オンステージ! ~アンサンブル・カーテンコール!~

岩谷ゆず

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第6章 みんなでつむぐ物語

(4) みんなのおかげ

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 アドベンチャーラグーン・ステージはカーテンとスライドドアを閉めて、ゲストからの視線をシャットアウトしていた。この後もパフォーマンスユニットによる公演が予定されているので、その準備も進められていて、天井のスポットライトやステージをショーサービス・キャストが清掃していた。スポットライトは2列ある内の後列を降ろしていて、メンバーはそれに触れないように避けながらステージの前の方に移動していた。

 アウローラのメンバーがトレーナーに引率されてステージに顔を出すと、ステージのキャストたちが「おはようございまーす!」と挨拶する。
 メンバーも声を揃えて挨拶を返す。トレーナーがちょっと待っているように言い残して、ステージ脇の舞台装置操作室に入ってゆく。

 音声機器を整備していた、顔なじみの男性エンジニアのキャストが舞に気が付いたのか、手をいったん休めて声をかけた。この前、テレビでみたよ、ということで、舞はすこし恐縮して、ありがとうございます、とわずかに硬い微笑みで御礼を言って頭を下げた。エンジニアは音声ミキサーのケーブルを片手に持って、腰に手を当てた。

 「これでゲストが増えたら舞ちゃんのおかげだな」

 そういわれた舞はますます恐縮して、あやあやと両手を小さく振りながら首も小さく振った。

 「い、いえ! あの、いつもショーサービスの皆さんにサポートしていただいてるから、ステージで頑張れるわけでっ! みなさんのおかげです!」
 
 メンバーの後ろで、キャストが「よし、あげて!」と声をかけるとモーター音とともにスポットライトが上がっていった。アウローラのトレーニング時間を確保するために早めに整備を始めていたということなのだろう。ステージマネージャーと演出監督を連れてステージにやってくると、ステージ上はきれいに片付いていた。



 休憩時間になり、舞台装置操作室にあるパイプ椅子と折り畳みの長机を使ってメンバーは集まって座っていた。美咲と広森がじゃんけんに負けて、ブレイクエリアで売っている自販機から買ってきた帆船の絵が描かれたチョコビスケットをみんなで分け合っていた。舞がビスケットを口にくわえたまま、装置の前の窓からステージに視線を向けた。

 自分たちが休憩してる間にも、ステージを整備しているショーサービスキャストたちが見えた。 広森がいつもの優しい表情で、まいちゃん、どうしたの? と声をかけた。舞は口にしたビスケットを一口齧ってから、隣に座る広森に顔を向けた。

 「いろんな人が働いてるんだなぁ、て思って。皆さんのおかげです!…とかいったけど、私、バックステージの人たちがどんな仕事してるのかよく知らなかったし…思いつきでいっちゃったのよくなかったかなぁ……」

 広森は舞の頭に、細くてきれいな右手をおいた。

 「普段から思ってもいないことを口にするのは難しいものよ? 舞ちゃん、いつも周りの人の事を考えてるから言えたことだと思うな」

 そいって舞を髪を広森はなでた。
 食べかけのビスケットをかじりながら、舞は顔を少し赤くしながら視線を床に落とした。自分ではそういう自覚はなかったのだが、他人からそういわれて悪い気はしない。でも、ありがとうというのも変な話だし、どうしたらいいのかわからなかった。あるいは、こういうことが照れという事なのかもしれない。

 頭をなでながらその様子を見ていた広森は、舞のその様子に気が付いたらしく、さっきまでの優しそうな笑顔がどこにいったのか、広森が突然やってきた至福の時間を堪能している間、口元が変に緩んでいた。
 空調の音が聞こえなければ気持ち悪い笑い声が聞こえたかもしれない。


          **


 例の放送があってから初めての土曜日を迎えたパークは、先週比で5%ほど増えたゲストでにぎわっていた。SVがフェアリーリングに同行して、社内無線LANでつながったタブレットPCを使い楽屋で確認してみると、先週に比べてゲストの出足がなかなか好調だった。

 ただ、それが放送の結果なのか、そういう季節だからなのかは判断つかなかった。もともと7月が近づくとゲストの数は増えるのだ。
 
 舞台装置操作室でステージマネージャーとSVが集客状況を確認し、オンタイムでの上演が決まる。舞台装置の操作盤に電源が入りモニターに舞台全景が写る。そして、ショーサービスキャストが舞台袖の先に「上演中:この先の立ち入りを禁じます」と書かれた看板を立てる。その看板の前に城野に引率されたフェアリーリングのメンバーが並ぶ。そしてオンステージで流れている音声がそのまま舞台袖にも室内スピーカーを通して聞こえてきた。どこかで聞いた声の案内スピールが流れていた。

