【R18/BL/完結】エンドライン/スタートライン

ちの

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第二部

スタートライン 9

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「ただいま」

 いつもならごく当たり前に聞いていた台詞が、なんだか今日は感慨深かった。
 俺は手を止めて静かに振り返る。

「おかえり」

 いつもどおりの顔を作れたと思う。たった五日だというのに、この間で起きた出来事にまだ整理がつかないでいる。
 少しやつれたような、疲れたような姿で、西川は帰ってきた。
 熱がなかなか下がらなくて退院が延びたらしい。幸希からの連絡で今日帰ってくることは知っていた。迎えに行く考えは最初からなかった。俺は買い物に行って、先週教わった料理をもくもくと作った。二回失敗して、三回目でようやく形になったような気がする。西川が帰ってきたのは、ちょうどその時だった。

「なにつくってんの」

「……たまご粥」

 西川は一瞬驚いたような顔をしたが、俺はかまわず鍋に向きなおった。最後の仕上げをしているところに、背中から抱きしめられる。西川の匂いがした。

「マジで一回も見舞いに来ないんだもんなぁ」

 確かに俺は最初に西川を病院に送り届けて以来、一度も見舞いには行かなかった。 行けない理由はたくさんあった。でもそれ言う気は全くない。 

「別に平気だろ過労ぐらいで。俺も忙しかったんだよ」

「ケータイも繋がらなかったよ?」

「あー、水没して壊したんだ、」

「俺が寂しいとかって考えてくれなかったのかよ、」

「死にそうなら、お前から会いにくるだろ」

「ん?……まぁそうかも」

 ふふ、と背中で笑うような感覚があり、腕に少し力がこもった。

「それ、俺につくってくれたの、」

「お前が言ったんだろ」

「前のは、俺……」

「いいよ、俺も考えなしだったからな」

「トキ」

「なんだよ」

「食べさせて」

 無言でうなずいて、近くにあった皿を取った。少しだけ粥をよそい、みじん切りにしたねぎとしょうがをのせる。西川は腕をはずして隣に並んだ。引出しから大きめの匙を出し、ひとすくいする。

「そのままじゃ熱いって」

「うるせーな」

 しょうがないから息を吹きかけて冷ましてやった。湯気が減ったところで、隣の口元に持っていく。西川は嬉しそうにそれを食べた。指で丸をつくって合格サインを出しながら、何度もうなずいた。
 変な安堵があった。自分の作った料理を喜んでくれる相手がいるっていうのは、贅沢だ。何でこいつの家政婦のまねごとをしているのかと苛立ったことがあったけれど、西川が喜んでくれるならそれでよかったんじゃないか。西川がこうやって笑っていてくれるなら、それで。いつもどおり「トキ」と呼ばれて、くだらないことで盛り上がって、時々体を許して、一緒に。一緒にいられれば、それで。

「もういいだろ、後は座って」

 食べろ、と言おうとして匙を取り落とした。強引に頭を引き寄せられて唇を吸われる。

「トキ……俺……」

 何度も上唇をなぞりながら、西川が懇願しているのが聞こえた。押しつけてくる体もすでに堅い。俺は今までの拒絶感が嘘のようにそれを受け入れた。ため込んでひた隠していたものが止まらなくなってしまった。いつの間にか自分から舌を差し出していた。西川を求めて探り、もっととせがむ。

「いいの、トキ」

 乱暴な気持ちが募っていた。昔は確認などせず、自分の好き勝手に抱いていたくせに。そうさせたのは俺か。俺が初めての女みたいに恥ずかしがって、こいつに溺れそうになっていたせいか。それが怖いなんて。こいつを手放せなくなりそうで怖いなんて。自分が自分でなくなるような気がして怖いなんて。
 なんて臆病だったんだ。
 服を脱がそうか迷っている西川の手を制して、自分からボタンをはずす。相手のベルトも緩めると、俺はひざをついて股間に顔を近づけた。

「トキ……?」

 驚く西川を無視して口を大きく開ける。全部は無理だができるところまで一気に咥えこんだ。うめく声を頭上で聞きながら、無心に舐める。俺からするのは二回目で、良いやり方がイマイチわからない。自分が気持良くなる場所を参考にするしかなかった。それでも効果はあるらしく、にじんでくる苦いものが快感の証のような気がして、それならもっとと西川を責め立てた。

「まっ……トキ、っ離し……っ」

 口の中に出される感覚は決して気分がいいものではない。苦い味が広がって、独特の匂いが鼻にかかる。西川があわてたように膝を屈めて口元をぬぐってくる。

「っあ、はぁ、馬鹿……ほら、口からだして」

 俺は下から西川を見上げながら、口の中に残るそれをごくんと飲み込んだ。
 いいのに。別に。嫌なわけじゃない。ずっと隠していただけだ。ほしいのは俺のほうなんだから。西川がほしいのは、いつだって俺のほうで。願望も性欲も全部、西川より誰より、俺が一番強い。
 俺は低い位置に来ていた西川の肩に手をやってそのまま押し倒した。馬乗りになって腰をこすりつける。出したばかりのはずなのに、西川の中心はまだ出し足りないと上向きに反って来ている。その先端を丸く包みこむように握り込んで再び強く扱く。西川は余裕のない息を吐いた。

