オンステージ! ~アンサンブル・カーテンコール!~

岩谷ゆず

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第8章 変ってゆく、変らないもの

(4) お泊り会?

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 木曜日の午後は昨日よりは少し涼しく、グリーティングのために水兵のコスチュームを着たSTARの3人は、時間になる前に海賊レストランの中でキャストたちに説明をすることになった。大川さんと、カウンターにいた男子学生のキャストさんは、どうやら店舗のキャストの中ではリーダー格らしく、長沼さんと一緒に海賊レストランのオフィスに集まっていた。

  長沼さんは、「遊園地の中で専門店っていってもなぁ」と難色を示していた。
 テーマパークという入園料を必要とする施設のなかで、商品を絞ってしまって大丈夫なのか? という疑問があるようだった。同席する店舗マネージャによると、たいやきの売り上げは確かに悪くはないが、それでも全体の3分の1ぐらいなのだそうだ。残りはドリンクと、ジャンクフードが多く、ラーメンもそれなりの数がさばけているとのことだった。

 ただ、自分のタイヤキを評価してもらえているのはもちろん悪い気はしない。

 「しかし、お嬢ちゃん、そんなにあのタイヤキ気に入ったのか?」

 長沼さんがこまちにそう聞くと、こまちは満面の笑みで答えた。

 「大好き! 幸せ~! 元気!」
 
 つばさがこまちの頭に手を当てながら、こまちの言葉を翻訳した。

 「えーと、通訳すると、ここのタイヤキが大好きで食べると幸せになり元気が出る、と言いたいようです。……この子お世辞とか言わない子なんで本音だと思いますよ」

 こまちがなぜか「いやー、むふふん」と照れ出すので、つばさが「いや、だから、褒めてないっての」と反応していた。そのこまちの様子を見ていた長沼さんは、かすかな既視感を受けて昔の事を思い出していた。
 
 ――そういえば、俺が東京で店やってたころ、よく買いに来てくれた子がいたっけなぁ

 踏切脇の小さなお店で女子高生やサラリーマンが買って行ってくれたことを思い出した。お店の最終日に、いつもかってくれていた女子高生から「また、お店出してください。わたし、このたいやき大好きです」と言われていたことを思い出した。別に思い出に浸っていたわけではないが、何となく、その女子高生の顔がこまちに重なって思えた。長沼さんは立ち上がって、こまちの頭に手を乗せて軽くなでた。

 「そんなに気に入ってもらえたなら、菓子職人冥利につきるな。……どうかな、みんな? ここまで言ってもらえるならやってみるのも悪くないと思う。やってみるかい?」

 同席していた大川さんや、男子学生のキャストもうなずいた。リーダー格のキャストが同意したこともあり、店舗マネージャーも「それで長沼さんが納得するのであれば」とのことで承諾した。

 STARの3人はほっとしたような、それでもうれしそうにお互いに顔を見合わせた。


          **


 グリーティングが終わりステーションワゴンで移動する。だいぶ日が落ちて、空の色は濃い藍色と暗いオレンジのグラデーションで、サービス道路にオレンジ色の街灯もすでに点灯していた。その光が時々さしてくる薄暗い車内で、運転席のすぐ後ろに座る田澤が、運転中のSVに尋ねた。

 「明日、OFF日だし、宿題にしてもいい?」
 「いいわよ。でも出勤して会社でやってもいいのよ?」
 「みんなで話してて、つばさの家に行って一緒に考えようっていってて」
 「わかったわ。そうね、1日で決まるとは思えないし大まかなコンセプトワークを考えてきてね。細かいレイアウトとかそういうのはスタジオにプロがいるから」
 
 田澤の後ろに座るつばさとこまちが「はーい」と返事を返してきた。



 3人が退社した後、SVは久保田と一緒にワードローブビルに行き、その施設内にあるコスチューム倉庫に行く。

 ワードローブでは深夜勤務のセキュリティーやメンテナンスのキャストがコスチュームを交換するためにカウンターの周辺が少し混雑していた。コスチューミング・オフィスに声をかけ、責任者の社員に倉庫の鍵を開けてもらう。

 SVは倉庫に入ってあたりを見渡すと、プリントアウトしたコスチュームの保管記録を確認し始めた。

 「あの子たちのために、多少は役立つかと思って」

 久保田にそう教えた。そして、手分けして目的のものを探すことにした。一応保管番号はあるので、それを手掛かりに探すことにした。

 しばらく衣装ケースの山を相手にいろいろ探していると、奥の方から久保田の「ありましたよー」という声が聞こえた。

 棚の端にあったその衣装ケースには「ガリオン船(女)」と書かれた紙が貼られていた。その衣装ケースの中身を引き出してみると、いかにも水兵という感じのコスチュームが見つかる。
 