 「……株式会社INOUEホールディングがお送りする『We ARE AdventurerS!』 間もなく始まります。どうぞお楽しみに!」

 城野のアナウンス音声でいわゆる「5分前放送」が流れ、つづいて英語の案内放送がながれる。恥ずかしがっていた城野も今はまったく気にしなくなっていて、3人のコスチュームの最後の確認をしていた。
 今日はパフォーマンスユニットから別のキャストがMCを務めているのでこの前のように川尻みそのがいないのが舞はちょっと残念だったが、顔を両手で軽くぴしゃりと叩いて気合をきれて開演に備えた。

 変更された演出通り、反対側の舞台袖にココとミミが並んでいて、舞たちにそっと手を振っていた。3人にでゲストに見えないように手を振りかえすと、ココがガッツポーズしていた。がんばろう! といいたいらしい。舞と藤森がうんうんとうなずいた。
 ココのおかげで3人とも少し緊張が解けた。

 ――そして、定刻通りに音楽がながれはじめ、3人は元気にステージへと飛び出した。





 「『We ARE AdventurerS!』、お楽しみいただけましたか? この後もアーニメントスタジオで、素敵な1日をお過ごしください」

 上演終了のアナウンスが流れ、客席の清掃をするためにクリンナップ・アーティストがゲストからごみを回収して回り始める。ゲストの入りはいままでは一番多いようで、クリンナップのトラッシュワゴンのごみ袋もポップコーンやドリンクの容器でいっぱいになっていた。

 楽屋に戻った3人はソファーに集まって座り、広森と藤森が顔をほころばせていた。思った以上にゲストが多かったからだ。舞ちゃんのおかげ、という2人に文字通り顔を赤くした舞が恥ずかしそうに笑った。

 「テレビの事、ちょっと恥ずかしかったけど……でも、ゲストさん、たくさん来てくれたし……でてよかったかなって……」

 舞が視線送ってきたので、藤森も広森も好意的な表情で頷いて見せた。


          **


アドベンチャー・ラグーンでグリーティングを行っていたフローラのメンバーも集客が多いことに気が付いたようで、ステージ脇の木戸からバックステージに戻った時にそれを話題にした。美咲が探検隊の帽子を外しながらさくらに声をかけた。

 「なんか、今日お客さんいっぱいだね! まいちんのおかげかなぁ?」
 「やっぱり、テレビで宣伝すると、ちがうのかな?」

 美咲もさくらも少し気分が高揚しているようだったが、いずみはそれには乗ってこなかった。楽屋に戻った時、いずみは美咲の後髪を直してやりながら冷静な口調で思うところを話した。

 「もともと7月はゲスト増える傾向だったってSVが言ってたわよ」
 「えー、でも、先週より一気に増えたでしょ? やっぱりまいちんのテレビがよかったんじゃない?」
 「影響ないわけじゃないけど、たぶんそれは、ショーというよりフェアリーリングを見に来たって感じだと思うわよ? 私たちほとんど写ってなかったっしょ? 私たちの回、どれくらい見に来てくれるやら」

 美咲は、そういうもんかなー、と首をかしげていた。
 ブラシを片手にいずみは、よし、できた、と美咲に教えてやった。美咲はさくらがいないことに気が付いて、城野にさくらは? と聞くと外に空気を吸いにいったと答えた。



 さくらはステージ裏の駐車区画で深呼吸して体を伸ばしていた。アドベンチャー・ラグーンのバックステージは演出上の関係で森みたいになっていてさくらのお気に入りになっていた。探検隊のジャケットを脱いで軽くなった体を風にさらしていたのだが、ふいに顔に水が付いた気がして頬に手を当てた。そして、その指先を見てみたが何も見えないので気のせいかと思ったが、よくよく空をみると朝の青い色からグレーへと変化していて、青空の部分は雄物川のはるか向こうにしか見えなくなっていた。

 ちょうどそこにSVが車でやってきて、さくらに気が付いたSVがおつかれさま、と声をかけてきた。

 「さくら、どうしたの?」
 「あ、SVさん。あの、なんか、雨が降りそう、て……」
 
 SVもそういわれて空を見上げた。

 「さっきまでの予報だと、雨は降らない感じだったけど……降りそうね」
 
 さくらの周りで強い風が吹いて木々を揺らし、風もなんだか冷たいものが混ざっていた。汗のせいで体が冷えたのか、さくらは文字で書くと"ちゅん!"となりそうな小さな声でくしゃみをした。さくらがちょっと恥ずかしそうにしていると、SVも首筋にも雨粒が当たったらしく、それを右手でさすりながらさくらの背中に左手をやさしくまわした。

 「体が冷えたら大変よ。楽屋に入りましょう」
 


 その後もパーク上空には薄い雨雲が居座り、地面にすぐ乾く程度の水滴の黒い沁みを作ったり、冷たい風を時々吹かせたりしていた。ただ、童話の北風とはちがいあまりやる気がなかったらしく、ゲストも傘をさしたりはしていなかった。ステージの客席も上演時間が近づくとだんだんと埋まり始めていた。

