引きこもり少女、御子になる~お世話係は過保護な王子様~

浅海 景

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勘違いと噂

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どんなに悩んでも朝はやってくる。
身体は疲れているのにほとんど眠れなかった透花は、すっきりさせるために顔を洗った。

いつも通りであればフィルと一緒に朝食を摂ることになるだろう。どんな顔をして会えばいいのか未だに分からないままだ。

(フィーは勘違いしているだけなんだから……)

御子である自分を繋ぎとめるためだとか、不手際に対する責任感からだとか考えてはみたものの、誠実なフィルがそんなことで好意を告げるようなことをするとは思えない。
庇護しているうちにそれを男女の愛情と勘違いしてしまった、というのが正解ではないかと透花が結論付けたのは明け方近くになってからだ。

吊り橋効果ではないが、御子が連れ去られたことに不安を抱き、その時の緊張感と帰って来た時の安心感から生じた鼓動の乱れを恋心だと思い込んでしまったのだろう。
きっとすぐにフィルも気づくと思うが、それまでの間どういう反応をするのが正しいのだろうか。

思い悩んでいると、ミレーがやってきてフィルが朝食に来られないことを告げられた。
正直なところほっとしていたが、やはり昨日の発言を後悔しているのではないか、これを機に気まずくなって話せなくなったらどうしよう、など不安に気を取られて食事を味わう余裕すらなかった。

フィルのことを考えて上の空になっていた透花はミレーの言葉を聞き流しかけて、はっと目を瞠る。

「……ミレーさん、陛下がこちらにいらっしゃると聞こえたんだけど、気のせい?」
「いいえ、間違いございません。あと一時間ほどですので、ご準備に入りましょう」

動揺する透花とは裏腹に焦る様子を見せないミレーに訊ねてみれば、早朝に申し入れがあったらしい。

「お先にお伝えすれば、お食事が喉を通らないかと思いまして。事後報告となり申し訳ございません」
「ううん、ありがとう」

ミレーの言う通りだったのでお礼を言えば、怒ってもよいところなのにトーカ様らしいと温かい眼差しを向けられてしまった。
陛下に会うのは三度目なので、以前よりは緊張しなくて済むかもしれない。そう思っていたのに、現実はままならないものだった。


「此度の件は全て国王である私の至らなさ故に起こったことです。本来死をもって贖うべきですが、後継が未熟なため国が乱れる恐れがございます。しばし猶予をいただけますと幸甚です」

跪き頭を下げる陛下の後ろには、同様の恰好の騎士団長と副騎士団長が控えている。助けを求めてジョナスに視線を送ると、何かを訴えるような眼差しを返されたが残念ながら読み取ることが出来ない。

いつもであればフィルが透花の隣でどうすれば良いか教えてくれるのだが、用事があり外出しているという。代わりにジョナスが来たわけだが、さすがに謝罪する国王の正面に立つのは不敬だと視界に入らない位置に立っている。

「……陛下、どうか顔を上げてください。フィル様にもお伝えしましたが、私も不用心だったのです。お騒がせしたばかりか、陛下にこのように謝罪をしていただくなど申し訳なく思っております」

透花が詫びると陛下は困ったように眉を下げた。

「御子様がお優しいことは存じ上げておりますが、ハウゼンヒルト神聖国は御子様のための国です。国王の代わりはおりますが、御子様は唯一無二の存在。そんな御子様を蔑ろにした罪は決して許されざることではないことを、ご理解いただけませんでしょうか」

陛下の静かな口調から、自分の発言が軽率だったと理解した。ハウゼンヒルト神聖国の成り立ちも、御子の立ち位置も学んでいたはずなのに自分事として考えられていなかったのだと今更気づく。
もし透花が別の立場、例えばメグやリラだったとしたら重要人物である透花の一挙一動に注意を払うだろうし、もしものことがあったらと思うと恐ろしくて仕方がないだろう。

「浅慮な発言をお許しください。……私も御子として未熟な身ですので、今後もご教示いただければ嬉しく思います」

お互い様なので水に流しましょう、という意味を込めて言葉を付け加えれば、陛下の表情が少し緩んだ。

「寛大なお言葉感謝いたします。御子様を軽んじた者たちについては第一王子主導の下に対処しておりますので、ご安心ください」

フィルが不在の理由が分かりほっとしたものの、対処という言葉がどことなく不穏なものを孕んでいる。そちらに気を取られていた透花だったが、遅れて陛下の言葉に違和感を覚えた。

(……私を軽んじた人たちってどういうこと?)

昨晩の件は警備体制の甘さが問題だったはずだ。透花を軽んじたという部分が、護衛や警備の配置などのことを指していないような気がする。
透花の困惑に気づいた陛下は、納得したように頷いて口を開いた。

「先にどこまでフィルからお伝えしているか、確認すべきでしたな。ご説明不足で申し訳ございません。事の発端は、ある噂によるものでした」

パーティーの際、透花には専任の護衛が付いていたそうだ。御子付きの護衛なので終始側にいて危険を遠ざけることが役目であり最優先事項であるにもかかわらず、姿の見えないエリックの捜索に加わったという。
要人の警護であるにもかかわらずあり得ない対応をした騎士を厳しく追及したところ、御子について不信感を抱いていたことが発覚した。

「ネイワース元侯爵家の令嬢が、茶会の席で御子様についての悪評を吹聴していたそうなのです」

根も葉もない噂だったが、夫人が短期間であるものの透花の教育係であったこと、ネイワース侯爵家が降爵したことも手伝って、まことしやかに令嬢たちを中心に広まったのだ。

特に下位の貴族令嬢たちは、降爵したとはいえ伯爵位であるネイワース家の令嬢に阿る意味も込めて、方々でその噂を口にした結果、同年代の下位貴族の令息たちにも伝わった。
透花の護衛役であった子爵家の次男も自身の婚約者からその噂を聞かされたそうだ。

「優秀であるからこそ御子様の護衛役に抜擢したそうですが、そのような噂に惑わされるとは情けない限りです」

陛下の言葉に騎士団長と副団長の頭が更に下がった。今回二人が同行したのは護衛のためだけでなく、部下の失態を詫びるためでもあるのだろう。
彼らに非はないので頭を上げて欲しいのだが、立場的に難しい気がしたので声は掛けずにおく。

(フィーのことだけじゃなかったんだ……)

パーティーで若い令嬢たちを中心に非友好的な視線を向けられたのは、その噂も要因だったに違いない。多少の悪意はあっただろうが、本来であればそこまで大事に至らない友人同士の他愛ない話題の一つだったはずだ。

一度流れた噂を取り消すことは難しいが、フィルなら何とかしてしまいそうな気がする。
ネイワース伯爵令嬢が払う代償の高さを考えて、透花は僅かに同情の念を抱いてしまった。
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