むのか、べつの単語もドアに書かれていたが、こっちの方は美咲にもあまりピンとこないようだった。別によさそうな単語がないからか、美咲はさくらに視線を向けた。
「フローラってどんな意味だっけ。花畑? 」
「なんか、お花の女神様、とかだったと思う、けど」
女神……という言葉に何か思い当たる点があるのか、さくらと美咲はいずみの顔を覗き込んだ。スマホをいじっていたいずみが、二人の視線に気が付いて、怪訝そうな顔をしていた。美咲が顎に手をあてて、鑑定でもするかのようにいずみの姿を確認していた。
「なるほど……」
「な、なによ……?」
「女神……いいんじゃない?」
若干引き気味のいずみの顔を、さくらも改めて眺めてみた。
たしかに、スタイルもいいし、長い髪も女神を思わせる……気がしないでもない。
「うん。なんか、そんな感じ、するし」
「じゃあそうしよう!」
うえっ、という顔をいずみは浮かべていた。変な風に口も歪んでいる。
「まってよ、理由きかれたらなんて答えるのよ!」
「それは後で考えよう!」
「まてまて、そういうあやふやなのは……」
「じゃあ多数決! フローラがいい人!」
美咲とさくらが手をあげた。
「はい、決まり~! フローラで!」
「フローラ、だね」
「ええ! 本当にそれでいいの!?」
大弱りしているいずみをおかしそうに2人は見ていた。
一方でそのふたりの視線を感じて、いずみは頭を抱えていた。
「美咲たちといるとペースが狂うわ」
「いいじゃん、毎日新鮮でしょ?」
さくらは穏やかな笑顔を浮かべていた。
「わたしは、フローラ、いい名前だと、思うよ?」
いずみはさくらのその表情に反論する気を失ったのか、困ったような表情で美咲とさくらを見ながら右手で後ろ髪をなでていた。
対称的に美咲は、ベンチから立ち上がってくるりと振り返り、二人に無い胸を張って楽しそうな顔を向けた。
「よ~し、じゃあ改めてフローラユニット結成! 明日からまたガンバロー!」
おー! と美咲が右手を突き上げた。
さくらも「おー」と遠慮がちに片手をあげて声を合わせた。
いずみはまだ戸惑っているようで、二人に恥ずかしそうにしている顔を見られて、かなり小さな声で、遅れて「おー…」と手を挙げていた。
誰かに見られるという事も特になく、なにかイベントがあるわけでもなかったが、とりあえず、さくらたちのユニット「フローラ」はこうして命名される運びとなった。
**
翌日、さくらたちが出勤する前には「フェアリーガーデン・ステージ」の舞台は幕とスライド扉で閉じられ、オンステージからの視界を封鎖していた。
ドレスリハーサルとは実際のステージと同じように行われるリハーサルのことで、観客がいない以外は本番と同じ内容で行われる。一度スタートすると途中で失敗しようがなんだろうが最後まで終わらないのがアーニメント社のやり方で、社内では「ドレリハ」と略している。(日本の演劇界では「ゲネプロ」と呼ぶ方が多いようだが、アーニメント社は初期にアメリカの関係者から指導を受けていた影響で今でもこう呼んでいる)
アウローラのみんながファンタジーガーデン・ステージのバックステージに到着し、アトラクションの建屋内にある楽屋に入った。ステージコスチュームに着替え、トレーナーの指示でいったんステージ上に移動する。
引き戸とおろされたシャッターによって視界も音も閉ざされているので、さくらたちにはどうにも現実感がいまいち感じられないようだった。このシャッターの向こうにゲストがいる、とは理屈では分かるものの、ステージの広さ自体はトレーニングルームとたいして違いがないのがその感覚に拍車をかけていた。
ステージの進行とMCを担当するパフォーマンスユニットのスマートな男性ダンサーがステージに上がってきて、みんな、よろしくね! と挨拶した。
みんながよろしくおねがいします! と挨拶すると、ダンサーも軽く頭をさげてそれに答えた。トレーナーが整列したみんなの前に立って指示を出す。
「それじゃ、最初はいずみたちから。次は田澤たち。最後に広森たちの順ね」
はい! というみんなの返事がステージに響く。
トレーナはいずみたちに下手にスタンバイするように指示した。
舞台袖左にあるスタンバイエリアと呼ばれる場所にいずみたちは移動した。
そこは客席からは見えないがステージは見渡せる場所だ。
のこりのメンバーはその間、楽屋や建屋の外の駐車場などでそれぞれ練習や復習をすることになった。椅子に座って舞は台本を読み込んでいた。よほど集中しているのか少し目が怖かった。それは藤森が声をかけるのをためらうほどだった。藤森は邪魔をしては悪いと思ったのか、自分も楽屋の椅子に座り台本を確認し始めた。
マイクテストのために、再びステージの上で整列したさくらたちは、ステージマネージャーや演出監督などの関係者の視線を浴びていた。
さくらは、生唾を呑み込んだ。
少しして、城野言われたことを思い出した。別にリーダーというわけではないが、メンバーのセンターに立つことになったさくらは、ふたりに目配せしてみんなで口を開く。
アウローラユニット、"フローラ"です! よろしくお願いします!
空気がキンと張りつめた。
さくらは自分の足が宙に浮いている錯覚を覚えた。
40代くらいの男性ステージマネージャーがマイクを取り、それでは最初から始めます、と指示を出す。はいっ! と大きく返事をして舞台袖に移動する。
音楽が始まり、MCがトークを始める。
観客はいない、とはいっても本番と同様に進行することはかわらない。
狭い舞台袖に並んだ3人の中で、さくらは緊張して肩に力が入っていた。
さくらの右手の指先にあたたかいものが触れた。
美咲が自分の左手をそっとさくらの右手に重ねていた。
声は出さずに、口だけで「だいじょうぶだよ」とさくらを励ました。
さくらは小さくうなずいて、思いついたように今度は自分の左手をいずみの右手に重ねた。いずみは何もいわず、手を握り返してくれた。
3人を少し斜め前の位置で見守っていたSVは、それぞれの顔を確かめると、小さな声で「がんばっておいで」ささやいた。
さくらたちは、笑顔でうなずいてその声にこたえた。
そして、MCが3人を呼び込む。
―― さくらたちはスポットライトで照らされたステージへ駆け出していった。
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