 雨が降りそう、というさくらの話が気になったフローラのメンバーは、舞台装置操作室の窓のカーテンを少しずらして客席の様子を観察していた。
 あきらかにフェアリーリングの時に比べゲストの数は減っていた。雨のせいかと美咲は思ったが、ゲストは誰も雨を気にしている様子がないので一概にそうとはいえないようだった。
 美咲は残念そうな顔をさくらに向けた。

 「なんか、減ってない?」
 「うん」

 さくらが客席を見ていると、ゲストの一人が子供にパークで売っている雨合羽を着せているのが見えた。そして、そのゲスト自体はこれもパーク内で販売している折り畳みの傘を広げていた。

 雨……? とさくらが思っていると、そのゲスト以外も、傘を取り出したりしているのが見えた。

 15分前の案内スピールが流れる少し前になると、怠けていた北風がどうやら本気を出したらしく、雨粒が地面を軽くたたく音が聞こえ始めた。ステージマネージャーが案内スピールの放送をいったん待機させた。

 ステージマネージャーとSVが舞台袖に来ると、風の影響でステージの内側まで雨にぬれはじめた。ステージマネージャーがショーサービスキャストに大道具にカバーをかけるように指示した。SVがオンステージを見ると、空の雲は色を濃くしてグレーというより鉛色に近くなっていた。雷が鳴らないだけ幸い、といったところだろうか。
 ステージマネージャーはその様子を見て、SVとステージを交互に視線を動かした後、腰に手を当てて大きな声でいった。

 「よし、キャンセル!」

 それを聞いた舞台袖のショーサービスキャストが両手をクロスさせて見せた。
 反対側の舞台袖でココとミミを誘導していたキャストがそれを受けて同じハンドサインをみせた。直後に放送が流れた。

 「……本日予定されてておりました『We ARE AdventurerS!』は、悪天候のため、中止させていただきます。どうぞご了承ください……」

 舞台袖で出演準備中だったフローラのメンバーも、楽屋に戻っていった。美咲はちぇー、雲なんだから空気よめよなー、と自然現象に文句を言っていた。
 すぐにステージのカーテンも引かれ、スライド式の大型の扉も閉じられ始めた。

          **


 出演する予定だったショーが中止になり、雨でグリーティングもできないので城野が3人を連れてエンターテイメント棟に戻すことになった。これでフローラは今日の出演は全部中止になったので、今日は1日オフィスで待機ということになりそうだった。

 中止とはいえ他のメンバーに何かあった時に代打で出演することもあるので一応オフィスに残っていることになっている。今日はトレーナーさんもほかのロケーションの子たちをトレーニングしているということで練習もできないので、いよいよフローラたちはやることがなくなった。

 「どうせやることないなら開き直ろう」ということらしく、応接エリアを占領してこまちと美咲、それにつばさがスマホでリズムゲームを起動させて盛り上がっていた。SVもオフィスにいたが「お客さんが来たらどいてね」といっただけで応接エリアを占領するこまちたちには何も言わなかった。残ってもらうこと自体に意味があるし、ブレイクエリアにずっと居座らせておくわけにもいかないからだ。

 その間も雨はどんどん強くなり、SVが付けたテレビのデータ放送を見ると午後からの天気予報が朝とはうって変わって県内全域傘マークだった。


 
 それから数時間後。フェアリーリングの出演時間が近づいたころには雨脚が弱まっていて、中止するか実施するか微妙な状況になっていた。こまちからスマホのリズムゲームのやり方を教えてもらっていた舞は、窓の外に青空が少しだけ見えているのに気が付いた。

 こまちが「雨? やんだ?」と手をパタパタさせて舞に声をかけた。
 立ち上がって舞が窓に近づくと、こまちと美咲も同じように外をみた。
 美咲も青空に気が付いて、「あ、やむかも」と舞に話しかけた。
 舞はすこし明るい表情で「うん」とうなずいた。

 「せっかくゲスト増えてきてたところだったし。今日の最後のステージはやりたいな」
 
 舞たちがそんな雑談をしていると、机の上の電話が鳴った。久保田さんが電話を受け、あ、SVさん、と答えた。受話器のマイクを抑えて舞たちに声をかけた。

 「SVさんが、フェアリーリングのみなさんは予定通りスタンバイするようにとのことです。雨の後ですけど、がんばってくださいね。城野さんが迎えにいらっしゃいます」

 フェアリーリングの3人が「はーい」と返事をした。窓を背にして立っていた舞がちらりと隣をみると、美咲が人好きする笑顔を見せた。

 「がんばってね」
 「うん! ありがとう」

 まだ、雨はあがってはいなかったが、雲の隙間から太陽に光がカーテンのように広がり始めていた。

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