 「やっぱりあったわね」

 それは、とっくの昔に廃止された「ガリオン船」というアトラクションで使われていたものだった。アスレチックのようなアトラクションだったが、その場所に別のアトラクションを設置する際にクローズされていた。だが、コスチューム自体は再利用できそうということで保管されていた。もう何年も使用していないコスチュームだったが、管理が行き届いていたこともあって思うほど劣化はしていなかった。

 SVは久保田と一緒にもう一つの古いコスチュームも探した。"れすとらん千秋"の古いコスチュームで、見た目にはいかにも職人さんらしい和装で菓子職人にはぴったりと思えた。それは店舗運営部の棚の一番奥の方に、他のレストランのコックコートのケースの裏に隠れていて探すのにちょっと手間取った。

 「よしよし、これでいいわ。思ったより劣化してないし。デザイン承認は必要ないしすぐに使えそうね」
 「ひょっとして、STARのみなさんのために?」
 「そうよ。使えそうなのがないか探してて」
 「それにしても、こんな古いもの、どうして知ってたんですか?」

 SVは手にしていたバインダーから保管記録の紙の下に挟んだ本を取り出す。昔パークで売られていた「キャスト・コレクション」という本で、今はないアトラクションやレストランのコスチュームを見つけておいたとのこと。

 「今からコスチュームとか作っても間に合わないからね。だったらリサイクルで行こうと思って。ほら、このほうが地球にもやさしいでしょ?」

 久保田が「そうですね、これは使えそうですね」と感心してくれた。


          **


 週末の金曜日を迎え、土曜に授業のコマがを入れていない学生が浮足立っている午後。

 秋田駅東口から北に進み、大学がほど近い手形地区の一角にあるアパート。比較的最近建ったそのアパートの角部屋にSTARのメンバーがそろっていた。その部屋は親元から離れて進学したつばさの部屋で、田澤が初めて部屋を見たときに「ほほう」と感心するほど予想外にもきれいにされていた。ゲーセンでとった猫のぬいぐるみがあったり、全身鏡があったり、ベッドカバーが意外とかわいいものだったりとちゃんと女の子の部屋をしていた。

 その部屋の中央に置いたテーブルにノートPCを置いて、3人はこれから何をどうするのか考えていた。とはいえ、買いこんだお菓子とジュースの量を見ると、いずれは話が脱線して単なるお泊り会になることは明白だったが、それがわかっているからこそ話を少しは進めておこうと田澤は思った。
 
 つばさは自分のPCでメールを開き、SVから送られてきたファイルを開いた。社内で店舗の企画を検討する際に使用するチェックシートみたいなもので、使い方も書かれていた。

 「えーと、店舗施設の検討手順……」

 書類の内容をまとめると、次の手順で話をまとめなさい、という事らしい。

1 テーマ性の確認(その施設がそのエリアにあって問題ないかの検討)
2 バックグラウンドストーリーの検討(存在理由と演出意図の明確化)
3 ストラクチャデザイン(外部構造の検討)
4 インテリアデザイン(内部構造の検討)
5 実現手段の検討(実際に建設可能かどう)


 つばさの後ろで書類を読み込みながら、田澤がふんふんと考えた。

 「ふーん、この順番で考えろってことか」
 「先にストーリーを決めるのか。なんか普通の建物と順番がちょっと違うね」
 「そうだね。ストーリーとかインテリアとかは後で考えるのかと思ったけど、それじゃだめなのか」
 「やっぱテーマパークだからかな」

 3人はテーブルに座り直し、この順番で考えをまとめることにした。
 田澤がPCを傾けて書類を読み直しながら口を開いた。

 「1番目の項目はさ、もう最初からお店はあるわけだし、いいよね」
 「ということは、次はバックグラウンドストーリーを考えるのか」
 「あのエリアにタイヤキの専門店がある理由か……」

 こまちが少し考えてから思いついた。

 「海賊! 魚! 略奪、配る!」

 つばさが「いやいや」と手を振った。

 「確かに海賊関係するけど、なんか物騒だし」
 「えー!? 代案!」
 「だ、代案!? えーとそうだな……もっとファンタジーな感じで……」

 うーん……と考えたあと、こんなのは? とつばさが提案した。

 「お魚の妖精さんが魔法のお魚をくばる、みたいなのはどうか……な」

 こまちと田澤が生暖かい目で見守っていることに気が付いて、つばさは顔を赤くした。

 「いいじゃんかー! うちだって女の子なんだし!」
 「かわいい!」
 「うん、かわいいな」
 「なんだよ、なんだよ、ふたりともー! じゃ、じゃあ田澤さんどうなの?」