「っ、なんか積極的過ぎない?ちょっと、あっ、刺激が強すぎて……鼻血出そう……また貧血になっちゃうよ、」

「いいだろたまには」

「トキも寂しかったの、」

「そうだよ」

「っぅえ?」

 お前がいないだけでこうも弱くなる。見境がなくなってしまう。お前のせいだよ、西川。
 荒い息使いがキッチンに響く。しばらく使っていなかったその場所は、この前同様固く閉じていた。それでも早急に欲しくて自分で尻を掴んで広げ、先端を入り口に宛てがうと少しずつ腰を埋めていく。無理矢理入れようとして腰が止まってしまう俺を見て、西川が手首と腰をホールドしてくる。西川のほうも、俺の要求に答えるように腰をゆっくり突き上げてきた。痛みでいい。虚しさよりは、痛みと西川を感じていられたらそれでいい。
 もう少しで全て入りそうなところで西川が一度動きを止めて、入れたまま起き上がった。

「あ、」

 角度が変わって敏感な場所にそれが届く。キスがしたいと顔を上げて西川の頭にしがみつくと、すぐさま薄い唇に覆われた。大きな手が俺を付け根を掴んで上下に力を加えた。追いあげられるリズムに合わせて自分からも身体を動かした。

「あ、…っあ、……あっ、あ」

 口が開きっぱなしになり、西川の肩が俺の唾液で汚れていく。恥骨が擦れるくらいぴたりと合わさって、西川のものが奥まで入ったのがわかった。ますます気持ちが高まり夢中で腰を振った。
 このまま全部、俺のものにしたかった。俺のものに。俺の、俺だけの。

「あ、あ、…えいじ…、えいじっ」

「トキ―――」

 俺のものになって。全部捧げて。そうしてくれたら救われる。俺のこの独占欲が満たされる。俺はもっと、お前といたいんだよ。お前に愛されたい。お前を好きでいたい。だからせめて今だけは。


 体力のすべてを使い果たした脱力感だった。
 キッチンで行為を終えたあと、そのままリビングのほうへ雪崩れ込んで床の上でも絡み合った。疲れ果てて居間のフロアにふたり、重なったままいつの間にか寝入っていまったようだ。起き上がって時計を見ると二十時近く。六時間近く事に及んでいたことになる。何度達したか覚えていない。片付けのことを考えるのも、服を着るのもだる過ぎた。
 西川は仰向けになって静かな寝息を立てている。病み上がりなのに無茶をさせてしまった。久しぶりに肌を重ねたら止まらなかった。俺もそうだけれど、西川も同じだ。何度もこいつの誘いを断ってきたから。今までよく我慢していたと思う。なにげなく俺を気遣っている。俺はそんな西川に甘え続けてきた。もうそれは終わりにしよう。
 大事なときにいつも寝ている男の前髪をかき上げてから額にキスをして、自分達の体液で汚れる腹の上を撫でる。そのまま唇を下げて、鎖骨の部分に強く吸い付いて痕を残した。ひとつだけでなく、ふたつ、みっつと増やしていく。

「寝込みまで襲うなんて、」

 どこで起きたのか、西川の笑い声が聞こえてきた。

「寝たフリとか悪趣味だな」

「誰かさんが激しいから」

「死んどけ」

「ねぇトキ」

 なんだ、と視線だけ絡ませて、見つめ合う。

「なんか俺に隠し事してるよね、」

 西川の視線がこうも痛いものだと思い知る。寝ていてくれたらよかったのに。
 いつから気づいたのか。いつから。

「どうして家片付いてんの。ねぇ、なに考えてんの」

「別に、」

「なんでこの家があるのに、賃貸なんか借りる気なの、」

 動揺を押さえつけるのに必死で声がでなかった。どうしてそれを、と口に出すことさえできなかった。西川はずっと視線を外さない。俺だけを見て、俺だけに説明を求めていた。
 予期していなかったにしろ、俺の覚悟は変わらない。変わってはいけないんだ。俺がここにいたら西川をだめにしていくだけで。俺はくだらない独占欲で西川をがんじがらめにしてしまうだろう。家族にだって、顔を合わせられない。幸希がここに来るなんて、考えられないことだった。

「お前と一緒にいるのに疲れたんだよ」 

 声が震えていないだろうか。体が震えていないだろうか。

「それ、本気で言ってんの」 

 ひさびさに聞く、怒気を含んだ声だ。
 嫌われたくない。俺だってお前といたい。

「そうだよ、お前といるとおかしくなるんだよ。だから俺は出て行く。これで最後だ」

 逃げ出さないように、西川の目をにらみ返した。せいいっぱいの強がりだ。
 頼むから、これで折れてくれと胸の中で懇願していた。
 もうこれ以上、未練を残したくない。ああしていればとか、こうしていればとか、思うのはもうこりごりなんだ。

「もうお前に振り回されたくない」

 振り回しているのは俺なのに。なんて身勝手な言い分だろう。俺は体を押しのけて立ち上がる。そのまま自室に戻ろうとリビングのドアに手を伸ばした。

「トキの好きなようにしたら。俺も勝手にする」

 逃げ腰の俺の背中に投げられた言葉。
 それが、西川の出した答えだった。


 
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