 田澤は事前に考えていたようで、すぐに答えが出た。

 「東洋のお菓子を売っている港町のお菓子職人の店……てのは?」
 「リアル!」
 「なんか、リアルすぎるというか、無難過ぎない?」
 「変に奇をてらった方がスベると思うけど」

 つばさが、メモ用紙にボールペンで書きこみながら付け加えた。

 「もうちょっと、ちゃんとお話しになった方がいいのかな? バックグラウンドストーリーっていうぐらいだし」

 こまちが、自分の前のメモ帳に何かをボールペンで書き込んでいるのを見た田澤が「何を書いてるの?」と聞いた。

 「ストーリー」
 「お話? なんか思いついたの」

 こほん、とこまちがもったいぶって小さく咳払いした。



 ――東洋の日本という国からやってきた交易船のコックさんは、世界の各地を仕事で旅をしていました。そして、結婚して子供ができるとこの港町に稼いだお金を元手に小さなお店を作りました。

 そのお店では自分の生まれた国"日本"のお菓子を作って売っていました。お店は珍しさとお菓子の美味しさで大繁盛でした。でも、コックさんは船を降りてもあの海の上で過ごした日々を忘れていませんでした。そして、穏やかな海の上を進む船の甲板から眺めていた、波の間に跳ねる魚たちの事を思っていました。

 それは、安全な航海の象徴でした。

 そこで、コックさんは船乗りさんと、その家族のために安全を祈願してそのお魚をイメージしたお菓子"タイヤキ"を、フィッシュケーキとして売り出しました。船乗りたちの間で好評を得たそのフィッシュケーキは飛ぶように売れ、そして、コックさんはお店の名前を「フィッシュ・スイート」と変えて、フィッシュケーキの専門店となりました。
 
 お店は行列が並ぶほどの大繁盛店になりましたが、コックさんはいまでもあの日見た蒼い海の波間を飛ぶ魚たちの事を思いながらフィッシュ・ケーキを焼いているのです……



 少し余韻を持たせてから、こまちは得意げな顔を見せて「できた!」と口にした。
 
 「どう!? どう!?」

 田澤がぽかんとしていたが、はっ、と気が付いてこまちに驚きの表情を向けた。

 「え? え? 今これ思いついたの!?」
 「今! 即興!」
 「ねえ、つばさ、どう思うよ?」
 「いやいや、ぽかんとしてて半分ぐらいしか聞いてなかった。今の話まとめてくれよ」

 そういってつばさはノートPCをこまちに向けると、こまちはブラインドタッチでキーボードをたたき、たちどころに今の話をまとめてしまった。


          **


 しばらくして日が暮れたころ。こまちは、ノートPCとは別につばさが所有するデスクトップPCを起動させていた。みんなで考えた設定やストーリーをもとに、デザインを決めようとグラフィック編集ソフトでこまちがラフスケッチをしようというのだった。

 腰を降ろしてそれを見守っていた田澤がテーブルの向かい側に座るつばさに尋ねた。

 「なんでこんなの持ってるの? 絵とか描くの?」
 「そ、それは、まあ、いろいろあって」
 「薄い本!」
 「うわあ! こ、こまちだって同じだろ?」
 「投稿だけ!」
 「同じようなもんだろ!」
 「……なんの話?」

 こまちとつばさの話の意味がわからなかった田澤は首をかしげていた。つばさが頭から湯気がでそうなほど顔を赤くしている間、PCのモニタではグラフィック編集ソフトが起動し、こまちが白紙の新規ファイルを慣れた手つきで開いていた。
 
 こまちがラフスケッチをまとめている間、つばさとこまちは、提出するための企画案を作り始めた。つばさが時々スケッチブックにキャストの衣装や店内のデザインなどを描きこんでいくと、作業中のこまちと田澤が意見を出し、田澤が現実的な修正を加えて行ってこまちに渡していった。
 

 だが、案の定、途中で飽きてきたり集中力がなくなったり、こまちとつばさがスマホでリズムゲームを始めたり3人でバラエティ番組を見たりしてただのお泊り会の様相を呈し始めていた。それでも、田澤があれこれ指示したり手伝ったりしてくれるおかげで、企画書は出来上がっていった。

 夜遅くにようやくラフスケッチが完成するころには、こまちの電池が切れてしまい田澤がこまちを抱きかかえてベッドに移してあげた。その田澤もそれから30分後には眠さのピークを迎え、なんとか企画書が完成した時にはテーブルに突っ伏して寝てしまった。

 つばさは田澤に毛布をかけてあげ、部屋の照明を消して自分もブランケットを羽織って床に寝転んだ。

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